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ガガイモ 作者:イザベル・フォルネシオ
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ツインテール その2

 これだ。もはや言うだけ無駄なのだろう。このまま引き連れてツインテールを魔王の前まで持っていこう。
 それこそ褐色につかった自白剤でもがんがんいれてもらうことにしよう。
 「いや待て」
 突如として立ち止まるツインテール。かと思いきや由樹を追い越して由樹の行く道を塞ぐ。
 「ここは通さん」
 不意にそんなことを言ってくるツインテール。
 「そもそも陽動なのに敵を通す馬鹿がいるわけないだろうが、馬鹿め。逃がさぬわ」
 「陽動だったのかお前」
 「当たり前だ!!」
 もう反応するのはやめよう。こいつとは心で会話しようと思った由樹。
 だが冷静に考えると陽動という言葉は本当なのだろう。
 わざわざ自分が誘拐犯だといって場を混乱させている間に他の仲間が実行する。
 ツインテールもそうだが褐色もそういう意味では理にかなった行動をしている。
 煽って冷静な思考をさせないようにして、物理的にではなく精神的に動きを封じる。
 例えば『私が誘拐した』というやつを目の前にして、そいつを無視して誘拐された仲間を探すという行動にはすぐには出にくい。
 少なくとも一対一の場合だけだとは思うが、理屈はそれで通っている。陽動といって動揺させて陽動を成功させようとする手だ。
 そう考えるとツインテールはただの馬鹿ではないのかもしれない。
 厄介な相手だ。
 認識が変わったはずなのに厄介さが少しも変わらないのは、ツインテール自身の脅威性を物語っているともいえよう。
 銃を構えなおしツインテールに肉薄していく由樹。
 「通さんぞ、もし通りたいというなら――」
 間髪いれずに由樹は発砲する。
 ツインテールは狙わない。威嚇射撃だ。威嚇なので銃口も下にむけて地面を撃った。
 「今、私を殺そうとしたのか」
 わなわなと恐怖に震えて汗を流し始めるツインテール。
 ツインテールの言葉に困惑する由樹。
 完全に銃口は狙っていなかったし、当てるつもりなどない。地面に向けて撃った。むしろこの距離なので威嚇と完全にわかる位置関係だ。
 「威嚇だ」
 「一発だと!? 二発も三発も私の体を撃つつもりなのか。薬莢が地面にはじけてマガジンが空になるまで撃ちつづける気なのか!? こわい、日本人、怖い!」
 言葉が少しも伝わらない。
 「そーじゃない!」
 面倒臭さで頭をかきむしる由樹。
 「いや冷静になれ、石橋。相手の思う壷だ」
 「そうだ。冷静に物事を見ることが大切だ。冷静さを欠くな!」
 叫ぶツインテール。
 「ぬぅうううううぅうううう」
 反射的に出るツッコミを押さえ込む由樹。
 陽動なのだ。単純に考えればわかる。全てはフェイクだ。
 こうして冷静さを欠いて馬鹿なやつの相手をすることこそ命とり。
 ツインテールを突き飛ばして、走る由樹。
 『きゃっ』などとかわいい声を上げたが気にはしない。
 「そぉおおおい!!」
 走り去ろうとする由樹の足首をつかむツインテール。中々の反射神経だ。
 だが、つかむ力が弱いのか意外と簡単に振りほどける。
 由樹はつかまれたこともほぼほぼリアクションは取らずに走ろうとした。
 すこし走ったところで由樹はツインテールのリアクションがないことに気づいて振り向いてしまう。
 気になってしまったのだ。
 あれほど翻弄させつづけていた敵の幕切れが意外とあっけないことが不思議で不思議でしょうがなかった。
 見ると座り込んでいるツインテール。
 気になる。
 もどって近づいてみる。
 「あ……」
 うずくまっている。
 涙をいっぱいに浮かべて歯を食いしばりなにやら我慢している。
 右手を必死でおさえつけている。指を怪我しているようで血を止めようと強く握っている。滴り落ちる血を必死に止めようとしている。
 先ほどの行動がツインテールの爪にでも引っかかり流血沙汰になったと由樹は理解した。
 「ふぅうう、ふぅうう」
 呼吸を荒くして叫ぶわけでもなく痛みを耐えるツインテール。
 ツインテールは喋らない。喋らずに目にいっぱいの涙を浮かべて必死に痛みに耐えている。
 由樹はハンカチを取り出して咄嗟にツインテールの指をおさえ、ハンカチ越しに止血を始めた。
 距離が近くなったのと一緒にツインテールの指をつかんでいる奇妙な構図のせいで、なんともいえない空気が流れる。
 「ご、ごめんなさい……」
 責任を感じた由樹はとりあえず謝る。無言で痛みをこらえるツインテール。
 由樹は思った。
 構図だけ見たら男と女が常識の範囲内ぎりぎりの位置で密着しているため、喜ぶべきものなのかもしれない。
 指の痛みのせいだろうが彼女の荒い息遣いも聞こえてくる。
 ただ精神的には恐ろしく罰が悪い。そのため、プラスマイナスでマイナスの精神状態だ。
 つい指を握ってしまったため、逃げ出したいがそれもままならない。
 そう考えている間も指からの出血は止まらない。ハンカチからにじみ出てきて腕に落ち始める。
 爪でもはがれたのだろうかだいぶ痛そうだ。
 ツインテールも何も言わないが、ふっふっと荒い息遣いだ。心配になる。不安になる。
 「魔王のところまで行こう。すぐに治療できるから」
 「うん、いぐ」
 涙ぐみながら簡潔に答えるツインテール。
 さきほどの馬鹿馬鹿しい台詞などを喋る余裕はもうないのだろう。
 極力早足でツインテールの指を握りながら由樹と二人は墓場をあとにした。
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