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ぽーかーふぇいす 作者:きら☆
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5―2 ツインテールとハーモニカ

 勉強会という名目で急遽きゅうきょ瀬尾邸せおていに招集された俺と未梨みりであったが、家柄や家族構成を知らない身としては一身上の都合で転校させられ初出勤をする学生の気分で、好奇心旺盛とは言い難い俺には少々冒険的行動リスキーといえよう。しかし瀬尾邸にまったく興味をそそられないといえば、それは嘘になり、セロが虚空からハンバーガーを取り出すまでのセンテンスぐらいは惹かれる要素は含まれている。引っ越してまもない葉月が一体どんな家に住んでいるのか? まあ、俺は1Kのしがないアパートで一人暮らしと予想する。たかだか娘の遠征に、わざわざ家族相同で引っ越しはするとは思えないし、葉月はづきの性格上、一人暮らしで無ければ到底誘ってくるとは思えない。
 万年無感動無表情の未梨だが、ある程度の道徳は兼ね備えているので、瀬尾夫妻(そもそもいるかどうか不明だけど、いると仮定して)が登場しても、最低限の挨拶はできるだろう。その辺に到っては心配も杞憂に終わるに違いない。例え未梨が日本の裏側に位置するブラジルにひとり放置されようが、顕著けんちょな行動は取らずに無表情をキープしたまま、次の日には自宅で蔵書の整理整頓でもしていそうだからな。
 とゆう未梨が不祥事ふしょうじを起こす可能性や、瀬尾家イデオロギーの方面にしか思案がいかなかった俺は、実際に瀬尾邸を目の当たりにして驚きを覚えられずにはいられなかった。
「……」
 未梨が示した反応は眼鏡のふちをくいっと上げただけ。それは瀬尾邸に対して示した反応ではなく、ただズレを直していた可能性が濃厚だが、未梨の人間性を尊重して、瀬尾邸のリアクションと受け止めたいと思う。
 一世代前の時代劇などに頻繁に出ていていたような巨大鉄扉が、俺らの前に立ちはだかった。門構えから尋常ならざる異彩を放っているが、何故か表札には筆文字で「中村」と記されている。
「仁井哉、早く入んなさいよ」
 葉月と未梨は既に扉の内側にいた。お前はいつから名字を「瀬尾」から「中村」になったのだ。
 俺は小走りで扉の向こう側に入り、その全貌を目にした。広大無辺といえば大げさだが、限りなくそれに近い情景がそこには広がっていた。高校のグラウンドと健闘できそうな敷地面積、我が家とは月とスッポン、雲泥うんでいの差、比較対象にはならない。細かな箇所まで整えられた庭は茫洋ぼうようと広く、転々と設置されている花壇かだんにはパンジーやペチュニア、その他名称不明な色取り取りの花が百花繚乱ひゃっかりょうらんとしている。人工的な池道には清らかな水が流れており、それを縁取るように、らんらしき花が規則的に咲き並んで、風流を感じさせる配列になっていた。清流の終点には石垣に囲まれた水辺に、資産家の象徴とも呼べる錦鯉にしきごいが嬉しそうにエラ呼吸に励んでいる。
 かたんことんと一定のリズムで音を鳴らすつくばいに、未梨は顔の向きを固定しつつ、おもむろに口を開いた。
「……水源、どこ?」
 たずねる箇所がいかにも未梨らしい個性溢れる疑問だ。しかし、俺はそんなことよりここがなんなのか知りたい。しがない1Kのアパートと予想が、ダーツでひとつ隣のまとを射抜いてしまったように、まるで的が外れている。
「こっちとは反対側に湧き水があるわ。地下水脈がなんとかって言ってたけど、アタシはそっち方面についてよくわかんない」
「そう……」
「湧き水っても大したもんじゃないけど、良かったら後で案内してあげよっか?」
「……うん」
 葉月はくるっと身体を方向変換させ、ムーンウォークしながら未梨と相対をする。葉月は訝しげに、未梨は無表情に、お互いに視線を受け止めつつ、何かを探っている様子だ。斉藤風にいえばフラグが立ちそうな気配とでも言える。
「ねぇ、未梨?」
「……?」
「……なんでもないわ」
 そう、と未梨は首を小さく上下させた。
 巨大鉄扉から数十メートル進んだところが、とうとう瀬尾邸の本邸。由緒正しき歴史を感じられる木製の引き戸を葉月は不作法極まりなく、乱暴にスライドさせた。内室は外観ほど古風ではなく、西洋風なフローリングが敷き詰められている。まだ玄関だというのに無駄にスペースが広い。ここだけで我が家のリビング以上はありそうだ。
「こっち!」
 躾が不十分な子供みたく、葉月は靴を脱ぎ捨てる。そして目の前にある木製階段を二段飛ばしで登っていった。
「お邪魔します……」と、俺。
「………します……」と、未梨。
 ツインテールの後に続き、階段を上がる。二階は一階とは一味違い、道幅は我が家と同じぐらいのものだ。しかし、登った直後三叉路が形成されているとなると、部屋数がいくつあるのだろうという疑問が必然的に浮かぶし、どちらに行けばいいのかと悩むのも必然的である。
「こっちよ!」
 右手から耳に残る甲高い声が上がり、見ると扉の隙間から葉月が顔だけを出していた。そしてすぐさま引っ込める。俺は背後に金髪眼鏡ッ娘の存在を確認し、ツインテールの呼ぶ部屋へと繋がる蝶番ちょうつがいを引いた。
 一流ホテルのスイートルームを葉月色に染めたようなこの部屋は一体何畳あるのだろう? 最初に視界に飛び込んできたのは、部屋の2割は占めているオフィスなどに設置されていそうなパソコンデスク。その卓上にあるのは言うまでもなくパソコンだ。それ以外は特に目を引く品物は存在しない質素な感じに収まっている。
「テキトーに座ってて」
 言われるまま俺はその場に座り込んだ。カーペットの質感が高級過ぎるのか、それとも単に俺が貧乏性びんぼうしょうのだけか、とりあえず落ち着かない。
 未梨は座ろうとはせずに、本棚にある蔵書に目を奪われている。そのかんに葉月はシングルなのかダブルなのかとりあえずスペースの無駄遣い的な天蓋てんがい付きベッドの下から折りたたみ式の簡易テーブルを引っ張り出し、それを部屋の中央に設置した。
「さーて、やるわよ!」
 葉月は数学の問題集と白紙のルーズリーフを簡易テーブル上に広げ、奮起一番と意気込みシャープペンシルをさっそうと走らせるが、その勢いはすぐに衰えた。
 勉強中に悪いが、そろそろ訊ねてみたいと思う。
「葉月、ここはどこだ?」
「はあ? アタシの部屋に決まってるじゃない」
「……お前、雪国あっちから引っ越して、緑校りょくこうに編入したんだよな?」
「そうよ。こっちに来てから、まだ三ヶ月弱しか経ってないわよ」
 なら、俺の疑問はもっともな物だぞ。遠路遙々緑高へ編入する為、住まいを移したお前が、何故に由緒正しき深い歴史がありそうな豪邸屋敷などを住まいとしているんだ? 大体表札の「中村」って頻繁に目にする名字は誰だ?
 そこら辺について俺が訊ねると葉月は、なんだ、と組んでいた足を投げ出し、頬杖をついた。
「実家よ。ここ、お母さんの実家。おばあちゃんとおばあちゃんの家。「中村」ってのはお母さんの旧姓よ」
 ひとつ疑問解決。
 それにしたって、随分と立派なお家だな。葉月の祖父か祖母は資産家であることはまあ間違いないだろうし、俺が知らないだけで瀬尾家は高額納税者の御大として世間に流布るふされているのではないのだろう?
「さぁ? アタシもおじいちゃんについては、よく解らないけど昔はその道で大活躍だったらしいわ。一世代でこんな家建てちゃうんだから、相当でっかい仕事を成功させたんじゃない?」
 孫のくせに祖父の偉大な経歴を知らないとは、なんたるゆとりであろう。こんな豪邸を一世代で建てるとは、他人の俺でさえその経緯を訊きたくなる。できれば少し便乗させてもらいたい。
「……本……読みたい」
 今の今まで、しょうもなく突っ立っていた未梨が自分の気持ちを真摯的に訴えた。読みたきゃ勝手に読めばいいのに、変なところに律儀な無口だな。
「本? あー、うん。勝手に読んじゃっていいわ。たいしたのはないけど、気に入ったのあったらいくらでも貸してあげるわよ」
「……」
 未梨は本棚まで律動的な歩幅で進むと、そこからおもむろに一冊の蔵書を引き抜き、背筋を伸ばしたまま読みふけ始めた。せめて座ればいいのに。
「それで、何の話していたんだっけ?」
 葉月は右腕で頬杖をつき、左手で高速ペン回しをしつつ、視線をこちらに戻した。熟練のペン回し者は、統計的に頭がかわいそうな状態になっているという斉藤の台詞が脳裏に過ぎった。葉月が実践しているとなんと説得力があるのだろう。
「もういいから、勉強してろ」
「……仁井哉、訊きたい事があるのならねー、訊ける状況のときこそ訊ねるべきよ。明日にはアタシの気が変わっているかもしれないし」
 そう言って、葉月は回転させていたペンの先端をこちらに向ける。ペンで人を指すんじゃない。
 めずらしくもっともらしい雄弁を語る葉月だが、立ち塞がる勉強という名の壁から合理的に目を逸らすため、精神内で折り合いをつけただけだろう。しかし今のツインテール論理は、俺の主観で確立している論理と同一していた。葉月と思考レベルが同じなのは業腹だけど。
「じゃあ、訊くが……なんでわざわざこっちに引っ越してきたんだ? 音楽校ならあっちにも曲がりなりにあるだろ?」
 俺の問いに、葉月はわずかに表情を曇らした。某ゲームのドキドキ地雷パニックの一歩目で地雷を踏んだような気分だ。あれはツラい。
「……そうね。仁井哉の言うとおり、あっちにも音楽を専門としている学校なら、それなりに有名なのもあったわ。けど、ダメ。緑校と比べたら設備が可愛い小道具にしか見えなくなっちゃうし、あっちだと交通の便も悪いのよ。だから、おじいちゃん家から5分で通える緑校を選んだの」
 内容はともかく、葉月の湿度90%を記録している表情が、あからさまに隠しエピソードがあることを如実に物語っている。しかしそれを誘導尋問で白状させられるほど、俺は話術には長けていない。
 だから俺は、
「あ、そう」
 としか言いようがない。
 心なしか重苦しい空気。話題を切り替えた方がいいな。
「そろそろ勉強に戻った方がいいんじゃねーの?」
「……これ、解らないわ」
 俺はチラリと読書中の眼鏡っ娘を尻目にしたが、当初の目的など忘れているご様子で本の虫モードに入っていた。このときの未梨は甘味物をちらつかせれば、現実に呼び戻すことが唯一可能なのだが、幸か不幸か俺の手持ちに甘味物はない。
「俺が教えてやる」
 葉月の背後に回り込み、机上の問題集を覗く。消しゴムのクズがページの間に大量付着しており、印刷されたはずの既存文字までが色褪せている。数学以前に消しゴムの正しい使用方法について教える必要がありそうだ。


 問1、サイコロで偶数の目が出る確率を求めよ。
「1/2」
 問2、サイコロで奇数の目が出る確率を求めよ。
「1/2」
 問3、サイコロを2度振るとき、起こり得る全ての現象を求めよ。
「………さんじゅう、ろく」
 俺は葉月の隣で共同作業で一問づつ問題を解き明かしている。
「基礎は出来ているな。一段階レベルアップしてみるか」
 問6、サイコロを3個同時に振り、合計の和が「5」になる確率を求めよ。
「…………」
 葉月は後頭部をぽりぽりと掻きながら、自慢の脚線美を見せつけるが如く、大胆に足を組む。残念ながら俺の位置からはスカート内部に広がる花園に咲き誇る色を確認することはできないと、葉月に対して想ってしまったことをひとり後悔。日を重ねるごとに、俺のムッツリ度が増しているような気もするが、それは疲労による錯覚だとしよう。
「解らないわ。教えなさい」
 俺は命令口調に性的興奮を感じる特殊な性癖の持ち主ではないので、葉月の傲慢さはちっともありがたくない。普段からありがたいと思っていないけど。
「それにしても、お前がテストを気にするとは意外だな。赤点のひとつやふたつ取ったぐらいで退学になるわけじゃないんだから、もう少し気でも抜いたらどうだ?」
「退学みたいなもんよ。アタシはね」
 まあ、お前は普段から授業態度最悪だからな。テストで点数稼がなければ、退学になるのは必定事項に書かれているんだろう。ご愁傷さま。
「違うわよ!」
 俺の慎ましやかな揶揄やゆに、葉月は声を荒げて反論した。
「アタシみたいな音楽?特待生?はテストで赤点ひとつでも取ったらその時点で、特待生の権利が剥奪されて、音楽科から普通科に強制移動されるのよ」
「……?特待生?? お前が?」
「ん? 言ってなかったっけ?」
 俺が訊かされたのはお前が音楽推薦で緑校に入学してきたという事柄だけで、特待生などの根源を持っているなんてのは初耳だ。
 それで、なんだって? 赤点ひとつで特待生の権利剥奪? カルピスをいちご牛乳で溶媒したぐらいあまあまな特待生制度だな。俺も特待生として迎えてくれないかな。
「仁井哉、あんた人の話ちゃんと訊いてる? アタシは『音楽』特待生。普通の勉強なんておまけみたいなもんよ。本職の方は一般人じゃ三秒で音を上げるぐらい難しいだからね」
 誇らしげに無い胸を張る葉月。そのおまけ程度に頭を悩ませている時点で、お前は他の特待生とやらに遅れを取っている現実に気付いていないとは、かわいそうな娘だ。
「赤点で特待生の根源が剥奪されるのはわかるが、なんでわざわざ普通科に移動させられるんだ? 学費を払えばいいんじゃないのか?」
「音楽科にいる人はみんな?音楽特待生?よ。いくら腕があっても、最低限の知識がなきゃダメってことね。ここら辺は学校の立場として譲れないらしいわ」
 なるほど。道理で葉月周辺の温度が3度上昇していると錯覚を起こすわけだ。葉月でなくとも強制移動させられるのなら躍起やっきになって勉強する。赤点ひとつでそく普通科に更迭こうてつ音楽そのみちに人生を賭けてる葉月のことだ、放っておけば、そのうち、「東大合格」と印刷されたハチマキを巻き付けているに違いない。
 葉月は救いようのないバカだが、音楽に対する熱意は、純粋無垢な幼少時代の俺よりも、ひたむきでどこまでも真っ直ぐに進んでいる。これに関しては関心するばかりだ。俺ももう少し環境が違っていれば、立場が違っていれば、?能力?などが無ければ、葉月と同じ舞台に立っていたのだろうか。
 過ぎ去りし日々をいくら振り返ろうが、そこに戻れないのが現実。
 俺の夢の芽は一年前につむがれた。だが、葉月にはまだ未来がある。
「なら、気合い入れて勉強しなきゃな。可能な限り強力してやるよ」
 有望な一番弟子が誰もが容易に突破できる小さな壁で、遅れを取るとは師匠である俺がさせない。


 問題集をお世辞にも捗ったとは言い難いスローペースで、だが着実にページを消化していき、なんとか一両日中に仕上げさせることができた。どちらかといわずとも文系に属する俺には、さすがに骨が折れる作業で、後半戦はヒエログリフ解読の方が安易に思えてくるほど悩まされたものだ。
「これだけやれば平気だろ。あと三日あるからこまめに復習しとけよ」
「ねぇ、仁井哉」
「なんだ?」
「アレ、聴かしてよ」
 この台詞に未梨がピクリと反応を示したのを俺は見逃さなかった。葉月のいう「アレ」とは考えるまでもない――
 ――ハーモニカだ。
 心情的には演奏してもいい気分、いや、演奏したい。一年前から自分を抑制してきたタガが外れ掛かっているのか、音楽に対する情念が爆発しそうなほど俄然演奏をしたくなってきた。
 しかし、この空間内には、俺の演奏もとい?能力?行使を阻害しようとする自称監視委員の未梨がいる。俺が一度ハーモニカを口にすれば、未梨がどんなアクションを取るか解ったものではない。
「……わたしも、聴きたい」
 それは予想の範疇はんちゅうを超えた一言。
 未梨はこちらに背を向けたまま、抑揚よくようの欠いた声でもう一度呟いた。
「聴きたい」
「ほら、未梨からもリクエスト上がってるんだから、ごちゃごちゃ言い訳しないで演奏しなさい」
 理由は解らないが、未梨は演奏を止める気はさらさらないらしい。
 この際、それが一時的な気紛れだとしても、俺にとってはありがたい。
「……わかったよ」
 今日だけは一年間、己に掛けていたいましめを解き放つ。
 いいよな? 未梨?
 俺は制服の内ポケットを探り入れ――
「あっれ?」
 ない、ハーモニカ、ない。
 オーケー、落ち着け、俺。昨晩まではあったはずだ。えーっと、定期検査として分解して、歯磨きを使い部品部品を精緻に磨いて、それから音程が若干狂ってたからリードを削って調整して、組み直してから、そのままベッドに入って――。
「家だ」
「あんた、いつも持ってるんじゃなかったの?」
 葉月は期待を裏切られたと、訝しげに秀眉を寄せる。
「昨日は整備してたんだよ」
 久しぶりに火が付いたというのに、これでは示しがつかない。躁状態に近い昂揚感の捌け口はどうすればいいのだ。
「しょうがないわね」
 葉月は呟くと、爪先つまさきたくみに使って立ち上がり、天蓋てんがい付きベッドに飛び込んだ。そして枕元から厳重に包まれた革袋を取り出す。
「これ、使っていいわよ」
 投じられた革袋は放物線を描き、寸分の狂いもなく俺の手元へ自由落下をしてきた。中身は予想通りのハーモニカ。まあ、間接キスでぎゃあぎゃあ騒ぐ歳でもないし、このハーモニカは元を辿れば俺の所有物だ。
 十年の時をたというのに、その身に宿す銀光は衰えるどころか、より強く逞しく発光を続けている。ここまで状態を維持するには、少なくとも週一の整備は最低限必要で、それを行うにも多大なる執念、愛着が無ければ不可能だ。
「さすが俺の一番弟子。整備の仕方は100点だな」
「誰だって宝物は大事にするもんでしょ?」
 ベッドにだらしなく身を投げ出す葉月の表情かおは、いつになく嬉しそうに、可愛らしい笑みを浮かべていた。
「宝物、ね」
「べ、別にあんたのハーモニカだから宝物ってわけじゃないわよ! 勘違いしないで!」
 軽くからかってやると、葉月は頬を赤らませた。普段はツンツンしているので、時折みせる純心さが可愛く映るのは、葉月限定仕様であろう。
「そ、そうだわ。未梨もこっち来なさいよ! 聴くんだったら座って聴いた方が三割増しで上手く見えるから!」
 ツインテールに促されるまま、微動たりしなかった金髪眼鏡っ娘は律動的な歩幅で俺を横切り、ベッド上に腰を下ろす。
 葉月は好奇心がうずいている様子。
 未梨は背筋を伸ばし、慎ましやかに聴く態勢を敷いている。
 俺はかつて無いほどの昂揚感が満ちあふれていた。
 一年分の反動、胸が高鳴る、全身が熱い。
 今だけは何も気にする必要はない。己の意志がおもむくまま、想いを音に込めればいいんだ。
 そうだよな、俺?


「なぁ、未梨」
「なに?」
 夜のとばりも落ちたのはいつのことやら、等間隔で並んでいる外灯が無ければお互いの顔すら確認できないほど夜道を俺たちは歩いていた。
「なんでとめなかった?」
 数時間前、俺は葉月の目の前でハーモニカを演奏した。未梨みりわく俺が楽器を演奏する、すなわち?能力?を行使する事で発生する音波が他者になんらかの影響を与える可能性があるのだという。それを事前に防ぐのが未梨の役目。
「わたしも、聴きたかった。ニィの演奏」
「悪影響を及ぼす可能性があるんじゃないのか?」
 その中で演奏した俺も俺だが。
「……」
 数秒の沈黙後、
「……なんとなく、へいきだとおもった」
 舌足らずのような喋り方で未梨ははっきりと言い切る。
 平気だと思った。だからとめなかった。
 笑ってしまう。
「楽観的だな」
「そうかも、しれない」
 未梨は抑揚のない一定の音程で呟くと、俺の空いている左手を掴みかかってきた。冷たい、体温が感じられない。その行動に俺は感慨を覚えるわけでもなく、拒絶するわけでもなく、ただ握り替えしてやった。沈黙も心苦しくはない。
「テスト明けには、牛丼でも食べにいくか?」
 俺は脳裏に過ぎった言葉をありのまま口にした。
「うん」
 大食いツインテール、ついでに斉藤も連れてってやるか。龍円寺さんがいれば、牛丼ひとつで盛り上がりそうだな。
「うん」
 そういや、葉月と龍円寺さんはお互いに面識があんまないよな。まあ、あのふたりなら和解するまで大した時間は掛からないか。
「うん」
 メシ後にはボーリングだ。未梨との勝負はまだ終わってないぞ。再戦だ。次こそは俺の勝利に終わる、いや、終わらせる。覚悟しとけよ。
「うん」


 俺の世界は一般人と比べればひどく変わっている。ヘンテコな?能力?が存在してたり、今までの幼馴染みだった奴が実は特務機関という胡散臭い組織に所属していたり、間接的に生命の危機に陥ったときもあった。
 そして自分の意志に背を向け、大切な物を失い、俺の世界はあっけなく崩壊をした。最近になって悔恨の念を覚え始めたが、過ぎた時間は二度と戻らない。
 もう後悔はしない。
 だから――


 俺は今の時間を大事にしたいと思う。
 高一最初の数学って確かこんなもんだったような気がすると作者の私のイメージなので違うかもしれません。


 登場人物紹介をリクエストされたので、軽くまとめてみました。かなりテキトーです(笑)



 本編登場人物


・結構主要人物たち

 仁井哉にいや――本編の主人公。愚痴り屋。意外にロマンチスト。楽器を操る能力を持つ能力者。能力の繊細は不明。

 椿つばき未梨みり――ヒロイン。仁井哉が引っ越してからの幼馴染み。無口、ロリひんぬー。特務機関派遣監視委員。遺伝子レベルをどーのこーのして人外の身体能力を引き出せる。それ以外は繊細不明。怜悧な頭脳の持ち主だが、変なところで抜けている。

 瀬尾せお葉月はづき――一応ヒロイン。素直になれないツンデレ、ツインテール、救いようのないバカ、ロリではないがひんぬー。音楽推薦で特待生としてやって来た仁井哉の幼馴染み。運動神経が以上に高い。

 龍円寺りゅうえんじうらら――影のヒロイン。緑校で彼女にしたいランキング一年部門でナンバー1。はっちゃけてる。思考が読めない、彼女の取る行動は一貫性が無く、いわゆる不思議系。斉藤曰く「普通の存在」ではないらしい。

 斉藤――入学して初めて出来た友達? 普段はただのエロオタクだが、意外にめざとい切れ者。欲望に忠実な子。その実体はIQ150を超える天才児なのだが、周囲からはバカとしか見られていないかわいそうな子。

 愛沢さん――童顔なアニメ声の持ち主。妹喫茶では全体の売上に4割以上貢献している。未梨と同居するどこか抜けている使用人。使用人というのは名ばかりで、一日の大半はゲームで過ごしている廃人。年齢は不明。

 愛沢あいさわしげる――結構な童顔な、いい男。長身痩躯、常に笑みを浮かべる気味悪い男。特務機関派遣戦闘委員、精神エネルギー変換系「水素原子操作」。繊細は不明。


・脇役。せいぜいがんばってほしい。

 田村――忘れられているかわいそうな子。後々出る予定はある。出来れば存在を消したい。

 荒木――中学時代の仁井哉の親友。どことなく斉藤と類似した点があるが、こちらは本物のバカ。出演は未定。

 るり(斉藤の姉、偽名)――話し方がルー大柴を酷似している。時折、沖縄の方言を使う。



 以上こんな感じです。番外編の登場人物はまた後日。
 あと、お勧めの読本があったら是非是非、情報を提供してください(笑)

 では、また近いうちに。
+注意+
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