5/14
第1話④
僕の返事にラフィアは満足そうにこくりと頷いた。
『契約完了ですね。完結するまでの間ですが、しばらくよろしくお願いします。私はこの世界の管理人なので、何かあったら何でも質問してください』
『ああ。ありがとう』
意外とこの天使、良い奴なのかもしれない。
「お兄ちゃん! 早くしないと茜さん来ちゃうよ!」
もうすぐメインヒロインの登場か。
僕は意気揚々と自分の部屋に戻り、学校へ向かう支度を始めた。
そういえばこの家の構造は、三次元の僕の家と全く同じだ。もしかして僕の三次元の記憶が反映されているのだろうか。
そして二階の部屋に戻り、カバンに教科書を詰めながらふと思った。僕の顔はどうなっているのだろう。
僕はカバンを持ち、洗面所があるはずの一階へ向かった。デフォルメされた自分の顔なんて、全く想像がつかない。まあ妹は可愛いし、ブサイクにはなっていないだろう。
僕は洗面所の鏡の前に立ち、恐る恐る自分の姿を見た。
『おぉっ!』
そこそこかっこいい。
三次元とは違い、僕の顔はすべてのパーツが平凡ながらも綺麗に整っていた。二次元では普通レベルかもしれないが、ラブコメ主人公によく見られる中性的な顔をしている。どうしても直らない頭の寝癖は、モブキャラとの差別化を図るためだろうか。
『どうですバナイさん。新しい顔は気に入りましたか?』
気がつけば、いつも背後にいるラフィア。彼女の姿は鏡には映っていなかった。
『……まあまあかな。でもこのレベルなら、ヒロインを落とすのには問題ないよ』
『えらい自信ですね。三次元のときとは大違いじゃないですか』
『なんてったって主人公だからな』
『まあ、あまり調子に乗り過ぎないことですね』
「お兄ちゃん、茜さんが来たよ! 早く支度して!」
麻帆が洗面所にひょっこり顔を出して僕を呼んだ。頭には大きな黄色いリボンが付いている。
三次元の人間なら馬鹿みたいで誰も付けなさそうなリボンだが、麻帆はその黄色いリボンを見事に付けこなしている。ヒロインとしてのキャラを際立たせるだけでなく、妹としての幼さも絶妙に強調されている。さすがは二次元。いちいち何もかもがあざとい。
麻帆は先に玄関へと向かい、茜を玄関に招き入れたようだ。
「茜さん。どもどもー!」
「あ、麻帆ちゃんおはよう。今日から高校生だね。制服すごく似合ってるよ!」
「本当ですか⁉ 茜さんにそう言ってもらえるとうれしいなー」
「ところで直人は?」
「お兄ちゃん、まだ支度してるみたいです」
「本当いっつもとろいんだから……。ちょっと直人! 早く来なさいよ!」
早く茜の顔が見たいので、僕も慌てて玄関に向かった。しかし、張り切るそぶりは見せないようにしないと。僕はわざとテンションを下げ、だるそうな表情を顔に浮かべた。
「おいおいそんなに急かすなよ。せっかちだなあ。そんなに焦らすなら、別に先に行ってもいいのに……てうわっ!」
一応クールに決めるつもりだった。だが玄関に立つ茜の姿を見て、僕は思わず声をあげてしまった。
幼なじみの赤坂茜。その姿はまさに、ツンデレ少女の権化と表現するに相応しいほどの、あからさまなテンプレの徹底ぶりだった。
まずなんといっても特徴的なのは、あの燃えるような赤髪ポニーテールである。今までアニメや漫画で赤髪は腐るほど見てきたが、実際に目にするとインパクトが違う。現実でこんな女子高生がいれば、頭は大丈夫かと心配になるほどの大胆さだが、やはりさすがは二次元、不可能を可能にしてくれる。驚くほどのベストマッチだ。
さらに程よいつり目の気の強そうな顔を見るだけで、今まで観てきたツンデレイベントが、走馬灯のように頭の中を駆け巡ってくる。それほどまでの、典型的ツンデレ顏だ。
まさに二次元だから可能な姿! 彼女こそまさにツンデレ少女の完成形、そしてこの物語のメインヒロインにふさわしい!
僕は心の中で合掌した。
このキャラを生み出した前作の作者に感謝。そして神に謝謝。
どこかの神に謝謝している僕に、茜が話しかけてきた。
「ちょっと直人、なによその反応。そんなにあたしの髪の色が気に食わないわけ?」
そのセリフから察するに、髪の毛を染めたばかりのようだ。新学期早々赤髪にイメチェンとは、相当勇気があるな。
「それにしても、随分雰囲気変わったな。そんなに派手な髪型で、校則違反にならないのか?」
しまった。つい気になって、現実的な質問をしてしまった。
茜が少し怒る。
「直人ってバカ? うちの校則、髪染めても大丈夫なのよ。そんなことも知らないの?」
「いや、別にバカではないだろ……」
なぜか今、意味もなく馬鹿にされたような気がする。これでは茜がただ性格悪い奴みたいに感じたが、僕の考え過ぎだろうか。
「それにこれは地毛よ地毛。前まで目立つから黒色に染めてたんだけど、あたしの赤髪、死んだお父さんの形見だから……。これからはもっと大切にしようと思ったのよ」
「茜さん、そうだったんですか……」
いつのまにか、隣で麻帆がしんみりとしていた。頭上にはラフィアの気配がする。
それにしてもこの設定、かなり無理がある気がする。そもそもメインヒロインの髪の色が派手なのは暗黙の了解であって、わざわざ説明しなくてもいいことなのに。読者はキャラさえ可愛いければ、髪の色など気にしないものである。
暗くなった雰囲気を紛らわすかのように、麻帆が明るい声をかける。
「茜さんの赤髪、すごく素敵ですよ! それにめちゃめちゃ似合ってます! 萌えますし燃えます!」
「そ、そうかな……」
少し照れる茜。……だがその表情も良い!
自然と僕の顔がにやける。
『バナイさん気持ち悪いです』
ラフィアが頭上から毒舌を吐いてくる。他のキャラには聞こえないことを良いことにやりたい放題だな。
今度は麻帆が、僕にもフォローを促すかのように肩を叩いてきた。
「本当にその髪の色、良いと思います! ねえ、お兄ちゃんもそう思うよね!」
ここにきて、かなり絶妙なふりがきた。ナイスアシストだ麻帆。僕はこのパスを待っていた!
僕は直ちに二次元データベースに検索をかけた。
赤髪ポニテ幼なじみの初登場シーン、ここで彼女のツンデレゼリフを引き出さないわけにはいかない。
ツンデレキャラのデレとはヒロイン攻略後にのみ発動されるのが基本だが、幼なじみ属性の場合は特例である。主人公と過去を共有しているという利点を生かし、約95%の幼なじみは、初期段階から主人公になんらかの好意を抱いている(橘井調べ)。なので幼なじみの場合に限り、出だしからいきなりデレを発動させることができるのだ。
ちなみにラブコメもので、メインヒロインがツンデレ幼なじみのパターンが多いのは、この特性を最大限に生かせるからである。ストーリー序盤でいきなり強烈なツンデレを食らわせることで、読者のハートを鷲掴みにしているのだ。この大きな武器を、僕も使わないわけにはいかない!
進むべき展開が見えた。
「……」
麻帆のパスに敢えて反応せず、じっと黙りこむ僕。すかさず麻帆が聞き返してくる。
「ねえ、お兄ちゃんどうしたの? 感想は?」
ここでようやく仕掛ける!
「ああごめん、思いのほか似合ってるなあと思ってぼうっとしてた」
決まった。これがラブコメの主人公の秘儀【無意識褒め】だ。
主人公の無気力設定を崩すことなく、さりげなく相手のことを褒める。しかしポロリと本音が出た感をだすことで、お世辞で言っているようには聞こえない。さらに主人公がでしゃばりすぎないことで、ツンデレの破壊力をより際立たせることができる。全ては僕の計算通りだ!
予想通り、僕のセリフに茜は顔を赤くした。
さあ茜、最高のツンデレを見せてくれ!
「な、なに急に褒めてるの。バカなんじゃないの! ……か、勘違いしないでよね! 本当にこれは地毛なんだから! 別に赤髪のこと、好きでもなんでもないんだからね!」
「……え?」
一瞬場の空気が凍る。
このキャラは、一体どこにデレているんだろう。そのセリフでは、ただの赤髪好きにしか聞こえないじゃないか!
「ちょっとお兄ちゃん!」
今度はいきなり麻帆が僕の胸ぐらを掴む。
「お兄ちゃん! 思いのほかって一言多いよ! そんなんだから、彼女ができないんだ……よ!」
なぜか麻帆は茜ではなく僕にツッコミをいれてきた。それも大外刈りをしながら。
……大外刈り!?
麻帆の鋭い足技は僕の体のバランスを一瞬にして奪い、一瞬宙に浮かんだあと、なす術もなく地面に叩きつけられた。
「ふごっ!」
おかしい。こんな展開、絶対におかしい。
「……ふう。すっきりした。それじゃあ茜さん、そろそろ学校にいきましょうよ!」
「そうだね麻帆ちゃん。やっぱり初日だから張り切ってる?」
「……おい、ちょっと待てよ!」
二人は玄関に倒れたままの僕を置き去りにし、そのまま外へ出ていってしまった。
僕は呆然としたまま、床に倒れたままで空中のラフィアに声をかけた。
『な、なあラフィア……これは一体、どういうことなんだ?』
ラフィアが無表情の冷たい視線を送る。
『バナイさん、この世界を甘く見過ぎですよ。バナイさん以外のキャラは、全員不人気打ち切り作品のキャラだって言いましたよね……。不人気作品のキャラに欠陥要素があることくらい、少し考えればわかると思ったんですけど』
『前作の記憶は消えるんじゃなかったのか?』
『癖というものは、中々消えないみたいですね。例えば間違ったツンデレとか、柔道技でツッコミをいれることとか……』
『まさか全部知ってて黙ってたのか?』
『私は別に、バナイさんを騙すつもりはありませんでしたよ。私は天使。嘘はつきません』
やられた。完全に騙された。まさかヒロイン達の正体が、エセツンデレ美少女に、怪力柔道妹だったなんて……。一体このメンツで、どうやってラブコメを盛り上げろというのか。
呆然とする僕のことを見下し、ラフィアが釘を刺してくる。
『今更契約は無しだなんて言っても聞きませんよ。バナイさんには最後まで、責任持って主人公をやってもらいますからね』
『冗談じゃないよ! 最後っていつだよ!』
『物語が綺麗に完結するまでです。完結しない限り永遠に、バナイさんはこの世界から解放されません』
僕が交わした天使との契約は、えげつない二次元との戦いを意味していたのであった。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。