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1-1 ホームルームは異世界で
立川の通うかけ橋学園には秘密がある。
中高一貫の私立校だ。
進学率はそこそこだが、付属の大学は無く、特に強い部活動があるわけでもない、中途半端な学校であるとも言える。制服はブレザーで、女子生徒はチェックのスカート。勉強では英語に力を入れていて、ネイティブの教師が多く雇われている。
一学年で十クラス、三学年で千二百人程度の規模だ。少し、いやかなり珍しいのは、学園長の方針で、十組の生徒が全員奨学生であることだ。
この十組は、かけ橋学園の七不思議全ての原因となっていると言っても過言ではない。
十組だけ、他のクラスとは別棟の校舎に教室があり、一般の生徒達は十組の生徒を目にする機会がほとんど無い。体育や芸術の授業、あるいは部活動でも十組の生徒を見かけることはなく、定期テストの点数の話も聞かない。
そもそも十組の生徒がどんな試験を受けて、どんな条件でこの学園に奨学生として入学して来るのかも分からない。十組の生徒には遠方の出身者も多く、そのため全員が、この学園にある寮で生活している。
学園長は十組に天才ばかり集めて、秘密の特訓をしているのだと言う噂が、まことしやかに流れている。いやいや、逆に問題児ばかりだとか、実は十組の生徒は全員がアンドロイドで、実生活に即した動作テストを行っているのだとか、本当はスパイ養成クラスだとか。
学園長は公式では、十組の生徒はクラス単位で、日本であまり知られていない小国でボランティア活動に従事するのだと公表している。そのボランティア活動が、奨学生となる条件であり、そのために生徒達は英語ではないちょっと珍しい外国語を学び、日本ではない国の歴史の勉強をしている、と。
あながち嘘は言っていない。
ただ現実はもっと、噂よりもずっと、ずっと荒唐無稽だった。
十組の教室は異世界に通じている。
そして十組の生徒達は、異世界のかけ橋学園に毎日通っているのだった。
異世界にあるかけ橋学園は、多重世界の様々な次元から生徒が通う多世界共通教育機関だ。特殊かつ、最近多重世界で流行しているタイプの学校で、実は多重世界では最高クラスの超絶名門校である。
そのあり方には、学園長の趣味とユニークな教育理念が色濃く反映されている。学園長の理想を実現するため、惜し気も無く財が投入され、素晴らしい人材と最高の設備がそろえられている。その甲斐あってか、この学園には多くの世界から、様々な国の王族・貴族・大富豪たちが入学してくる。
立川は授業が始まる前に、机に頬杖を付いてぼんやりしながら、その事実を実感していた。
彼女が今触っている机は、どこの高校にでもある木と金属パイプでできた机と何も変わらないように見える。しかし、よくよく見るとどこにも釘の痕が見えない。机全体を掌で撫でても、どこにも引っかかる部分が無い。
入学したその日から指定された席に着いただけだが、体型に完全にフィットしている。
中学の時に使っていた机は、窮屈だったり椅子と机の高さが合っていなかったりしたのに、この机には一つも違和感がない。ガタついて窮屈な机に慣れている立川たちには、むしろそのことが違和感で、高級な机をわざと安っぽく見せているのだと気付いてしまう。
初めてこの学園にやって来た時から、立川は奇妙な金のかけ方に圧倒される。
例えばこの教室だ。教室全体の雰囲気で言えば、ところどころ傷付いて使い古したレトロな感じすらする。しかしその教室の床にはチリ一つ落ちていない。窓のサッシや、本棚の裏、黒板のチョーク入れなど、完璧に清潔に維持されている。
例えば、多分そこが不潔だと耐えられない生徒がいるのだろう、トイレは高級ホテルのそれよりも広くて清潔だ。各階ごとに明らかに教室よりも広い、明るく清潔なトイレが備わっている。
例えば、不用意に誰かが魔法をぶっ放しても傷一つ付かない窓ガラスの強度には、空恐ろしささえ感じる。例えば、廊下にある一見掃除用具入れに見える扉は、異世界への扉だ。
ガチャリ、とドアが開いて一人の生徒が入って来た。黒髪ショートに眼鏡を掛けた彼女は、真っ直ぐ立川の隣の席に歩いて来て座った。
「おはよ」
「おはよう」
四ツ谷、同じ日本人の立川の友人だ。例えば、彼女達二人も、この学園の莫大な金の掛かった設備の一部だ。
各世界の王子や王女達は、巨額の入学金と授業料を、あるいは国家の威信を背負った寄付金を支払ってここに居る。しかし立川や四ツ谷は、この学園に通うために一銭も払っていない。それどころかなんらかの形で学園から謝礼を受け取っている。
当然だ。地球の日本の学生が、多重世界のエリート校に通ったところで何の得にもならない。魔法学や多重世界史や、乗馬や剣術を学んでも、日本の高校生にとって全く無意味だ。
だからこそ立川達は設備なのだ。
かけ橋学園に入学した王子や王女、その他お坊ちゃまお嬢様達は、ここで他ではできない体験をする。生まれて始めて貧乏人を見るのだ。将来のために必死で勉強する学生を見るのすら、初めてかもしれない。
立川のように、王族を見たことも触れたことも無い平民と出会う。王族である彼らに全く敬意を払わない、興味も覚えない種類の人間が存在すると、知るのだ。
この学園では全ての生徒が特別で平等だ。
彼らは学園で、媚びることの無い教師に教えられ、おもねることの無いライバルと争い、彼らを恐れず脅し付けることのできない敵に出会うのだ。
「ホームルームで何決めるか聞いた?」
四ツ谷に問われて立川は机に突っ伏した。
「知りませんよ~」
「体育祭の出場種目決めるんだって」
『げっ、マジで』
四ツ谷は横目で立川を見た。
「立川、日本語」
「はい、分かってまーす」
立川は姿勢を正した。
当然のことながら、日本に存在するわけではないこの異世界のかけ橋学園では、日本語は話されていない。
多世界共通語という多重世界のポピュラーな言語が使われていて、勿論日本語とは全く違う。日本にある中高一貫のかけ橋学園で、立川達は中学の三年間みっちり共通語を叩き込まれた。それこそ死に物狂いで勉強することになる。それが使えなければ、どうしようもないのは立川たちなのだ。
共通語やその他、多重世界の常識をしっかり学んで、高校から彼女ら、日本の一般人は入学する。立川はまだ時々口からポロッと日本語が出るし、共通語は丁寧語で話してしまう。
「体育祭っていつでしたー? その次に朗読祭もありましたよね」
「ああ、あった。立川朗読祭出るの? 再来週だったかな」
「本当にこの学校、行事多いですよー」
立川は椅子を引いて立ち上がり、教室の前方までカレンダーを見に走った。立川は行事ごとが苦手だ。走るのが不得意だとか、退屈だとか言うレベルの問題でなく、根本的に行事が苦手だ。
その上、かけ橋学園では異常に行事が多い。
様々な世界の行事を混ぜ合わせて、全て開催しようとするのだ。日本の学校では前もって心の準備ができるのに、この学校では気付けば明日が遠足だというようなこともあり得る。
不幸中の幸いは、興味の無い行事には熱心に参加する必要が無いことだ。しかし再来週に迫っている朗読祭は、選択している授業の関係で、強制的に壇上で朗読しなければならない。体育祭との相乗効果で、今から非常に憂鬱だった。
「朗読祭って何なんですか、もう……」
「立川君」
後ろから落ち着いた低い声で話しかけられて、立川がはっと振り向くとそこには、エキゾチックな青年が居た。
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