ソニーはどこで間違えたか③
「経営は詐欺まがいの仕事にもなりかねない」
連載 通算第71回
創業の原点の地に立っていた御殿山の旧本社工場が重機で取り壊される姿を眺めながら、大賀典雄は「なんでこうなったんだ」とうめくようにつぶやいた。ソニーの遺伝子は、いつどこで途切れたのか。人気連載「盛田昭夫 グローバル・リーダーはいかにして生まれたか」(のちに単行本化を予定)。
目指した姿からズレたガバナンス
ソニーは出井伸之が社長だった1997年に取締役会改革を行い、日本で初めて「執行役員制度」を導入している。これは出井の功績とされているが、実際は副社長・CFOの伊庭保が提唱し制度設計を行ったものだ。
この5年前の92年3月期に、ソニーは上場以来初めて200億円を超える営業損失を計上した。米CBSレコーズとコロンビア映画を続けて買収した結果、有利子負債は1兆7200億円と買収前の5倍に膨れあがり、バブル崩壊、円高、商品力の低下と合わせて経営危機に陥った。
急遽、大賀典雄社長は、ソニー生命社長の伊庭を本社に呼び戻し、再建を託した。伊庭は退職し社友となった現在でも、伝説の“スーパーCFO”としてOBや現役の尊敬を集めている人物である。彼は「整流化」(注;的確に全体像と個別の問題をつかみ、テキパキ処理すること)の手を打つ一方で、本人が“スーパーCFO”として尊敬する盛田昭夫の、「問題の根本原理をつかまえる」方法論(注1)そのままに、危機の根っこを探った。その結果、「経営の意思決定プロセスが不透明で、適切に機能していないのではないか」と診断した。
コロンビア映画のトップの人選を含め、乱脈経営を放置したことはその代表例だった。そこで、「米国子会社の企業統治を整備し直し、その経験を活用してソニー本社の改革に取り組んだ」のである。「そもそもdue process, due diligence(注;公正な手続きを踏んで、本来なされるべき真っ当な調査・注意義務)が欠ける経営の意思決定は、企業価値の極大化につながらないリスクがある」と問題提起したのだ。
つまり取締役会を、業務「執行」の「監督」だけでなく、「経営上の重要事項を議論し、意思決定する最高機関」として機能させ、コーポレート・ガバナンスの改善につなげようとしたのである。ソニーも含めて形骸化した取締役会が多かった当時の日本企業としては、かなり画期的な考え方だった。ちなみに「執行役員」という呼称も伊庭が考案したものである(注2)。
だが、出井が会長・CEOになると、ソニーは2003年に委員会等設置会社に移行(CEOの後継指名や報酬決定は委員会が行う)。ガバナンスが利くどころか、出井は2005年のCEO交代の記者会見でも「自分がストリンガーを選んだ」と強く主張した。
この言葉の裏には、社外取締役も、エレクトロニクスやソニーの内情に詳しいわけではないから、出井が推すハワード・ストリンガーがCEOとして最適かどうかを判断する材料を、持ち合わせていなかった事情(本当はそれが取締役の重要な仕事なのだが)があったと思われる。
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