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第七十八話 嫌な予感
「本っっっ当に申し訳ないッス!!!!」
サイの馬車は超大型。家屋馬車と言うそれなりに珍しいものらしい。
大きさは通常の馬車の10倍近くある。中も広く、木箱が山と詰まれていたはずの車内は今は数個の木箱を残して幾分スッキリしている。
綺麗に片付けられた車内の床に跪いて額を擦るのはサイの助手であるククリさん。
土下座で昨日のことを謝罪された。
「お前が追われてたのって、こいつらなのか?」
「まぁ、そうなんだけど、一応知り合いなんだ」
ナタは状況がわからないだろうが、興味が無いのか特に何も言ってこない。缶詰めを貪るのに必死だ。貪っているのは私もだが。
サイが仕入れたのを買って食べる。たくさんあった缶詰め各種はすでに半分くらい開いてしまった。スパムのようなソーセージ肉の缶詰めに魚の切り身の缶詰め、野菜や果物の缶詰めもある。ナタと二人でほうれん草を飲むポパイのように貪り食らう。
とにかく空腹は凌げたし、馬車でどこにでも送って貰える。
ナタもとりあえず文句は無いようで安心だ。
文句があるのは窓際の箱椅子に座るサイの方だろう。
ククリさんと同じ白いアオザイ姿で腕を組んで立ち上がる三十路。いつものニヤニヤ笑いが欠片も無い。ナタを警戒しているのかもしれない。
「こいつも反省してるしねぇ。あたしもロクに止めなかったし、許しておくれよ」
「メイス氏許して欲しいッス。ほんの冗談のつもりだったんッス。けどあんまりメイス氏が可愛くって自分盛り上がっちゃって………指まで入れるつもりなかったんッスよぅ!」
「とりあえず一旦黙ってくれます?」
途轍もなく余計なことまで口走ろうとするククリさんは、左の頬が大きく腫れて歪んでいた。
酷い顔だ。聞くとサイに殴られたらしい。
あの後すぐに私を追いかけて滑走の跡を辿り、午前中にはこの首都に到着。そしてさっき私を発見するまでずっと探していたらしい。私は正門の門番詰め所で丸一日寝ていたので聞き込みも無駄だっただろう。
私はサイのお抱え魔道師である。私自身はそんなつもりは無いが。その私を襲い逃亡へと追い詰め行方不明にさせたというククリさんは危うく社長から責任を取らされるところだったようだ。
服の中に手を入れられたときは鳥肌が立ったが、今はそれもククリさんだけの所為じゃないかもしれないと思える。趣味嗜好は元からそうだとしても、いくらなんでも会ったばかりの少女に手を出そうという犯罪者はそう多くないと考えたい。
きっとあのとき既にアルラウネの種の影響があったのだ。
「未遂ですからね。『未遂』でしたから、もういいです。顔上げてください。
サイも、私はもう気にして無いからククリさんを許してやってくれ」
「そうかぃ? ま、それならいいさ。
ぉらクソ助手がっ!! お許し貰って礼のひとつも言ったらどうなんだぃ!!」
「ありがたいッスぅ~。もう二度としないッスぅ~」
土下座状態から子犬のように擦り寄るククリさんの大きく腫れた顔に治癒魔術を施しこの件は終いとする。本気で貞操の危機を感じたが、反省しているようだし良しとしよう。反省しないどこかの植物よりマシだ。
……と、思ったら足に擦り寄るどさくさに尻を触ってきた。
麻痺雷で痺れていただいた。
床でビクビク跳ねるククリさんを、サイが足で隅に寄せた。
というわけで、ここに魔族と、魔道師と、魔族で魔道師な私が揃っている状況についてサイに説明しなければならないだろう。
不機嫌そうに、いつもはニヤニヤ嫌らしく笑う顔に忌々しげな表情を作っている。
さっきからククリさんに辛く当たるのも不機嫌な証拠か。こいつが魔道師嫌いなのは知っていたが。
「えーと、それでサイ…」
「……はん。丸一日どこほっつき歩いてたのか思ったら、新しい男作って夜のデートかぃ? あんたよっぽど男がいいんだねぇ?」
「アホか。そんなんじゃない」
「冗談さ。あんたが何処の誰と仲良くしようがあたしにゃ関係ないさね。たとえそれが魔法使いでもねぇ。けどあたしの関係ないところでやってくれるかぃ?」
わかっている。サイは髪を染めた魔族で元奴隷。魔力を持たないので魔道師が見ればすぐにそれとバレてしまう。だからサイはこの国で魔道師と直接会ったりすることはしない。
とはいえ、サイは女王のツテで商人になったから、一応白の国の商人ギルドに名前を置く商人になるはずだ。バレてしまったところで法的に何も問題は無いはずである。取引相手の理解があるかはともかく。
「なんだこの偉そうな魔族は?」
「こいつはサイ。商人だよ」
「髪染めるのが魔族の流行りなのか?」
「…………」
私やサイはともかく、髪を染めるのが白の国で密かに流行り出しているのは私の所為ではない。女王の仕業だ。
ハルペの髪も染めてやったことがあるのだが、それを気に入って街中に見せびらかすハルペが女王の目に留まり、髪染めの魔道具は白の国ですでに量産が始まっている。青の国でも流行が仕掛けられ、奴隷から開放された黒髪たちのスタンダードとして……いや、それは今はいい。
「これはこれはマドーシサマ。あたしゃ見ての通りの卑しい魔族でやんす。同じ空気を吸うのは毒でござんしょ? とっととおいとま願えますかね?」
「……キャラが変わるほどなのか。ナタは大丈夫だ。私が魔族なことも知ってるし」
「……………ごちそうさん」
カランと食べ終えた缶を捨て、立ち上がるナタ。
マントの裾の埃を払い、もう用は無いと言うように出口を向く。
「ま、待ってくれナタ!」
「あぁ? お前ももう用は無いだろ。追われてんなら匿ってやるつもりだったけどな」
「お帰りかぃ? よしきた今後とも良い関係を。もう二度とお越し~ぃ」
「お前ちょっと黙れ!」
たしかにこいつらから逃れナタに匿ってもらう話は、サイたちとの和解ということで解決を見た。しかしこちとらまだまだナタに用があるのだ。ここで帰られてさよならは困る。
私がマスケットに会うためには、ナタの協力が不可欠だ。
サイを黙らせ帰ろうとするナタを止める。
「話を聞いてくれ。私にはナタが必要なんだ」
「……あんた、やっぱり」
「ちがう。黙ってろ」
「なんだよ。まだ用があるのか?」
「ある。言っただろ?マスケットに会いたいんだ」
そもそも私はそのために赤の国に来たのだ。
私から剣を奪い、この国の王となったマスケットに会いに。
そのためにいろんなものを投げ出して、この国まで来た。
「はん! あんたまだあのお友達に未練があるのかぃ?」
「…………」
「あぁ、それとも未練があるのは、あの剣かぃ?」
「……違うよ」
マスケットは、私から奪ったあの剣を持っている。
が、今の私にとっては剣はついでだ。
どんな願いでも叶えてくれる。あれさえあればどんな問題も、誰を救うのも、たったひとつだけ叶う。
けれどそれでも、私の願いは叶えられない。
「じゃぁ何かぃ? 仲直りでもしようってのかぃ」
なぜなら私の今の願いは、本当の望みは、
便利な剣で人の心を書き換えることではないから。
私は思っているのだ。
あれだけ手酷く裏切られて、何かの間違いだった可能性をまだ望んでいる。
とても我が儘で身勝手な望みだということはわかっている。
自分に都合のいい気持ちを相手に望んでるのに、剣を使うのはダメなのだ。
こんな望み、恥ずかしくてグラディウスには言えない。
「……私はマスケットに会って、もう一度ちゃんと話がしたいんだ。仲直りできるかはわからないけど、マスケットの気持ちを聞きたい」
「呆れたよこの甘ちゃんは。本気なのかぃあんた?」
マスケットは、商人が奴隷制度廃止に反対だった。
けれどそれを願いにはしなかった。
わざわざ王様になって、赤の国限定で法を変えたのだ。
その意図だけでも、確かめておきたい。
しかしマスケットは今、一国の王だ。簡単には会えない。
「ナタ。紅炎の弟子であるナタなら、王に謁見する権利があるはずだろ? それで私を、マスケットに会わせて欲しいんだ」
「紅炎フランベルジェの名誉権限のことか?」
「そうそれ! メイスの名誉権限なら私が持ってるんだけど、さすがに赤の国の王には私じゃ会えない」
「………なるほど。それで勝負の話になるのか」
「そうなんだ。私と勝負して勝てば名前を継ぐとか言ってただろ?」
「たしかにそんなこと言ったな」
ナタはもういつでも師の名を継いでもいいはずだ。あの三月式典の魔道師会で優勝することがその条件だったらしいのだが、ナタは見事優勝している。
それを保留にしているのは私との勝負にこだわりがあるため。私はいつでも相手をするつもりである。
「ただしお前が杖を作ったら、とも言った」
「それがもう作る必要もないんだ。杖ならここにある」
サイとククリさんから逃げる際に、この馬車に忘れていった杖がある。
元よりナタとの勝負にはそれを使うつもりだったのだ。変わった予定が元に戻った。
「サイ。私の荷物、預かってくれてるよな?」
「……はぁ、勝手にしなよ」
サイが壁の下にある仕掛けを操作する。止め具になっているブロックを蹴って押し込めると、床の細長い板張りが一枚浮き上がった。
馬車内の床はこんな隠し扉がいくつかあり、一番小さいものの中に私の荷物は隠されていたようだ。サイがそれを引きずり出して持ち上げる。
それは一本の杖。
全体に細長く削られた青い宝石がまるで稲妻のようにジグザグに埋められ、杖頭には青魔銀で造られた小さな竜の彫像が飾られている。その翼は杖の名を示すように大きく誇張され、見ようによっては死神の大鎌のよう。
昨日の私の忘れ物。
『蜥蜴の翼』である。
「ちゃんと預かってくれてたんだな」
「勝手に売っちまってもよかったんだけどねぇ。その帽子も、大事なもんなんだろぅ?」
師匠のとんがり帽子も、真空海月もちゃんとそこにあった。ご丁寧に私のローブも洗濯して畳まれていた。
売るとかいいつつ杖を隠していたのは良い判断だ。師匠が池の底に封印していた青の国の至宝。見つかれば盗品と疑われ逮捕されるだろう。この杖ばかりは売れはしない。
サイから杖を受け取ってサンライズパースでナタに向き直ると、
ナタの目は大きく見開かれ、杖に釘付けになっていた。
「それは……」
「あぁ、この馬車に忘れてたけど、私の師匠の杖だ」
「蒼雷の、蜥蜴の翼」
杖があればナタも文句無いはずだ。
この杖は文句無しの一級品。これでナタと勝負でも何でも出来る。
そしたらマスケットに会うことも、ついでにグラディウスを返してもらうことも出来る。
剣さえあれば、あとはどんな問題も解決したも同然だ。
「………といっても使えないんだけどな」
……あとはこの杖の中身を解読するだけなんだよなぁ。
○
で、
呆れ返って家に帰ったナタにおいてけぼりをくらってしまった。私は次善の策を考えなくてはならないかもしれない。
私が古代魔術を習得すれば解決することも説明したのだが、そこまで甘えさせてはくれないようだ。あんな失望と怒りと呆れと口惜しさをミキサーにかけたような顔は初めて見た。
ナタの表情はそれなりに面白かったが状況は面白くはない。全く面白くない。
サイにとっては面白いことだろう。嫌いな魔道師が居なくなり私が馬鹿を見ているのだ。腹を抱えて笑うサイは心の底から腹が立つが、今は次を考えなければ。
「それであんた。どれくらいの間この国にいるつもりなんだぃ?」
「どれくらいかはわからないけど、目的を達成するまではいるつもりだよ」
「ふぅん……」
ひとしきり笑い終えたサイだが、いつもどおりのニヤニヤ笑いを顔に浮かべながら何か考え事をしている。
「何かあるのか?」
「…………いやちょいと気になることがあってねぇ」
「何だよ。魔道具ならちゃんと作ってやるよ」
「それはちゃんと作ってもらうつもりだけどねぇ、そうじゃないよ。ほら港の船がみんな出てなかっただろぅ? あれが気になってねぇ。なぁ~んか嫌な感じだよ」
「……………」
そういえばそうだ。あれは何だったんだろぅ?
船が使えない所為で真空海月で海を飛ぶ必要があったのだ。こちら側の赤の港が封鎖されている感じだったが、大勢の兵士たちが出張って情報規制が引かれているようだ。結局何だったのかはわからず仕舞いだったな。
「はん。ちょぃと調べとくかぃ」
嫌な予感。
サイがそう言うとこっちも不安になってくる。こいつ勘鋭いからなぁ。
これからも前途は多難そうだ。
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