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志木市殺人鬼シリーズ(東雲 霞)ツインテールの少女 作者:g・ハイネ
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ツインテールの少女一人目

 朝の空はどこか寂しい気持ちにさせる。

 今の僕の言葉を友人が聞いたら、相変わらずだなお前は――と言われるに違いない。

 その答えに腹を立てることも無いし、いつもの表情で、うるせぇーよと軽く返答するだけ。

 日常はそんな感じだ。

 特別に変化することはない。何も変わらない。

 けど、それは僕の視点から見ての話であって――

 もし、友人達が僕の日常を知ったらどう思うだろうか。何か言うだろうか? それとも、良い趣味してるな! とでも言うだろうか。

 もし機会があるのなら一度話してみたい。

 まあ、否定されたその時はその時だ。

 ベッドの上、乱れた蒲団を直す。そのまま部屋着にしている黒のジャージを脱ぎ、制服に着替えていく。最後にブレザーを羽織り自室を出る。

 二階に在る自室のドアを静かに閉め、一階に向かって歩いていく。その最中に姉と妹の部屋の前を通り過ぎるので足音を気をつける。階段もなるべく音を立てずに降り、廊下を歩いて洗面所で顔と歯を磨き、その後、ダイニングに続くドアを開けると朝食の匂いがしてくる。家族五人が座れる大きいテーブルの上には朝食三人前が用意されていた。

 一つ目はスクランブルエッグが山盛りになった皿とトーストが一枚乗った皿。その前には様々な調味料が置かれている。これは姉の朝食だ。

 二つ目はトランプで作るピラミッドの様な形で置かれているゆで卵。一つ一つに何か文字が書かれている。何が書かれているかを見るつもりはない。どうせ、父が娘に対して抱いている愛情を様々な語彙と言い回しを使用して書いてあるだけなのだから。

 三つ目が僕の朝食で、トースト十枚にサラダ山盛り、隣に淹れ立てのコーヒーが置いてある。姉の調味料と違う点は、僕の皿の前には様々なジャムが置いてある。苺、ママレード、杏、柿、キウイ、グレープフルーツ、ライチ、ラズベリー、まだまだあるがこれ以上説明するのが面倒なので、キウイジャムの蓋を開き、山盛りのサラダの上に大量に落とす。今度はラズベリーを開き、トーストの一枚に大量に乗せる。それを口に運び豪快に噛みつく。五回程繰り返すとトーストはすぐに無くなった。残りのトーストにも大量のジャムを乗せて食べていく。その間に山盛りサラダを食べていき、朝食は十分程度で終わった。

 食器を流しに置き、スポンジに洗剤を付けて洗っていく。最後に残しておいたコーヒーを一気に飲み干してそれも洗う。

 変わらない朝の行為を終え、僕は鞄を取りに一度部屋に戻る。姉と妹はまだ部屋から出てくる様子は無さそうだった。おそらく顔を見たくないからに違いない。二か月前に起きた事件によって僕達の関係は大きく変わってしまった。それによって家族崩壊が起きたわけでもない。両親の前で以前のように振舞う二人を見て、僕もそうしなくてはならないと考え、いつも通りにしている。だから、変わったのは三人の関係だけなのだ。蹴り飛ばせばへし折れてしまう程度のドア、その奥に二人は居る。もしかしたらもう起きているのかもしれない――

 けど、僕は声を掛けることなく自室に戻り鞄を取って静かにドアを閉める。

 先程と違い、足音をわざと大きく立てて廊下を歩き、階段を降りた。ただ――玄関のドアだけは静かに閉めた。



 太りにくい僕の身体は相変わらずで、それが嫌で色々と筋トレをしたがあまり変わりが無かった。身長が165cmで髪はサラサラ。髪と眉毛を青に染めている。昔、姉と妹から貰った髪を縛るゴムを使ってツインテールにしている。羊とカラスをデフォルメしたハート型のプラスチック板付き。

 こんな髪型をしている僕が、男らしい顔していたら気持ち悪いだけだ。だが、顔は中性よりも女性に近い。まだ姉妹と仲が良かった頃、よく学校の制服を着せられ、その姿のまま外に出掛けたことがあった事を不意に思い出してしまった――

 あの頃に戻れる可能性は皆無だ。思い出は大切にしなくてはならない。

 僕が通う学校は、バスに乗らないと通学するには遠い位置にある。今からバス停向かえば予冷が鳴る前に学校に着く。しかし、バス停がある方向とは正反対へ向かって歩いていく。住宅街を抜ける道を左、右、左と曲がっていき大通りまで出る。すぐにタクシーを捕まえて、「町外れの工業団地へ」と行先を告げる。二十分後、工業団地近くでタクシーを止まり、支払を済ませて降りる。

 ついさっき見た運転手の怪訝な顔を思い出す。多分、こんなことを考えたに違いない。

 朝早くから学生がこんな所に何をしに来たんだろう――

 確かにその考えは間違っていない。目の前に広がる工業団地は廃墟同然なのだから。こんな所、住民はまず近づきたがらない。

 治安が悪くなる。気味の悪い人間が出入りしているなどの苦情を市の方にしたが、財政難の市側としては簡単に予算を組めるわけでもなく、おざなりな苦情対応をしているだけで終わっている。その結果、なるべくこの場所に近づかないようにするが小中高で連絡された。

 この状況に僕は喜んだ。アレをするには人の出入りが無い場所が必要だ。そして、廃ビルや廃墟も最近探すのが困難になってきているので。

 立ち入り禁止のロープと看板。どれも頼りない雰囲気が溢れている。それらの隙間に身体を滑り込ませ、中に入って行く。



 工業団地の入り口から北東の位置に在る元鉄鋼関係の工場。昔は綺麗だっただろう入口のドアは錆びて腐食が激しかった。しかも入口上部の蝶番が壊れており扉が斜めになっている。相変らずの通りずらさだったが直すつもりはない。なんというか、これはこのままであるべきだと思ってしまうから。

 工場の中に入ると淀んだ空気と埃、それに混ざって動物の腐敗臭が微かにする。

 鉄鋼を加工する大型機械などは全く無く、唯一残っているのは二階の足場を左右に繋ぐ通路、その下にぶら下がっている黄色と黒色の塗装が剥げて錆びたチェーンブロック三個。その真下、鉄製のテーブルの上、セーラー服を着た少女が仰向けに縛り付けられていた。

 僕はゆっくりとテーブルに近づいていく。少女が履いているローファーと紺のハイソックスが見えた。足元に立つと同時に尿の匂いがしてくる。視線を下に落とすと小さな水溜りが出来ていた。

 周囲を探るようにして少女の頭の方へ近づいていく。その最中、用意しておいたものが無くなっていないかを確認。

 僕の足音に気付いたのか、固定された頭を無理矢理動かしながら目だけをこちらに向けて必至に懇願する。

 「おはよう、昨日はよく眠れた?」

 「うむむっ! むむっ! ふめぇてぇ!!」

 ピンク色の猿轡をされているので、口から漏れる言葉は聞き取りづらい。

 「ねぇ、どうしてそんなにツインテールが似合うの? 誰かから褒めて貰いたいの? 男から可愛いと言ってもらいたいの?」

 僕は少女の顔を見下ろし、顔を穿つほどの視線を落とす。

 少女の方は何故私がこんな目に合わなくちゃいけないの、怖い、怖い、誰か助けてといった感情がごちゃ混ぜになったような顔をしていた。昨日相当泣いたのだろう、充血した両目から涙が零れる。

 僕は、そんな少女の姿に苛立ちを覚える。

 少し茶色に染めた髪。左右の耳の上辺りで結った一束を乱暴に掴み上げる。強く掴んだせいで髪が抜ける感覚が右手に伝わった。僕の中でサディスティックな感情が溢れだす。

 「あのさ……この状況で助かるとで思ってる? 君はこれから確実に殺される。死体は汚いだろうね、両親が見たら顔を背ける」

 「友達はトラウマになるから見ない方がいいって言われて、誰も君の顔を見てくれない……」

 僕の言葉が相当に効いたのか、昨日から飲み食いしていないのに再び失禁し、四肢を固定している革のベルトとチェーンを激しく揺らす音が工場内に響く。耳障りな音に合わせて懇願の視線が顔を刺す。

 限界だった――

 許せなかった――

 テーブルの下に置いておいた大ハンマーを拾い上げる。

 柄の部分に巻かれた白のテーピングは手垢で少し汚れているが、他の部分にも黒い汚れのようなものが螺旋を描く様にある。それは汚れではなく、僕が、姉と妹から貰った嬉しい言葉の羅列だった。

 これを見る度に全身に心地良い鳥肌が立ち、身体の芯から甘い痺れに襲われる。今、鏡を見たら恍惚な表情を浮かべているに違いない。

 泣きじゃくり、聞き取れない懇願の言葉を叫んでいる少女の口角は左右とも切れて血が流れている。

 ハンマーを持った僕は固定されている頭に向くようにして立つ。

 「僕だけがツインテールが似合うんだ。お前は邪魔だ」

 一気に振り上げたハンマーが少女の眉間辺りに落ちる。鉄が頭蓋骨を砕く音が短く響き、熟れ過ぎた果物が潰れるような音と共に両目が飛び出す。もう一度振り上げられたハンマーが先程と同じ部分に落ち、衝撃によって所々に皮膚が裂け血が溢れ出す、再度振り落とされた凶器が脳まで到達し、醜く裂けた傷から脳と脳漿が溢れ出した。

 少女の身体は痙攣を繰り返し、糞尿を垂れ流す。

 全く乱れていない呼吸の後、溜息を一つ。持っていたハンマーをゆっくりと地面に置き、制服のポケットからハンカチを取り出し顔に付いた血を拭き取る。

 少し身体を曲げ、まだ熱を持っている傷口に向けて手を差し込む。両手で感じる温度に思わず、「暖かいな……」

 手洗いをするような動きで両手を動かし続ける。

 見下ろした先にある少女の顔は酷い状態だった。それがとても嬉しい。嬉しくてたまらない。

 思い出す――

 「かすみは世界一ツインテールが似合うね!」

 「本当、本当!!」

 その時の僕はこう解釈した。

 僕以上にツインテールが似合っている奴がいたら駄目だと――

 すずり姉さん。達飛たつひ。僕は二人のことが大好きだから――



 ――これからも世界一でいられるように殺し続けるよ。



 工場内にストックしてあるタオルを使って手の汚れを拭き取り、ブレザーの内ポケットからスマホを取り出す。操作して電話帳に登録していない人物に電話を掛けるため、数字を打ち込んでいき、通話ボタンを押す。三回目のコール音で相手が出た。

 「もしもし」

 【はい。そろそろ霞君から電話が来る頃だと思っていました。今回も満足できる殺人だったのですね】

 「まあ……そうだけど。死体処理の方、宜しくお願いします」

 〈ええ、それはお任せ下さい。これからも上質な死体をお願いしますよ。詮索は無し、それが二人のルールですが、違反にはならないと思うので言わせて下さい。あなたの死体はとても人気があります。それでは〉

 言い終わると電話は切れた。

 会話の最中に何度も声を変える人物とは、とある事が原因で知り合いになり、今の関係に至っている。

 互いに顔を知らず、接点は僕が作る死体と電話番号のみ。最初の頃は不安もあったが、次第に気にしなくなった。何一つ面倒な事が起きないので。

 これ以上此処にいても意味が無いので、学校に向かうことにした。午前中の授業は全て欠席になるが、別に学校で勉強を習わなくても家で教科書と参考書を使って勉強すれば何一つ問題無い。

 急に自分のツインテールが気になり触ってみる。

 よし、大丈夫。

 今日も、僕は世界一ツインテールが似合っている。


 

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