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黒の賢者の物語 作者:名取有無

第三章 二人ぼっちと一人ぼっち

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第五十五話

◆ ◇ ◆

 セイアとレンディの後を、ミリエイナとアキトは静かについていった。だいぶ歩いたような気がするが、周りの景色は一向に変わらない。一体、いつになったら北の村に着くのだろう。

「……そうだ。アキトさんとミリさんは外国の人ですよね?」

 ふいにレンディが振り返る。その目が捉えているのはミリエイナ達の髪と目らしい。アキトは少し迷うそぶりを見せたが、わりとあっさり返事をした。

「ああ。ミリはイギス……イギスアル……ヘイド? の出身で、おれは……えっと、すごく遠い国の生まれなんだ」

 ミリエイナの外見はほとんどエレウ人かフリミール人のそれだ。母はエレウ人だったし、エレウ人の血が色濃く流れているのだろう。
 その外見のせいか、ミリエイナはイギスアルヘイドで生まれ育ったわりに自分がヘイド人であるという感覚があまりない。とはいえ、一応国籍はイギスアルヘイドだ。見た目はどうあれヘイド人と呼んで差支えはないだろう。
 異世界から来た、と言っても子供達は信じないだろう。遠い国だとぼかして言うのはごまかし方としては適切だ。
 それにしても、いきなり出身地を聞かれるとは思っていなかった。やはり、自分達の髪色と目色は目立つのだろうか。

「もしかして、アキト兄ちゃんは違う大陸から来たのか? 黒髪黒目なんて初めて見たぜ!」
「え? ミリさんはヘイド人なんですか?」

 セイアの瞳はキラキラと輝いていた。それとは対照的に、レンディは怪訝そうに首をかしげている。

「……母親がエレウ人なの。この髪の色は母譲りよ」

 ――――瞳のほうは知らないけどね。

 エレウ人とヘイド人のハーフだろうが、紫水晶の瞳は純ヘイド人ではありえない。
 父がどんな人なのか、母は結局最後まで教えてくれなかった。紫なんて瞳の色は滅多にないし、自分達兄妹には別の大陸の血が流れているのかもしれない。

「なるほど。だからそんな珍しい色をしてたんですね」

 どうやらレンディは納得してくれたらしい。瞳について触れなかったという事は、彼女もエレウ人の特徴については詳しく知らないのだろう。
 一方、アキトは話の流れが掴めていないのか、困ったように視線を彷徨わせていた。薄々気づいてはいたが、軍神オティルズはアキトに(ちーと)を授けただけで、情報(ちしき)はまったく与えていないらしい。

「ヘイド人……イギスアルヘイドの人は、ほとんど全員が茶色い髪ととび色の目をしているわ。例外なのは一部の王侯貴族だけよ。それに対して、エレウテリア帝国の人は銀髪碧眼。だから、髪や目の色を見ると出身国が何となくわかるの」
「なるほど。ロシェは王女だから特別なんだな」

 ロシェのはしばみ色の髪は、その身体に流れる血が王家の血と平民の血が混ざり合ったものであるという事を示している。しかし、そういった事情に疎そうなアキトは気づいていないようだった。
 ミリエイナはそれについて注釈を加えようかと口を開く。だが、それに対する言葉は出てこなかった。すぐに別の疑問がアキトの口から飛び出したからだ。

「でも、ケイルの髪と目は藍色だよな? あいつもイギスアルヘイドの……ヘイド人じゃないのか?」
「……そういえばそうね。多分、違う大陸の血を色濃く引いているんじゃないかしら?」

 ケイルの父にあたる王国中央神殿の神殿長は、貴族ではないものの相応の歴史と家格を持つ名家の出だ。イギスアルヘイドにおける最高位の聖職者を代々輩出する代々続く名家の当主は、純ヘイド人らしい茶色い髪を持っていた。名前は失念してしまったが、その細君も同様に茶色い髪を持っていたはずだ。
 一方、息子であるケイルの髪と瞳は藍の色をしている。彼が不義の子だとか妾腹だとか言われるゆえんはそれだった。とはいえ、藍色の髪と瞳を持つ人種などこの辺りにはいない。恐らく、彼の母親であり神殿長の愛人である女性は、違う大陸の出身なのだろう。

「へぇ、大陸が違うと髪色も変わってくるんだな。ただカラフルなだけだと思ったら、国ごとに規則性があるのか」
「ええ。とはいえ、目色はともかく髪色は両親の色が混じる場合が多いから、些細な色彩の変化はあるけどね」
「なるほど。……おれ以外のパーティメンバーは全員イギスアルヘイドの出身だと思ってたけど、外見的には国際色豊かだったんな」

 とにかく区別がつきやすくてよかった、とアキトはほっとしたような声で呟く。もし知り合ったばかりの異国人が全員ほとんど同じ髪色、同じ目色だったら……。ミリエイナは自分に置き換えてみて考えてみたが、すぐにぞくりと身体を震わせた。もしも自分なら、全員の顔と名前が一致するようになるまでにかなりの時間がかかるだろう。

 ――――まさかとは思うけど、陛下はアキト君への配慮のためにあたし達を同行者に選んだのかしら?

 一人わななきながらも先導の兄妹についていく。しばらくして開けた場所に辿り着き、セイアはそこで足を止めた。見ると、そこには一軒の粗末な小屋が立っている。

「ここは?」

 アキトが怪訝そうに尋ねる。答えたのはセイアだった。

「オレ達の家さ。兄ちゃん達をそのまま村に入れるわけにはいかないからな」
「どういう事かしら?」
「……北の村では、よそ者はあまり歓迎されません。外国の方となればなおさらです」

 閉鎖的な田舎の村ではよそ者は邪険に扱われる。それはミリエイナも経験があった。
 ミリエイナ達が暮らしていたイギスアルヘイドの小さな村、イシュハ村には娯楽と呼べそうなものはほとんどない。そんな村で退屈な日々を過ごしてきた村の人達にとって、素性の知れない三人家族は日頃のうっぷんを晴らす格好の的だった。
 村では馴染みのない外見と、幼い兄妹がもっていた平民に似つかわしくない才能。凡庸な村娘に求められるのは間違っても剣の腕ではないし、イギスアルヘイドにおいて魔法というのは奇跡の術であると同時に不気味な力だ。一般的な子供の枠に収まり切れなかった兄妹を、村の大人達はもちろん同年代の子供達は忌むべき存在として差別した。母の美貌が村の男達の視線を奪い、村の女達の嫉妬を買ったのも、母子(おやこ)への仕打ちを助長させる要因だったかもしれない。
 村ぐるみのいじめはむごいものばかりだった。母がいなかったら、エルギアルとミリエイナはたがが外れていただろう。それこそ国中の人間に石を投げられても文句が言えないくらいに、未熟な才能を暴走させていたはずだ。

「ですからせめて、その髪を多少目立たなくするようにと……。あ、よ、余計なお世話でしたか!?」
「そんな事はないけど、ここに来てどうするんだ?」

 アキトの疑問はミリエイナの疑問でもあった。何故セイアとレンディの家に寄ったら髪色が目立たなくなるのだろう。

「ボクは見習いの薬師(くすし)なんです。ボク一人では大した事はできませんが、父も薬師だったので、家には父の遺した本や薬草がたくさんあります。その中にですね、ある特殊な染料があるんですよ。ファルールの実、というんですが」

 親が薬師であり、この幼い兄妹が家業を継いでいるというのなら、彼らがこんな森の中で居を構えているというのも納得できた。薬草を用いて病気や怪我を癒す薬師など、普通の人とは違う専門的な知識や技術を必要とする職業を理解できていない人はどこの国にでもいる。
 そういった人達が、薬師に対して漠然と『原理はよくわからないけどすごい人』という認識を抱いているならまだいい。問題は、『人ならざる道に足を踏み入れた呪わしい存在』と思い込んでいる人が少なからずいる、という事だ。
 環境が閉鎖的であればあるほど、その思い込みは強くなる。北の村が異人を歓迎しないというなら、異色の職も好意的な目で受け入れてはもらえないだろう。魔導士であったがゆえにいつも誰かに虐げられていた、幼い頃の兄の姿を知っているミリエイナはそれをよく理解していた。

「これを潰して作った液体に髪を浸すと、髪の色が変わるんです!」
「……もしかして、それでおれ達の髪を染めるのか?」
「ああ。目の色までは変えられないけど、黒髪と銀髪はやっぱり目立つからさ。せめてそこは茶色に染めたほうがいいと思ったんだ。この森はファルールの実の群生地だけど、あの実は食用じゃないから村の奴らは見向きもしない。だから安いんだ。在庫は余ってるし、兄ちゃん達の分はタダにしてやるよ」

 染料に布を浸して色を染める、というのは聞いた事がある。なんでも遠い国では貴族が戯れに髪を染めるらしい。
 しかし、髪を染められるほど強い染料は高価だ。何よりこの辺りでは流通していない。だからミリエイナは髪を染めた事は一度もなかったのだが、それはアキトも同じだったようだ。複雑な表情をしながら、アキトはぶつぶつと何かを呟いている。

「ついにおれも茶髪デビューか。でもうちの高校、校則厳しいからなぁ。上原センセに目をつけられ……あ、異世界だから生徒指導も何もなかった……」

 恐らく自分もアキトと同じ顔をしているだろう。しかしセイアとレンディは得意げに笑っている。髪を染める事に若干の抵抗はあったが、彼らの好意を無下にするのも気が引けた。現地の人間が「そうしたほうがいい」というのなら、おとなしく従ったほうが無難だろう。

「……わかったわ。お願いしようかしら」

◆ ◇ ◆

 何に使うかもよくわからないような器材が転がっている小屋には、三つの椅子と小さな丸いテーブル、水瓶と大きな二つの箱、そして本の詰まった本棚ぐらいしか家具と呼べるものがなかった。恐らく、器材は薬師の仕事で使うものだろう。
 床板は張られていなくて、むき出しの土はほんのりと湿っている。部屋に漂う微かな薬の匂いに、ミリエイナは思わず眉をひそめた。薬の匂いは嫌いだ。鼻をつく苦いこの匂いは、どうしたって好きになれない。
 レンディは手際よく、桶をどろりとした茶色の液体で満たす。匂いがいっそう強くなった気がした。あれがファルールの実で作った染料なのだろうか。

「今回は茶色ですが、ファルールの実はさまざまな色の染料を作る事ができるんですよ」

 桶をかき混ぜながら、レンディは誇らしげに言う。その間にセイアはところどころ色のシミのついた布と小さな刷毛を引っ張り出してきた。服を汚さないようにするために被る布らしい。刷毛のほうは髪を染める時に使うものだろう。

「さぁ、用意ができました。髪、染めてもいいですか?」

 にっこりと笑うレンディと異臭を放つ桶を見比べるミリエイナの顔は、ほんのわずかに引きつっていた。

 ――――これを髪に塗るの? 塗っても大丈夫なの? でもここに来た以上、今さら嫌だとは言えないし……。

 もう後には引けない。ミリエイナはアキトにちらりと目くばせをし、覚悟を決めた瞳でレンディと向かい合った。

「……女は度胸よ。なるようになればいいわ」
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