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3.意識するピンク髪さん
ピンク髪さんに指示された乳袋の小さなアーニャさんが持ってきた魔導具と言う名の荒縄で、ベティをぐるぐると縛り上げた俺は、それを引っ張りつつ、ピンク髪さんに先導されるまま、階段を降りたり登ったりを繰り返し、室内から外へと踏み出した。
外気は肌に冷たく、夏物のスーツでは暖かさが足りない。
なにげなく足を止め、振り返って建物を見上げる。
白亜の壁。ステンドグラスのような物が填め込まれた数々の窓。空へと伸びるエメラルドグリーンの尖った屋根。
知識の中にある類似した建造物は教会だった。
キリスト教で言えば――本来なら十字架があるべき部分に、角の生えた馬のプレートが鎮座ましましていた。
「ほあっ!? また視界が緑一色にっ!?」
室内に入ると霧散した緑光が、また兄さんに纏わり付き始め、自律歩行困難者が誕生する。
「巧助けてっ!」と情けなく喚く兄さんの手を取り、「こちらです」と促してくるピンク髪さんのあとに続いた。
「先輩っ! 強く引っ張らないでくださいっ! 縄が食い込んで痛いんですぐえっ!?」
手にしていた荒縄を強く引くとボンレスハムは沈黙した。
「この状況はなんの嫌がらせだ」
成人二人の手を引きながら嘆息する。
なんとはなしに敷地の外を目視するが、背の高い塀に囲まれていて窺い知ることはできない。唯一眺められそうな箇所は門扉の隙間くらいだ。
ピンク髪さんは出入り口らしき門扉をスルーして、教会らしき建造物の壁に添う形で歩を進めた。
「勇者様方、この時間帯は正門から登城することができません。真に申し訳ありませんが、この教会の裏手にある地下通路――今は水路跡となっている場所を通り、城内の中庭へと向かっていただきます」
伝聞されながら案内された場所は、教会らしき建造物の敷地内にある裏手側。
自分達の出番とばかりに、アーニャさんとミーニャさんが足元へ座り込み、スコップに似たなにかで土を掘り起こし始める――と、ガコッという音を響かせて、メイドさん達の眼前にあった二畳程の地表がスライドした。
二人の肩越しに覗き込んだ先は、段々となっていて、暗い地下へと続いているようだった。
「地下へ降りる前にいくつか質問させて貰っても良いですか? 俺達の身に起きたことを把握したいんだ」
「この人達に喚ばれて異世界に来たに違いないですよ先輩ぐえっ!?」
手にしていた荒縄を強く引くとボンレスハムは沈黙した。
俺の言動に表情を曇らせたピンク髪さんは、
「いろいろと疑問や不明な点がお有りかと存じますが、詳しいお話は父王より語られますゆえ、今は何卒ご容赦下さい」
煌々と照る松明を手に、率先して地下へと降りて行く。
俺はその背を追って体感で四メートル程階段を降りると、縦幅三メートル、横幅二メートル程度の通路へ出た。
両サイドの壁には苔がむしていて、ぼんやりと光を帯びている。そのお陰で地下にも関わらず、視界は悪くない。
ひんやりする足元に視線を向けると、水路としての名残か、側溝をチョロチョロと水が流れていた。
父王とやらの元へ辿り着く前に少しでも情報が欲しいな、と考えた俺は、これ見よがしに咳をする。
そして、意図的に不快を表情へ貼り付けて、ピンク髪さんへ質問を投げかけた。
「先程の質問ですが、それ以外について訊ねても良いですか?」
こちらの表情を確認したピンク髪さんは、あれこれと無碍に断ることは反感を買う、と察したのか、すぐに折れてくれた。
「応えられる範囲でよろしければお答えさせていただきます」
ピンク髪さんは交渉が下手らしい。
日本人は「待つ。並ぶ」のプロフェッショナル集団だ。
もっと焦らして相手の出方を見るべきである。
さて、質問質問、と。
「貴女は指や耳、顔が透き通るくらいに白く、とても肌が綺麗ですね。それを保つ秘訣を教えて下さい」
「へ?」とピンク髪さんの素っ頓狂な声音。
驚きのせいか彼女は松明を落としてしまう。慌ててそれをキャッチする俺。
こちらへ向き直ったピンク髪さんは仕切りに瞳を瞬かせている。
彼女にとって、まるで予想外の質問だったようだ。
ここに来て初めて俺のことを異性として意識したのか、耳を赤く染めてチラチラもじもじするピンク髪さん。見ていて面白い。
それを表情に出さぬよう、にっこりと笑みだけを返す。
彼女は視線を彷徨わせたあと、俺と瞳を合わせ、気恥ずかしそうに、
「あの、ありがとう存じます勇者様。肌は湯浴みの時に香料入りの物で磨いている程度で、特別なことはなにも……あっ! お名前をお訊ねしてもよろしいでしょうか?」
「親しい者には巧と呼ばれています」
友人達は「たくみ」と呼ばず、なぜか「こう」と呼ぶ。
「……コウ……様」
なにかに祈るように胸の前で指を組んだピンク髪さんは、口の中で何度も俺の名前を繰り返し呟いている。
地味に恥ずかしいのでやめて欲しい。
お返しにピンク髪さんの名前を訊ねた。
「良ければ貴女のお名前を教えていただけませんか?」
「自己紹介が遅れて申し訳ありません。私はクンツァイト・アーヴ・アーヴィンガムです。この国の第四王女になります」
お次は王女と来たか。
これは……事態がある程度詳らかになるまで、おとなしくしておいた方が無難かも知れない。
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