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お屋敷でお世話になって
オレがテマーティン達と共にラマーリア王国の首都コルストに来てから十日が経った。
とりあえずオレは男装を通しつつ、正体を隠してテマーティンの屋敷に匿ってもらっている。
そして毎朝の日課として――
「おはよう」
目を覚ましたところでオレが挨拶すると、枕元にて小さな茶色いネズミが声を挙げ、そして部屋の片隅へと隠れる。
ここに来てオレが真っ先に行ったのは、ドルイド魔術で屋敷にいたネズミを仲間にして、就寝時など無防備になるときに周囲を監視してもらうことだった。
テマーティンを疑っているわけではないが、やっぱり女の身である以上、そこは警戒を怠るわけにはいかないし、聖女教会がいきなりやってきてオレの身柄の引き渡しを要求する可能性もあり得るのだ。
幸いにも今のところそんな兆候はないのだが、万一にもそうなった場合、テマーティンには申し訳ないが、オレは尻に帆かけてさっさと逃げさせてもらうことにするつもりだ。
まあこっちはずっと男装した上で、髪も染めているし、少なくともオレは聖女教会から公式にお尋ね者になっているわけでもないから、テマーティンも『何も知りませんでした』とシラを切り通せばどうにかなるだろう。
後の事はほったらかしにして逃げ出すのは無責任と言われるかもしれないが、むしろその場合、オレの身柄を抑えられた方がテマーティンの立場上まずい事になるだろうから、ここは勘弁してもらいたい。
だがそれでもオレにとって日々接する重大な脅威が存在した。
それはこの屋敷の侍女達の相手である。
「さあアルタシャ様。今日こそドレスを」
いつものように男装して出かけようとすると、かなり太った侍女頭の女性がオレの前に立ちはだかり、フリルがふんだんにあしらわれたドレスを突きつけてくる。
「待って下さい。今日も図書館に行きますので、そんな服装は出来ません」
「あなた様は殿下のお相手でございましょう? まずは殿下に相応しい装いをして、淑女らしい振る舞いを学ぶのが先決です。本を読むのはその後からにして下さいませ」
だから違うっつうの!
いや。テマーティンはそれを望んでいるかもしれないが、少なくともオレにそんな気は、フリルのひとかけらほども存在しない!
「とりあえず今日も出かけますから!」
「ああ! お待ちを!」
オレはどうにか侍女頭から逃げ出すが、廊下を歩いている最中にも他の侍女達が目を輝かせて寄ってくる。
「アルタシャ様。お召し物をかえる必要はありませんけど、それより殿下とはどうなのか、お聞かせ下さいな」
「恥ずかしがることなどありませんわよ」
さすがに『男装の麗人』であることを、身の回りの世話をする侍女達にまで隠し通す事は出来ず、そんなわけでいつの間にかオレは『辺境の地で王子に見初められた美少女』ということにされていたのである。
テマーティンはオレの事を『命の恩人』とだけ説明しているようだが、その結果として侍女達は妄想を暴走させ、オレについて ―― というより王子と美少女のロマンス ―― の話が勝手に作られているらしい。
そんなわけで話好きの侍女達は、オレとテマーティンの馴れ初めだの、命を救った経緯だのについて、いろいろと問いかけてくるのである。
ええい!
オレはあくまでも『美少女とのロマンス』が望みなのであって、オレの方が美少女の側のロマンスなどお呼びでは無いのだ!
そんなわけで今日もまた、オレは迫り来る侍女達を振り切って図書館へと情報収集に向かうが、ここでオレの背に一瞬だがヒヤリとした感覚が走る。
思わず振り返ると、廊下の隅からオレを睨み付ける視線が突き刺さった。
二十代半ばの黒髪の美人がオレに対して、口にこそ出さないが、刺々しい敵意を全身から発しているのだ。
当然ながら侍女の皆さんが全員、オレを歓迎しているわけではない。
さすがにオレが聖女教会から逃げ回っている事までは気づかれていないだろうが、どこの馬の骨とも分からない相手が、いきなりやってきて『王子様のお気に入り』ともなれば面白くない人間がいないほうがおかしい。
下世話な想像をすると、侍女の中には『王子様のお手つき』になって身ごもり、あわよくば側室に ―― などと考えている女性だっているに決まっている。
不本意極まりないが、今のオレはそういう相手の嫉妬をかき立てる存在であることは自覚せざるを得ない。
テマーティンは侍女達に箝口令を強いてはいるものの、この様子ではオレの事が噂になるのはそう遠い先の話でもあるまい。
あまり時間が無いことを自覚しつつ、オレはせかされるように図書館へと足を向けるのだった。
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