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お兄ちゃんと私(1)
「あんっ、お兄ちゃん・・・そこ、気持ちいい」
「痛くない?」
「ううん、すごく・・・いいっ」
「・・・その声、エロい」
結翔を寝かしつけた後、お兄ちゃんがソファにうつ伏せになった私の上で呟いた。エロくたっていいよ。気持ちいいんだもん。
「やめろよ、近所の噂になりそう・・・」
呆れた表情でリビングに入ってきた陽翔が大きなため息とともに言った。陽翔はそのまま窓辺に行って、空いていた窓をぴしゃりと閉めた。あ、窓開いてた。
「いや、こいつすげー凝ってる」
「お兄ちゃん、マッサージ上手すぎ~・・・」
そう。私たちは決して兄妹でいかがわしいことをしていたわけじゃない。肩をバキバキやっている私を見かねて、お兄ちゃんがマッサージしてくれていたのだ。
小学校の頃からずっとバスケをやっているせいか、お兄ちゃんは体のことについて詳しいし、マッサージもすごく上手なの。
「声だけ聞いてたらそうは思えないから言ってんの。ヤルなら窓閉めろ」
「どっちの『ヤル』?」
「アホか・・・」
2人のバカみたいなやりとりを聞きながら、私は夢うつつ。お兄ちゃんは口を動かしつつもちゃんと手も動いているから好き~。もう気持ちよすぎで眠ってしまいそう。
「寝るな。まだ風呂入ってねーだろ」
「うぅ~・・・」
うとうとしかけたところに、上からぺちんと頭を叩かれ目を覚ます。明日は休みなんだし、大目に見てよ。
「そうだ、シャワーが水しか出なくなったんだって言いに来たんだった」
「「え!?」」
さっきお兄ちゃんに結翔をお風呂に入れてもらったときは大丈夫だったのに。ちょうど陽翔が使い終る頃、突然水になったんだって。シャワーが出ないってことは、髪も体も洗えないってことだよね。一応湯船にお湯は張ってあるけど、結翔が遊んで減ってるから2人分もないし、人が入った後だから頭にかけるのには抵抗が・・・。
「明日修理屋呼ぶか。俺が早く帰って来てやるよ」
「いいよ、お兄ちゃん最後の大会近いでしょ?私が部活午前中で帰ってくるから」
「いいのか?」
「うん。私たちの大会まではまだ時間があるし、みんなうちの事情知ってるし」
休みの日といっても、高校は土日どっちも一日中練習があることが多い。力を入れている部活ならなおさらだ。うちの部活は特に強いわけじゃないけど、みんな熱心だからテスト前じゃなければ休みはほとんどない。お兄ちゃんの学校は進学校なのにバスケ部がすっごく強くて、こちらもほとんど休みがない。
中学生の陽翔もバスケ部だけど、中学校は大会前じゃない限り土日のどちらかは休みの事が多いし、あっても半日だから、結翔の面倒は陽翔にお願いするのだ。どうしても3人とも家にいないときは、近所の田浦さんというおうちで預かってもらう。
田浦さんのうちはおじいちゃんとおばあちゃんの2人暮らしで、両親がまだ生きていた頃から親しくしていた。お葬式の準備とかも手伝ってくれたし、私たちにとっては第2の両親みたいな存在。
2人も私たちのことを本当の孫のように可愛がってくれて、特に結翔のことは目に入れても痛くないってほど可愛がってくれている。
私が高校で部活に入ろうか迷っていた時も、「今やれることをやりなさい」って背中を押してくれた。ホント、お世話になりっぱなしのお宅なのだ。
でも、流石に給湯器の修理まで田浦さんに頼めないから、何時に電話したらいいのかな、なんて話していると、再び陽翔が大きなため息をついた。
「それもそうなんだけど、今日の風呂は?」
そうよね。明日の修理も大事だけど、今は今日のお風呂の方が問題だ。そろそろ暑くなってきて、日中は汗ばむくらいの陽気だし、その中で思いっきり体を動かしてきたお兄ちゃんは風呂なしじゃ無理だろう。
「俺が結翔見てるから、2人で風呂入りに行って来いよ」
「どこに?」
「ちょっと遠いけど、スーパー銭湯ができたじゃん。2人ならバイクで行けるだろ?」
「あぁ、そうすっか。陽菜、10分後に出発な」
正直、もう少しマッサージをしてほしかったんだけど、しかたない。私は急いで部屋に行き、着替えやタオルなどを準備して玄関に向かった。
◇◆◇
「うわぁ、綺麗だね」
「結構遅くまでやってんだな」
広く新しい館内は、幅広い年齢のお客さんで賑わっていた。今は午後9時を回ったくらいなんだけど、週末の夜ということでまだまだ家族連れも多いし、若い人も多い。日中はきっと年配の人が多くなるんだろう。
受付カウンターに行くと、優しそうな女の人が丁寧に対応してくれた。こういう丁寧で親切な対応も、この施設の売りなのだ。(・・・と、張り紙に書いてあった)
「閉館は24時です。大浴場、露天風呂、サウナ、ジャグジー、どこをお使いになっても結構ですが、貸切風呂をご利用の際は入館料の他に使用料1000円をいただきます。どうなさいますか?」
にこやかに私たちに説明してくれるおねえさん。貸切風呂を勧めてくるっていうことは、明らかに勘違いをしているね。
「どうする?貸切風呂」
にやにやしてお兄ちゃんが私に聞いてくる・・・バカじゃない?もちろん、お兄ちゃんのことはシカトして、受付のおねえさんには丁寧にお断りしたわよ。
「じゃあ上がったらここに集合な」
「了解」
私はうきうきする心を抑えて、女湯に向かった。何でうきうきしてるかって、そりゃあ私がお風呂大好きだから!しかもこのスーパー銭湯、露天風呂だけは温泉なんだって!嬉しすぎる。
体を洗って、髪を洗って、そしてまずは内風呂へ。大浴場っていっても大小各種のお風呂が5つもあるの。そしてジャグジーに水風呂まで。全部制覇しなきゃ!
外には大きな露天風呂。しかも打たせ湯まであってもう至福。さっきまで入っていた若い女性が中に入って、露天風呂には私だけになった。思わず泳いじゃいたくなりそうなくらい、気持ちいい。
今日は晴れていたから、空を見上げると星がすごく綺麗だった。この施設が郊外にあるせいか、家から見る星空よりも輝いて見える。
気が付くと、私は頭だけお風呂のふちにかけて、お湯の中に両手両足を漂わせていた。人が来る気配がしたので慌てて体を元に戻す。危ない、危ない・・・。
私はその人と入れ違いに中に戻り、ジャグジーで体を癒した。お兄ちゃんはそんなに長い時間お風呂に入っている人じゃないから、きっともう上がってテレビでも見ているかもしれない。
でも私はしばらくジャグジーから出ることができなかった。だって気持ちいいんだもん。お兄ちゃんのマッサージでほどよく解れた体に、ジャグジーの水流が良い刺激になっている。お湯の温度もそこそこ温くて、ずっと入ってられそう。
そうは言っても何時間も待たせるわけにはいかないので、サウナに入りたい気持ちをぐっと抑え、私は浴場を出た。
お風呂上りで、いい感じに火照った体には、半袖とショートパンツで十分だった。というか、長袖だと思って持ってきたTシャツが半袖だったというオチなんだけどね。
流石に髪は乾かさないと風邪をひきそうだったから、半袖の分しっかりとドライヤーをかける。高校に入学してすぐに茶色く染めた髪。染めた直後は結構痛んだけど、念入りに手入れをしていくうちに枝毛も少なくなってきた。
なんだか日に日に髪の色が明るくなっていくような気がするけど、よく考えたら日向先輩だって皐月先輩だってかなり明るい髪色をしていた。会長と副会長があれなんだから、いいかって気になってくる。
お兄ちゃんも結構茶色だけど、あの高校って校則緩いよね。なんたってバイク通学が簡単に許可される学校だもんね。
そんなことを考えている間に髪も乾いたので、1人寂しく待っているであろうお兄ちゃんのところに急いだ。
だけど、テレビの置いてあるロビーにお兄ちゃんの姿はなかった。
読んでくださってありがとうございます。
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