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光の姫巫女 作者:水月華
13/18

act.13




 それは、リードの思いつきのような一言から始まった。

「では、僕と一緒に城下町へ行ってみませんか?」
「それいきなりすぎません!?」

 この世界のことを少しでも勉強したい、と陽菜がリードに相談を持ちかけた結果がこれ。
 まるで何でもないことのように言い放つリードに思わず突っ込んでしまったものの、リードは「いきなりすぎるということはありませんよ」と首を振るだけだった。

「書物で学ぶというのももちろん結構ですが、お金の価値などは実際に見ていただいたほうが手っ取り早いのではないかと思いまして。それに、クロスティアの民がどのような生活を送っているのか、その片鱗を知るだけでも勉強になると思いますよ」
「そう言われてみれば……そうかも」

 確かに、実際に触れてみなければわからないこともある。
 百聞は一見にしかず――先人の遺した言葉が頭の片隅をよぎる。

(そう考えればかなり魅力的なお誘いだよね、これ。うう、やばいめっちゃ行きたい!でもどうしようリードさんは迷惑じゃないのかな!)

 そんな小さな葛藤をそのままぶつけてみると、リードは顎に手を当ててくすりと笑った。

「ふふ、いいんですよ。僕からお誘いしたことなんですから。ああでも、そうなると陛下に許可をもらわなければいけませんねえ」
「あ、そっか。勝手に外出したら大変なことになりますもんね。外出許可、下りるといいですけど」
「おやおや。陛下はそこまで鬼ではありませんよ?城の中だけでは退屈でしょうし、一人きりで出歩かなければある程度自由にさせてくれるはずですよ」

 あなたにはオーヴィスもついていますしね、と目を細めるリードに、陽菜はつい先程まで話し込んでいた相手を思い出した。どんなに忙しくても、彼はきっと陽菜の申し出を快く引き受けてくれるだろう。そんな気がした。多忙なはずの彼を長時間拘束するのは少しだけ申し訳ない気がするけれど。

「ならきっと大丈夫ですね!私、リードさんと一緒に出かけたいです!」

 明日外出することができるかもしれないと思うと、楽しみで仕方なくなってきた。
 知らず知らずのうちに満面の笑みを浮かべる陽菜の姿を、リードは優しく見つめる。

「では決まりですね。後で僕から陛下に話をしておくので、そのつもりでいてください」
「はいっ!……あ」

 にこにこしながら元気に答える陽菜だったが、今の今まで忘れていた事実にはたと気付く。
 日本では当たり前のこの外見が、今はとてつもなく目立つのだということをすっかり失念していた。
 先程までの笑顔はどこへやら、みるみるうちにしぼんでいく陽菜に、リードは不思議そうな目を向ける。

「……どうかしましたか?」
「あ、あの、私の外見なんですけど!このままだとすんごく目立つんじゃないですか!?」

 髪を一房掴んで身を乗り出すような格好でそう言うと、リードは「ああ」と合点がいったように頷いた。

「そうですね……そのままだとどうしても目立ってしまうでしょうね」
「ええっ!?じゃあどうしたら……」
「髪ならば帽子やベールなどで隠すという手もありますが……そうだ、いっそのこと染めてしまいましょうか」
「染める!?」

 染める、とは言葉通り染色する、ということだろうか。
 染色剤で思い思いの色に髪を染めること自体は悪くないし、黒が目立つというのならそのほうが良いのかもしれない。しかし、唐突にそんなことを言われてもこちらにも心の準備というものがある。それに、この世界では貴重とされる黒髪をなくしてしまうのは惜しい気がした。

「あの、本当に髪染めちゃうんですか?元の黒髪に戻れなくなったりとかしないですよね?」
「ああ、そこはご心配なさらなくても結構ですよ。染色剤を使うわけではありませんから。ほら、こうして――」

 言いながら、リードは陽菜に素早く歩み寄ると、優しい手つきで髪に触れた。
 突然の行動に反応できないでいる陽菜をそのままに、リードは髪を一房持ち上げ、そっと唇に押し当てる。
 瞬間、陽菜は音を立てて固まった。

(い、いま何された……?リードさん、か、髪に、キ……)

「りりり、リードさん!?い、いまっ、なにをっ!?」

 現実を受け止めるや否やたちまち真っ赤になってしまった陽菜を見、リードは悪戯成功といったような表情で手を離した。

「ふふ、顔が真っ赤ですよ。驚きましたか?」
「っ!か、かか、からかわないでください!いきなり何なんですか!」

 髪を押さえつけながら半ば叫ぶようにリードを見上げると、彼は眼鏡を押し上げてにっこりと笑った。

「何、と言われましても……少し、魔法をかけただけですよ」
「……魔法?」
「ええ。鏡を見てみてください」

 魔法、というからには一連の動作には何か意味があったのだろう。
 陽菜は頭の中に疑問符を浮かべながらも素直に部屋の片隅に設置された姿見の前に進み出た。

「え……!?」

 陽菜は驚愕に目を見開き、鏡の中の自分を凝視した。
 肩口でさらさらと揺れる、生来黒色を呈していたはずの髪の毛。
 それが今やどうだろう。いつの間にやら茶色に染まっているではないか。

「ど、どうして!?何もしてないのに……」
「言ったでしょう?魔法をかけた、と。まあ、正確には魔法という程でもないのですが」

 苦笑するリードに向き直って詳しい話を聞くに、これは一種の幻影のようなものらしい。
 本来の色を変えたわけではなく、他人からは茶髪に見えるように魔力で陽菜を包んだだけ。
 それだけだ、と言われても、陽菜からすれば充分すごいことのように思える。
 陽菜は、片手で髪に触れてみた。手触りはいつもと変わらず、本当に色が変わっただけのようだ。

「魔法って見るの二回目ですけど、本当に不思議で……すごく便利なものなんですね。私のいた世界には、魔法なんて無かったので」
「そういえば、庭園で見たのが初めてだとおっしゃっていましたね。どうせなら地味なものではなく、目を見張るようなものをお見せできればよかったのですが……どちらも期待外れだったかもしれませんね」
「そんな、期待外れだなんて全然そんなことないですよ!?充分すぎるくらいです!……正直なことを言えば、他の魔法も見てみたいっていうのはちょっとありますけどね」

 そう言って悪戯っぽく笑うと、リードは一瞬きょとんとしてから顔を綻ばせる。

「ふふ、それなら今度何かお見せしますよ。約束です。――さて、そろそろ髪の色を元に戻してしまいましょうか。そのままだと、あなたの侍女を驚かせてしまうでしょうから」
「あはは、レティシアびっくりするでしょうね。でもあれ、元に戻すって、まさか――」

 嫌な予感を口にしようとした瞬間、リードがゆっくりとした動作で近付いてきたと思うと、先程と同じように陽菜の髪を掬ってもう一度口づけた。

「ひえっ!」

 小さく悲鳴を上げ、陽菜は思わず後方に飛び退いた。
 失礼な行動だったかとも思ったが、リードは陽菜の行動を咎めず、柔和な笑みをたたえているだけ。陽菜は紅潮した頬を隠すようにそそくさと鏡の前へと移動する。髪の色は、茶色から黒に戻っていた。

「わ、本当に戻ってる!」
「魔法を解きましたからね。うん、やはりあなたには漆黒の髪がよく似合いますね。どちらかといえば僕はこちらのほうが好きですよ」
「!?……あ、ありがとうございます……?」

 お世辞だとわかりきっているけれど、陽菜はどこかむずがゆいような心持ちで礼を言った。
 ストレートな褒め言葉には慣れていないので、どうにも照れくさい。
 そんな陽菜の心中を察したのかそうでないのか、リードはそのまま話を続けた。

「僕はこれから陛下のところに言って話をしてみようと思います。女性はいろいろと準備がおありでしょうから、また後で結果をお知らせに伺いますね」

 陽菜は、改めて自分の服装を確認した。
 黒のレースやリボンがアクセントになったピンク色のワンピース。
 王族や貴族の女性の大半は、普段からドレスを着用し着飾っているものらしく、陽菜にも当然のごとくそれらが与えられたのだった。しかし、陽菜はレースやフリルがたっぷりあしらわれたかわいらしいドレスの山を前に大いに戸惑い、レティシアに頼み込んで比較的派手さが少ないものに交換してもらって、今に至る。ズボンが恋しくもあったが、少なくとも城内ではズボンを穿いた女性を見かけないため、そういうものなのだと無理やり納得することにしていた。

「そうですね、外出するって言ったって何を着ればいいのかもわからないですし。戻ってレティシアに相談してみることにします」
「ええ、そうしてください。明日はあなたを部屋まで迎えにいくつもりですので、支度をして待っていてくだされば助かります」
「はいっ!わかりました!」
「ああ、外見については出かける直前に魔法をかけるので気にしなくても大丈夫ですよ」
「えっ……あ!」

 先程の出来事を思い出し、陽菜は思わず声を上げた。

(もしかして、もしかして!またあんな恥ずかしいことをされちゃうってこと!?か、髪にキス……なんて……ああもうっ!)

 単に魔法をかけるだけなのだから、リード本人はまったく気にしていないのだろう。
 異性に免疫のない自分が少し恨めしい。

「オ……オネガイシマス」

 リードへの返答が片言になってしまったのは、仕方ないと思いたい。

* * * * * *

「――少し、からかいすぎましたかね」

 足早に部屋を辞していった陽菜との会話を思い出しながら、リードはぽつりと呟いた。
 陽菜にかけた魔法は、魔力を込めて幻影を作り出すものの応用だ。これは高度な技術が必要とされるため、通常ならば幻影を作り出すことすら難しいはずなのだが、彼にとっては造作もないことだった。このことから、彼の魔導師としての実力が窺い知れる。

「幻影なんて、単に魔力を込めるだけですからねえ。別に髪に口づけなんてしなくてもよかったのですが」

 髪に触れずとも、幻影を纏わせることはできた。
 最初はそのつもりでいたのだが、ふと陽菜がどんな反応をするのか試してみたくなり、あのような行動に出た。彼女の反応はというと、想像していたものよりもずっと愛らしく、微笑ましいものだったが。

「まあ良いでしょう。明日、ゆっくり彼女の誤解を解くとしましょうか」

 そのときの彼女は、いったいどんな反応を見せてくれるのだろうか。
 リードはくすくすと笑みを零しながら、ゆっくりと部屋を後にした。
おかしいな、今回城下町に出かける予定だったのに……リードが暴走したせいですかね!すみません!
リードは腹黒いわけではなかったのですが……あれ?

次回こそ、お出かけします!
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