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第六話:スーパーゲスタイム
「ふぅ……」
学校の授業が一通り終わり、とある少女はため息を吐いた。
金色に染色した髪の毛をつい、と指でなぞり、彼女は考える。
――『前』と同じに、振舞えただろうか。
だけどそれは、考えても自分ではそれを正しく認識することは出来ないであろう。
なんせ、一年以上も前のことなのだ。『以前』なんて、自分が既にうろ覚え。
とりあえず、最低限見た目だけは正そうと思い、わざわざ学校に来る前に美容院に寄り染色をして来たのだが、これだけで果たして大丈夫なのだろうか、と不安が募る。
「どーしたのモエ? 今日元気なくない?」
「昼から学校来たし。大丈夫?」
「……べっつにー。タルかったから、遅く来ただけ」
少女、モエの溜息を聞き、彼女の友人たちが口々に心配そうな声を出す。
それを受け、モエは極めて『自分らしく』、やる気がない様な口調で答えた。
「……なーんかさ、モエ、おかしくない?」
「……なにが?」
「んー……上手く言えないけど、昨日とはちょっと違う気がする。……なんか、老けた?」
「失礼ね、アンタ」
と、涼しい顔で言ったモエだったが、内心は冷や汗ダラダラだった。
それはそうだろう、と彼女は思う。
佐倉萌。
『地球』では、彼女は普通の女子高校生。
金に染めた髪に、気だるげな口調。化粧だってしている。今時と言ってしまえば、それまでの少女。
だが、今の彼女は。
最悪の世界『キロウ』で一年以上、刀を振り続けた剣士。
魔王さえ圧倒するスピード。その一点においては他の追随を許さない、『世界最速』。
天下無双の鬼刀、『獄星神楽』を身に宿す、レベル278である。
―――――――――――――――――
一方。
「……とりあえず、あたしの部屋で待ってて。姉さんが何時帰ってくるかは分からないけど」
「さっちん優しいー!」
「無理やり上がりこんできた癖に……」
「ん? 何か言った?」
「な、なんでもない……」
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――今日は早く帰ろう。
モエはそう決意する。
今の所は特に何かあった訳ではないが、これ以上はボロが出かねない。
とりえあず、一旦自宅に戻り、そして、これからの事をゆっくり考えよう。
思い、モエは席から立った。
「あれ? 帰んの?」
「……ん」
「えー。今日カラオケ行こうって言ってたじゃん」
「ごめん、今日パス」
カラオケ、もうその響きですら懐かしく感じてしまった。
正直、行ったところで何を歌っていいか解からない。
それに、行きたい気分でもなかった。
と、そこで、妙にチャラチャラした一人の男子生徒が近づいてきた。
モエの記憶には殆ど残っていなかったその男子生徒は、しかし誰かに似ているような気がした。
「よぉー、佐倉。あれ、どうなった?」
「……あれ?」
「んだよ。次の日曜どっか行こうって言ったら、考えさせて、って言ってたろ?」
「あー……そーね」
全然覚えていない。
と言うかお前は誰だ。
とは言わず、モエは適当に返した。
そこで、別の女子生徒が、その男子生徒に言う。
「止めといた方がいいよー。この子、男嫌いだし」
「……嫌いって訳じゃ」
「えー、でも前言ってたじゃん。男なんて所詮ヤルことしか考えてないって」
言った、だろうか。
(いや、思い出した……)
確かに、前の自分は男嫌い、と言うか、特定の誰かと付き合うのに嫌悪感があった。
妙にチャラチャラしたあの男は、やっぱり名前が思い出せなかったが、ともかく意外にも紳士的に自分を誘ったので、咄嗟に断るのは失礼だと思い、ワンクッション置いて返事しようとしたのだ。
が、その日の夜にモエは『キロウ』に召喚されてしまい、すっかり忘却していたのである。
誘われたことも。
男子学生の名前も。
そして、自分が男嫌い『だった』ことも。
だが、今は――
モエの頭に、一人の少年の顔が思い浮かぶ。
口が悪くて、目が死んでて、無駄に肉体派で、でも、優しいところもある、想い人の顔が。
『つーか、なんで僕が戦士なんだろうな』
『お前が斬って、僕が潰す。簡単だろ?』
『お前は、お前たちは、僕が守る。僕が、死なせはしない』
『げへへへへへ。モエさん、あったかぁい』
(ダイキ……)
なんか最後に変なのが混じったが、それはとりあえず無視した。
彼女は彼女で大切に思っているのだが、あの少女はなんと言うか、ちょいちょい妙にゲスいのだ。性的な意味で。
―――――――――――――――――
「さっちんさっちん」
「その名前で呼ぶなっつーの……」
「さっ……ちんっ!」
「何よ!」
「暇っ!」
「はぁ!?」
「ひーまー!」
「あ、あんた喧嘩売ってんの!?」
「……じゃあ、買う?」
「うっ……」
「特に意味はないけど言っておくよ。昼休みの『アレ』は、私の本気の一ミリもだしてない」
「す、すみませんでした……」
―――――――――――――――――
何はともかく。
(今、何処にいるんだろ……)
それは、解からない。
この世界において、モエは二人の事を殆ど知らない。
だが、解かっていることが、確実なことが、一つだけ。
(好き。大好き。ダイキが、好き)
想いは伝えた。
空気を読めない誰かのお陰で、その返事は聞けなかったが、彼女は真正面から切り込んだのだ。如何に鈍感な少年だろうと、これは察するだろう。
今、モエの心は妙に落ち着いていた。
想いを伝える前は不安で一杯だったのに、何故か、心は晴れやかだった。ある種の達成感がモエを満たしていた。
「……ふふっ」
地球に戻る寸前の、ダイキのあの呆けた顔を思い出して、モエは薄く笑った。
「……おーい、佐倉ー? 大丈夫か?」
「……え、いや、ちょっと考えごと。……日曜は、無理。ごめん」
「……そっか。ま、しゃーねーか。じゃあな。お大事に」
「ありがと」
断られて少し気落ちした様子の男子学生は、けれどモエを責めることはせず、むしろ何時もと少し様子が違う彼女を気遣って、その場から去って行った。
もし、彼女がキロウに召喚されなかったら。
そのがっつかない男子学生の姿勢に好感を持ち、あるいはその先で関係を結ぶこともあったのかもしれない。
だけど、所詮、それは仮定の話。
今のモエの心には、既に先客が居るのだから。
(そう言えば……)
ふと、モエは思い出す。
あの男子学生が、誰に似ているのかを。
(トリンドの王子に、似ているんだ……なんとなく、だけど)
ちなみに、その王子は彼女たちの間では、余りに執拗にユリを付け狙って来たので、『ユリのストーカー』と呼ばれていた。
今はそのストーキングの無理が祟り、眠っている。そう、十年くらい。
―――――――――――――――――
「さっちん」
「……ナンデスカ」
サクラの自室で、モエの帰りを待ちながらユリが言う。
言われたサクラは、もう名前のことは諦め、棒読みでユリに返した。
ユリは、満面の笑みで。
「おっぱい揉んでいい?」
と言った。
「…………………………は?」
たっぷり間を空けて、サクラはやっと声を出せた。
その意味は解からなかったが。
対するユリは、やはり満面の笑みで。
「おっぱい揉んでいい?」
と一字一句違わずにそうのたまった。
「……はあああああああああ!?」
今度は叫ぶサクラ。
だからと言って、この状況を理解した訳ではない。
そして、理解したくもない。
だけど理解する前に。
「おっぱいを揉みます! 正直たまらんぜよ!」
「ちょ、やめ、きゃあああ!」
謎の口調と共に、ユリが飛び掛ってきた。
思わず悲鳴を上げてしまうサクラだったが、そんなのはお構いなしとでも言う様に、両腕を押さえ込まれ、その場に倒されてしまう。
覆いかぶさるユリを撥ね退けようと、サクラは力を込めて暴れるが、小柄な筈の少女はビクともしなかった。
「く、な、なに、この、ちか、ら……離、れてっ!」
「ふふふふ。振り解くには、280くらい足りてないなぁ」
「い、いみ、解かんないのよっ! さっきから!」
「解かんなくてもいいよ。だ、大丈夫! や、優しく! 優しくするからっ!」
変に必死になっているユリを見て、サクラは血の気が引いた。
――犯される。
まぁ実際はユリはおっぱいにしか興味がないのだが、それぐらいの気迫がユリにはあった。
力では無理。
なら、言葉だ。
そう思い、サクラはありったけの罵詈雑言をユリに投げ付ける。
「へ、変態!」
「そのくらいじゃあ、私は止まらないよ!」
「き、キモい!」
「割と自分でもそう思う」
「化け物! 怪物!」
「残念。言われ慣れてる」
「ま、魔王!」
「いいえ、勇者です」
「はぁ!?」
駄目だった。
何を言っても少女は何処吹く風で、動揺もしない。
まるで、毎日のごとく言われていたかの様に。
溜まらず、更にサクラは声を荒げる。
「あ、アンタ! く、狂ってるよ! 頭おかしいんじゃないの!?」
その、悲痛で、あるいは残酷な言葉を聞いたユリは。
「あはっ」
笑った。
ゾクッ、とサクラの身体に得体の知れない悪寒が奔る。
覆いかぶさっているユリは、ただ笑っただけ。
どこまでも深く、どうしようもなく終わってしまっている笑みを、浮かべただけ。
ただ、それだけでも。
サクラは解かった。解かってしまった。
『こいつは、狂っている』、と。
ユリは、そんなサクラの様子を見て、変わらず笑っていた。
愉快な訳でもない。彼女からすれば矮小なレベルのサクラをあざ笑った訳でもない。
ただ、なんとなく笑っただけ。
そして、ユリは、
「知ってる」
と言った。
そう、彼女は知っていた。
自分はきっと、変態で、気持ち悪くて、化け物で、怪物で、どちらかと言うと魔王に近くて、どうしようもなく、素敵に壊れてしまっているのだろう、と。
そもそも、だ。
自身の半身であるニュクスは、狂気を放ち、同じような波長を持った人を惹きつけるらしい。
ならば。
もはや『夜』そのものである自分は、どれほど狂気に満ちているのだろうか?
考えるまでもない。
だけどまた、彼女は知っていた。
狂気なんて、何も意味がない、一つの純粋な真理。
――私は、強い。
そしてその強さは、絶対の証なのだ。
今更な言葉だけでは、誰も、彼女を止めることが出来ない。
もしかしたら、彼女自身でさえも。自身の狂気は止められない。
ユリは言う。
「……止められるものなら、止めてみなよ。私では、もうどうしようもないんだ。なまじ、強くなっちゃたから」
「あ、あんた……」
不意にユリの瞳に浮かんだ悲しげな色に、サクラは目を見開いた。
しかし。
「だから、おっぱいを揉みます! 仕方ないよね! げへへへへ」
「ちょ! や、やめて!」
一瞬の内にその瞳を黒いゲスの色にして、鼻息荒く、片手をサクラの胸部に近づけるユリを見て、サクラはまたジタバタと身体を揺らした。
しかし、片手だけで押さえられていると言うのに、少女の身体は微動だにしない。
(あ、終わった……)
サクラが己の純潔が散るのを覚悟した瞬間、部屋のドアが開いた。
「……妙に物音がしてると思ったら、どーゆー状況よ、これ」
「も、モエ、さん……?」
「ね、姉さん……」
学校から帰宅し、妙に二階が騒がしいと、そこに赴いたモエが見たのは。
実の妹が、一年以上一緒に居た妹分に犯されかけていると言う、ショッキングなものだった。
こめかみを押さえ、考えるモエ。
同じ制服を着ている二人。
サクラの胸部。
ユリの『病気』。
ここまで考えれば、大よそは理解できた。
一年と半年の付き合いは、伊達じゃないのである。
「……あー、大体分かった」
と言って、モエは姿勢を低くし、右手を腰溜めに構えた。
この様な時、やるべきことは決まっていた。
「む、無刀の構え……!」
恐れ慄いた声を出すユリ。
これは。
この構えは。
瞬速チョップなんて目じゃない、本気の『お仕置き』の構えだった。
「……言い残すことは?」
半眼で問いかけるモエに、ユリは冷や汗を流しながらも、親指を立てた。
「モエさん、会いたかった!」
「アタシも、よっ!」
直後輝く、無数の閃光。
「無刀輝閃・二十四連!」
「あぶっぶぶぶぶぶうっぶっ!」
手刀による瞬速の連撃。その数、都合二十四。
何人たりとも寄せ付けない神速のそれを受けたユリは、乙女にあるまじき悲鳴を上げ(そもそも前の行動自体が乙女の欠片もないが)、バタン、と後ろに倒れた。
「ふぅ……」
一仕事した、と言わんばかりに汗を拭う仕草をするモエ。
そこで、やっと強姦魔モドキから開放されたサクラが、泣きながらモエに抱きつく。
「ね、おね、お姉ちゃあああんっ!」
「おっと」
「ひっ、う、……ぐしゅっ、こ、こわ、こわかったよぉ……」
「……あー、よしよし。そーね。怖かったわよね。大丈夫。もう、大丈夫だから」
心なしか呼び方が『姉さん』から『お姉ちゃん』と、昔に戻っている気もするが、それはともかく、モエは未だ泣き喚く少女の頭を撫で、慰めた。
「く、ふふふふふ」
「ひっ!」
そこで、倒れていたユリが上半身だけ持ち上げて、歪に笑った。
その声を聞いたサクラは短く悲鳴を上げ、モエの後ろに引っ込んでしまった。
芝居がかった様な口調で、ユリ言う。
「流石はモエさん……天鎧を纏う暇もなかった……だがしかし! 私を倒そうともいずれ第二、第三の私が!」
「魔王かっ!」
「あぶううっ!」
とりあえず、殴っといた。
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