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■誰が問題かは明白

新国立競技場の建設費問題がこじれにこじれた。誰が問題かという責任論にもなっていて、いろいろな政治家の名前も出てくるが、今回はそうした議論のための基礎資料を提供しよう。といっても、この問題の経緯を調べただけだ。今の問題を見るときに、その経緯・歴史を調べることは第一歩である。それらをみると、民主党政権下の初期動作で信じがたい単純なミス(情報公開とコスト計算)をしたようである。

この問題の経緯を一つの表にすれば次の通りである。

発端は2010年7月の、超党派によるラグビー・ワールドカップ議員連盟の発足だ(https://www.rugby-japan.jp/2010/11/07/id9081/)。このメンバー(下表)を見てわかるように、民主党、自民党、公明党、みんなの党、共産党、国民新党、たちあがれ日本と各党から参加しており、党派色はない。ラグビー同好会のようなものだ。

2011年2月、この超党派によるラグビーW杯での国立競技場の改築決議は以下の通りである。その中で、「国立霞ヶ丘競技場を8万人規模のナショナルスタジアムにする」と書かれている。

もっとも、この種の議連や決議など山ほどある。官僚出身の筆者から見れば、このような決議(名前を出している人も、決議の存在すら忘れている人もいるだろう)には、何の効力もない。ところが、文科省・JSC(日本スポーツ振興センター)は、この決議を金科玉条のように使ってきている。ちなみに、JSCは、文科省の天下り団体だ。

■文科省の完全なフライング

2011年4月、石原慎太郎氏が都知事に再任されると、再びオリンピック開催地に立候補する意向を表明した。2016年のリオ・オリンピックでは招致に失敗していたが、その時のメイン会場は晴海に「都競技場」として建設するとしていた。しかし、それらは白紙撤回された。

そこで、先の決議書が葵のご紋のように使われて、国立競技場の改築、オリンピックのメイン会場という動きになった。民主党政権下で、文科省は調査費を新規要求し、2012年1月に、2012度の政府案予算で1億円がついた。

文科省の資料には、「国立霞ヶ丘競技場の改築に向けた調査費【新規】 ( 100百万円)」として、

「建築後すでに50年以上が経過し、競技場そのものが老朽化している。また、本年成立した『スポーツ基本法』には、国際競技大会等の開催のために必要な施策を講ずることが国の役割として明記されており、開催が決定しているラグビー・ワールドカップ及び東京オリンピック招致を視野に入れた競技場の改築に向けての調査を行う」

と書かれている(http://www.mext.go.jp/component/b_menu/other/__icsFiles/afieldfile/2012/02/07/1314488_19.pdf)。

文科省はすぐに動いた。というか、これは完全なフライングである。2012年度予算の執行は2012年4月からであるが、まだその予算も国会で成立していない2012年1月31日に、JSCは国立競技場有識者会議設置要綱を出し、2012年3月6日に、国立競技場将来構想有識者会議(第1回)を国立霞ヶ丘競技場3階ラウンジAで開催している。

この会議は、JSCの会議であるが、文科省も奥村展三・文部科学副大臣を出席させるなど、相当な力を入れていた。その翌日の奥村副大臣の記者会見でも、フライングで有識者会議に出席したことを話している(http://www.mext.go.jp/b_menu/daijin/detail/1316561.htm)。その記者会見でも明かされているが、会議は非公開になっている。記者会見では、フライングや非公開の点を誰も追求していない。

■民主党の罪は大きい

ここが、一番のポイントである。有識者会議のメンバーは、以下の通りであるといわれている。河野氏と張氏は代理出席だったが、その他は本人が出席したようだ。有識者会議の委員長は、佐藤禎一国際医療福祉大学大学院教授だが、元文科省事務次官である。ここでも、有識者会議にかける文科省の入れ込みがわかる。

この有識者会議には、森喜郎氏、鈴木寛氏、遠藤利明氏と与野党の蒼々たる政治家が入っている。他にも、都知事の石原慎太郎氏、建築家の安藤忠雄氏らが入っている。

問題の建築については、安藤委員以外は素人でわからないだろう。安藤委員も十分にわかっていたのか定かではない。ただ、安藤委員の下にワーキンググループが設置されたようであるが、会議自体が非公開になっているので、誰が参加してどのような議論がなされたのか、十分な情報がない。

有識者会議には、森氏ら与野党の有力政治家がいるので、文科官僚・JSC関係者が、予算は大丈夫と大船に乗った気分だったのだろう。

有識者会議(第1回)では、時間がタイトだという認識で、新年度を待たずに3月に開催されたが、その年に第2回と第3回も開催されている。この会合の詳しい資料も非公開である。

役人の世界で、調査費が予算化したら、基本計画は事実上決まるが、この第2回と第3回の会合あたりと並行して、国立競技場の基本計画や都市計画などは決められ、IOCへの立候補ファイルも作られている。

それと同時進行的に、7月にコンペが実施、11月に新国立競技場のあの斬新な2本のキールアーチ構造のデザインが決定されている。いずれも、民主党政権時代である。この段階までで、新国立競技場改築の方向性はほとんど決まっていたといえる。

民主党はこのあたりの経緯についてだんまりであるが、民主党政権時代に、実際の作業はかなり進展していたはずだ。民主党はデザインを決めただけというのは、実務の流れについてあまりに無知な見方である。

■政治家はコスト計算に弱い生き物

コンペは1300億円程度の建築総工費という前提であったようだ。この1300億円の根拠がはなはだ怪しい。担当者によると、類似するスタジアムを参考にしたというが、類似スタジアムとはどこを指すのか。日産スタジアムで総工費は700億円程度なので、まったく類似していない。積算自体がデタラメだろう。

そもそも民主党政権下の第1〜3回の有識者会議が未公開で会議資料すらないというのは問題外だ。政権交代後の第4〜6回の有識者会議の資料は公開されている。ただ、結果から見れば、当初のデザインにあった競技場屋根の特殊なキールアーチ構造で762億円のコストアップになっている(2015年7月7日 有識者会議(第6回))わけなので、初期段階で、この特殊構造のコストを見抜けなかったといわれても仕方ない。

デザイン決定後、具体的な設計に入ってから気がついたのだろう。この意味で、初期段階での有識者会議に総工費を計算できる専門家が不在だったのは痛かった。特殊構造があるので、コストはどうしてもかからざるをえない。

はっきりいえば、2012年7月のコンペをするときの前提条件である総建設費1300億円から外れていたわけで、それがつまずきのすべてであると思う。もちろん、これに長く関わってきた文科省、JSCの責任は免れない。

筆者の知り合いにも建築関係が少なからずいるが、2本のキールアーチ構造について、とてつもなく大きな橋を陸上に作るようなものだと聞いたことがある。できないことはないが、橋は川や海の上なので、構造物を運びやすいが、陸上で、しかも都心の真ん中でやるとコストが高くなると。

新国立競技場のような問題がでると、すぐ政治家が利権がという議論になりがちだ。ただし、本件の経緯をみると、文科省、JSCできちんとしたコスト計算ができなかっただけのような、単純なミスのようにもみえる。はたして、どちらだろうか、両者の複合要因なのかもしれない。

筆者の感覚では、政治家はきちんとした専門的なコスト計算にきわめて弱い。しかも、当初の段階からコスト問題は一部の専門家には意識されていた。いずれにしても、民主党政権時代に、もっと情報公開していれば、多くの人が関心をもち、問題点を指摘できたのではないかと悔やまれるところだ。

■引き返すのは困難

今となってできることは、デザインの全面変更か財源の確保である。前者が望ましいかもしれないが、これからデザイン、設計(基本設計・実施設計)をやり直しては時間がない。デザイン、設計(基本設計・実施設計)を適正な手続きでやり直すのは1年〜1年半以上を要する。さらに最短でも建設工事に3年半となると、2019年のラグビーW杯をスキップしても、2020年の東京五輪には間にあわない。

また、一国の首相が新国立競技場で待っていると世界にプレゼンしたのも大きい。
「オレの案を採用すれば可能」という話もいくらもあるが、公的主体の事業なので、デュー・プロセスが不可欠であり、その意味で技術的にできない相談だ。必要以上に急がせて、手抜き工事・事故でも起こったら目も当てられないし、天候などの事情で工事遅れもあり得るので、プロジェクトマネジメントの観点からここで無理はできない。

後者の財源であるが、文科省予算の中でやるとすれば、サッカーくじの収益金である。売上は1000億円以上あり、その3割程度が収益になるので、新種くじなどの工夫次第だ。

それに、寄付もありえる。日本でも神社に寄付すると石碑に名前を掘ってもらえるが、国立競技場への寄付者の名前を新国立競技場の壁や道路に刻むという手もある。また、オリンピックを契機にカジノ解禁して、その収益金を回すということも考えられる。

さらに、文科省内での資産売却での財源捻出という観点からは、JSCの資産だろう。また、出資金が10兆円もある国立大学の一部を民営化・地方政府への移管も考えられる。

国民への負担が少ないような手法を検討しなければいけないが、初期動作で信じがたい単純なミス(情報公開とコスト計算)はまったく酷い話で、情けなくなる。


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