クーデターという不穏な言葉がある。フランス語で、直訳すれば「国家に対する一撃」。文献によれば、国の支配層のある部分が、ライバルなどから権力を奪取するための非合法的な奇襲をいう。多くの場合、武力が使われる▼軍隊は出てこなくても、これは一種のクーデターではないのかという批判がある。集団的自衛権を行使できるとした安倍政権の閣議決定のことである。最近では憲法学者の石川健治・東大教授が、雑誌「世界」で語っている▼集団的自衛権は憲法9条の下では行使できないとしてきたこれまでの政府見解を、百八十度ひっくり返す。国民に問うこともなく、あっさりと。これは「法秩序の連続性の破壊」であり、法学的にはクーデターだった、と。事の本質を突いているのではないか▼きのう、安保関連法案を扱う衆院委員会で中央公聴会があった。両論あったが、法案の本質的な危うさはここでも指摘された。例えば、やはり憲法学者の木村草太(そうた)・首都大学東京准教授は、「法の支配そのものの危機」に注意を促した▼どんな場合に集団的自衛権を使えるのか。「わが国の存立の危機」だと政府は言うが、定義は実に曖昧(あいまい)だ。武力行使するしないの判断を法によらず、政府に白紙で一任するようなものと非を鳴らした▼議論は熟していない。憲法学者は反対するが、国際法学者には賛成も多いと首相は言う。色々な専門家の声を聞くことに異論はない。どんどん国会に招けばいい。むろん採決の前に、である。
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