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ただいま開店準備中 1
こんにちは。サララです。現在、開店準備を整えている途中です。はい。まだ準備中。というか準備に入ったばかりです。
到着したらいきなり大掃除だし、店舗はあるものの中身は空っぽだし住居部分は荒れてるし、やることがありすぎて先に住環境を整えていたため開店の準備なんて全然出来ていません。
まずは最低限の調理道具と食器をそろえ、荒れた部分をイルクさんの手を借りて手入れ補修し、必要な家財道具を買い足して……、ようやく開店準備に入りました。イルクさんにはまたお礼をしないといけません。今度ご飯をご馳走しましょう。
それで今は商品を用意しているところなのだけど、そこでいきなり問題が発生してしまった。
私の店の主力商品は、自分で作った薬だ。伊達に小さな頃から魔女の薬草知識を叩き込まれてはいないので自慢して言うが、品質も効力も当然自信を持ってお客に勧められる。
そう。勧められるのだが、家の中を整えたり開店準備をする合間にちまちまと薬を作りながら思ったのは、それだととてもじゃないがやっていけないということだった。
よく考えたら当たり前だ。店番も自分でしなければいけないのに、今まで通りに調剤に時間をかけられるわけがないのだ。
正直なところを言えば、自分の店に並べる以上は自作の品で揃えたい。しかしどうやったって作ることの出来る数に限りがある以上はどうしようもない。悩んだが、結局そこは既存の薬を仕入れて扱うしかなかった。
調剤作業は神経を使うので、店番しながらなんて無理だし、夜に作業するのは暗くて手元が見えにくいから嫌だ。
今は店番を雇う余裕もないし、うちの父親のように手広く商売をやってるわけじゃないから、発注して作らせることも出来ない。いや、そもそもそれは問題外だが。
製造を請け負う業者に任せることでレシピが同業者に流出なんて、よくあることだ。駆け出しの小娘ごときが文句を言っても相手に黙殺されて泣き寝入り。もう目に見えている。やめ、やめ。
それくらいなら魔女の自尊心は傷ついても、出来合いの物と取り混ぜてお茶をにごした方がずっとマシだ。
私は自分が魔女だという利点があるから生産までやってしまうが、そもそも商売人が仕入れた物を売るのは当たり前のこと。
うん。普通だ普通。気にしない、気にしない。そういうことで、開き直って商工ギルドに向かいました。
私がギルドに来たのは四度目だが、今日は受け付けカウンターのいつものおじさんの隣に初めて見る若い女の人が座っていた。
「はじめまして、エリアです。ちょっとお休みをいただいていたけど、いつもはウォルターさんとこちらで受付業務をしているわ」
ウォルターさん?はて、誰のことかと思ったら、隣にいるいつものおじさんの名前だった。四度目で初めて知りました。名乗られてませんよ。たしか。
エリアさんは人懐っこい笑顔がかわいらしい、綺麗な人だった。受付は店の顔だから、やはりこういう美人さんに座っていていただけると印象が違う。
「ふふっ。すぐにわかったわ。本当に綺麗な髪ね」
「いい目印でしょう」
彼女に言われて初めて、うっかり村にいたときと同じ感覚でショールを被るのを忘れて出て来てしまったことに気がついた。
そういえば通行人に見られていた気がする。考え事に気をとられて気がつかなかったって、おかしいだろう。私。
外ではなるべく隠しているが、私の髪は実はすごく目立つ色なのだ。なんとびっくりピンクブロンド。初めて見る人はたいてい二度見します。
百人の群衆の中からでも個人識別が可能と知人に言わしめた、この強烈に派手なピンクの髪色を身内以外では見たことがありません。
「かわいい色よねえ。私なんてつまらない栗色よ」
このピンクの髪は商人としては一発で覚えてもらえるから有利です。しかし個人としては、物凄く悪目立ちします。さらに言うなら、どんな配色もぶち壊すがっかりな色だと思う。
どうにも落ち着かない色だと私自身はつくづく思うのだが、女の人にはかわいい色だとよく言われる。
しかし彼女らが本当にかわいいと思っているのかは、はなはだ怪しいものだ。実際に自分の頭がこんなピンク色だったら、綺麗な色ねー、かわいいわーなんて、絶対笑っていられないと思うのだけれど。
エリアさんは自分の髪をつまらないと言うが、彼女はつやつやとした綺麗な栗毛だ。実にうらやましい。
失礼、栗毛じゃ馬みたいでした。綺麗な栗色の髪ですね。目とお揃いで。ちなみに私の髪はピンクなのに目は黒だ。幸いなことにお揃いじゃありません。
ピンクの眼球なんて想像するのもキモチ悪いので、これはお揃いでなくて本当に良かった。
しかしそもそもピンクの目の人間なんているわけがない。髪色の場合は後天的に変わる場合があるので、緑色や青色や想像するのも恐ろしい紫色なんて人もいたりするらしいけれど、目の色に限っては親から引き継ぐものだから、髪ほど極端な色の人はいないのが実情だ。
しかし紫の髪って、ピンクと同じくらいにありえない色だ。気の毒に。
髪の色が何故そんな奇妙な色に成りうるのかというと、精霊に気に入られて守護を受けたり契約したりすると、その精霊の色に染まる場合があるからだ。
そのため魔法を扱う人間の中でも精霊の力を借りる《精霊使い》は、さっき言ったように変わった色の髪をしている者が多く、自分の魔力だけで魔法を使う《魔法使い》は生まれたときの色のままで変わらないのだ。
まあ、精霊使いと言っても派手な色ばかりじゃなく、中には黒や茶色とかの落ち着いた色に変わった人だっているらしい。土や闇などの精霊が契約相手だと、地味……じゃない、落ち着いた色になるのだ。
自分としては闇の精霊がお勧めです。とは言え契約は精霊との相性というか気分次第なため、こちら側には選択する余地なんてないのだけれど。
そして困ったことに精霊と結べる契約は一つきりと決まっていて、重ねることは出来ない。つまり一度ついた色を上書きすることは不可能なのだ。
さらに言うなら、契約で染まった髪は他の色を受け付けないので、たとえ髪粉で染めても色は流れてしまい、その色を変えることは出来ない。
たとえどんな奇天烈な色になったとしても、そのまま我慢するしかないわけだ。
わかっていたけれど試してみたら、やっぱり無駄だった。……祝福どころか呪いなんじゃないかと、しみじみ思ったものでした。うちのばーちゃんなんて、未だに白髪知らずでピンク頭のままですよ。
結局髪を染めても、トラウマでしかないピンクブロンドと死ぬまで付き合うしかないという現実をあらためて突き付けられただけだった。
闇の精霊の加護持ちの人が心底羨ましいです。なんだって契約は重ねがけ出来ないんでしょうか。
ちなみに私は魔女であって、精霊使いではない。当然自分から精霊と契約を結んだわけでも勝手に守られているわけでもなく、母方の血脈に組み込まれた魔女の盟約のためにピンクに染まっているだけだ。
なんでよりによってピンクなのかと声を大にして叫びたくなったことは一度や二度どころではないけれど、それは置いておく。
その盟約は母系にのみ引き継がれるので、私が娘を産んだらその子も当然ピンク頭になり、息子だった場合には血脈の加護から外れて、子供本来が持つ色が現れる。
実際に兄は、普通に黒髪で茶色い目をしているし、私の母方の従兄弟も黒髪だ。母方の祖父が黒髪だったらしいので、盟約に染まっていなければ、私も元々の髪色は黒だったのだろう。
男に生まれたいと思ったことはないけれど、こればかりは兄が羨ましい。
話がズレたが、兄が将来結婚して娘が出来た場合もすでに兄は血脈の加護から外れているので、兄の子供はピンクブロンドにはならず、本来の色で生まれてくる。
黒は伝わりやすい色らしいから、おそらく兄と同じく黒髪になるのだろう。黒髪はさほど珍しい色ではないけれど、そもそも髪色に珍しさなんて求めていないから心底羨ましい。
まあ、どれだけ嘆いたって現実は変えられないので、もう諦めている。こんな奇天烈な色でも、ないよりはいいよ。ないよりは。うん。
嫌でも目立つこの髪に時々鏡の前でため息をつきつつ、いい看板だとも思っているし。
事実店のいい宣伝になるのだから、利用しない手はない。そう思わないとやってられない。
思わず感慨にひたってしまって目の前のエリアさんを忘れてしまっていた。
そう。髪がピンクだろうが紫だろうが、気にしても改善しようもないことは考えるだけムダ。今考えるべきは店のこと、当座の未来だ。
「すみません。注文があるんですが、在庫にありますか」
私は内心をおくびにも出さず、愛想笑いをした。
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