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父のラブレター

私が学生だったので、もう10年以上も前のこと。

かなり、衝撃的だったのでよく覚えている。

 

まだ、私は実家に居た。

父の部屋に何かを借りに入った。

充電器とか、工具だったと思う。

父が不在であっても、いつも勝手に借りていた。

 

ふと、何か書かれたルーズリーフが目に入った。

借りる物を持ったらすぐ出るつもりだった。

それなのに、何か気になった。

 

ルーズリーフに鉛筆で書かれた文字。

何となく文章を見ると、目に飛び込んできた言葉

「幸せ」「あなたに会えて良かった」

意味を理解する前に、心臓がドキドキと鳴った。

それは私が見てはいけない物。

 

どう考えても父の書いたラブレターだった。

おそらく、手紙の下書き。

読んだらダメだという気持もあったが、止まらなかった。

 

どうやら、田中さんという人宛のもので

良い仲のようだった。

 

父はとても真面目だ。

そんな父が誰かに好意を寄せたりするだろうか。

母という存在がありながら、他の人を好きなる事があるのだろうか。

いや、もし父にそんな感情があったとしても自ら否定するだろう。

そういう人だ。そうであってほしい。

 

いや、だがしかし、娘にはわからない一面があるのかもしれない。

私だって、もう小さな子供じゃない、

父にそんな一面があっても受け入れる事ができるかも知れない。

 

しかし、父に好意を寄せ、関係を持つような人が居るのだろうか。

父はつまらない人だ。

正義感が強く、説教臭く、面白みもない。

融通もきかないし、頑固だ。

言葉数も少なく、あまり笑わない。

 

いや、そんな父に好意を寄せる、特異な人が居るのかもしれない。

というか、居たのだ。

そう、「田中さん」はかなり珍しい。田中さんは職場の人なのだろうか。

外で誰かと会う父が想像できない。

 

父のどんなところが好きなのだろうか

「田中さん」は母のような奇特な人なのだ。

 

ん?

「田中さん」は母のような奇特な人?

あっ、そうだった。

母の旧姓は田中だった。

すっかり頭から抜けていた。

ラブレターは、結婚する前に母に宛てた物だったのだ。

 

時間にして数分の事だっただろう、すごく長く感じた。

安心して、自分の勘違いに笑ってしまった。

私が色々考えてしまったのは何だったのだろうか。

 

 

そう、父は母の事が大好きだ。

 

母が癌だと言われた時、父の方が先に死にそうな顔になった。

母が入院すると、父は母の料理が食べられないと言って体調を崩した。

本当に父が先に死ぬと思った。

それも、母が完治するとすっかり元気になった。現金なもんだ。

 

昔の事を聞くと「もう、結婚できないと思ってたのに、(母が)来たんだよ」と少し照れながら話す父を私は大好きだ。

 

私の目標は父と母だ。

子供に呆れられるほどラブラブな親に私はなりたい。