2/10
第一話「十七度目の失恋」
「ゲロロロロロロロロロロ!」
見知った顔も数人歩いている通学路。そこで俺――藤崎光は盛大にゲロを吐いていた。
告白し玉砕した直後、目の前の惚れた名も知らぬ女性の眼前で嘔吐するなんて醜態すぎるッ。
周囲からは心配する視線とヒソヒソと笑い、話す声が届いてくる。
「意外ですね。男でも気分が悪くなることがあるのですか?」
名も知らぬ女の子――略してナシコさんが意外そうな表情で俺の顔を覗き込んでくる。
そりゃ男も女も同じ人間なんだから気分も悪くなるでしょうよ。
「そりゃ、人間ですから。ぐちゅぐちゅ――ぺっ。というか動物みな体調崩すでしょうよ」
慣れた手つきで込む手袋を装備し、吐瀉物をゲロ袋に片付けつつ手持ちが水筒のお茶しかなかったので、仕方なくそれで口を濯ぎ返答する。
するとどうだ。ナシコさんの顔が驚愕に彩られた。
「男って人間なんですかッ!?」
「逆に男は人間じゃないんですかッ!?」
「男はお金と女の体のことにしか興味を示さないケダモノです。世界から排除すべき対象です」
そうすると人類は滅亡の一途を辿りますが……?
「おーい、サクラー! あんた今日日直でしょー! 行かなくていいのー!」
前方からナシコさん――もといサクラさんを呼ぶ女性の声が響く。……その声にはなんとなく聞き覚えがあった。
「ああ、そうでした。早くいかなくては」
小走りでサクラさんは俺の元を去っていった。……俺も行くか。ゆっくりと。
「よっすゲッコー」
席に着き読書にいそしむ俺を汚名で呼ぶ前の席に座ったこの男。名前は伊瀬一紘。
髪を金色に染め耳にはピアス。制服は着崩し、服で隠れているが背中にはタトゥーを入れているなど、校則違反のオンパレードである。
――だがイケメンだから許される。世間とはそういう節理なのだ。プラスこの学校の学園長の息子というオプション付き。まあ、これはどうでもいい話か。
「また女子にコクってフラれたんだって?」
数分前にできた俺の黒歴史を嬉々として話題に出してきやがるこのチャラ男。
こいつに知られたということは、もう学校の大半の人間に知られたと同義だ。何せあだ名が『校内放送』だからな。
観念して俺は読んでいた本を閉じ肯定する。
「……はぁ、そうだよ。だからなんだよ?」
「もっと親密度上げろって言ってるだろぉ? そこからフラグを建築しつつ親密度から好感度へ変更させていくんだよ! そして好感度が六割まで溜まればデートに誘い、一気に距離を詰める。最後は夕日の見える公園でキスをして、そこからは彼女とのイチャイチャタイム開始というわけだ!」
カズよ、それには重大な言葉が抜けている。語尾に『ただし、イケメンに限る』とつけなくてはダメだ!
俺のように平凡かそれ以下の男がそんなことを言ってみろ? 「ギャルゲ脳乙」という一言で終わるぞッ! ああ、これが貧富差というやつなのだろう……。もう嘆くしかないよね。
「……母さん、どうして俺をイケメンに生んでくれなかったのですか……。願うなら、ラノベの主人公みたいな顔に生まれたかった……」
「いや、ラノベ主人公は設定上フツメンが多い。だが、そこに不自然なほど女の子が集まり、不自然なほど主人公がモテる。どう考えても親友ポジのイケメンのほうがモテるだろうと読者が思おうが、主人公だけがモテる。これがラノベの絶対的な世界観であり、最も考えたら負けな部分だ」
「なら、ラノベの主人公気質に生まれた……くはないな。そんなにモテた場合いまの俺なら死ぬ確率がある。こんな体質でなければ渇望するんだがな」
「………………」
「な、なんだよ、その疑いの視線は」
「いやな、おまえって本当に女性恐怖症なのかなー? って。俺の仲では女性恐怖症の奴って女見ただけで逃げ出したり、震えあがったりするイメージなんだけど?」
大体合ってる。付け加えるとすれば、それらのことは『我慢できるようになる』。
と言っても触れられたり、過度に話しかけられたりすると我慢は不可能だが。
俺は『マスター』からその極意を学び短期間で『我慢』を習得できたが、症状がヒドイ人は普通にカウンセリングを受けることをオススメします。
「まっ、俺としては親友が女性恐怖症じゃないほうがいいけどな」
カズなりに慰めてくれているのだろうか? それ以上に俺が気になったのは後者である。
俺は疑問を投じずにはいられなかった。
「えっ、俺たちって親友――というか友達だったの?」
「それってヒドくないッ!?」
直後、担任が教室に入ってきて、全員が席に着きホームルームが始まった。
「なあ! 俺たちって友達だよなッ!? 親友だよなッ!?」
下校時間。俺はカズから壁ドンを受けていた。……いや、背後が下駄箱だから下駄ドン?
カズは今朝からずっとこんな調子だ。俺たちが親友だということになぜそこまで執着するのだろうか?
おかげで周囲から腐のオーラを纏った女子たちに熱い視線を送られガクブルなんですけど……。
逃げ道はないかと周囲を見回すものの、腐った女子たちが俺たちを囲うようにして完全シャットアウトしている。多すぎだろ! BL愛好会でも作ったらどうですか!?
「――下駄箱周辺で屯わない。さあ、解散してください」
凛とした声が腐女子のゲス笑をぶち破り、俺たちに集中していた視線はその声のする方向へと移った。
枝毛一本すらなさそうなストレートの長い黒髪は校則どおり腰下でキッチリ切り揃えられていて、肌は白百合のように白く可憐に思える。
出るとこは出て引っ込むところは引っ込んいるパーフェクトなスタイルに端整な顔立ち。
少し切れ長の目尻の中心にある青みがかった黒い瞳は、芯の強さを感じさせる。
まさに俺が今朝フラれた彼女そっくり! というか本物!?
サクラさんの登場により腐った人たちは解散し、俺も解放――
「なあ、親友だよな! 親友ッ、親友ッ、親友、親友親友親友親友親友親友親友親友親友親友――――」
されなかった。どころか悪化している。もうセミの鳴き声みたいだ。
「さて、素直に解散してくれたことですし、生徒会室に戻りますか」
やりきったぁって顔をして戻ろうとするサクラさん!? ちょっと待って! 俺まだ助けてもらってない!
カズの顔を抑えつつ俺は助けを請う!
「ちょっ、さ……そこの道行く美少女さん!」
「ふん♪ ふふふふふん♪」
「無視!? ちょっとサクラさーん!」
「はい、なんですか?」
無視じゃなくて美少女って言われて反応してなかっただけか。なんて心が澄んでるんだろう! ますます惚れそうだ。――ではなく、助けを請いたいんだった!
「こ、こいつを、引っぺがすの……ッ。手伝ってもらえませんかね?」
全力で押し戻してるのにびくともしない。どころか迫ってやがる!
必死の形相をしている俺にサクラさんは首を傾げ言う。
「なぜです? あなたたちはケダモノらしく合意の上で貪り食うような行為をしているのではないのですか?」
「違うから! こいつが襲ってきてるだけ――って、待て待て待てー! 付く! 唇が引っ付くからー!」
「しんゆうしんゆうしんゆうしんゆうしんゆうしんゆうしんゆうしんゆうしんゆうしんゆうしんゆうしんゆうしんゆうしんゆうしんゆうしんゆう――――」
「狂気に飲まれてんのか!? 正気取り戻せやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
目が血走った奴の形相はもう、得物をロックオンした肉食動物のそれにしか見えん!
「しんゆう」って言うたびに唇にカズの吐息がかかる。額と鼻先はもうくっ付いてるし!
嫌だああああああああああああ! 俺のファーストキスがこんなイケメンとだなんて嫌だああああああああああああ!
心の中で絶叫する俺の抵抗虚しく、カズは止まらない。ああ、終わった……。
「しんゆうしんゆうしんゆ――ぎょふんッ!」
奇天烈な悲鳴と共に、抗っていた迫りくる恐怖がなくなり、俺はそのまま前方へとスッ転んだ。
マズイと思い手をつこうとするが、そこには――サクラさんが立っていた。
「大丈夫で――んっ」
「んぐぅっっ!!!!????」
あ……ありのままいま起こったことを話すぜ! 俺はスッ転んでしまうと思い手を地面につこうとした。だが、転ぶ前にもっちりと柔らかなモノに掴み、唇にはプルンと少し湿った感触が広がっていた。な、何を言ってるのかわからねーと思うが、俺も何を――
ここまでで俺は限界を迎えた。だ……だが、ここでするわけにはいかんッ!
俺は咄嗟に彼女から離れ、口を手で塞ぎ上履きのまま外に猛ダッシュ。
外に出た瞬間、俺はすべてを解放した。
「ゲロロロロロロロロロロ!」
すべてを吐き切った俺はしてしまったことを謝罪せねばと振り向くが、サクラさんの姿はもうそこにはなかった。(あったのは目を回して気絶しているキス魔だけ)
「…………完全に嫌われたな……はぁ」
二回目の十七度目の失恋に俺はただただ肩を落とすのだった。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。