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漆黒の遊戯 作者:ユウチ
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二十五 追想


『優哉〜〜〜!』
 頭の中で聞こえる楽しそうな女の子の声。
 綺麗な栗色の髪を上下させながら走ってくる女の子の姿が鮮明に浮かんでくる。


「……理枝……」


 二階の廊下に優哉は今だ寝そべっていた。
 なぜ自分は死んでいないのか? これは夢ではないだろうか?
 闇を見すえながら、ずっとそんなことを考えていた。自分が生きていることが信じられなかった。
 どうして僕を殺さなかったのだろうか? 音が聞こえるとはどういうことなのか…?

「……やっぱり… 死ぬのは怖いよな…」

 もう化け物共の気配はない。さっき何か壊すような音が聞こえた… たぶんシャッターを壊してどっか行ったんだろう。

 理枝… 探さなきゃ……



 優哉が初め彼女を見つけたのは高校2年生の春、新しい学年になったばかりの頃だ。
 新学年になり、友達のいなくなったクラスにうんざりして廊下で立ち尽くしていた時… その子は綺麗な栗色の髪をなびかせて優哉の目の前を通り過ぎた。
 この学校に髪を染めている子は少なくないが、彼女の雰囲気は他と違って目立たせようとしているふうじゃなく、その空間に馴染んでいるように感じた。

 それが心揺らいだ瞬間。優哉はその後ろ姿を見えなくなるまで見つめていた。



 優哉は起き上がり、重々しく立ち上がった。
 廊下の隅々を見ても何もいない。

 理枝はいるのだろうか?





 初めて彼女を見かけたときから数日が経った頃、優哉にチャンスがめぐってきた。

 曇り空の下、休憩時間に一人屋上で景色を眺めていた時のこと。
 肌寒いせいか、屋上には誰も上がって来ず、優哉は一人だけの時間をのんびり過ごしていた。
 内気な優哉はなかなか新しいクラスに溶け込めないし、他のクラスの友人達を見ても楽しそうに知らない生徒と話している。

 優哉は孤独だった。

 かと言って別に誰かに助けを求めていたわけではないし、助けてもらいたくもない。ただ優哉は一人の時間が好きなのだ。だから小さく聞こえたカタン… というドアの音にその時間を壊された気がした。
 こんな日に僕以外にここへ来る人がいるとは…。
 話し声は聞こえないから、少なくともぺちゃくちゃとうるさい女子集団でないのはわかる。

 屋上を囲む高さ1メートルほどのコンクリートの塀に座っていた優哉は、近づいてくる人の気配に目を遣った。

「あ…」
 聞こえたのは女の子の声。

 ……この子は…

 この前廊下で見かけた女の子が少し驚いた表情を浮かべ、そこに立っていた。
 あの時は顔はよく見えなかったが、この綺麗な栗色の髪の毛は紛れもないあの時のものだ。

「えっと… どうしたの…?」
 優哉は目を丸くした。


 どうやら彼女も寂しくてここへ来たようだ。
 2年生になって転入してきたそうで、まだ友達もいないらしい。
 この子も僕と同じようなものか。と不思議な親近感を抱いた。

 彼女は吉田理枝と名乗り、まるで寂しさを吐き出すかのように、積極的に話をしてきた。


「私のおばあちゃん、イギリス人なの」
「へえ… じゃあその髪、染めてるんじゃないんだ?」
「うん、生まれつき」

 二人は短時間で親しくなっていた。

「辻君ってやさしいね」
「え? そうかな?」
「うん、やさしいよ」
 照れくさかったけど、とても楽しい時間だった。
 優哉は正直、内気な自分が異性と打ち解けていることが信じられなかった。

 それから二人は度々屋上で話をするようになり、自然と互いに恋人という関係を認めはじめていたのだ。

 楽しい時間って… なんで早く過ぎていくんだろう?





『優哉〜 どうしたの?』

『ねえ、優哉〜』


『私、優哉のこと… 好きよ』


『優哉…』

『優哉…』


 目に見えない理枝の声を頭で聞きながら、優哉はもぬけの殻となった暗い教室を調べていく。
 クセになっているのか、無意識に明かりのスイッチに手が伸びるが、明かりが灯ることはない。
 さっきからずっと、理枝が自分を呼ぶような幻聴に見舞われる。

 いないよな… いるわけがない。

 なにもいない教室を見回して、優哉は内心ホッとしていた。

『優哉…』

 まただ… もう嫌だ… やめてくれ…

『優哉…』

 トッ… トッ… トッ…

 何か聞こえる。足音か?

「理枝…?」

 ……そんなはずないか。

 トッ… トッ… トッ…

 足音はどうやら階段を上がってきているようだ。
 その階段は数分前に化け物達が下りていった階段だ。
 優哉は階段から見えない死角で、上がってくる人間か化け物かを待ちかまえた。
 こちらからもギリギリまで相手は見えない。

 足音が同じ階に到達した。

 そのまま3階に上がってくれ…! こっちに来るなっ…!!

 だが、願いも虚しく、足音は迷うことなく優哉へ近づいてくる。
 優哉は一歩後ろへ下がった。
「ふー…っ」
 汗がこめかみから顎へ、顎から床へ滴り落ちる。
 何が怖いか? 戦うことが怖いんじゃない。人を殺すことが怖いのだ。
 今まで味わったことのない異様な恐怖感。生きるにはそれに打ち克たなければいけない。
 優哉は唾を飲み込んだ。

「ひひ… ヒ…」


「え……?」

 ……うそ…………

 心臓が潰れそうなほど早鐘を打つ。
 途端に目眩がして、優哉は床に膝をついた。

 どうしてだよ……? どうして……?

 足音の主―― 女生徒の化け物が優哉の目の前に姿を現したのだ。


 綺麗な栗色の髪をなびかせて……。





 さてと、寝てる場合じゃないな。
 昇は保健室のベッドの上でいろいろと思考を巡らせていた。
 これからどうするか、どうやって脱出するのか、この悪夢の原因は何なのか…。
 しかし、どうしても答えが見つからない。

 さっきまでの気分の悪さはもう消えている。

 俺も何か行動しないと…。
 そう思い、昇は蝋燭を消して保健室を出た。

「うーん…」
 補助灯があるとはいえ、廊下はまだ暗い。しかし化け物がいないことは確認できる。

 それにしても… 静かすぎるな…。

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