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スカートの奥を征く者 作者:マツ

第一部 Fairy World Online

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そしてスカートめくりへ⑥

 いつもより二千字ほど長くなっております。
 僕は学校が苦手である。
 多数の人間が集まり、学ぶ場所――そこには外とはまた違った世界が広がっており、喜怒哀楽が息づいている。
 声のデカい体育会系の奴が覇権を握り、その他は大抵そいつがしきる空気に流されてゆく。そして、その中で浮いてしまう奴は叩かれる。そんな奇妙な世界だ。

 繰り返すが、僕は学校が苦手だ。
 それは高校に入った今でも、もちろん変わらない。確かに西神がいる事でいくらかは、いや、とても楽しいのだけれど、あいつと僕が学校で共に過ごす時間は放課後のひと時のみで、その他は真面目で物静かな篠山くんでいなくちゃいけない。
 だというのに嫌われ、周りから浮き、そして孤立するのだから面白いものだ。どうしてこうなったのだろうか。

 まあそれはいいとして、とにかく学校が苦手なのだ。
 だからこうして卒業した中学校の敷居を跨ぐのも、本当は凄く嫌だ。しかし、僕という人間は至極単純なもので、目の前の幼女のためなら卒業した小学校にだって今から行ってやれる。

 というわけで、僕とペンちゃんはグラウンドで各々の陸上競技に汗を流す後輩たちを眺めていた。
 覚えのあるような無いような顔はいくらか見かけるものの、自分から話し掛ける事はしない。それはちゃんと覚えていないというのもあるが、途中で辞めた事に若干の引け目を感じているからに他ならない。

「……なに」
「なにとは?」
「……あれ」

 そう言ってペンちゃんが指差したのは走り高跳びであった。
 どうやら、高いバーを身体をしならせながら跳ぶ姿が珍しいらしい。
 僕は懇切丁寧に走り高跳びの事を説明し、ついでに走り幅跳びの事も説明しておく。ペンちゃんは僕の言葉を真剣な表情で受け取り、そして説明が終わると、次は円盤投げの説明を求めた。
 そうして色々な説明をしていると、遠くから一人の女子部員が走ってくるのが分かった。
 一瞬逃げようかどうか迷ったが、ペンちゃんが無反応なのでこの場に留まる事にする。

「OBの方ですか?」

 その女子部員は、たいそうペンちゃんの容姿が珍しいのかチラチラと目をやりながら僕にそう言ってきた。
 体操服姿にポニーテール、そして僅かに膨らんだ胸。普段なら発狂ものの光景ではあるが、隣にペンちゃんがいるためたいして興奮はしなかった。勘違いしないで欲しいが、たいしてしなかっただけで全くしなかったわけではない。

「ああ、いえ、単なる卒業生です。すみません、部活の邪魔をしてしまって」

 この女子部員は僕の事を知らないようなので、適当に嘘を吐いておいた。それは、ここで肯定してしまえば、わらわらと人が集まってくると思ったからだ。
 僕の感覚ではあるが、中学生というのはやたらOBやOGという言葉が好きなので、無条件で集まってくる事は目に見えている。

「全然大丈夫ですよ! それより、その子、髪染めてるんですか? 目はカラコン?」
「ああそれは――」
「……天然もの」

 アニメキャラのコスプレだと言って誤魔化そうとした僕をよそに、ペンちゃんがそっと割り込んできた。しかも、伝わりづらい言葉を選んで。
 女子部員は思わず吹き出し、腹を抱えて笑い出した。何がそんなに面白いのだろうか。 

「て、天然ものって……! うそうそっ、そんなわけないじゃん! でも可愛いね! すっごく可愛い!」

 ペタペタと僕のペンちゃんに触れる女子部員。男子部員だったなら、その履いているスパイクをぶん取って突き刺してやるところだが、まあこの場合は許してやろう。
 当のペンちゃんはというと、相も変わらずぽけーっとしていた。その様はペンギンというよりカピバラのようだった。
 僕が余計に触ると嫌がるくせに、同性の場合は良いらしい。ちょっとタイへ行ってこようか、確か安く性転換手術が受けられたはずだが……。

「あっ」

 でも、そうするとあれを取らないといけないのか。うーむ、ジュニアとお別れするのは流石に辛い。
 よし、男のままペンちゃんとベタベタする方法を考えようか。

「あ、あの、この子を皆にも見せていいですかっ?」

 女子部員の目は、まるで可愛い子犬を拾った少女のようだった。この場合、可愛いアルビノの幼女なわけだが。
 細かい事はともかく、女子部員はとにかく皆に見せたいらしい。
 僕が迷っていると、先にペンちゃんが答えを出した。そしてそれは、僕が予想していた通りのものである。

「そう……それじゃあね……」

 ペンちゃんがそれを拒否したため、女子部員は渋々といった様子で部活へ戻っていった。
 それからすぐ、ペンちゃんは僕の服の裾を引いて帰るように要求する。
 僕も自分が何のためにペンちゃんを連れ出したのかを思い出し、それを快く了承した。
 スカートめくり、そう、スカートめくりだ。何をぼさっとしているんだ僕、早くめくらないといけないじゃないか。

「うーん……」

 しかし、一体どういう流れでめくるべきか。
 今こうして道を歩いているわけだが、いきなり前に立ちふさがって思い切りめくろうか。いやいや、こんな人の通りが激しい道でスカートめくりなんてしたら通報される恐れがある。

 それに、無理矢理めくればペンちゃんが通報してしまう。
 どこかの裏道へ連れ込むにしても、そこだけは警戒しなくては。
 自然な流れで……それでいて、僕の欲望が満たされるように……。

「……帰る」
「えっ?」

 役割は終えたと言わんばかりに、ペンちゃんはテクテクと僕を置いて歩いて行ってしまった。
 当然僕は、その手を取って静止させる。

「ま、待てよペンちゃん。もうちょっと僕とお話しよう」

 などと言いながら、ホイホイと裏道へ誘導した。
 ペンちゃんは小首を傾げながらもそれに頷き、僕が話題を振るのを待っていてくれている。
 何を話すべきか迷った僕は、とりあえず真っ先に思いついた事を述べた。

「ペンちゃんはさ、どうして『FWO』のアカウントを消したんだ?」

 ペンちゃんの眉が、ピクっと動いた。どうやら聞いて欲しくなかったようだ。
 しかしペンちゃんは、その小さな口をひっそりと動かし、僕に言った。

「……勝ったから」
「勝ったから?」
「……強く、なったから」

 その言葉はあまりに要領を得ておらず、僕の頭から無数の疑問符が飛ぶ。
 ペンちゃんはそんな僕の気持ちを知ってか知らずか、更に続けた。

「……学校、行けるから」

 学校――その単語に、僕は全てに合点がってんがいった。
 なるほど、ペンちゃんは強くなるため――もとい学校へ通うための勇気を手に入れるために『FWO』をしていたというわけか。

 長く学校を休むと行きづらくなる、そんな経験は誰にでもあるのではないのだろうか。
 それが一年、二年、三年と続けば、その行きにくさは凄まじいものとなっているはずだ。
 そして、仮に行けたとしても、今度は生きにくい世界が待っている。いきなり飛び込むには、ペンちゃんは弱すぎたのだろう。

 子供らしい……あまりに子供らしい短絡的な考えだ。普通強くなるためにゲームを使うか? まだ筋トレをした方がマシだぞ。
 クククッ、まったくもって可愛らしい――そして、勇ましい。

「それでペンちゃん、学校には行けそうなのか?」
「…………」

 その沈黙は、明確な否定の意を帯びていた。
 まあ、それもそうだろう。ゲームの強さが現実にまで染み出してきたら、人間はそれこそ神にだってなれてしまう。ゲームは所詮、ゲームでしかないのだから。

「そもそもさ、ペンちゃんはどうして学校へ行きたいんだ? 今更じゃないのか?」

 意地悪な質問だと自覚はしているが、聞かずにはいられなかった。
 嫌な事からは逃げる――僕はそういう考え方にもっぱら賛成派の人間だ。そんな僕だからこそ、僕はペンちゃんがどうして今更そんな事をしようとしているのか理解できない。だから聞くのだ。
 聞かれたペンちゃんは、特に戸惑う様子も見せず、ただ当たり前のような顔で当たり前に告げた。

「……友達」

 ただそれだけ……ただそれだけである。他に何も語らない――否、他に語るものがないのだろう。
 確かにこの年齢で、一人も友達がいないというのは厳しいのかもしれない。
 ここは「僕は友達だよ!」と言ってあげる場面なのだろうか。いや、そうじゃない。それじゃあ何の解決にもならない。スカートはめくれない。

 ――ふと、あの事を思い出す。

 ペンちゃんが求めているのは、現実にも通用する強さだ。
 現実の強さというのは、色々なものに言い換える事ができる。例えばそれは僕のズルさだったり、西神の賢さだったり、ロズの器の広さだったりと様々だ。
 ならば、ペンちゃんの強さは一体どこにあるのか――そんなものは考えるまでもない。

「ペンちゃん、今すぐ最強にしてあげると言ったら、どうする?」
「…………?」
「もちろん『FWO』の世界での話をしているわけじゃない。まぎれもない現実で、今この瞬間からペンちゃんを最強にできる武器を僕は持っている。どうする? 欲しいか?」

 するとペンちゃんは、精一杯時間を溜めてゆっくりと頷いた。
 おそらくペンちゃんは、まさか本当に僕がそんな物を持っているとは思っていない。しかし、希望くらいは抱いても良いと判断したのだ。 

 僕は嘘を吐く。裏切りもする。手のひらだって返す。
 だけど、今この時に限ってそんな事はしない。なぜならそれは、僕が最強の武器を持っているというのは、まぎれもない本当の事なのだから。

「それじゃあ、これを頭に付けてみて」

 僕はそれをポケットから取り出し、手早くペンちゃんの頭に付けた。
 それは、可愛らしい薄ピンク色のリボンである。100円ショップで買った物を、西神に教わりながら髪飾りに加工したのだ。
 自分の身に何が起こったのか分かっていないペンちゃんは、両手でそのリボンを触りながら不思議そうな顔をしている。

「ペンちゃん、いい事を教えてやる」

 僕が言うと、ペンちゃんは手を止めてこちらに視線を移した。
 つぶらな赤い瞳がこちらを見据えている。
 それを確認し、僕はひと目もはばからず思い切り腹から声を出す。


「飾り気のないパンツにとって、リボンは最強の武器だ!!」


 ペンちゃんがキョトンとした顔をしたが、そんな事は関係ない。
 僕は更に続ける。

「白いパンツってのは地味だ! だけど、そこにリボンがプラスする事により、凄まじいパワーが生まれるんだ! 今のペンちゃんは最強にして最凶! 敵なんかいない!」
「……え?」
「よく聞けペンちゃん! 可愛いってのは絶対的な正義だ! 今のペンちゃんは最強に可愛い! そんなペンちゃんを放っておくようなクラスメートがいるなら、そいつはアメーバの仲間だ!」

 僕自身、何を言っているのだろうという自覚はある。
 だけどここは勢いだ。勢いをつけ、一気に駆け上がる。
 予想通りペンちゃんは意味が分かっていない様子だが、そんな事はどうでもいい。可愛さの前には、全て無へと還る。

「まあ何だ、そう深く考えるなよペンちゃん。僕はそんなに長く生きていないけど、少なくともペンちゃんより生きているから年長面させてもらうけどさ、世の中、僕みたいなクズでも彼女が出来るんだぜ? ペンちゃんが生きにくいわけがないだろ」
「……学校、行ける?」
「行ける行ける。そのリボンさえあれば、飛び級して大学にだって行けるぞ」

 そう言うと、ペンちゃんは少し嬉しそうな表情でまたしてもリボンをいじり始めた。
 結局ペンちゃんは、自信が欲しかっただけみたいだ。その自信の基として強さを求めただけであって、その代わりなんて何でも良かったのだ。そう――それがパンツに付いているリボンだとしても。

「……えへへ」

 ニコリと笑うわけではない。だけど、その時見たペンちゃんの笑顔は、今まで見たどの笑顔よりも明るく力強く愛らしかった。
 それにつられて僕も笑ってしまい、そっとペンちゃんの頭を撫でる。
 すると、ペンちゃんは目を細めてそれを喜び、僕に頭を任せた。


「さてと――」


 スカートめくりの時間だ。
 感動? 何だそれは、何色のパンツを穿いているんだ? 
 まあいい。僕は今、感動のパンツの色よりペンちゃんのパンツの色が知りたい。

 僕はペンちゃんの頭を撫でながら、不自然だと思われないようにゆっくりと腰を落とした。
 目の前にはペンちゃんのぺったんこな胸。そして、ちょうど良い位置にスカートの裾がある。
 さあめくろう――今こそ幼女のスカートの中を日の下に晒し、銀河レベルに膨張した欲求不満の全てを解き放ってやる。

「クククッ」

 いつものように喉を鳴らし、スカートの裾を凝視する。
 流れるような動作でスカートの裾へ手を伸ばした時、それは起った――。

「――――――――――――ッ!?」

 突然スカートの裾が揺れ始め、ひとりでにめくれ出した。 
 風だ――一足早い春風の仕業だ。 

 健康的とはいえないけれど、しかし美しい太ももが顔を出す。ほっそりとしていながら、子供特有のむちむち感があり、それはまさに牛乳プリンのようだ。
 次に待ってましたと言わんばかりに現れたのは、白い生地にペンギンがプリントされたキャラパンツであった。幼さを際立たせるそれは、ペンちゃんという存在との相乗効果でより可愛らしさを増す。
 少し遅れて、ペンちゃんが小さく悲鳴を上げた。その声に僕は視線を上げ、いつもは白く不健康的にも関わらず、今この時ばかりは頬を薄らと朱色に染めるペンちゃんを確認した。

 感動や興奮――そして、虚脱感が僕に衝撃を与える。
 プラスの感情とマイナスの感情が洗濯機に放り込まれ、ぐちゃぐちゃと混ざるその中で、僕はついに耐え切れなくなった。

「あ、あ、あ゛ぁ……」

 何もかも上手くいっていたはずだった。
 ここで僕がスカートをめくれば完璧だった。
 今までの積み重ねて来た負の感情が突如崩壊し、僕は涙や鼻水をだらしなく垂らしながら崩れ落ちた。 
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