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第113話 限界
《シリアス全開。要注意》
「おおぉ!? かっけえ」
現世に復活した竜さんは非常に格好良かった。全身が銀色でコーティングされており、太い竜の尻尾と引き締まったボディ。3mくらいのデカい人型の竜が誕生した。真っ黒い気が集まったというのに全身が銀色の鱗に覆われている。
竜さんは体長の倍はありそうな銀翼の羽を広げて大きく伸びをした。ブワッと威圧感を振りまき、力を抜いて羽を閉じた。とんでもなく強そうだ。しかし竜さんの黒々と光る瞳には知性が宿っているように見える。
だからだろうか。一瞬、もしかしたら悪い人じゃないかもと思ってしまった。
「久しぶりの空気だが力が入らぬ」
竜さんはそんなことを言いつつ魔王たちを見据えた。ちなみに俺は除外されております。なんたって扉の前を陣取ってるからね。なんなら竜さん側についてもいい。生きられるならなんだって構わんぞ?
「貴様らが原因か。憎き黒髪と同じ匂いがする」
「その黒髪に封じられた奴がいうセリフじゃねえな」
魔王さん。刺激を与えないでください。
クソ。こんなことなら髪染め液を作っておくべきだった。今から脱色すればまだ間に合うか?
竜さんが忌々(いまいま)しそうに魔王さんを一瞥し、次いでミノルさんを見た。そこで止めておけばいいのにロベルトさんを見た後で背後にいる俺にも視線を向けてきた。
「やめてえ。こっちを見ないで。僕ちゃんは関係ないのお」
思わず言っちゃった。辛抱たまらんって感じだったの。
今はうっかり八兵衛さんの気持ちが良く分かる。ロベルトさんの視線が突き刺さって死にそう。
「我を見てふざける、か。相も変わらず黒髪はふざけた存在だ」
「まあ、全てではないけどな。んで、どうすんだ、竜神さんよ。2000年ぶりの復活だろ? 抵抗せずに死ぬか。それとも抵抗して死ぬか。復活記念で選ばせてやる」
魔王さんってば冗談がお上手なのね。竜さんもおかしそうに笑っている。ロベルトさんより冗談が通じるようでホッとした。強面キャラはお腹いっぱいなんだよ、俺は。
そんなほんわかした空気の中で「2000年じゃなくて500年前だよ?」とミノルさんが突っ込んでいた。どっちでもいいと思うのは俺だけではないはずだ。
魔王さんの耳が赤い。きっと素で間違えたのだろう。突っ込んだら負けだな。
「我は500年も封じられていたのか。いや、短いというべきなのだろうな」
「そんなことはどうでもいい。お前の事情も知らないでもないからな。だが世界を落とそうとしたお前を助けるために封印を解いたわけじゃねえんだ。そんくらいは分かんだろ?」
「クックックッ。世界を落とすとは心外だ」
皮肉るように小さく笑った竜さんは目を細めて右手を開いて腕を横に広げた。魔王たちが警戒モードに入った。
「世界を落とすなどという小さな話ではない」
竜さんが右手を丸めるように握ると計ったように銀色の槍が現れた。そのまま握りしめたら銀槍を覆っていた銀の鱗が口を開くように一斉に逆立った。
「キモッ!?」
うっかりなの。うっかり言っちゃったの。
でも本当に気持ち悪い。至る所に“かえし”が付いた槍って、なんじゃそりゃ。あんなもんで突き刺されたら痛いじゃ済まんぞ。引き抜かれたら肉ごと持ってかれるわ。なんて凶悪な槍なのだろうか。
魔王さんは俺の発言がツボに入ったのか「確かに気持ち悪いな」なんてことを言って豪快に笑っております。
「竜神槍ですか。神の槍とは名ばかりの禍々しい魔槍ですね。本来は返しのせいで抜けなくなるんですけどオーディンさんは力が強いという話ですから可能なのでしょう」
解説ありがとうございます。ミノルさんが苦笑しながら説明してくれた。
でもさあ、オーディンさんって何よ。これから戦おうとしているのに親密過ぎやしないかい?
「この槍の素晴らしさが分からぬとは。やはりこの世界は不要ということか」
おいおい。世界を落とす判断基準は槍の良さが分かるかどうかかよ。どんだけ理不尽な理由だよ。さすがは神だな。
「お前の御託なんぞに用はねえ。神の力を失った神なんぞ、異物でしかねえんだよ」
剣を突き出して宣言する魔王さん。いやあ、痺れる口上だわ。戦闘前の舌戦は付き物だよね。これ大事。
「我は竜神。絶対の存在である世界の覇者。その我に刃向おうとは愚かなり」
「その竜神様も今ではちょっとだけ強い、ただの竜だろうが。ましてや弱体化して復活してんだ。なにが覇者だ。なにが愚かだ。てめえは偶然の産物だろうが」
「生まれるべくして生まれ、死ぬべくして死ぬ。強き者が支配し弱きものは虐げられる。それが世界の在り方であり理だ。我の存在は世界の導き。世界の声を実行せし者だ」
魔王さんに対抗したのか竜さんも槍を突き出してきた。意外と負けず嫌いらしい。実に微笑ましい光景だわ。威圧感が増さなければ、の話だけどね。
「我に支配され、我に滅ぼされることがこの世の運命。ならば世界を砕くのが我が使命。我が名はオーディン。破壊の“神なり”」
「破壊の“雷”様ね。それがどうした」
「いや、違うよ。オーディンさんは“破壊の神”と言いたいのであって“破壊の雷”だと言っているわけじゃないから」
ミノルさんの的確なツッコミによって魔王さんは大打撃を受けたようだ。また耳が赤くなった。
うんうん。分かるよ。おバカさんなだけなんだよね。「ウケるぅー」と笑ってやったら、魔王さんが激怒した。「まぎらわしい言い方をしたあいつが悪い」とか言って自分の勘違いを正当化しようと頑張ってらっしゃる。
まあ、そういう俺も“我が使命”を“和菓子名”と勘違いして「はて? 竜さんは何を言ってんだ?」と思ったもんだよ。もちろんすぐに理解したけどさ。こんなところで和菓子の名前を出すはずがないしさ。ここが日本で和菓子のお店だったら危なかった。魔王さんの二の舞なんてごめんだ。
ってかさ、今って結構大事な場面だよね? なんでこんなに愉快なの? さっきまでの緊張感はどこに行ったんだよ。
「やめんか!」
さすがのロベルトさんも見過ごせなかったようで魔王さんを止めに入った。真面目な人ほど疲れるんだよね。ご愁傷様です。
「貴様も大概にしろ」
何故か俺までお叱りを受けました。納得できない。
そして竜さんがプルプルと震えております。これは怒りですね。
「ふざけるな!!」
そりゃ怒るわ。格好良い前口上を格好良い言い回しでビシッと決めたのに、魔王さんとミノルさんはボケとツッコミに興じちゃってるんだもん。面目丸潰れだね。
「ふざけてねえ!!」
魔王さん? 気持ちは分かるけど、その返しはどうかと思う。場所が場所ならただの口喧嘩にしか思えないって。
この世界の失敗は神がいるとか、いないとかではない。一番の失敗は言語を日本語にしたことだろう。日本語は本当に難しいというお話だな。
なんか知らんが魔王さんと竜さんが必死で笑ってしまった。そして魔王さんと竜さんに同時に睨まれてしまった。
まるで勝てる気がしない。
「チクショウ。それもこれも全部テメエのせいだ」
俺から視線を外した魔王さんが責任の全てを竜さんに押し付けた。世間ではこれを逆恨みと言う。
「ここまでコケにされたのははじめてだ。いいだろう。神を侮辱した償いは貴様らの命で払ってもらおう。我の一部となり永久に生きると良い」
「なるほど。魔王さんってば竜さんの “はじめて”を奪うなんて全然、全く、これっぽっちも羨ましくないわあ」
うっかり言ってしまった。魔王さんと竜さんがプルプル震えております。2人からの殺気がヤバい。これは死ねる。
「トーゴさんは黙っててください。タケシも自分の勘違いを他人に押し付けない。オーディンさんも言葉使いに注意したほうがいいですよ?」
ミノルさんってば竜さんにも注意しちゃってるよ。
なんだ、ここは。飲み会の席か? いつから無礼講になったんだよ。
「ハアー。お前ら、いい加減にしろ」
ロベルトさんが落胆に近いため息を吐いて注意を促した。そこにミノルさんも含まれているのだが本人は気付いていないようでうんうんと頷いている。
出来る子のはずのミノルさんがこんな残念な人だったとは思いもしなかった。
「ミノルもだ」
「えっ!? なんで?」
ミノルさんはよっぽど心外だったのだろう。かなり驚いてらっしゃるわ。
「なぜオーディンに注意する必要がある。あいつは敵だぞ?」
ロベルトさんは呆れたように、そして若干疲れた感じで力なく言い放った。「そういえば敵だったっけ」とはミノルさんの言だ。この部屋にいるのはアホばかりだな。ただし俺とロベルトさんは除く。
でもミノルさんの気持ちは分かる。竜さんは悪い人には見えないもんなあ。見た目は格好良いし、ちょっとファンタジー脳になっているだけだと思えば可愛いものだ。そのファンタジー脳のスケールがデカいだけで、それさえなくなれば友達になれそうな気さえしている。もっともあの槍だけは本気でいただけないけど。
なんか戦うという空気じゃない。どちらかと言えば痛々しい。竜さんも口では怒っているけど手を出す気が全くなさそうなのよねえ。そう見せておいて一気に殲滅する、なんてことも考えられるけどそれはないだろう。
だって竜さんってばおバカさんっぽいもん。
「戦うかどうかは別にして、竜さんはどうして世界を壊そうとしてるんですかね」
この空気をどうにかしようと尋ねてみた。返答次第で戦いは必須となるが、一種の賭けだな。
「そのようなことは決まっておる。世界が我に望んでいるからだ」
出たよ、ファンタジー脳。これはドップリ浸かってるな。手遅れ感もあるが粘れるだけ粘ってみよう。
「ちなみに世界は何と言ってるんですか?」
「フン。世界の声が我に呼びかけるのだ。神の身であらねば理解などできるはずがない」
「ほほぉー。それで500年前はこの世界を壊そうとしたわけですね?」
ん? 竜さんの様子がおかしい。驚いたように虚空を見て次の瞬間には寂しげになり、今度は一転して目つきを厳しくしてこっちを睨んできた。
「黙れ!!」
おお、こわっ!? 明らかに様子が変わった。ピリピリと肌がひりつくような殺気が振りまかれている。だが普通と違う。この殺気は俺たちに対してのものじゃない。じゃあ何かと聞かれたら困るけど……情報が足りんな。もう少し引っ掻き回してみるか。
「そうっすか。ちなみに竜さんっていつ生まれたんですか?」
「……なぜそのような事を聞く」
「さあ? なんとなく? ただ竜さんがいつ生まれたのかくらいは知っておきたいなあって」
「フン。くだらん」
「ですよねえ」
だと思った。魔王さんたちも「何を言ってんだ」と言いたげな顔で俺を見てるし。ってか敵を前にしてんだから後ろを見んなよ。前を見とけってんだ。
そして竜さんよお。何を指折り数えてんのよ。しかも手の指が足りなくなって足の指まで使って、それでも足りなくて逆立った槍の鱗を数えはじめた。
「500年は経っておると言っておったな」
竜さんが口を開いた。魔王さんたちが驚いたように前を向いた。そしてミノルさんが一言「あっ、答えるんだ」とおっしゃった。
あたしゃー、何が何だか分かんなくなっちまったよ。
「む? 聞いたのは貴様らではないのか?」
「そうなんだけど……」
ミノルさんが頭をポリポリと掻きながらおっしゃいました。皆様困惑中でございます。
「ふむ。500と……ドウミチと会ったのが……今は神暦何年になるのだ」
「神暦に直すと5065年でしょうか」
ミノルさんってば凄いのね。即答でした。そして竜さんは再び指を数えはじめた。必死な姿に哀愁が漂っている。
魔王さんは剣を右手にぶら下げて欠伸をし、ロベルトさんはジッと竜さんを見ているものの尻尾さんが力なく垂れている。
そして我らがミノルさんはといえば、竜さんが計算をやり直す度に貧乏ゆすりが酷くなっている。もう双剣も仕舞っており戦う気は欠片もないらしい。
この無駄な時間は一体なんなのだろうか。俺が質問したのだが時間を返して欲しいと思ってしまった。
ようやく計算が終わったのか竜さんが顔を上げた。実に清々しい顔をしてらっしゃる。これは難しい計算を解いた後の顔だ。
竜さんってばアホなりに頑張ったんだね? 偉いね?
「我が生まれたのは神暦3000年くらいだ」
「アバウトかよ!?」
魔王さんが叫んだ。気持ちは分かる。この待機時間はなんだったのかと俺も思う。これだけの時間を使ったんだから、せめて100年単位で教えて欲しかった。
そして我らがミノルさんは「なんで諦めたの?」と竜さんに突っ込んでいる。しかもちょっぴり怒っているようだ。
今にも竜さんに詰め寄りそうなミノルさんをロベルトさんが実力行使で止めている。ミノルさんの怒るポイントがいまいち分からない。いや、怒ってもいいんだけど、諦めたことを怒るのは違うと思うんだ。
「諦めたのではない。指が足りなかっただけだ」
竜さんの背後にドドーンと崖にぶつかる荒波が見える。威風堂々とはこのことだ。実に男らしい生き様だ。ただしアホだけど。
これにはミノルさんも言葉を失ったらしい。少しの間固まっていたが、肩を落としてため息をおつきになられた。俺には竜さんよりミノルさんが分からない。そこまで落胆する意味が分からない。
「なあ、おい、竜神さんよ。お前は本当に世界を落とそうとしたのかよ」
魔王さんが疑うのも無理はない。”これ”には無理だと俺も思う。対する竜さんは深々と頷いた。が、先ほどとは違い少し寂しそうだ。
「それじゃあ、次の質問」
このままじゃ事が進まないと思い、元気に手を上げてみた。ロベルトさんの目が「黙っていろ」と語っているが、こんな視線はもう浴び慣れた。おやっさんたちといるときに何回向けられたと思っているのだってなもんよ。
そして俺には確信がある。
「竜さんも何か思い出しているみたいだし聞いてみたいと思います。竜さんは戦っていたときのことは覚えてますか?」
「……」
はい、沈黙でした。『沈黙=肯定』の方程式は正しいようです。
「これまたちなみに尋ねますが、アマリアって女神を知っていますか?」
「矮小なる者だが同時に神を名乗る愚か者だ」
「あっちは本物の神なんですけどね。それはいいけどアマリアと戦ったことはありますか?」
「あるはずがなかろう。あやつは我の前に現れたことはない」
「例えばですけど、竜さんは覚えていないことについて、何か心当たりはありませんか?」
「……」
これまた沈黙と言う答えが返ってきました。しかもちょっぴり怒気を孕んでいるようでございます。薄々勘付いているのかもね。
「トーゴさん? どういうこと?」
ミノルさんが振り返って聞いてきたが剣呑な目つきだ。この人はアマリアが噛むと人格が変わるから危険だわ。それでもここは竜さんの核心に迫る部分だから避けては通れない。
「どうもおかしいと思わない? この竜さんって言動はあれだけど悪い人には思えないっていうかさ。まあ人ではないけどそういう事じゃなくて、どういったらいいのかなあ」
「口だけ番長ってことか?」
「魔王さんってばまだ“雷様”のことを根に持っているのね━━うん、こっちを睨まないでくださいな。なんて言うんですか、本当に悪なら俺たちと言葉を交わすなんてしないでしょ? 交わしたとしても、もっと険悪になっていないとおかしいし」
「言われてみればそうだね」
「でしょ? 一度は本気で壊しにかかったみたいですから口だけ番長って言葉は適切ではないにしても、それが操られてのことだとしたらどうですか?」
魔王たち3人組の視線が厳しくなった。
でもさ、そもそも昔話からしておかしいんだよ。ウーズ大神とやらに認められた地神という存在がいて、この竜さんに負けるのか、という疑問もある。今の竜さんは神気封陣を掛けられているし、おまけに弱体化しているという事もあるだろう。そうだとしてもどうにも腑に落ちない。
もちろんそんな不確かな疑問以外にも疑うべき部分がある。
俺の精神体を奪うアマリアの小汚いやり口もそうだ。同様のことを竜さんに対してやっていないとは言い切れない。それに今は竜さんが最初の召喚者である堂道さんを呼び出したという話も少し違和を感じている。一度だが竜さんは堂道さんの名前を呼んだ。その声はよどみがなく酷く親しみを感じた。
最後に竜さんは後悔の念が強い。何を後悔しているのかは知らないが、とてつもない深い闇を抱えているような気がする。俺が通ってきた道を歩いているような、見ることを怖れているような、そんな感じだ。これは俺の勘だけど、そんな気がして仕方がない。
この問題を放置して、俺は逝けない。俺の願いの一部を竜さんは背負っている。竜さんのためだけじゃない。俺自身のためにもどうにかして取り除いてあげたいと思うのは……やはり俺のエゴなのだろうか。
「ミノルさんの見解では邪竜は人工の存在だけど、制御ができずに暴走したんですよね?」
「そうだね。それは間違いないよ」
「それに邪竜バハムート誕生の裏側にはアマリアがいるんですよね?」
「うん。そのあたりの話はノーグ神から聞いたから間違いないよ」
「ですよね。ってことは邪竜の因子を含んでいる竜さんがアマリアに意識を乗っ取られるということも考えられますよね? それって、アマリアが俺の精神体を奪って、俺を魔物化して操ろうとしている話に酷似していると思いませんか?」
この状況を一言で表すなら絶句というところだろう。ミノルさんだけではない。魔王さんもロベルトさんも、そして黙って話を聞いていた竜さんも黙り込んだ。
ほらね。竜さんってば良い子じゃないか。
ミノルさんが小さい声で「そうだね」と言った。ミノルさんはアマリアが絡むと熱くなり過ぎるきらいがあるからねえ。戦いは『心は熱く、頭は冷やす』が鉄則なのにさ。
「竜さんは地神さんとドウミチさんのことをどれくらい知ってるんですか?」
「我は……違う。いや、我は……友だった」
竜さんが四苦八苦して吐き捨てるように言い放った言葉は重かった。竜さんと地神セークレットボア、そして堂道さんは友達だったということだな。だとしたらあまりにも悲惨だ。
これがアマリアの計画だったのかもしれない。あいつはどこまで弄べば気が済むんだろうか。
「酷いことを聞きますけど、竜さんは友達だった地神さんとドウミチさんを殺そうとしたんじゃないですか?」
「違う!! 我ではない。あやつらが我を殺めに来たのだ。我は抵抗しただけだ」
「では聞き方を変えます。戦っているときの地神さんとドウミチさんの顔を覚えていますか?」
「それは……我ではない……違う!! 我では……気付いたら我もあやつらも傷だらけで……ドウミチは泣いて……おった」
竜さんの持っている神竜槍の鱗がパタンと閉じた。竜さんが震えている。俯き、恐怖に身をすくませている。綺麗な銀色の瞳から透明な雫がしたたり落ちた。
きっと竜さんは俺と同じだ。ただ俺と竜さんは決定的に違う。
封印が解かれたばかりのときは忘れていたのだろう。地神さんのことも堂道さんのことも、だ。それは竜さんの反応が物語っている。だが時間が経った今は思い出したはずだ。時折見せた表情が語っている。
気付いていたけど信じたくなかった。認めたくない。自分自身に必死で違うと言い聞かせて、正当化しようとした。
俺には分かる。竜さんの気持ちが痛いほど伝わってきた。
「地神さんもドウミチさんも、竜さんを助けたかった。だからこんな迷宮まで作って守ろうとした。違いますか?」
「……我は覚えていない。何も、何をしたのかも……我はこの手に掛けようとしたのか? そのようなことをするはずが……ない?」
竜さんが槍を持っていない左手を見て呟いた。ここに来ても認めようとしない。できないよな。できるはずがない。
煮え切らない竜さんに業を煮やした魔王さんが「逃げんじゃねえ!!」と一喝した。
でもさ、無理だって。俺だって魔園では何度も逃げようとしたからな。船長とかカレルくんたちと会ったときも手に掛けるかもしれない恐怖があった。メロディと旅をするようになってからもずっと恐怖があった。
そうなんだよ、竜さん。俺たちは逃げることはできない。アマリアからは逃れられない。それが俺と竜さんの現実だ。逃げればロクな結果にならないよ。
「まずは認めろ。やっちまったもんはどうしようもねえだろうが」
「貴様。知った風な口を利くな!!」
「うるせえ。図体ばかりデカいくせにウジウジすんじゃねえ」
「……許さん」
銀槍が再びキモい槍へと変わった。いつみてもキモいわ。今はシリアスなんだからその槍はやめておけって。俺も正気に戻ってしまったよ。魂の浸食が怖かったのにその槍で一発解決だ。
「貴様なんぞに我の気持ちが分かるか!!」
「なら逆に聞くがよ、何もできずに大切な人を目の前で奪われた者の気持ちがお前に分かんのか?」
「……」
「もっともお前みたいな奴に分かって欲しくもないけどな」
魔王がバカにするように鼻で笑った。
本当にアホばかりだな。所詮は他人だ。辛さも苦しみも他人に分かるはずがない。同じ経験をしてもそれぞれに感じ方は違う。それは当然のことだ。
マジで欠伸が出るわ。自虐大会は勘弁して欲しい。とか言いながら涙が止まらない。今はこんなんだけど魔王さんも苦労したのね。
「トーゴさん、泣きすぎ。それは引く。ドン引きですよ」
「やかましいわ。ミノルのアホ、ボケ、おたんこなす」
「まったく。あなたは何歳なんですか。というか泣く要素なんてありました?」
「想像力が豊かなんだよ。ほっとけ」
「なるほど。中二病……いえ、中二脳というやつですか」
ミノルのクソが。わざわざ言い直すなってんだ。泣き止んだら覚えてやがれ。今戦ってもグルグルパンチしか出せる気がしないから今は我慢だ、俺。スカスカの精神で耐えるんだ。人から言われたことはないけど俺だってやればできる子なんだ。
「まあ約1名壊れたが気にすんな。そんでオーディンさんよ。泣き虫野郎の言ってた続きだが、お前が地神セークレットボアとドウミチに手を出した。これはあってんだな?」
「……おそらく、状況的に考えると……間違いはない。だが我の意思ではない!! それだけは断じてない!!」
「ああ。分かってる。お前が自らの意思でそんなことをするとは思っちゃいねえよ。んじゃ次だ。途中からは覚えてんだよな?」
「うむ。思い出したのだ。覚えておる」
「そうかい。じゃあ正気に戻ったのになんでお前は封印されることになったんだ? 理由くらいは知ってんだろ?」
魔王さん、パネエっす。ズバズバ切り込んでらっしゃるわ。まあ相手は竜神だし手加減は無用ってことかねえ。神の力を封じているとは言っても実力は魔王たち3人が束になって同等って感じだもんね。遠慮なんかしないってかい。
でもさ、そんな竜さんに切り込む胆力が凄い。尊敬しちゃう。ただし俺のことを泣き虫野郎と言った言葉だけは後で撤回してもらう。
「我を守るため。それが……ドウミチの最後の言葉だった……そうか。ようやく合点がいった。そこの泣き虫が言った通りだとしたら、我が狂わぬように封じたのであろう」
「泣き虫言うな!!」
「まあ、そういうことなんだろうな」
スルーされた。血を吐く思いで叫んだのに見向きもされなかった。
「シリアスが台無しだね」
「えっ? シリアルが食べたかったの?」
ミノルさんが余計なことを言ったせいで本当に台無しだわ。
「ほんと、この空気をどうするつもりなの?」
「はいはい。どうもすみませんでした。私が悪うございました」
ケッ。誰が話し合いのきっかけを作ったと思ってんだよ。俺様だぞ? もっと俺に構えってんだ。
「そういうことなら戦う理由はねえな。しっかし勢い込んで乗り込んだんだ。何かしらの成果は挙げねえとな」
魔王さんはミノルさんに続いて剣を収めていた。振り上げた拳の行先がなくて困っているようだ。くれぐれも俺に向けないように注意しておこう。ロベルトさんは今もジッと竜さんを見つめている。この人だけはブレない。ある意味凄いわ。
魔王さんの呟きに俺の宿敵となりつつあるミノルさんが「成果なら十分じゃないの?」と答えた。
「それにオーディンさんもアマリアのアバズレには仕返ししたいでしょ?」
「叶うなら、この手で八つ裂きにしたいとは思うが……自我を失わずにいられるかは分からぬ。あのような間違いは犯したくはない」
「だよね。正直、オーディンさんがあのアバズレと一緒に暴れたら勝てる気がしないんだよねえ」
「そういえば500年経っていると言っていたな。今、外の世界はどうなっておるのだ?」
「そのあたりのことも含めて状況を説明したほうがいいかもしれませんね。休憩しながら話しましょうか」
一体こんな結果を誰が想像しただろうか。倒すために侵入した魔迷宮の最奥でお茶を飲みながら楽しくおしゃべりをする。想像力豊かな俺でさえ想像だにしなかったわ。
覚悟をしてきただけに泣きたいくらいに情けない。俺はどんな顔をしてメロディたちに会えばいいのだろうか。
ってか竜さんってば猫舌でした。せっかく温まるように熱々のトーゴ茶を振る舞ったのに、正座をして湯呑みを両手で包み込み、フーフーと息を吹きかけてチビチビと飲んでおります。しかも舌を出してちょっぴり泣きながら「あつひっ」とおっしゃりやがりました。
それでいいのか自称破壊神のオーディンさんよ。見た目が格好良いだけに正直幻滅っす。っていうか神って神気とか魔素とかの塊だろ? 熱いとか分かるのか?
そして狼人族で隻眼のイケメンであるロベルトさんも猫舌だった。
世の中は不思議で溢れているようだ。
お茶を飲みながらミノルさんが世の中の動きを話していった。竜さんは「ふんふん」と言いながら聞いていたがお茶が熱くて仕方がないみたい。ちょっとイラつきながらも必死で飲もうとしていた。日本人の俺たちが普通に飲んでいるのが気に入らないらしい。そんなところで対抗する意味が分からない。
本当にミノルさんの話を聞いているのか疑わしいレベルで必死だった。もっとも見せつけるように飲んでみせた俺たちが悪いのだが、これは言わないお約束だ。だって魔王さんも同じことをして竜さんを泣かせてたもん。
「そういう訳で近い将来に戦いが起こると思います」
ミノルさんが締めくくった。
ごめん。竜さんが面白くて全く聞いてなかった。竜さんも同様だったようで目を大きく開けてミノルさんに視線を移した。そしてパチクリと瞬きをしてスッと視線を外しやがった。
ミノルさんも竜さんが聞いていないことを承知で喋っていたようで、ニコニコと超絶スマイルを浮かべて竜さんを見ている。ただしミノルさんの身体からは黒い靄が”もわもわ”と出ております。この靄は幻覚かもしれない。だが俺には見える。
間違いなく怒ってらっしゃる。
火の粉は勘弁。ということでミノルさんに背を向けて冷めつつあるお茶を嗜んだ。
お茶は日本人の心です。
「ではトーゴさん。同じことを説明してあげてください」
「なんだって!?」
俺の驚きが分かるだろうか。俺には分からない。この人が俺に話を振った理由が分からない。「さあ」とか言われて勧められたが丁重にお断りしたい。
同罪である魔王さんを見たら、我関せずと言った体でトーゴ茶をすすっていた。
信じられん。この裏切りもんが。
「えっとですね。アマリアが復活して世の中は戦乱へと変わりつつありますってことです」
「な、なるほど。我もそんな気がしていたところだ」
バカヤロウ。意味不明な乗り方をすんじゃねえよ。“箱乗り”より性質が悪いんじゃ。分からないなら聞き返せってんだ。そしたら俺だけは難を逃れられたんだよ。アホたれが。
しかし竜さんってばちょっと人間臭すぎやしないか?
人間と言うか日本人臭い。きっと堂道さんとやらの影響があったのだろう。お茶の飲み方といい、対応の仕方といい、図体がデカいのにやけに小心者な所も日本人っぽいし、そうとしか考えられない。
「そうなんだ。竜さんって神様なだけあって凄いよねえ。封印されていても世の中の動きを薄々感じてたんだ」
「と、当然だ。我は破壊の神“オーディン”ぞ。世界の頂に君臨せし者であり、世界の理を実行する者なり」
う、嘘くせえ。もはや小物臭しかしねえ。
「こやつ、喋れば喋るほどメッキが剥がれてやがる。鱗が銀なだけに……プッ」
俺ってばいい事言った。1人でプククと笑ったら、次いで魔王さんとミノルさんが爆笑した。日本人にしか伝わらない面白さがあったようだ。
「くだらねえ」
違ったようだ。あまりのくだらなさに笑っただけみたいだ。トーゴ、ショック!?
だが身を砕いたおかげでミノルさんの怒りは収まった。代わりに俺のハートには大きな傷が付いたけどね。
ミノルさんはひとしきり笑った後で良い笑顔でもう一度説明をはじめた。結果良ければすべて良しってことにしておこう。
次は俺だけではなく竜さんもちゃんと聞いていた。なんかテスト直前の授業みたいでいたたまれなかった。それでも講義が終わった後で何を聞かれるか分からないというプレッシャーがあるから聞くしかない。
「ということです」
「そうか。また戦いがはじまるのだな?」
「そういうことです。あのアバズレも今回は対策を講じていますし、人員からしても、もしかするとこれまでの戦いの中で最も厳しい戦いになるかも知れません」
完全体の蛇女と戦うのは歴史を紐解いてもはじめてのことらしい。500年前は地神がいたからアマリアは世界に身を晒すことはできなかった。100年前の戦いでは大戦前に蛇女は『神気封陣』を掛けられており神気を失っていたらしいから実力なんて微塵も発揮できずに戦線離脱していた。
しかも他の神と戦いはしたが、魔王派には他の神が味方に付いていたこともあるし、神たちも大地の荒廃を怖れて全力は出さなかったという話だ。それでも地形は変わったらしいけどね。
つまり蛇女の実力は未知数。さらに今回は俺から奪った精神体も持っている。どうなるかは誰にも分からない。
「オーディンをどうするかが問題だ」
沈黙を保っていたロベルトさんがボソッと呟いた。そう。ロベルトさんの言うとおりだ。竜さんが蛇女と接触すれば俺と同じで自我を失う可能性が高い。
竜さんってばおバカさんだけど強い。今は復活の魔法陣の影響で弱体化しており、神気も封じられている。それなのに実力は魔王たち3人を併せたレベルの強さだ。
竜さんが蛇女側に着いたらまず勝てない。それだけは避けたいし、竜さんも望んではいない。
「神である我が使われるなど業腹であるな」
「まずはその対処が必要でしょうね。トーゴさん? なにか手はありますか?」
ミノルさんに水を向けられたが俺と同じ手は使えんよなあ。
「うーん、どうだろう。神って魂とか精神体とかの概念はないんでしょ? あいつが俺の精神体を奪っているって事実からしてもそうとしか思えないし」
「神たる我にそのようなモノがあるはずがない」
「となるとじゃあ、なんで竜さんは我を忘れたんだって話になるんだけどさ。そのあたりはどうなのさ」
なんだろう。竜さんがショボーンとなった。お茶を持ったまま背中を丸めて……年金生活のじいちゃんに見えてきた。ここが縁側ならピッタリだな。見た目が竜なのが凄く残念だ。
「我にも分からぬ」
まあ、そりゃそうだわな。分からないから操られて地神とか堂道さんたちを襲ったわけだしね。ミノルさんにも聞いてみたが分からないらしい。やはりここは専門家の出番か。
「じゃあ、その道のスペシャリストにでも聞いてみますかね。堕天使よ、おいでませ。『堕天使降臨』」
久しぶりに登場の堕天使。しかも今回はレベル10の堕天使だ。
部屋の天井にできた闇の塊が一文字に切り裂かれて、裂け目からクルクルと黒い物体が縦回転をしながら現れた。偉い張り切っているご様子だ。
丸まったまま空中で静止して、黒い羽根を広げると同時に胸を張るように身体を伸ばした。しかも仰け反るように天井を見上げ、黒い羽根をまき散らしている。
しばらく感傷にでも浸っているのだろう。目立ちたがりの性分は健在のようだ。相変わらずでちょっと安心した。
魔王さんとミノルさんは痛い子を見るような目で見ていた。ロベルトさんは堕天使のまき散らす気配に一瞬だけ警戒したが演出のアホさに”害無し”と判断したのか無視している。
そして竜さんはと言えばキラキラした目で堕天使を見ていた。なんか堕天使をリスペクトしたみたいだ。似た者同士ってことだな。
わっさわさと漆黒の翼を羽ばたかせながら降りてきた堕天使の顔は誇らしげだった。これが俺の一部とか勘弁してくれとしか言いようがない。
本当は良い子なのにどうしてこうなったのかねえ。
「主様、お久しぶりでございます」
「そうだね。久しぶり。レベル10の召喚だけどさ、理由は分かってるよね?」
「もちろんでございます。竜神“オーディン”。世界の生み出した破壊神であり、世界の代行者にして光に守られし者」
「うん? 光に守られし者ってなんのこと?」
堕天使ってば初っ端から全開だわ。いつもは前置きでウザいことを言ってくるのにさ。今さら言う必要もないってことかねえ。
「主様。まずはご挨拶をしたく思います」
「ああ、そうだった。って堕天使がいきなり変なことを言うからだろうが」
「混乱している主様に替わりましてご挨拶いたします。主様のお守り役を担っております堕天使と申します。以後、よろしくお願いいたします」
「誰が混乱してんだよ。アホか」
こいつ……前言撤回。相変わらずウザい。お守り役ってなんだよ。そんな役職を与えた覚えはねえよ。
くそ。見た目がイケメンなだけに余計むかつく。
「えっと、前に会った死神くんと同じ存在ってことでいいの?」
ミノルさん、お帰りなさい。堕天使の演出に唖然としていたが正気に戻ったようだ。いやいや、良かった良かった。
「そのような理解で結構です。ただし死神さんとは役割が違いますので当然ながら能力も違います」
「たしか死神くんはトーゴさんの精神体を集めることができるんでしたよね?」
「その通りです。これから共に戦うことになりますからある程度は把握していただいたほうがよろしいでしょう。主様? いかがですか?」
「ああ、好きにしてくれ。俺はノータッチだ」
「男相手では食指も動きませんか」
「そういう意味じゃねえ。レベル10で召喚してもそれかよ」
淹れ立てのお茶をぶっかけてえ。勿体ないからそんなことはしないけどさ。
「主様は放っておいて話を進めてもよろしいですか?」
堕天使のクソ野郎が。一言余計だってんだ。勝手に進めろよ。
俺の自我がなくなったら堕天使たちが交渉を行うことになるから面通しの意味もあって召喚したのだが失敗だったかもしれない。俺の精神体が危険域まで達しそうだ。
「何からお話しいたしましょうか」
「その前にいいか?」
「現代の魔王様であり日本名“揺 武志”様ですね。それでなんでしょうか?」
うわあ。堕天使ってば知識をひけらかしてやがる。「ワタクシなんでも知ってますよ? 何か?」みたいな痛々しい空気が満載じゃねえか。
あの魔王さんもドン引きですって。これが俺の一面とかマジでないわあ。
「ま、まあ、たいしたことじゃねえんだけどよ、お前はどこまで知ってんだ? いや、どこまで知ることができるんだ?」
魔王さんってば鋭い。長生きは伊達じゃないんだね。
「どこまで、ですか。ではそこからお話しいたしましょう」
堕天使が正座して話しはじめた。俺はお茶くみ係りだ。暇なのでアツアツのお茶を竜さんに入れてあげたら、またもやムキになって飲みはじめた。面白すぎる。
「ワタクシたちは魔法体という存在です。魔法、つまりは魔法の源である魔素体とも言えます。存在としてはオーディン様に近しい存在です」
「神と同じということか?」
「いえ、厳密には神とは違います。現在のオーディン様は神気を遮断されておりますからワタクシたちと近いのでしょう。しかし現実には別個のものです。このあたりは非常に難しいのです」
「いまいち分からんな。ミノルは分かるか?」
魔王さんは早々に投げだしたようだ。諦めたらミノルさんに怒られるぞ? というかさあ、諦めるのが早すぎないかい?
「なんとなく言いたいことは分かるけど、もう少し聞かないと何とも言えないかな」
「さすがは宰相様でございます。まずはワタクシたちの存在についてご説明いたしましょう。ワタクシたちは魔素体と申しましたが精神体を持っているため特殊な存在です。しかし魂はございません。通常は魂と精神体は持っているものですから、この世界の摂理に反した存在であると言う事です」
「そうですね。魔物であっても本来は両方を持っています。ですが堕天使さんは精神体のみの存在。ということは堕天使さんたちを入れると魂と精神体を持った者、魂だけしか持たない者、精神体しか持たない者、神のようにどちらも持たない者。この4つがあるということですね?」
「はい。理解が早くて何よりです。主様は何度説明してもご理解いただけなかったので助かります」
「やかましいわ」
なぜそこで俺をディスるんだよ。静かにお茶を飲みながら竜さんの反応を楽しんでるんだから放っておいて欲しい。
「ここまではよろしいでしょうか?」
堕天使は確認を取り小さく微笑んだ。俺に説明した時は一方的に喋りまくるだけで確認なんて一度も取ってこなかった。
俺のときもこうやって内容を分けてくれたら理解できたんだよ。ふざけんなってんだ。俺が悪いんじゃなくて堕天使の説明の仕方が悪かったんだ。絶対そうだ。
「主様? 心の声がうるさいので黙っておいてくださいませ」
「はいはい。分かりましたよ」
「それでは次へと参りましょう。魂と精神体の役割はご存知だと思います。簡単に言いますと精神体で演算し、魂が確定するボタンであり、肉体が実行する。そのような関係です。そこで魂だけの存在の場合はどうなるか。これは想像に難くはないでしょう」
「つまり魂反射ですね?」
「その通りです。視覚から得た情報やその他の五感、もしくは六感から得た情報をダイレクトに魂が受け取り、感覚的に動くことになります。そこに感情は入りません。ある意味では最も原始的な行動と言えるでしょう。大切なことは魂には脳と同じで蓄積されたデータが残るということです。演算はできずとも情報の積み重ねにより引き出しが増えて瞬間的な防御や攻撃が可能となります。では精神体だけの場合はどうなるかお分かりでしょうか」
「堕天使さんの例えで言えば確定する機関がないということですから演算し、確定せずに実行されるということですか。一見すると速そうですが、その場合は反射的な攻防が不得手となりますね」
「はい。そのような理解で構いません。魂の役割は瞬間的な反応を助けるための機関ですから普通に生活する分ではあまり必要ありません。ではなぜ魂と言う機関の介入が必要なのか、という話になります。つまり魂とはそもそもなんなのかという話です」
ミノルさんが言っていたが魂とか精神体というものは本来は見ることができない。あくまでも無形のものだからそこにあったとしても気付くことはない。その無形を有形にしてしまうのが闇魔法から生み出された堕天使たちだ。
彼らがいなければ俺は既に化け物になっていただろう。堕天使たちが生まれたのは本当にラッキーだった。
「魂の役割を簡単に言えば輪廻転生となります。地球でいうなれば遺伝子レベルでの適応能力と言えば良いでしょうか。もちろん確認がなされておりませんがこの世界にも遺伝子はあるのでしょう。しかし独自の進化を遂げているこちらの世界では魂こそが進化の役割を担っているのです」
難しい話になってるわ。俺には関係ないからどうでもいいのだがミノルさんにとっては目から鱗らしい。興味津々ですね。
「死者の魂は空中を漂い魔素と融合して新たな生命に宿ります。ここで1つだけ訂正しておきましょう。どうも皆さまは誤解されているようですが、魔素に溶け込んだ1つの魂が1つの肉体に宿るわけではありません。魂は他の魂と融合します。新たな肉体に宿る魂は複数の情報を持っているということです。そして最も注意を払うべきは深く刻まれた歴史が浅い歴史を上書きするという点でございます。新しい命に宿る魂はもっとも深く刻まれた歴史を持つ魂であり、その他は消されることとなります」
「魂が共食いを行うということですか?」
「そう捉えていただいて構いません。親子によって肉体が似るのは遺伝子の影響でしょう。しかし才能という点で見れば遺伝よりも魂の在り方が大きいと断言致します」
「その論で行くと人に魔物の魂が宿ることもあるということになりますが」
「その通りです。そこが最も重要となります。魔物は精神体よりも魂で動きます。それは脳の発達が未発達だからです。精神体は脳に溜めた記憶を基に計算をいたします。ですので脳の発達が未成熟な幼子や魔物は魂の影響を色濃く受けるのです。極論をいうなれば魔物は魂のみを使います。つまり魂に魔物の歴史が深く刻まれるということと同義です。そしてその魂は死後にその他の魂を浸食します。結果、魔物の魂を持った人間が量産されることとなるのです」
ミノルさんは絶句。魔王さんは良く分かっていないな。ロベルトさんは狼のお耳がピクピクしている。竜さんはお茶に夢中で聴いちゃいない。
このパーティーは大丈夫か心配になってきた。かなりディープな話をしているのに聞いているのがミノルさんだけで理解しているのもミノルさんだけ。正直俺もあまり興味がないから実質ミノルさんだけが頼りの綱だ。
「それだけではありません。魔素との融合により魔物も生まれます。特に魔物は魔素溜まりから生まれます。つまり人よりも多くの魂を吸収しているという事に他なりません。多くの魂が食い合った結果で生まれるのです。それは強大な力を持って生まれることに繋がります。ですので世界は破滅の一途を辿っているとも言えるのです」
「ちょ、ちょっと待ってください。人は魔物に侵された魂を身に宿して凶暴となり、魔物はより強くなって生まれるということですか?」
「はい。本当にご理解が早くて助かります。もっとも人は精神体の影響のほうが大きいため人も強くなってはいます。ただ魔物の強化のほうが早いと言う事です」
「結果的には同じ? いや、でも、まさか」
「そうです。本来であれば人は淘汰されるべき運命にあります。しかしそうはなっていません。ここで竜神であるオーディン様や地神であるセークレットボア様が出てきます。彼らのことは調停者と呼べば良いでしょうか」
「調停者ですか」
「そうです。人と魔物のバランスを計る調停者。幾多の魂を吸収し、濃くなり過ぎた魔素を奪って生まれた存在。それが主様の怨敵であるアマリアとは違う形態で生まれたこの世界の神です。まさしく調整するために生まれたといっても良いのではないでしょうか」
「オーディンさんも同じ理由で生まれたということですよね?」
「おそらく、と申しておきましょう。ワタクシが見ることのできるのは大気・魔素・魂・精神体の動きです。神気についても分かりますが例外ですので今は置いておきましょう。魔王様のご質問もありましたので長くなりましたが本題へと参ります。天界の神であるアマリアが主様の精神体を奪っている理由はミノル様の敷いた神気封陣を防ぐためで間違いはありません。先ほど神気封陣の効果は主様の目を通して拝見させていただきましたので確信しております。その前にまずは神気とは何かという話から参りましょう。神気とはこの世界に存在しない素体、ここでは魔素にちなみ神素と申しましょう。これは主様とアマリアが出会ったことで分かったことなのですが、神素とは純粋な魔素のことです。魂との融合のない純粋な魔素。濁りのない真水と考えてください。あまりに綺麗なために魂は浄化され存在できません。そして神気封陣とは神素を汚すもののことです」
「真水を生き物の住める環境に変えるということですか?」
「いえ、大まかに言えばそうですが厳密に言えば違います。そもそも魔素とは卵が先か鶏が先か、という話に似ておりますが、魔素とは魔力。魔力としての役割が先か、魂を融合するための媒体としての役割が先かということです」
「なるほど。つまり堕天使さんは魂と魂を結びつける役割が先だとおっしゃりたいのですね?」
「はい。そう申しますのも魂の混在しない魔素はこの世界では無意味なのです。魔素には本来は色がございせん。皆様は魔法の属性というものをお持ちのはずです。それは純粋な魔素に精霊が色を付けているからです。そして精霊とは何かと申しますと、良性の魂から生まれた者たちのことなのです。ここにも精霊は漂っております」
精霊ねえ。見えない人からしたら眉唾だよなあ。ミノルさんは唸ってるけど、心当たりがあるのかもね。俺には何が何やらさっぱりだ。
「精霊もこの世界を保つ大切な役割を担っております。魔素に色を付け魂の住みやすい環境を整えるのです。善良な魂には光を与え、悪しき魂には闇や炎を与えてお互いに噛み合わせることで均衡を保っているのです。また善良な魂の中から命として産まれなかったものが精霊となり、同じことが繰り返されます。反対に悪しき魂は必ず新しい命として産まれます。こうしてバランスをたもっているのです」
「そうですか。精霊の役割がようやく分かりました。ありがとうございます」
「いえ。それでは続きへと参りましょう。つまり魔素は精霊の手を借りて魂を繋げているという事です。しかしアマリアが使う神素では魂は生存できません。なぜなら良性の魂、精霊が住めないのです。色が付きませんので神気に触れた魂は生きることができず消滅します。しかし本来であれば悪い事ではありません。生き物の生存本能は劣りますが遺伝子と言う存在がありますから時間はかかっても適応はしていくことでしょう。しかしそれは死後の話です。存命中にそのような神素を浴びれば生きたまま魂を失うことになります。この浸食を防いでいるものが肉体です」
「肉体は筋肉を動かすだけではないということですか」
「はい。それは当然と言えば当然です。人には発汗機能が備わっておりますし、神経もあります。地球の解剖学も一部は有効ではないかと思います。しかしやはり異世界は異世界。地球の医学を用いたとしても解明はできません。それは精神体を失った場合や魂を消失した場合において顕著に表れています。よって動作に関しては精神体と魂、そして肉体の関係で成り立っていると言っても過言ではありません」
「確かにその通りですね」
「はい。話を戻しますが神素に当てられても肉体が守ってくれるため魂の消滅は起こりません。ですが影響はあります。純粋な、それも大量の神素に当てられた場合は完全に侵入を防ぐことはできません。ここで出てくるのが肉体から精神体への信号です。身体を動かした場合に肉体は様々な情報を精神体や脳へと伝えていることはご存知だと思います」
「情報のフィードバック機能のことですね」
「その通りです。これは神素防衛の保護機能でも活動します。神素を防ぎきれなくなった場合、肉体は魂を助けるために精神体へと助けを求めます。そして精神体は脳と協力して魂の保護のために全機能を神素の排除へと向けます。そのため一時的に精神体と魂の連絡が途切れ、動けなくなるのです。防衛反応の一種と考えてください。当然ながら肉体も防衛に動きますので仮に魂反射が起こったとしても肉体は反応をしません」
うむ。難しくてやっぱり良く分からん。何度も聞いたから何となくは分かるが、それでも100%かと言われれば否と答えるしかない。地球人の感覚からしたらややこしいことこの上ない。
簡単に言えば動作には精神体と魂、そして肉体が必須。これは堕天使なんかの大気の流れが見えるモノだけしか理解ができないだろう。そしてその他の機能、例えば内臓機能などは地球と同じで脳からの指令で動く。そんな感じだ。
ミノルさんは理解しているっぽいけどこれは年の功だろうか。
「そうですか。神気の中で動けないのは魂の消滅を防ぐための防衛機能ということですか。しかしそれだと神気の中でトーゴさんが動けた理由が分かりません」
「そうです。本来であれば神気には対抗できません。ですが主様は別です。主様の場合は魂の積み重ねではなくワタクシたち、というよりも死神さんの手で刻み込んでおります。ワタクシやもう一方の悪魔さんであれば短時間で終わらせることは可能です。しかしワタクシたちでは深く刻むことはできません。本来は避けたい手法なのですが死神さんであれば時間をかけて浸み込むように刻むことで精神体の機能の一部を譲渡することも可能なのです」
堕天使ちゃんよ。その話は何度もしただろうが。納得したんじゃないのかい? そんなに辛そうな顔をすんなよ。心配症はこれだから困る。
「トーゴさんが可能であるのなら、僕たちに対しても行うことができるのでしょうか」
「お勧めはしません。先ほども申した通り本来は絶対に避けなければならない方法です。リスクが大きすぎます。下手をすると、いえ間違いなく精神が狂います。この例えが正しいかは分かりませんが気絶できない状態で麻酔なしに外科手術を受け続けるようなものだと考えてください。それを数時間に分けて何度も行います。狂わないほうがおかしいのです」
「おいおい。俺がおかしいみたいに言うなよ」
「主様は十分おかしいのですから静かになさっていてください」
ったく。この話になるといつもこれだ。堕天使でさえこれなんだから聖母のマリアさんとか聖霊のアリア姉さんとかがどれだけ反対しているか分かるってなもんだ。たしなめるのが主である俺の仕事ってのが情けないわ。
「正直に申し上げれば主様にもすぐに止めていただきたいところです。時間がかかる理由を申し上げれば魂のコーティングに時間がかかるということです。完全にとはいきませんが精神体の一部の機能を受け継がせるためには魂の拡張も必要となります。また脳との連絡回路の構築も必要となります。精神体の機能を受け継ぐとはそういうことです。主様が神素といいますか神気に対抗できたのは魂に融合させた精神体が魂のすぐ近くで守ったからです。その精神体が魂を守ることに全力を傾けることで肉体も防衛から手を放し動くことが可能となりました。もっともはじめの遭遇は偶然であり、動けたのも偶然でした。当初はここまでの事態は想定していなかったのです。ただ主様が自我を失った後に人を殺めぬようにとはじめたものです。しかしもう一度申しますが主様以外では精神が持ちません。廃人となるのは間違いありません」
「それだけのことをトーゴさんはやっているということですか?」
「はい。はじめは抜け出た精神体を精神体に戻しておりましたが、完全に回収できるわけではありません。いつかは精神体を失ってしまいます。苦肉の策。そういうことです」
分かってんじゃねえか。時間の問題だったんだからいつかは魂に刻まないといけなくなってたんだ。いつかはやらなきゃいけないのになんでみんな反対すんだよ。
堕天使が睨んできたが俺は知らね。どっちにしろもう終わってるし問題ないな。
「そう、ですか。分かりました。トーゴさんが神気の中で動けるのは魂に精神体の機能が備わっているからと言う事でいいんですね?」
「はい。概ね間違いありません。詳しく説明を行いましたので少々ややこしくなりましたが、精神体と魂を切り離せば拒絶反応で身体は止まります。しかし主様の場合は精神体と魂が同居しておりますので拒絶反応は出ず、それぞれの働きを並行して行うことができると考えてください」
「トーゴさんの状態については理解しました。では神気封陣について詳しく伺っても良いですか?」
「畏まりました。神気については先ほど述べたように魂への干渉が強く起こります。神気封陣は純粋な神素を魔素のレベルまで落とし込みます。それは神気の源、天界とのパスを遮断すると言う事です。無限供給を止めてしまう役割もあるのです。神気を扱えなくなった神は我らと同じ魔法体、もしくは魔素体となります。そこで新たな疑問が出てくるはずです。なぜアマリアは主殿の精神体を必要としたのかという疑問です。これはアマリア自身がワタクシたちやオーディン様のように肉体が素体でできているためです。もちろんアマリアは神素で作られていますが基本は同じです。そして神気封陣は肉体も魔素のレベルまで落とされます。本来であれば防ぐことは出来ません。先ほど神気を浴びた場合は肉体の防衛が追いつかない場合に精神体に助けを求めるという話をしましたが、同じような防衛機能を手に入れるために精神体を持ったものと考えております。この点は以前にミノル様がお話しになった内容と同意見でございます。先ほどオーディン様に施された神気封陣の機能を拝見したことで十中八九正解でしょう」
「つまりはアマリアにとっての神気封陣は、僕たちが神気を浴びた状態と同じだと言う事ですか?」
「機能的には同じです。ただしアマリアには魂と言う存在はありません。そもそも神素の中で魂は存在できませんから。ただ精神体を持つことで防衛が可能となることは確かです。言い忘れておりましたが神素に触れて魂が消滅するという現象は主殿とアマリアが接触したときに確認しております」
「なるほど。そういうことだったんだ。前回の大戦の前にアマリアに神気封陣を掛けたときは、動きは落ちてたけど動けていたから話を聞いていて疑問だったんですよね」
「そうですか。そうであれば100%正解だと言っても良いでしょう。では神気封陣についてはよろしいでしょうか?」
「そうですね。では本題ですがオーディンさんが自我を失う理由と対策について分かることがありましたら教えてください」
ようやく本題か。前置きが長いよ。魔王さんなんて舟を漕いでるし、竜さんは何度もお茶を要求して頑張ってるし、ロベルトさんは、話は聞いているけど剣の手入れなんてしてるし、なんかしらんが俺の話にもなってたし。ここには自由人しかおらんのか。シャンとしやがれってんだ。
とか言ってはいるが俺も本を読みながら話を聞いていたから人の事は言えない。
「オーディンさんも自分のことなんですからちゃんと聞いてください」
ミノルさんが目つきを厳しくして舌を真っ赤にした竜さんに注意した。本人は「ほえっ?」とアホな声をあげて驚いていたが誰も突っ込まない。なんたって竜さんだから。どんな人かはすでに知られている。本当に残念な竜さんだわ。
竜さんは完全無視でミノルさんは「お願いします」と堕天使如きに頭を下げていた。主として誇るところかもしれないが相手が堕天使だと少しモヤモヤする。
「畏まりました。まず復習ですがオーディン様も魔素から生まれた存在です。当然ながら魂も精神体も持ち合わせておりません。魔素から生まれた存在で神気も扱える奇特な存在です。これは一種の変異と言えるのでしょう。オーディン様の言葉を借りれば世界の理が生んだと言えます。しかし本当に偶然かと問われれば悩むところです。生まれる前に邪竜と言う存在があり、手段については推測の域を出ませんが邪竜バハムートの魔素を集結して作られたと考えるのが妥当でしょう」
「その手段について心当たりがあるってこと?」
「あると言えばあります。簡単な話なのです。神素の存在さえ解き明かせば答えは見えてまいります。魔素体となった邪竜の流れに沿って神気を流すだけです。邪竜バハムートがどのような存在なのかが分からない以上はやはり推測となってしましますが邪竜の因子を殺させないように保護しつつ、悪しき魂を集めていけば強大な力を持ったモノが生まれます」
「まさか……そんなことが」
「可能でございます。そうですよね? オーディン様?」
なんかミノルさんが驚いてらっしゃいます。対する竜さんは真っ赤な舌を引っ込めて「うむ」とか言いやがった。しかも無駄に凛々しい。全部が無駄に見える。そして嘘くさい。本当に内容を分かって頷いているのか疑問だ。
「方法についてはよろしいでしょうか?」
「ああ、うん。話の腰を折ってしまい申し訳ありません」
ミノルさんが頭を下げた。まあ礼儀は大事だよねえ。相手が堕天使じゃなければ尚良しなのだけど、残念ながらミノルさんが頭を下げている相手は堕天使だ。
「いえ。ではオーディン様の存在について説明を行いたいと思います。身体の組織については魔素の集合体で間違いはありません。復活する前に感じた大気の流れから神気を操ることができたことも確認しております。つまりは魔素と神素の切り替えが可能なハイブリットの生命体といったところでしょう。純粋な神素の塊であるアマリアほど神気の扱いには長けてはおられないようですが、それでも神素を使えるだけに魔法の抵抗値も高く、常人では不可能なほどの身体能力も持っているはずです。それは神気封陣を掛けられた現在でも変わりません。まあ、そこは関係ありませんから良いでしょう。問題の自我を失う理由についてですがこれは邪竜の因子の影響で間違いはありません。身体を構成する一部にアマリアと同じ反応があります。それでも弱いものですからある程度の抵抗は可能なはずです。現在の状態から推察すると封印からの解放時に力を奪われたことでアマリアの呪縛からある程度守られていると言っても良いでしょう」
「ってことはなんだ。現在のままでも自我を失うことはないってことか?」
魔王さんがようやくお目覚めになったようだ。この人は大事な所で決める類の人だ。俺は大事な所で大ポカをやらかす類の人だけどね。
「それは確証できかねます。と言いますのも反応は弱くとも身体を構成する魔素から感じ取れるほどです。割合は薄くとも全身から感じます。この状態で交戦となった場合、どちらに転ぶかは分かりません。それでも神気封陣を除いても元の身体が弱体化していることと無関係ではないでしょう」
「我は……戦えぬのか」
「そうでもありません。まだ気付きませんか? オーディン様は復活してから徐々に力を増していっているはずです。大気中の魔素量がゆっくりではありますが減っております。比例してオーディン様の堆積量が増しています。しかも新しい魔素を組み込んでいるのでしょう。アマリアの因子も抑え込みつつあります」
「そう言われれば力が漲ってきておるような気がする。ではアマリアと戦えるのだな?」
「そうなのですか? この調子で行けば50年ほどで抗うことができる程度の回復なのですが」
思わずお茶を噴き出してしまった。だってこれは驚くだろう。魔王さんも驚いて咳き込んだみたいだが、マジで意味がねえよ。50年後だと世界かアマリアのどちらかが死んでると思うんだ。
俺の大切な魔王統治国家使用文字辞典が濡れちまったよ。そしてロベルトさんがこれ見よがしに俺から距離をとった。不可抗力だっただけにちょっとショック。
「大気の魔素を吸収しているとはいえ微々たるものです。一気に吸収できるものでもありません。この調子で順調にいったとしても50年はかかります」
思わず「アホ竜!」と怒鳴ってしまった。だがどうにも止まらない。
「なにが『力が漲っている』だ。ノリで言えば何でも許されると思うなってんだ」
言いたいことを言いきった。でもきっと俺は正しい。魔王さんも怒りながら頷いているし間違いない。
「違う。そんな気がしただけだ。そういったではないか」
「確信がないならいうんじゃねえ。この駄竜が、黙ってやがれ」
魔王さんが相当お怒りです。いや、俺も同じことを言おうと思ったけどさ。しかし駄竜は可哀想じゃないかい? 一応神なんだしさ。
竜さんは怒るかと思ったが銀の瞳に涙を浮かべて魔王さんを見ていた。悪者となった魔王さんは「うっ」とか言いつつたじろいでいた。罪悪感で心が痛いのだろう。
言わなくて良かった。俺も魔王と同じことを言おうと思ったけどブーメランで心が痛んだ可能性がある。
竜さんってば、すんごくアホだけど恨めないんだよなあ。これはきっと竜さんが素直だからだろう。地神さんと堂道さんが竜さんを守りたかった理由がなんとなく分かったような気がする。
ただ、守ったほうも守られたほうも不幸にしかならない選択肢しか残されていなかった。竜さんだって叶うなら本当は地神さんや堂道さんと共に生きて、共に死にたかったはずだ。
なのに竜さんが我に返ったときには友達だった2人から攻撃をされてて、意味も分からず抵抗して……3人にとって不幸な結果になってしまった。だから竜さんは認めることを怖れたのだろう。自分が仲の良かった2人を殺めようとした事実も、2人に置いていかれた事実も。何もかもを認めるわけにはいかなかった。
そして地神さんと堂道さんの想いは竜さんが復活する際の魔法陣に全て刻まれていた。詳しい文言は忘れたが、俺なりに解釈するなら『叶うなら竜さんを救って欲しい。それが無理なら竜さんがこれ以上苦しまないように倒してくれ』という純粋な願いだった。
今だから分かる。
地神が刻んだのか、堂道さんが刻んだのかは分からない。だが想いは分かる。竜さんを守るために一縷の望みに託した。封印を解いたときに竜さんが正気でいられるように、竜さんの魔素をワザと外に漏らすような仕組みを作ったのもそうだ。わざと弱らせて復活させたのもそうだ。全部に意味がある。
きっと亡くなった2人は竜さんが操られていたことに気付いていたのだろう。だから竜さんがゆっくりと魔素を取り込んでアマリアの因子を封じ込めるような仕掛けを施した。竜さんから漏れる魔素で魔物を作ったのもアマリアの因子を外に出すための仕掛けの1つ。
この迷宮は封印のためにあるんじゃない。全ては竜さんを守るために存在していた。
おそらくだがそういうことなのだろう。それほど竜さんは大切に思われていた。薄い希望にすがっても竜さんに生きていて欲しかった。
だけど……きっと竜さんには伝わらない。残された者に分かるはずがない。
だって……俺は2人の気持ちが分かるから。
メロディを残して俺は行かなきゃならないんだ。もう二度と会えないと分かっていても行くしかない。
守りたいから。
どんな犠牲を払っても守りたい。こんなどうしようもない俺のことを「お兄ちゃん」と呼んでくれる妹のためなら、俺は喜んで命を差し出すさ。
だから2人の気持ちが分かるんだ。
なあ、竜さん。俺には竜さんの気持ちは分かんないんだ。教えてくれよ。やっぱり辛いよな? 俺が死んだらメロディはどうなるんだ? 竜さんみたいに苦しむのか?
そんなつもりはないんだよ。ただ守りたいだけなんだ。それなのに、なんでこんなことになるんだよ。
なあ、竜さん。教えてくれよ。
「チクショウ。もう分かんねえよ。どうすりゃいいんだよ」
「主様!?」
「チクショウ」
泣き虫で悪いな。だけどさ俺には泣いてやる事しかできねえんだよ。どんなに想像しても竜さんの気持ちは分かんねえや。
それでもさ、俺だって1歩間違えていたら蛇女と出会ったときにトムさんやミルさんを殺していたかもしれないんだよ。マクシムのおやっさんもクリストファーさんもジャスティーナさんも。
一番大切なメロディさえ手に掛けていたかもしれない。
実際に自我を失った竜さんの話を聞けば嫌でも想像しちまう。どうしたって想像しちまうんだよ。それはどんな地獄より酷い世界だ。
自分の死期を感じたときより、自分が本物の怪物になることを知ったときより……何よりもメロディをこの手に掛けた世界は地獄だ。メロディの血で俺の手が赤く染まって……メロディが倒れてるんだよ。
ありえねえよ。こんなの……俺は耐えられないよ。竜さんみたいに逃げるさ。逃げるしか手がねえよ。
「グッ!?」
来るな。まだ早いだろうが。
「ぬぐっ!?……来るん、じゃねえ」
やめろ。頼む。待ってくれよ。
「主様!!」
堕天使。助けてくれ。頼むよ。
「意識をよそに向けてください。このままでは飲まれます」
分かってる。でもさ、一度でいいんだ。少しだけでいいんだ。会いたいんだよ。
「主様。戻れば会えます。今は意識を他のことに向けてください」
分かってんだ……ああ……堕天使、ごめん。もう越えちゃったみたいだ。もうここからは戻れない。こんなとき、地球なら神にでも祈るのかねえ。こっちでは祈る相手がいねえわ。
なあ。ダーちゃんは知ってたんだろ? 俺がもう限界を超えてたってさ。
……悪いな。何も聞こえねえわ。もう辛さも無くなってきた。自分でも分かってんだよ。俺の精神体ってスッカスカだもんな。それに俺の願いなんて届いたことがねえんだよ。
それでも叶うならもう一度会いたい。なのにこんな小さな願いも叶わないんだもんなあ。でもいいか。メロディだけは救えたか。竜さんは無理だったけど、メロディをこの手で救えたのなら十分だ。
贅沢は言わねえさ。あとは堕天使たちに任せよう。きっと俺の願いも叶えてくれる。
だからさ、なあ、神さまよ。あんたは俺のチンケな願いなんざ叶えなくてもいいさ。だが覚悟はしておけよ。俺は執念深いんだ。メロディだけは絶対に守ってみせる。
そうか。メロディか。メロディだよ。大丈夫だ。兄ちゃんが絶対に守ってやる。だからお願いだ。化け物になった兄ちゃんを見ないでくれ。
メロディ。生きろ。諦めるな。這いずってでも生き抜け。兄ちゃんも諦めねえからな。
メロディ。兄ちゃんがこうなったのはメロディのせいじゃないからな。気にするな。
ああ。もう。もう何も見えねえわ。何も聞こえねえし何も感じねえ。
あっ、おやっさんたちにも礼を言わなきゃな。言おうと思ってそのままだった。やっぱり俺はどうしようもないな。それにカレ……ルくんたちにも言わなきゃダメだな。他にも色々と言わなきゃダメだな。
ありがとな。それから魔王さんたちに……もだな。同郷の人に最後にあえてホッとし……た。俺と出会ってくれてありがとな。最高に楽し……かった。
いよいよだな。
マリアさん、アリアさん、ダリ……ア、堕天使、悪魔くん、死神くん。聞こえてる……か?
勝手な主でごめんな。でも……さ、みんな……がいたから本当に……楽しかった。ありが……とな。あ……とは……頼んだ。
『メロディへ
この手紙が俺の最後の言葉になるからな。心して読むように。
とは言ったものの、教えることはもうないか。俺の役目も終わりってわけだ。メロディには仲間もできたようだし、ゴールドの人たちもいる。もう大丈夫だな。それはそれで寂しいが我慢しよう。
それでも伝え残したことがある。俺の状態についてだがメロディはもう知ってるかもな。もしかしたらこれから知ることになるかもしれないが、メロディは真実を知ったときに自分を責めそうだからさ。なら先に暴露してしまおうって思ったわけだ。
はじめに言っておくがメロディのせいじゃねえぞ? 勘違いすんなよ? そのつもりで先を読め。いいな?
メロディも薄々感じていたかもしれないけど、俺は魔園で精神体の一部をなくした。なくしたっていうか奪われたって言ったほうが正しいんだが、あのときはまだ魔法生物といったイレギュラーな存在はなかった。思い返すと懐かしいな。
俺がこっちの世界に来て魔園が無人島だと知ったとき。あれが全てのはじまりだった。魂が抜けたかと思ったもんだ。絶望って言葉じゃ温いほどのショックを受けたな。そしたら俺の中から何かが消えた。絶望したはずなのに、何故かは知らんが気持ちが楽になってな「異世界、スゲエな」って感動したもんだよ。
そこからガーゴイルとかコカトリスなんかのアホほど強い奴らに殺されそうになって、どんどん失っていった。なのに心は軽くなってさ「異世界最高」って思ってたんだ。今考えるとアホだな。
俺ってば負けず嫌いだから必死で戦ったんだよ。そして得たのが闇魔法の召喚魔法だったわけだ。そのときはまだ魔法体に意思はなくてな、命令に忠実な奴らだったんだ。それでも誰かが傍にいる気がして寂しさを紛らわせるために召喚しまくって戦ってた。そのときに俺から抜け出た精神体がたまたま堕天使に憑依してさ、そこではじめて意思を持った魔法体が生まれた。
そうなのだ。魔法体誕生秘話。なんと第一号は堕天使だった。通称はダーちゃんな。もし堕天使に会ったら「ダーちゃん」と呼んでやってくれ。きっと嫌がるからさ。
でもあれは本当に偶然だったんだが、あれがなかったら今の俺はない。話しかけられたときは驚いたのなんの。嬉しいというより混乱のほうが大きかったな。
そしてどういうことかと尋ねて精神体というものを知ったんだ。あれが堕天使のような闇魔法ではなく、マリアさんみたいな光魔法だったら理由は分からなかっただろう。そういう意味では運が良かったんだな。
闇魔法は精神体や魂に関する攻撃が得意だろ? だから分かったんだよ。分かったっていうか見えるらしいんだけどな。大気の流れとか魔素とかがな。信じられんよな? 俺も未だに怪しんでるけど、見えるとしか思えないほど詳しいんだよなあ。
そのときの堕天使はまだ普通だった。もっとも本当は今も普通なんだけどさ。
そんなわけで堕天使から精神体や魂について分かる範囲で説明を受けたわけだ。とはいっても当時の堕天使はそこまで詳しくはなかった。なんたって知識の源は俺なわけだししょうがないわな。それでも堕天使から精神体の存在について話を聞いて、何となく精神体を失うのが危険な気がしたわけだ。
そこで行ったのが精神体の分割だ。悪魔くんと死神くんを召喚して堕天使に俺の精神体をカットしてもらい移した。ゴッソリ精神体を失ったけど今考えれば正解だった。死ぬほど辛かったけどさ。死んでないから良しとしよう。でも真似はすんなよ? 本当に辛いからさ。
そして4人で話し合ってさ、抜け出た精神体については死神くんが吸収してストックしておくことになった。メロディもなぜ俺が宿の部屋を分けていたのか不思議に思っただろ? そりゃあ、俺もお年頃だから色々あるわけだがそれだけじゃないんだよ。
死神くんはな常に俺と一緒にいるんだ。俺の護衛、兼、精神体の回収係りってところだな。もしかしたらこれを読んでいるときに死神くんを目撃しているかもしれないな。
これは勘付くかと思って教えていなかったんだが、魔法体にはそれぞれ得意分野がある。堕天使は抽出と分割。悪魔くんは改変と破壊。これは見たことがあるから知ってるよな?
そんで死神くんは吸収と同化ってところだ。同化って言っても分かりにくいわな。A精神体とB精神体をくっ付けたり、魂と精神体を併せることができるってところだ。
もっとも堕天使と悪魔くんも同じことができるけど死神くんはちょっと特殊でさ、魂の奥深くに刻んだり、様々な機関を繋いだりできるんだ。ただこのあたりは俺も良く分からない。堕天使に会ったら聞いてみてくれ。
そして当然だが光魔法の魔法体も役割がある。聖母は保護と創造。聖霊は慈しみと激励。天使は癒しと守護だな。ただ自我を持ったマリアさんは説教と消滅、アリア姉さんは殺戮と調教、ダリアはわがままと無邪気って感じだ。それでも本質は変わらないからこれも覚えておくんだぞ? 使うときに役に立つからな。
マリアさんとかの光属性の魔法体は堕天使が切り取った精神体を吸収させて作った存在だから、正確に言えば魔法体の創造主ってのは堕天使ってことになるわけだが、そこは考えなくていい。元は俺の精神体だからさ。
つまりは先に生まれたのは堕天使であり、闇魔法の魔法体が生まれて、そのあとで光魔法のマリアさんたちが生まれたわけだ。
そうして生まれた魔法体たちだが、俺たちはこれからのことを話し合ったことがあんだよ。本格的に感情が制御できなくなってきてさ、俺も限界だったんだな。俺は発狂して自害しようともしたらしいのだが、これが覚えてないんだよな。なんたって発狂していたわけだし。
話し合いの最中は大変だった。ダリアは泣いて駄々をこねるし、アリア姉さんは怒るし、マリアさんは何も言わなかったけど悲しそうにするしさ。さすがに堕天使たちは大人しかったよ。まあマリアさんに消滅されそうになった後の話だからマリアさんが怖かっただけかもしれないけどな。
とにかく本当に大変だったんだが、それぞれの役割を決めた。これは言わなくても分かると思うがマリアさんは俺のストッパー役。俺はつい暴走しちまうだろ? そういうところを諌める役だな。
アリア姉さんは聖霊だし本質は癒しと激励。ということで美しいから傍にいるだけでいい。見ているだけで癒されるからさ。そう決めたのに今では凶暴になっちゃってどうしましょって感じだわ。
ダリアは可愛らしい子だったのだが、俺が死ぬつもりなのがどうしても許せなかったらしくてな、言うことを聞いてくれなくなった。こうなる前は一緒に遊んだりしていたんだけどなあ。メロディと一緒で優しい子だからさ。怒るのも分かるだけに仕方がないと思っている。
そして堕天使には俺の模写と言ってもいいような対応をしてもらっている。俺は感情のコントロールができない。だから堕天使の言動を通して俺がどういうことをしているのかを客観的に見れるようにしてもらっている。本人はノリノリな気がしないでもないが本来は良い奴なんだよ。たぶん、な。
悪魔くんはできるだけ俺の意に添うように行動するようにしてもらっている。これは堕天使の意見だが反対する者ばかりを近くに置くと精神体に影響が出るらしい。ストレスみたいなものが影響を与えるってことだ。
そして死神くんは常に俺の影にいる。役割については前にも書いたが抜け出る精神体の回収だ。そしてある程度たまったら魂に融合してもらっている。これは精神体を失っても魔物にならないための対策だ。
ネタばらしにもなるが俺にメロディの影縫いスキルが効かなかった理由は、死神くんが影の中で阻止していたからだ。俺の影の中は、いわば死神くんのテリトリーってことだ。だから俺の影への侵入は不可能だったんだ。すげえだろ?
それでな、ここからが本題なわけだが、俺が自我を持って生きるためには人との繋がりは厳禁だったんだよ。人と付き合うことになるとどうしても本気になってしまう。本気になればなるほど精神体を削ることになる。
普通は逆で、人と接したり、考えたりすると強固になるのだが、魔園で失い過ぎたせいで大陸に来たときにはすでに手遅れだった。
まああれだな。密封された容器に液体が入っていると思えばいいかな? 本来であれば精神体ってのは振れば振るほど中身は増殖して内側の空間が埋まり、同時に容器自体も分厚くなっていくんだよ。ところが俺の場合は容器に穴が幾つも空いててさ、振れば振るほど抜け落ちていく。そんな状態だったんだな。
堕天使に言わせると、俺の魂と精神体は「無駄に頑丈」ってことだ。だからアマリアのクソに目をつけられたんだろうけどな。そういうわけで俺は精神体を守るために人を避けてきた。
でもメロディに出会ってしまった。はじめはどこかで放り出すつもりだったんだが、どうしてもできなかった。だって俺に似ているんだよな。運命に操られて死ぬこともできず、夢もなく無為に生きる。誰からも愛されず、理解されずに、ただ生きているだけ。俺にはそう見えたんだよ。
だからだろうな。メロディだけは俺の手で救いたいと思ったんだ。エゴだってのは分かってるさ。それでも俺の最後の時間をメロディのために使うなら惜しくはない。そう思うようになったんだ。笑いたいなら笑え。別にかまわんぞ?
そう言われてもメロディは嫌がるだろうけどな。誰かの犠牲の上で生かされても迷惑だよな。でも、俺にはこれくらいしかできないんだ。ごめんな。
それにメロディと出会わなければ後1年は持ったかもしれない。だけどな、俺はもう1人で生きることはできそうにない。メロディと出会って、メレディス姉さんと出会って、マクシムのおやっさんたちと出会って、本当に楽しかった。それこそ自分の命を捨ててもいいと思えるほどに楽しかったんだよ。
いつか言ったよな? 夢のような世界は俺には生き辛いってさ。あれは嘘だ。俺はメロディと出会ってから夢の世界にいたんだよ。ずっと夢心地だった。
だからだろうな。本当に楽しかった。メロディの成長を見守るのも楽しみの1つだった。メロディの身長が伸びたのを見て最高に幸せだった。メロディがいてくれたから俺らしくいられた。
メロディ。ありがとな。
もう1人には戻れねえわ。それにこんな俺でもやれることはある。俺の大切な世界を守ることはできる。そしてすべてが終わったらな、悪魔くんのいる冥界に行くんだよ。そこでずっと生きるつもりだ。俺は転生なんてしたくないんだ。いや、俺の良性の魂なら、もしかしたら精霊になれるかもしれないな。そのときはメロディを守ってやるよ。
でも俺はもういい。新しい命に俺の背負っていた罪を背負わせることはできない。だから生死のない冥界に行く。
まあ、そういう話をしたからダリアは怒ってるんだけどな。でもさ、これは堕天使たちにしか頼めないことだ。だからそのときが来てもみんなを恨まないでやってくれ。頼む。みんなだって苦しんでいるんだよ。なんだかんだと言いながら長い時間を一緒に過ごしてきたからな。お子様のダリアが怒るのも仕方がないと思う。メロディも怒るかもしれないな。
俺だってメロディを見守っていたい。だってハッピーエンドが一番だろ? それでもアマリアだけは生かしておけない。そしてあいつを倒せるのは俺しかいない。神気には魔王たちも逆らえないみたいだからな。神気の中で動けるのは俺だけだ。
そしてアマリアが俺の精神体を持っているのなら闇属性の魔法体の出番ってわけだ。堕天使と悪魔くん、そして死神くん。俺たち4人で仕留めてみせるさ。任せとけ。メロディの未来は絶対に守ってやる。
そういうわけだから絶対に自分を責めるなよ? 自分を責めることは兄である俺が許さん。一杯楽しい思い出をくれたのに、俺はメロディから離れることになっちまうんだ。だからごめんな。こんなことしかできない俺を許して欲しい。
最後に1つ頼みを聞いてくれないか?
すべてが片付いたら俺の妹として冒険者のカレル=ルシードって人を探して欲しい。赤い髪の格好良い青年だ。ルバート帝国のアルハ都市にある南区ギルドを拠点している冒険者だ。パーティーメンバーは巨漢で槍使いのヤクブくん、双剣使いのトビーくん、キツイ顔をしたジェシカ嬢、泣きぼくろのある可愛いリビナちゃんの5人パーティーだ。
最近はゴード帝国に移動してきたみたいだけど見つけ出して俺の代わりに謝っておいてくれ。魔園では迷惑をかけてしまったからな。
迷惑をかけたと言えばメレディス姉さんだが、思いに応えることは出来なかったが気持ちは嬉しかったと伝えてくれ。ほんで良い人を探せとも言っておいてくれ。頼むな。
本当は自分で言いたいんだけどさ、残念ながらできそうにない。もう手紙を書くだけで限界だわ。
俺は精一杯生きた。メロディと出会えた。それ以外に何もいらない。ありがとう。俺なんかのそばにいてくれてありがとう。そしてずっと傍にいてやれなくてすまん。
メロディ。生きろ。懸命に生きろ。諦めるな。夢を持て。周りを見ろ。今は辛くても絶対にメロディなら乗り越えられる。俺のために泣くな。前だけを見て進め。ずっと見守っているからな。
メロディへ愛を込めて 兄より』
次回より三人称となります。
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