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「この世界、かなり、空気、悪いわね」
「ああ、まあな」
「それに……、なんか……、魔物が高速で走ってるし……」
「それおそらく『車』っていう乗り物だな!?」
「え、人を乗せた魔物じゃないの?」
「魔物じゃねーよ!」
「でも、ほら、左右に、なんか、ガラスの目、みたいのあるし……」
「それライト!」
「ああ『ライト』っていう名前の魔物?」
「魔物から離れろ!」
どうしよう、ルミナスと仲良くなる以前に、この世界の文化というか知識を彼女に教える方が先かもしれない、と御山は思う。
平和ソレーユを出てから、三分も経っていない。道路を挟んで左手にある小学校を横目に、御山たちは歩道を歩いていた。
右には名前も知らないマンションがあって、その先には大きな公園がある。まあしかし、なかなかに車の通行量が多い。踏切が近くにあるからだろうか。渋滞が酷いのだろう。
見上げると、水色のクレヨンを塗りたくったかのような青空が広がっていた。綿飴のような白い雲が、確かな立体感を持ってフワフワと膨らんでいる。よく見ると、奥にいけばいくほど灰色だけど、全体的には真っ白だ。総合的に、これぞ『日本晴れ』と評するに相応しい天気といえる。引っ越し初日としては、出来過ぎているほどだ。
ただ――ルミナスの言う通り、改めて考えると、マテリアル・ワールドに比べて空気はかなり汚れているな、と思う。あっちの世界には車も何もなかったし、当然といえば当然か。まあ、それでも、本当にもっと都心よりはマシな方だろう。生まれてこの方、御山は、この辺りが地元だったから、ちょっと自信はないけれど。
桜の木は歩道の左横に一定間隔で植え付けられていたけれど、その花びらはほとんど落ちてしまっている。アスファルトの上に無数に散らばる花びらが、どこか風情を感じさせる。もう四月も終わりなのだな、と妙な感慨が芽生える。それにしては、気温は少し肌寒く、この季節は、本当に、毎日のように気温が激しく変動するな、と地球に呆れざるを得ない。もしかしたら実は二月とか一月なんじゃないか、と疑いたくなる。
花びらが一枚、御山の、赤色とオレンジ色の中間のような、トゲトゲ頭の上にヒラリと落ちる。手で払うと、整髪料を使ったあとだからか、普段の一、五倍は、毛先がゴワゴワとした触り心地だった。ちょっとヌメッとしてるし。次からは、もっと使う量を抑えよう。
右隣を歩くルミナスは、やはり、初対面時よりも、少し身長が低く感じる。城で会った時は、記憶にないが、ブーツでも履いていたのだろうか。それにしても、今時、こんなクラシックなワンピース着てるやつなんていないよな、と思う。色も、かなり濃い紫色だから、十代の女の子が着るような雰囲気じゃないし、大層な純白のケープは羽織っているし。
(つーか)
ここで、御山は重大な事実に気付く。やけに通行人からジロジロと視線が集まっていると思っていたのだが――。
「おい、ルミナス」
御山が話しかけるとルミナスはこっちを振り向いて、
「何? やっぱり蛙の丸焼きが食べたくなった?」
「だからもう蛙はいいよ!? そのギャグ気に入ってんの!?」
「何よ」
「お前……、その、髪……、染めたりする気はないのか?」
御山は目を細めながら、ルミナスの頭部を指差した。そうなのだ。そうなのである。当然に当然ながら、こんな薄紫色の鮮やかな髪のやつなんて、早々いない。まあ、渋谷辺りに行けば、ちょっとやらかしちゃったオシャレ気取りな方たちが、緑やらピンクに染めているかもしれないけれど、とにかく、めっちゃ目立っている。
(危ねぇ、異世界暮らしが長かったからな俺……)
と御山は自らのアホさに呆れる。あまりにも、マテリアル・ワールドと、このインダストリー・ワールドを行き来していたから『ああ、はいはい、紫色の髪の子なんてたくさんいるよね』なんて感じになっていた。いねーよ! いるけど! でもいねーよ!
「……は?」
ルミナスは『本気で何を言っているか分からない』みたいな表情で、眉を寄せ、小さく口が開けっ放しになった。やがて「髪? 染める?」と言いながら首を傾げ、
「何故?」
「いや……、その髪色、こっちの世界では、すっげー目立つんだけど」
「あなたの、その真っ赤な髪に言われたくないんだけど」
「くっ、言い返せない」
「ていうか、それ、地毛じゃないの?」
「いや……、これは、俺の姉がだな……」
「何? シスコン?」
「おい! 聞き捨てならない言葉が聞こえたぞ!」
いやもういい、と御山は開き直る。周りからの視線は無視しよう。不幸中の幸い? ながら、もう周りからの奇異な視線は慣れている。この、自分の髪色も、かなり派手だし。というか、これ、傍目から見たら、何かのヴィジュアル系バンドのファン同士のカップルに見えるんじゃないだろうか。お互い、彼女と彼氏で、好きなアーティストみたく髪、染めちゃいました、みたいな。冷し中華始めちゃいました、みたいな。いや冷し中華は関係ない。
そんな話をしつつ、やがて踏切に差しかかる。ルミナスは電車が通ったあと「なっ、何あの魔物……」と凄く怖がっていた。いやだから、ただの電車なんですけど。
踏切が多かったり、駅からそれほど離れていないものの、コンビニだったり、あまり繁盛していなさそうな蕎麦屋さんなどを目にしつつ、歩きながらスーパーへと向かう。確か、駅近くに、激安スーパーがあったはずだ。べつに、自分のお金じゃないわけだから、どこで買っていいような気もするが、そういう問題じゃない。贅沢したくないし、長らく家事をしてきた御山は、セール品を購入したりするのが大好きだった。
青空の下、カップルのような二人がスーパーへと向かう。とても、勇者と魔王とは思えない。
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