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第二十九話 グラディウス
準備には三日かかった。
私とサイの髪を染め、徒歩で首都に辿り付くまでに点在する農村に立ち寄る。
私は下着姿なので、まずサイに必要な物を手に入れて来て貰った。
サイの手持ちの小銭は利子が高く付きそうだが、必要な物はそんなに無い。私の服と、紙と、小さなガラス瓶を用意した。
首都に着いて宿をとる。
邸の見取り図などを書いてサイに見せ、簡単に打ち合わせて夜まで休んだ。
久しぶりのベッドは温かかった。ほんの数日間の野宿だったのに、ずいぶんと長い間柔らかい寝床から遠ざかっていたように思える。
この三日ほどはサイが寝床に潜り込んで来るのを撃退するのにいらん体力を使ってしまっていたので、自分で思うより疲れていたのだろう。ふかふかのベッドに横たわると同時に意識が切れ、簡単に眠ることが出来た。
寝心地のいいベッドでいつまでも眠っていたかったが、そうもいかない。適当な時間にサイに起こしてもらう。
何故か私は裸になっていたが、サイを睨んでもツヤのある微笑みしか返ってこなかった。報復はことが終わってからにしよう。
首都の街の夜は街灯で明るい。
鐘の鳴らない時間だが、おそらく9時頃だろうか。この時間でも大通りには結構な数の人が歩いている。
もちろん黒髪が歩けば目立つが、深い緑の髪色に染めた私とサイが二人で歩いても、ただの親子連れくらいにしか見えないだろう。
「まったく変な気分だねぇ、街の中を堂々と歩くってのは」
「うるさい。だまって歩けよ。怪しまれたらどうするんだ」
「そんなこと言ったってこう人が多いと…、なんかかゆくなってきちまったよ。やだねぇ右も左も色付きだらけだ」
「もうちょっと歩いたら人も少なくなるよ」
中央街に差し掛かると、人の数はぐっと減る。
公爵邸は城のすぐ近くだ。
だが、
「おいおい、こりゃどういうことだぃ?」
「…騎士が」
公爵邸の周りには、大勢の騎士が立っていた。
人通りの無い小道に入り、少し離れた物影に隠れて様子を伺う。
邸は貴族街の一角だ。貴族の邸は他にいくらでも立ち並んでいる。
だが、騎士たちはギロチン邸だけを、まるで監視するように警備していた。
さながらルパン辺りから予告状が届いたかのようだ。ここから見えるだけで門の前に四人、角にも二人、邸をぐるりと見回っている数組も確認した。
どういうことだ? 何かあったのだろうか。
「こりゃ忍び込むなんて無理だよ。諦めるかぃ?」
「………いや、ダメだ」
私はなんとしても、この邸に忍び込まなくてはいけないのだ。
諦めるなんて出来ない。出直す時間も無いはずだ。
それに私は、何も無策でここまで来たわけじゃない。
サイに買って来させた紙にはすでに魔術を書いてある。水濃霧、広範囲に調節して霧を発生させ視界を遮るものだ。逃走のために用意した。
ここでこれを使ってしまおうか。不意打ちで生じた混乱にまぎれて邸に侵入するのは、それほど難しいことではないだろう。
逃走の手段が無くなるが、どの道この包囲では大した役には立ちそうにない。
だが邸にさえたどり着けば、剣の願いで逃げることは可能だ。
「それじゃあんたの儲けが無くなっちまうじゃないか。本末転倒なんじゃないかぃ?」
「剣も手に入れるけど、それ以外にも用があるんだ」
「なんの用なんだぃ? わざわざ危険なマネしてさ」
「…お前には関係無いことだよ」
「聞かせて貰いたいねぇ。得をしない奴と組むのは嫌なんだよ。信用出来ないから」
「…………」
…どうしようか。人に喋っていいことではないのだが。
今回は止むを得ずサイと組んでいるが、別に私はこいつを信用したわけでも仲良くしたいわけでもない。頭とか打って本当に死ねばいいと思っている。
教えれば誰に吹聴するかわからないし、やはり誤魔化した方がいいか?
また嘘か。結局また髪も染めて、私は嘘ばっかりだな。
うんざりするよ。
「そこの二人、何をしている!」
「「―――!?」」
瞬間。サイが反応する。
速ぇ。一瞬見えなかった。
騎士に見つかった。他にも広い範囲で見回りをしてるやつがいたのだ。
サイの腰の短剣が抜かれ、声を発した騎士に斬りかかる。
チン…と、甲高いが、以外にも小さい音が鳴ったと思うと、サイが宙を飛んでいた。
走り高跳びのように騎士を飛び越え、逆立ちするように手で地面に着地、そのまま腕の力で小さく跳躍して再度着地すると私とサイで騎士を挟むように位置取った。完全に騎士の不意打ちだったのに瞬く間に挟み撃ちの形にするサイ。どんな戦闘技術だ。
騎士の剣も抜かれている。私の目には何が起こったのかわからないが、
「………へぇ、捉えたと思ったんだけど、あたしの初撃を殺して逆に投げ飛ばしてくるとはねぇ」
…何か私には計り知れないやりとりがあったようである。
騎士は一人、だが仲間を呼ばれたら終わりだ。
サイと私でやれるか?
はっきり言って私は戦力にならない。杖も無いし、あんな速いの着いていけない。サイのおかげで挟み撃ちに出来たが、私が役者ではかなり不足だ。
というかサイのやつ、まさか殺すつもりじゃないだろうな。
サイなら殺りかねない、と少し心配になったが杞憂だった。
サイの頭はもう逃走に切り替わっていた。
「おい、先に逃げな。あんたを抱えてこいつから逃げるのは無理そうだ」
「だ、ダメだ!邸に行かないと!」
「もう無理だよ。諦めな!」
「……その声は、メイスちゃん!?」
声に驚き、心臓が跳ねた。
そこで初めて、相手の騎士の顔を見る。
迂闊。その可能性は十分にあった。
どうにも私に都合が悪いことばかりが起こるというのに、やっぱり私は、また目を逸らしていたようだ。
騎士は、フレイルだった。
「う…ぁ……」
フレイル。
よりによって、フレイルに見つかってしまった。
もう会わないと思ってたのに。
…会えないと、思ってたのに。
胸が締め付けられる。
どうしていいのか、わからない。
私が魔族だということはもう知れているだろう。
マスケットの言葉が、たしかに耳に聴こえた。
――――この 奴隷
心臓を抉る言葉だ。
私を殺す言葉がそれだ。
フレイルに、
フレイルにまで、そんなことを言われたら、私は……、
…だが、私の気持ちを知ってか知らずか、
フレイルは、すぐに私を抱きしめてくれた。
「やっぱりそうだ。髪色でわからなかったよ。無事だったんだね」
痛いよ。フレイル。
声が出ない。
「心配…、したんだよ…」
…………、
そっか…、
フレイルは、大丈夫なんだ。
私を拒絶したりしない。
魔族だ奴隷だなんて、私を蔑んだりしない。
フレイルの胸に抱かれて、安堵に息が漏れる。
全ての人が、魔族を蔑むわけじゃない。
それがわかって、少し救われた。
「…いいところを悪いけど、誰だぃこの優男は?」
「…あ、あぁ、…友達の、フレイルだよ」
「友達?? ………ふぅん、まぁいいさ」
フレイルもサイも、剣を収める。
サイの疑問符が気になったが、それよりもフレイルだ。
「騎士フレイルか、名前くらいは聞いたことあるよ。いいのかぃ?あたしらみたいな魔族に味方してさ」
「…あなたが、メイスちゃんを助けてくれたんですか?」
「いいや、相互利用の関係ってやつさね」
サイはニヤニヤ笑いながらも今しがた斬り合ったフレイルを興味無しとつっぱね、他の見回りの騎士が来ないか見張りに立った。
レズでロリのサイは、騎士フレイルのことなどどうでもいいようだ。
「メイスちゃん、どうして戻ってきたんだ。君は今指名手配されてるんだよ?」
「…えっと、ちょっとヤボ用で」
「馬鹿! 僕だったからよかったものの、他の騎士に見つかったらどうするつもりだったんだよ!」
「ご、ごめんなさい…」
「まったく君は、僕がどれだけ心配したか…」
「……うん」
「……本当に、髪、染めてるんだね」
「…………うん」
「魔族…、なんだね」
「………うん。…私は、魔族だ」
「メイスちゃん、……ゴメン」
フレイルが口にしたのは、謝罪の言葉だった。
おかしいだろ。なんでフレイルが謝るんだ。
「悪いのは私だ。皆を…、騙してた」
「僕は騙されたなんて思ってないよ。だってそんなの、仕方ないことじゃないか。僕の方こそ、気付いてあげられなかった」
「隠してたのは私なんだ。…ごめん、フレイル」
フレイルは私のことを心配してくれていた。
私が黒髪の魔族だと知って、どんなことを思ったか。
それでもフレイルは、私のことを一番に想ってくれたのだ。
そんな友達を信用できないで、私はずっと嘘をつき続けていた。
フレイル、
ごめんなさい。
「…どうして首都に戻ってきたの?」
「……大切な、用があるんだ。私は邸に行かなくちゃ」
「ダメだよ! 君が西の街で捕まってすぐ脱走したって報告で、公爵邸に君が戻ってこないかって、邸の周りを騎士がずっと見張ってるんだ」
「それでも私は行かなきゃ。邸に入れさえすれば逃げる算段はあるんだ」
「ダメだ。逃げる準備があるなら今使うべきだ。捕まったら助けられない。すぐに処刑されてしまうよ」
「行くのか行かないのか、早いとこ決めてくれないかぃ?」
サイが急かす。
わかってる。ここでフレイルと問答している時間は無い。
「…そんなに大切なことなの?」
「うん。私が、行かないと」
「………それなら、僕も行くよ」
「…!? 本気で言ってるのか?」
「もちろんだよ。君を放っておけない」
「フレイルの立場はどうなるんだ」
「君と一緒に、お尋ね者になるだろうね…」
「………、…ありがとうフレイル。でもダメだ。お前と一緒じゃ目立ち過ぎる」
「でも!!」
「ありがとう。私は、行くよ」
これ以上の話は無意味だ。
フレイルは上位騎士。それも三国に顔が知れ渡っている。
こいつと一緒じゃ逃げられるものも逃げられない。
それに、迷惑を掛けたくない。
私の友達に、こんなことは背負わせられないよ。
フレイルは私のために、自分の立場も、他の全てをも引き換えにするとまで言ってくれたのだ。
気持ちだけ貰っておくことにする。
本当に、ありがとう。フレイル。
「!!?? メイスちゃん!!?」
辺りが濃霧に包まれる。
広範囲の水濃霧は、ここからでも邸を包み込んでくれるだろう。
先に宿屋でサイと打ち合わせしておいてよかった。
邸の東側の角、私の部屋の窓が侵入経路だ。ガラスに細工がしてあり、手で少しずらせば窓枠に隙間を作って閂を外せるようになってある。
置き去りにしたフレイルを想う。
私が魔族でも、受け入れてくれる人はいる。
ありがとう。フレイル。
私は、もう大丈夫だ。
○
私の部屋に、窓から入る。
素早いサイは先に待っていた。窓の細工を戻して閂を掛けた。
廊下に出る。
邸の明かりはまだ消えていない。消灯はもう少し後だ。
まさか公爵邸の屋内まで騎士が見回りしてはいないだろうが、とにかく急がないと。濃霧に包まれた邸の周囲は騎士達の怒号で騒ぎになっている。ぐずぐずしているとここまで騎士が来る。
「おいちょいと。剣は執務室だろう? いくら広いからって迷子はよしてくれよ」
「迷わないよ。半年住んでたんだ」
「さっきから言ってる大事な用ってやつかい。後にしとくれよ。剣が先だ」
「それは……」
「もうここから逃げるには剣を使うしかないんだろう? そっちの確保が先じゃないか」
「……そうだな」
魔法紙はもう無い。
ガラス瓶の方に時間が掛かってしまったから一枚しか用意出来なかった。
もうここから逃げるには、私が剣に願うしかない。
もしくは捕まって処刑されるかだ。
つまり、
私はもう、元の姿に戻れない。
それでも構わない。
これはケジメだから。
私自信のことよりも、優先するべきことがある。
「ここかい。執務室ってのは」
「ああ、この中だ」
執務室に入る。
部屋の中央には大きな執務机。
その向こうの壁に、立派な額が飾られている。
額の中央に、剣は変わらず、掛けられていた。
サイに取って貰い、それを受け取る。
『騒々しいな 何かあったのか? どれ 私に願うがいい たちどころに解決してやろう』
剣はいつも変わらない。
声を無視してすぐに踵を返す。
これで脱出ルートは確保できた。
「よぅし。これでもうこっちのもんさね。すぐにも逃げたいけど、あんたの用事を済ませに行くとするかい」
「ああ、すぐに奥さまの寝室へ…」
―――がちゃり。
執務室の扉が開く。
「……やっぱり、戻ってきたのね。メイス」
部屋に入ってきたのは、奥さま。
公爵夫人クリスだった。
短剣に手を掛けるサイを制止して、奥さまの前に立つ。
「奥さま…」
「あなたは必ず戻ってくるって、思っていたわ」
「私を、待ってたんですか?」
「ええ、あなたは優しいから…」
…………、やっぱり、そうだ。
やっぱり、フレイルだけじゃなかった。
私が魔族でも、信じてくれる人がいる。
フレイルも奥さまも、私に向ける目は変わらない。
ここに来てよかった。
元の世界に帰る前に私がやるべきこと。今回の本当の目的。
ほんの小さなことかもしれないけれど、無茶をしてここまで来たのは間違いじゃなかった。
だって奥さまは、待っていてくれたのだから。
奥さまのそばまで歩み寄り、詠唱を始める。
何度も詠唱した、髪染めの魔術。
奥さまの胸に抱かれたカトラスの頭に、魔法のジェルが生まれた。
優しく丁寧に馴染ませる。
小一時間もすれば完成だ。
最後まで見てあげたいけど、もう時間はない。
「奥さま。この魔術はひと月ほどしか効き目がありません。ですから、これを…」
ポケットから小さなガラス瓶を取り出す。
このために苦労して、ガラス瓶に収まるほどに魔法式を簡略化したのだ。
「この髪染めの魔術を封じた魔道具の瓶です。ひと月に一度、よく髪に馴染ませてください。それとこの瓶は他の魔道師には絶対に見られないようにしてください。魔道師が中の魔法式を見れば、すぐにどういうものかわかってしまいます」
注意事項も忘れずに伝える。
これだけは、カトラスの髪染めだけは忘れるわけにはいかなかった。
髪染めの魔術。
師匠が私のために作ってくれた、嘘。
私は、考え無しにカトラスの髪を染めたのだ。
それを奥さまはとても喜んでくれた。カトラスを連れて街をよく歩いていた。
もう、公爵ギロチンの子息は、銀色の髪に生まれたのだと周囲に認知されている。
奥さまやカトラスに、この嘘を持ちかけたのは私だ。
カトラスはまだ何も知らないし、わからないのに。
私の髪を染めてくれた師匠は、どう思っていただろうか。
私を弟子にしたときには、もう死期を悟っていた師匠。
師匠は私にこの魔術を教えてくれたが、
師匠が生きている間は、絶対にその手で私の髪を染めてくれていた。
私はもうカトラスの髪を染めてあげられない。
そのカトラスは魔術が使えないから、せめてこの魔道具を渡したかった。
願わくば、カトラスがこの魔術を使い続けずに済む世の中になればいい。
それまで、どうか幸せに生きてくれればと、
…そう、願う。
「メイス。これを…」
奥さまは、小脇に抱えていた袋を私にくれた。
中には、あの時失くした師匠のとんがり帽子。
「……奥さま」
「メイスが魔族だったと報告を受けて、夫と二人で話し合ったわ。といっても、あの人と私の思いは同じだったけれど。
メイスは蔑まれるべき子じゃない。たとえ魔族でも、それは我が子と一緒なんだもの。
この執務室でよくこの剣と話していたのは知っていたわ。あなたはまだこの剣に願い事をしてなかったのね。
メイスには、きっと事情がある。だからもし、あなたがここに戻ってきたときには、この剣を渡そうと決めていたの。そしてあなたは、戻ってきた」
奥さまの手が、私の持つ剣に触れる。
「奥さま、まさか…」
「メイス。これだけは覚えておいて。この剣はどんな大きな願いも叶えてくれるけど、正しく願ったとおりに叶えてくれるけど、それでもその願いは歪んでしまうかもしれない。全ては結果にならないのよ。叶えた願いは過程に変わる。必ずその願いの反動があるわ。
たった一つ願いが叶ってしまうということは、他の願いを諦めてしまうことに等しいのよ。そんな簡単に願いが叶ってしまったら、人は他の願いを簡単に諦めてしまうようになってしまうの。いつか度し難い理不尽に苛まれたとき、この剣が無いことが、あの時願わなければよかったという後悔が、人を絶望に沈めてしまう。それを忘れないで。
あなたがこの剣に何を願うかはわからない。でも後悔だけはしないように、後になってあの時あんなことを願わなければよかったなんて思わないように、よく考えて願うのよ」
あなたが、カトラスの髪を染めてくれて、本当に嬉しかった。
誰憚ること無く、我が子と共に暮らす幸せをくれた。
これはその、ほんのお礼。
奥さまは、そう言って、
剣に、願い事をした。
○
気付くと、辺りは草原だった。
遠く地平線のギリギリに首都の城壁が見える。あれは一番外側の城壁だ。
三つの月の位置から、ここが首都から西の土地だとわかる。
手には帽子が入った袋と、剣。
奥さまが願い事で、ここまで逃がしてくれたのだ。
「どうやら、あんたの願い事は使わずに済んだみたいじゃないか。あの貴族も気前がいいねぇ」
ちゃっかりサイも居た。
居なければよかったのに。
あそこに置き去りになって捕まってしまえばよかったのに。
「さぁとにかくまずは移動するよ。せっかく逃がして貰ったってのに、無駄にしたんじゃバチが当たるってもんさ」
「………うん」
とりあえず二人して歩き出す。
目的は果たした。
こうして無事に逃げることにも成功した。
…これから、どうしようか。
「それで? あんたはこの剣に何を願うんだぃ?」
「…………」
私の願い。
元の姿に戻り、元の世界に帰ること。
そのためには白の国の召喚魔術と、この剣の奇跡が必要だ。
私はもう半分、元の姿に戻るのは諦めかけていたが、こうして無事に剣はある。
あとは白の国に行って、召喚魔術を探すだけ。
いっそのこと、また剣を失う前に、ここで元の姿に戻ってしまうという考えもある。
だが、
「…私は、願わない」
「はぁ? そりゃまたどういう…」
剣を手に入れるため、
奥さまとカトラスに、髪染めの魔道具を渡すため、私は首都に戻った。
そこでフレイルに会い、奥さまと話し、わかったのだ。
この世界の人たちは、私を、魔族を差別する人ばかりじゃない。
きっと他の皆も、ドクも、
マスケットだって、ひょっとしたら、
私を、受け入れてくれるかもしれない。
だから、確かめなくちゃいけない。
もう一度マスケットに会って、話さなければ。
私は、まだ帰れない。
この姿を変えることも出来ない。
「やることが出来たんだ。まだ私は、剣に願わない」
「はぁん。それじゃ約束が違うよ。あたしの報酬はどうなるんだぃ?」
サイにはこの剣を報酬として譲る約束だった。
だがそれは私が願いを叶えてからだ。
私が剣に願わないなら、サイの報酬も支払われない。
だがサイは、さして不満そうでもない。
いつにも増して、可笑しそうにニヤニヤと笑っている。
「報酬は、この剣はすぐには渡せない。でも必ず…」
「あぁいいんだよ。あんたがまだ願いたくないってのなら、あたしは剣を貰うのはいつだっていいんだ。…だからさ」
…いや、サイはニヤニヤというか、キラキラしている。
両目をキラキラさせながら、サイはいきなり私に抱きついてきた。
「それまであんたに付き合わせて貰うよ! あんた魔道具なんて作れるんじゃないか! あんたと一緒にいれば、もっともっといい目を見れそうだ!」
ちょ、離せ抱きつくなってか抱き上げるな!!
サイに持ち上げられると、私の小さな身体では抵抗できない。
頬ずりするな気色が悪いんだよロリババァ。ロリなババァじゃなくてロリコンのババァとか本当に誰が得するんだよ。いいから死ねよ。
「つれないじゃないか。なんで黙ってたんだぃ? 魔術が使えるだけじゃなく魔道具が作れるなんて、国家魔道師並じゃないか」
ロクに抵抗できない私を振り回して喜ぶサイ。
そんなに嬉しいことか? というか何が嬉しいんだ?
「あたしら魔族が国家魔道師と付き合い持てるなんて、とんでもない幸運としか思えないよ。どうやらあたしも神さまってやつに見放されてなかったんだねぇ」
うわぁ、サイは私を利用する気まんまんだった。
こんなやつに付きまとわれたんじゃツキが下がるよ。こいつの幸運は私のそれと反比例するのだと思う。
まぁでも、今回はこいつのおかげで助かった。
服も紙も、何よりあのガラス瓶も、用意したのはサイなのだ。
報酬を支払わないままには出来ないだろう。
しぶしぶ承諾すると、やっとサイは私を解放してくれた。
これからことあるごとに抱きつかれたりしないだろうな?
『何かまた問題を抱えているようだな 私に願え どうとでもしてやろう』
「…………」
この剣まで含めて、この三人でしばらく行動することになるのか。
私の未来は案外暗いかもしれない。
心労で倒れたりしたら、そのときこそこのロリババァの餌食だ。
「お前に願うのはまだ保留だ。いつか叶えて貰うからそれまで待ってろ」
『……いつになったら 私はお前の願いを叶えられるのだ』
「しばらくは先だよ。でもそうだな…」
私はこの世界でやることができた。
マスケットともう一度会うために、元の姿に戻るのも先延ばしだ。
先延ばしにし続けて、もうこの剣とも長い時間一緒にいる。
これからもしばらくは続きそうだ。
「お前にも、名前が欲しいな。何か無いのか?」
『私の名か 私は魔王の剣だの 願いの剣だのと呼ばれるが』
「ふぅん。じゃぁ私が名前を付けてやるよ」
『ふむ 言ってみるがいい』
「○ンスト太郎ってのはどうだ?」
『…私はもちろん嫌だが お前もそれで本当にいいのか?』
「…………」
……他の人には声が聞こえない剣に○ンスト太郎○ンスト太郎と呼びかける私を想像する。
「もうちょっとマトモな名前を付けます」
『うむ 言ってみるがいい』
「そうだな、じゃあグラディウスってのはどうだ?」
『悪くはない』
適当に付けた名前だが、気に入ったようだ。
まぁ○ンスト太郎よりはマシか。
「おぅい。向こうで野営をするよ。ちょいと火を出しておくれよ相棒」
「誰が相棒だ!!」
私はお前に人生を狂わされた人間だよ!
これっぽっちの情も無いよ。
怨みや殺意は海の水より多いよ。
お前なんか死んでしまえばいいんだよ!!
私に利用価値を見出すや、途端に調子が良くなるサイ。
口を開けば願いを叶えることしか頭に無いグラディウス。
そしてこの国で指名手配の私。
しばらくはこの三人での野宿が続きそうだ。
というかすぐにでも青の国を出なければいけないだろうが、それは主に私が指名手配な所為なので黙っておく。
まずは白の国に行こう。
ついでに召喚魔術も探せるが、噂ではあの国は黒髪にも住みやすい国だと聞く。
魔族の差別も薄いかもしれない。きっと今の私が学ぶべきことがあるはずだ。
そして必ず青の国に帰ってくる。
そのときに、マスケットがどう思うのかはわからない。
また私を拒絶するかもしれない。
でも、もしかしたら状況は変わるかもしれない。
私が、変えられるかもしれない。
それを私は、剣には願わない。
私は元の姿に戻り、元の世界に帰るのだ。
それ以外で、グラディウスには頼らない。
私の本当の願いは、私自身の手で叶えて見せるのだ。
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