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10 初めてのツインテール
「まあ、それは置いといてさ、どうよ、俺の勝利でいいんだよな」
俺は鼻高々で言った。
「いいわよ、あなたの勝利で、不正には目を瞑るって書いたでしょう。本当のこと言うと、あなたの勝利を喜んでるの、あなたの女装姿を楽しみにしてるのよ」
「えっ、不正? 不正ねえ、そんなのあったかなあ……、まあ、奈理沙がいいちゅうんだから、まっ、いいよね。で、やっぱ女装すんの?」
「そうよ、わたしが男モードのときは、学校内はいいけど、学校外で会うときには必ず女装を義務づけるわ」
「なら、その月はデートなしにすっかな」
「だめよ、せっかく恋人宣言したんだから毎月1〜2回はデートするの、それも土日にね」
「あ〜あ、それキツいよな」
「大丈夫よ。どうせ家からは着てこれないから、どこかで着替えるんでしょう。そのときはメークとか着替えも手伝ってあげる。きっと誰も判らないくらい可愛くなれるわ」
「えっ、そうかあ〜?」
「そうよ。月が変わる前に可愛い服を買いに行くから月末の日曜日は開けておいてね」
「て、マジかよ」
俺だってまあまあのイケメンだ。身長は170くらいだが、スリムだから、たぶん女装はいけるくちだと秘かに自信がある。
「今から練習しましょ、一度に沢山は無理だから、今日はゴムからよ」
奈理沙がポーチから取り出したのはピンクのブラシだった。
「ゴム? ゴムって俺大好きなんですけど。もしかして、それって超薄いやつですかあ? 着けてるかどうか忘れるくらい、みたいな?」
「下ネタばかり言ってないの、髪を留めるためのゴムよ。ほら、これ」
見ると、渚の手の中に、黒やらピンクやらいろいろなリング状のゴムがある。中には小さなリボンが付いていたりする。
「髪は女の命だから、ほかにシュシュも用意してあるわ」
「はあ? シュシュって? なんですか、それ?」
「髪を纏めるときに可愛くなるように使うのよ」
「はあ」
俺の所属するはテニス部は自由闊達な雰囲気で髪型も自由である。もともと校則も緩い学園で、持ち物検査とか服装検査なんてものはない。制服さえ着ていれば髪の長さや多少の着色なんかには無頓着のすばらしい校風だ。部活で自主的にやっている坊主刈りの野球部やラグビー部以外は男でも長髪が多い。そのときの俺は耳が完全に隠れて後ろ髪は肩に付くくらいの長さだった。
「その長さじゃシュシュは無理ね。ねえ、これから髪を切らないで永見君みたいに伸ばしなさい」
「永見って、となりのクラスにいる永見飛鳥か?」
「そうよ」
永見飛鳥は学年、いや中学高校きっての美少年として知られていた。そして、ホモかニューハーフかもしれないとの噂でも有名だった。細い、なよやかな体つきに、髪は栗色で肩の下まであるセミロングで女のように艶やかだったが、リボンとかカチューシャとかいう女のアイテムが付いていることはなかった。ほとんど話をしない無口な奴だが、極たまに会話をすると、確かに声は男だった。あと、女装は似合いそうだが、それも見た事はない。部活には参加していないが、生徒会に三人いる会計の一人だった。
「永見より綺麗になったらどうしようかな」
「吉岡くん、結構興味あるんでしょう?」
まあ、正直言うと、女装に興味があったのは確かだった。テレビで”女装お笑いタレントvs女優”なんて番組を見て興奮したのも確かだったし、もしかして俺が女装したら結構いけんじゃねえ、なんて考えたこともあったのだ。
奈理沙はブラシで纏め上げた髪にゴムを着けた。
「どう? 短いけどツインテールにしてみたわ」
小さな鏡に自分の顔が映っていた。
「ぷっ、なんだよ、これ」
確かに超短いツインテールだ。尖った角の先にブルーのリボンが二個揺れている。
「髪が伸びたらもっと素敵になるわ」
「そうかな?」
俺はちょっと自信がなくなっていた。
「元気だしなさい。それで、投稿した作品だけど、あなたコメントくれた人に返信を書かなくちゃだめよ」
「ああ、今夜書くことにする」俺はリボンの付いたゴムを外して奈理沙に返した「午後の授業始まるからさ、じゃあな」
てなことで別れた俺と奈理沙だったが、その晩、俺は三語即興の作品コメントに返信を書こうと投稿サイト・ディシプリンを開いた。オッ、学校行ってる間に1件増えてるな。コメント欄を開いた瞬間、俺はパソコンの前で凍り付いた。
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