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これが私の勇者様 作者:きじねこ

第一章 こんにちは異世界

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3.意識するピンク髪さん


 ピンク髪さんに指示された乳袋の小さなアーニャさんが持ってきた魔導具と言う名の荒縄で、ベティをぐるぐると縛り上げた俺は、それを引っ張りつつ、ピンク髪さんに先導されるまま、階段を降りたり登ったりを繰り返し、室内から外へと踏み出した。
 外気は肌に冷たく、夏物のスーツでは暖かさが足りない。
 なにげなく足を止め、振り返って建物を見上げる。
 白亜の壁。ステンドグラスのような物が填め込まれた数々の窓。空へと伸びるエメラルドグリーンの尖った屋根。
 知識の中にある類似した建造物は教会だった。
 キリスト教で言えば――本来なら十字架があるべき部分に、角の生えた馬のプレートが鎮座ましましていた。

「ほあっ!? また視界が緑一色にっ!?」

 室内に入ると霧散した緑光が、また兄さんに纏わり付き始め、自律歩行困難者が誕生する。
たくみ助けてっ!」と情けなくわめく兄さんの手を取り、「こちらです」と促してくるピンク髪さんのあとに続いた。

「先輩っ! 強く引っ張らないでくださいっ! 縄が食い込んで痛いんですぐえっ!?」

 手にしていた荒縄を強く引くとボンレスハムは沈黙した。

「この状況はなんの嫌がらせだ」

 成人二人の手を引きながら嘆息する。
 なんとはなしに敷地の外を目視するが、背の高い塀に囲まれていてうかがい知ることはできない。唯一眺められそうな箇所は門扉の隙間くらいだ。
 ピンク髪さんは出入り口らしき門扉をスルーして、教会らしき建造物の壁に添う形で歩を進めた。

「勇者様方、この時間帯は正門から登城することができません。真に申し訳ありませんが、この教会の裏手にある地下通路――今は水路跡となっている場所を通り、城内の中庭へと向かっていただきます」

 伝聞されながら案内された場所は、教会らしき建造物の敷地内にある裏手側。
 自分達の出番とばかりに、アーニャさんとミーニャさんが足元へ座り込み、スコップに似たなにかで土を掘り起こし始める――と、ガコッという音を響かせて、メイドさん達の眼前にあった二畳程の地表がスライドした。
 二人の肩越しに覗き込んだ先は、段々となっていて、暗い地下へと続いているようだった。

「地下へ降りる前にいくつか質問させて貰っても良いですか? 俺達の身に起きたことを把握したいんだ」

「この人達にばれて異世界に来たに違いないですよ先輩ぐえっ!?」

 手にしていた荒縄を強く引くとボンレスハムは沈黙した。
 俺の言動に表情をくもらせたピンク髪さんは、

「いろいろと疑問や不明な点がお有りかと存じますが、詳しいお話は父王より語られますゆえ、今は何卒ご容赦下さい」

 煌々こうこうと照る松明を手に、率先して地下へと降りて行く。
 俺はその背を追って体感で四メートル程階段を降りると、縦幅三メートル、横幅二メートル程度の通路へ出た。
 両サイドの壁には苔がむしていて、ぼんやりと光を帯びている。そのお陰で地下にも関わらず、視界は悪くない。
 ひんやりする足元に視線を向けると、水路としての名残か、側溝をチョロチョロと水が流れていた。
 父王とやらの元へ辿り着く前に少しでも情報が欲しいな、と考えた俺は、これ見よがしに咳をする。
 そして、意図的に不快を表情へ貼り付けて、ピンク髪さんへ質問を投げかけた。

「先程の質問ですが、それ以外についてたずねても良いですか?」

 こちらの表情を確認したピンク髪さんは、あれこれと無碍むげに断ることは反感を買う、と察したのか、すぐに折れてくれた。

「応えられる範囲でよろしければお答えさせていただきます」

 ピンク髪さんは交渉が下手らしい。
 日本人は「待つ。並ぶ」のプロフェッショナル集団だ。
 もっと焦らして相手の出方を見るべきである。
 さて、質問質問、と。

貴女あなたは指や耳、顔が透き通るくらいに白く、とても肌が綺麗ですね。それをたもつ秘訣を教えて下さい」

「へ?」とピンク髪さんの素っ頓狂な声音。
 驚きのせいか彼女は松明を落としてしまう。慌ててそれをキャッチする俺。
 こちらへ向き直ったピンク髪さんは仕切りに瞳をまたたかせている。
 彼女にとって、まるで予想外の質問だったようだ。
 ここに来て初めて俺のことを異性として意識したのか、耳を赤く染めてチラチラもじもじするピンク髪さん。見ていて面白い。
 それを表情に出さぬよう、にっこりと笑みだけを返す。
 彼女は視線を彷徨さまよわせたあと、俺と瞳を合わせ、気恥ずかしそうに、

「あの、ありがとう存じます勇者様。肌は湯浴みの時に香料入りの物で磨いている程度で、特別なことはなにも……あっ! お名前をお訊ねしてもよろしいでしょうか?」

「親しい者にはこうと呼ばれています」

 友人達は「たくみ」と呼ばず、なぜか「こう」と呼ぶ。

「……コウ……様」

 なにかに祈るように胸の前で指を組んだピンク髪さんは、口の中で何度も俺の名前を繰り返し呟いている。
 地味に恥ずかしいのでやめて欲しい。
 お返しにピンク髪さんの名前をたずねた。

「良ければ貴女のお名前を教えていただけませんか?」

「自己紹介が遅れて申し訳ありません。私はクンツァイト・アーヴ・アーヴィンガムです。この国の第四王女になります」

 お次は王女と来たか。
 これは……事態がある程度つまびらかになるまで、おとなしくしておいた方が無難かも知れない。


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