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白黒金色 作者:鶏肉チキン
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16(side:アーノルド)

 宿代は思っていたよりも安くついた。なかなかいい宿を見つけられたかもしれない。店主も優しそうだし、まあスグルも安心だろう。……まさかとは思うが、宿から出ていないだろうか。基本的に言う事は聞いているが、たまに予想できない行動をとる。不安になってきた。さっさと用事を済ませて宿に帰ろう。
 街まで出て、まず鞄を売っている店を探してうろうろ歩く。頑丈で大きいものがいい。スグルの分も用意せねばなるまい、どうせ魔獣が持つのだろうが。本当にあの獣、あの少年の事となると過保護になる。眷属とはいえ、あそこまで気にするものだろうか。あの魔獣はかなり高位な魔物の部類に入るのだろう。今後の事を考えると力を貸してくれるというのはありがたい。
 やっと鞄を売っている店を見つける。大通りに面している店だと観光客に向けて売るからか少々値が張る。少し裏の方の店の方が安い。中を見回すと、雑貨も売っているのが見えた。鞄は大きめのものと小さめのものを購入して、ついでに髪染めの薬品と地図、スグルが欲しがっていたペンとインク、小さめの手帳を買う。スグルは何歳なのか聞いていないが、おそらく12、3歳くらいだと思う。それにしては頭がいいし、記憶力もいい。忘れるのも速いが。紙とペンが欲しい、というのも覚えた事を書いておく為だろう。無愛想な店主に金を払い、ついでに服が売っている店をきく。この通りは街の人々がよく訪れる商店街のような場所のようで、運良く求めているものはこの通りで殆ど手に入るようだ。通りには街の人々だけでなく、自分と同じような旅人風の人々も多く歩いている。獣人の男(多分、男だと思う。獣人はなかなか見た目で男女の区別がつかない)がすぐ隣で露店を出しているのを見かけて、ピカルタを買う。パンに野菜と焼いて味付けした肉を挟んだ、この街名物の料理だ。この身体になってから、どういう原理かあまり腹は減らなくなったが、まあ美味しい食事はとりたい。久々の塩味以外の味付けと暖かくてふっくらした食感に、足りないものが満たされていくような感覚を覚えた。帰りにスグルにも買っておいてやろう。私よりもずっと食の細いスグルを見ていると不安になってくる。
 もぐもぐとピカルタを頬張りながら洋服を置いている店まで歩く。日差しが強くなってきた。徐々に気分が悪くなってくる。さっさと済ませて宿に帰ろう。
 洋服屋で2人分の洋服を買って、買った鞄に詰める。身体を覆える薄手の外套も買っておいた。さてここからが本番だ。
『組合の場所を聞きたいのだが』
『ああ、近いよ。店を出たら右、3ブロック先』
『礼を言う』
 金はじきに尽きる。私は「死んだ」ことになっているから、教会から貯めていたお金を引き出す事も出来ないし、稼ぎながら旅をするしか無い。幸い剣の腕には自信があるので、傭兵や旅人の所属する組合に加入して、雑務をこなしながら生活するのが性に合っているだろう。
 組合は仲介役のようなものだ。依頼人から受けた仕事を組合に所属する組合員に斡旋する。成功すれば報酬として組合からお金が出るし、怪我をすればいくらかは援助がある。過去数ヶ月だけ別の任務で偽名で所属していた事があるが、その時の名前を使えばいい。
 洋服屋の店主に言われた通りに歩けば、右手に石造りの大きな建物。組合である。
 受付に座って書類を整理していた赤い目の女性に声をかける。
『再加入の手続きをとりたい』
 切れ長の目が瞬きをひとつ。口元に柔らかな微笑を浮かべて、書類の詰まった引き出しを開けた。
『番号は覚えておいでですか?』
『094-3』
『少々お待ちください』
 眼鏡をかけて、ごそごそと書類をあさる。やがて数枚が束になった書類を取り出し、こちらに視線を戻した。
『お名前は?』
『ガルティアード・アイゼン』
『確認コードを』
『7386』
『結構です。ご存知かとは思いますが、依頼書はあちらのボードに貼ってありますので、よくお読みになってお引き受けください。実績を見た限り、ランクの高いものでも問題なくこなせると思いますわ』
『ああ』
『組合内2階に武器を置いております。修復も行っておりますので、なにかあればそちらに。何かご質問はございますか?』
『いや、今のところは無い』
『そうですか。それでは、今後ともよろしくお願い致しますわ』
『ああ』
 8年ほど前の事になるとは思うが、所属していてよかった。最初の加入時には酷く時間がかかったのに、今回の再加入はものの数分で終わってしまった。2階に上がって、ついでに武器を購入してから宿に戻る事にした。


 宿に戻って、預けていた鍵を返してもらう。
『すまないが、もう一度湯を上げてもらえないか』
『はいはい』
 店主がのほほんと頷く。気の抜ける笑顔にこちらもほんの少し笑い返して、3階まで上がる。
 扉を開けると、ベッドに横たわって眠るスグルの姿が目に入る。スグルはよく寝る。疲れているのかもしれない。ベッドの下では獣が寝ている。スグルはシロチャンだかシロだか呼ぶが、どうやら真名というわけではないらしい。どういう意味の言葉なのかは知らないが、若干嫌そうな獣の様子を見ると、あまりいい意味の言葉では無いのだろうか。
 ほどなくして湯が上がってくる。汚れた服を脱いで、身体をごしごしと洗う。右胸を貫通して残る傷跡を見ると、目の前で斬り捨てられた部下達の姿が脳裏をよぎる。顔を乱暴に拭って残像を振り払う。魔物に成り下がったこの身であってもまだやれる事があるなら、やらねばならない。あの方の為に、この国の為に。
 買っておいた髪染めの薬品を頭にかけて、しっかりと揉み込む。自分の髪の色は聖都のある大陸の西側ではそう少なくはない髪色だが、この東の果てでは目立ってしまう。身体に湯をかけて薬品と泡を洗い流して、湯から上がった。
 湯を下に下ろし、ベッドに腰掛けて髪を拭いていると、目の端でスグルが起き上がるのが見えた。大きくあくびをしながらこちらに視線を向ける。綺麗な青色の目が大きく見開かれる。
「うっっっわあああ!!」
 大声を上げて、壁にへばりついてこちらを凝視する。
「あんた誰!!し、シロちゃん助けて!知らない人がいる!!」
『…うるさいぞ』
 ぎゃんぎゃん喚いていたスグルがピタリと固まる。いぶかしげな視線をこちらによこしながら、『あーのるど?』と呟いた。ああ、髪を染めたから驚いたのか。眉間に皺を寄せたまま頷くと、ほっとしたように肩の力を抜く。「髪染めたんだ、もったいない」と、異国の言葉でまた何事か呟いた。
 見ると最初に出会ったときの服装だった。半袖から覗く細い腕に広がる傷跡から視線をそらして、鞄から買っておいた服と、頼まれていたものを取り出して渡すと、『ありがとう』と笑う。渡したペンを色んな角度から眺めて、「へえ、つけペンなんだあ…」と感心したように呟く。
『私も寝る。獣が起きたら今後の事を話す』
『うん』
 ゆっくり話すと、スグルは分かったのか分かってないのか分からないがこくりと頷いた。寝台に横になってふう、と息を吐く。最近浅い眠りが多かったし少し疲れているのかもしれない。壁を向いて目を閉じるとすぐに睡魔が襲ってくる。おやすみ、と小さくスグルの声がした。
 あ、スグルの分のピカルタを買い忘れた。
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