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勇者に俺の気持ちはわかるまい 作者:名取有無

第三章 アディーエン公国―シュタイシア王国編

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勇者が勇者である所以

* * * * *

「……魔王が二人もいるなんて初耳だわ」

 聞いていた話と違う。どういう事かしら。

「帝国の魔王と連邦の魔王か。何だかややこしくなってきたな」

 あたし達の髪を染める過程で服を汚してしまったというセイア君とレンディ君が奥の寝室に行って着替えているから、あたし達はユージ君達とじっくり話し合う事ができた。通話が終ってからもアキト君と二言三言交わす余裕はあったけど、そろそろ二人も戻ってくるだろう。

「勇者もおれとユージの他にもう一人いるんだろ? そいつが連邦の魔王とイコールで結ばれるとして、帝国の魔王は何なんだろうな」
「わからないわ。陛下は討伐すべき魔王の名前を仰ってくださらなかったし……」

 そう、陛下は『エレウテリア帝国の』魔王としか言っていない。アキト君達の視点では、その魔王が『ヴァイゼ・ヴァルトベルク』だという保証はどこにもなかった。帝国にはヴァイゼ以外の魔王がいる可能性だってあるわけだし、言い出したらキリがない。
 だけど、可能性の一つとして現れた二人目の魔王のほうは完全に予想外だ。一国を支配下に置くとか、民の虐殺だとか、まさに『魔王』じゃない。そんな人と関わるなんて、この旅の()()()()()はどこにいってしまったの?

「話し合いで解決できる相手だといいんだけどなー……。それにしてもあの二人、遅くないか?」

 アキト君が物憂げに呟き、寝室の扉に視線を送る。……確かに遅いわね。

「ちょっと様子見てくる。ずっとここに居座るのも悪いしさ。夕飯時にひと様の家にいるのはなんか落ち着かないんだよな」
「そうね。夜になる前には村に着きたいし、そろそろ出発したいわ」

 窓からは夕陽が差し込んでいる。よその土地から来る人が滅多にいない地域では宿の数は極端に少ないし、北の村が閉鎖的な村だというなら旅人を泊めてくれる家を探すのにも一苦労だ。道具屋かどこかで必要なものを調達して野宿したほうがいいだろう。日が完全に沈む前に泊まる場所を確保したい。

「セイア、レンディ、大丈夫か?」
「あ、ごめんなさい。今行きますね!」

 アキト君が寝室の扉を叩くと、すぐにレンディ君の声が返ってきた。向こう側からばたばたと音がして、やがて扉が開き、二人が姿を見せる。

「村なんてめったに行かないから、村に来ていく服をどこにしまったか忘れちゃったんだ。なかなか見つからなくてあせったぜ」

 セイア君がどこか恥ずかしそうに言う。村に来ていく用の服? 見たところ、二人の服装はさっきとさほど変わらない意匠のようだけど……あら?

「レ、レンディ……。お前、なんでスカート履いてるんだ?」
「動きにくいからあまり履きたくないんですけどね。でも、村では女の子が男の子の格好をすると変な目で見られるので、村に行くときは女の子らしいかっこうをするんです」

 ……レンディ君じゃなくてレンディちゃんだったのね。髪が短いうえに一人称もボクだったし、男の子の格好をしていたから男の子だとばかり思っていたわ。

「……うん、ごめん」
「?」

 アキト君が気まずげに視線をそらす。アキト君もあたしと同じくレンディちゃんを男の子だと思っていたらしい。どうやらレンディちゃんはあたし達の勘違いに気づいていないようで、首を少し傾げるだけで何も言ってはこなかった。

「兄ちゃん姉ちゃん、待たせたな。そろそろ北の村に行くんだろ? ついてきて」
「え、ええ。お願いね」

 セイア君が立ち上がり、入り口の扉に手をかける。ここから北の村まで行くのに、そう時間はかからないといいんだけど……。



 北の村に着いたのは、それから数十分ほど歩いてからの事だった。しばらく森の中は歩きたくない。
 村の入り口らしき飾り門の前でセイア君とレンディちゃんが足を止めた。まるで門を越えたくないとでも言うようだ。
「どうしたの?」
「……オレ達、とくべつな時以外は村に入っちゃいけないからさ。案内できるのはここまでなんだ」
「え? せっかく服も着替えたのにか?」
「これは、外に出てきた村の人達に見られても平気なように着替えただけなんです。今日は村の人達に一度も会っていないので、意味がなかったみたいですけど」

 村の外に出た村人達に見られてもいいように服を着替えるなんて、意味がまったくわからない。北の村独特の慣習なのかしら。

「そうなの? ……まあいいわ。ここまで案内してくれてありがとうね」
「あ、お礼はいりませんから!」

 布袋の中からアルグ硬貨を取り出そうとしたあたしの腕を、レンディちゃんが押しとどめた。

「え? でも、髪まで染めてもらったし……」
「いいんです。こまっている人はせっきょくてきに助ける、ただし見返りは求めてはいけない、ってお母さんに教わりましたから」
「……そう」

 お母さん、か。

「じゃーな、アキト兄ちゃんとミリ姉ちゃん。えんがあったらまた会おうぜ」

 誰かの言葉を真似したのか、セイア君が芝居がかった口調で別れの言葉を口にする。その横では、レンディちゃんが苦笑を浮かべながら手を振っていた。

「おう、ありがとなー!」
「……二人とも、気をつけて帰ってね」

 あたし達も手を振り返し、飾り門をくぐる。そこであたしははたと気づいた。
 そういえば、セイア君はレンディちゃんの事を『弟』だと称していなかったかしら……?

「……気のせいよね」



 時間が時間なせいか、外に出ている人はあまりいなかった。夕食を摂っている家族が多いのか、村中にいい匂いが漂っている。家の窓から漏れる灯りと聞こえてくる笑い声が羨ましい。

「想像してたよりも雰囲気はいいな。閉鎖的とか、よそ者に厳しいとか、そんな風には見えないけど」
「……そうかしら」

 イシュハ村もこんな風だったっけ。あの村は平和で穏やかに見えるけど、本当はどろどろした感情の吹き溜まりだった。過去の記憶のせいか、この村も見た目通りののどかな村だとは信じきれない。

「やっぱ、どこの世界でも一家だんらんっていうのはいいもんだよな」

 家々の窓を眺めながら、アキト君がしみじみと呟く。彼の視線をあたしも追ってみるけど、目に映る窓はどれもあたしには明るすぎた。

「……ねぇ、アキト君の家族はどんな人達なの?」

 アキト君を育んだ家庭環境に少し興味があった。どうすればこんな人が育つのかが知りたい。
 アキト君はあたしの理解を越えている。モンスターを極力傷つけない事もそうだけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からだ。
 これはロシェルクスとケイルにも言える事だけど、お兄ちゃんはあの二人にはそこまで辛く当たっていないから、それはそれでおかしくはないのかもしれない。
 でもアキト君は、お兄ちゃんに殴られてもさらっと流していたし、罵詈雑言を浴びせられてもへらへらしている。あたしが知っている中で、お兄ちゃんと個人的な付き合いがあるのにお兄ちゃんを嫌いになっていないのは、あたしと、お兄ちゃんが昔パーティを組んでいた学府の人達ぐらいだった。
 アキト君はお兄ちゃんを嫌ってないの? それとも本当は嫌いだけど、それをうまく隠しているだけ? どちらにしても、あたしにとってアキト君のような人はとても興味深い。
 でも、返ってきた答えはあたしの疑問を解消するようなものじゃなかった。

「うーん……。父ちゃんと母ちゃんと姉ちゃん、それからおれの四人で暮らしてたんだ。今……というか、この世界に来る少し前は父ちゃんと二人暮らしだったけどな」
「……あら、アキト君も次子だったの。あたしと同じね」
「ああ。いい姉ちゃんなんだけど、本音を言えば兄ちゃんか弟のほうがよかったかな。ま、姉ちゃんなのか兄ちゃんなのか正直よくわからない人だったけど」
「あたしは姉妹が欲しいと思った事はないわね。お兄がいればそれでいいもの」
「へー、やっぱりミリもエルの事が好きなんだな」

 ……この流れなら、アキト君がお兄ちゃんのことをどう思っているか聞きだせるかしら。

「ねえ、アキト君はお兄のことをどう思ってるの?」
「エル? んー、口は確かに悪いけど、根っから悪い奴ってわけじゃないと思うぞ」
「……色々とひどい事をされてるのに?」
「そうだなぁ……。確かにエルはやたらと突っかかってくるし、それにイラッとする事もよくあるけど、正直そこまで気にしてないっていうか。いや、気にしない事にしたっていうのが正しいのか?」

 アキト君は少し考え込むような仕草を見せ、言葉を選ぶかのように話す。

「だって、おれからもエルに突っかかっていったらパーティの空気がギスギスしてきそうじゃんか。それに、あいつよりムカつく奴は絶対いるだろうし、毎日顔を合わせる相手と険悪になるのも嫌だしさ」
「それが、アキト君がお兄を嫌わない理由なの?」
「おう。人を嫌いになるのって、結構疲れるんだぜ」

 ……優しすぎる。それが誇るべき美徳なのはわかっているけど、アキト君の事を一瞬でも気持ち悪いと思ったあたしの心はきっと穢れている。あたしはそこまで他人に優しくなれない。

「……アキト君は大人なのね」

 自己防衛の手段として他人に牙を剥く事を選んだお兄ちゃんや、自分の殻に閉じこもる事を選んだあたしとは大違い。
 もし、あの時のあたし達がもっと精神的に強かったら、アキト君と同じ選択をする事ができたのかしら?

「そうか? 円滑な人間関係を築くためなら、この程度の事は誰でもやってると思うけどな」
「……アキト君には本当に悪い事をしているわ。今、つくづくそう思った」

 あたしは足を止めて、アキト君の黒い瞳をじっと見つめる。

「あたし達兄妹のわがままに巻き込んでしまってごめんなさい、アキト君」
「え!? な、なんでミリが謝るんだよ!?」
「だってお兄があんな風になったのは、全部あたしのせいだから」

 兄妹じゃなくて姉弟みたい、そうお母さんに笑われていたのも今では遠い昔の事だ。
 昔のお兄ちゃんと今のお兄ちゃんは全然違う。お兄ちゃんは変わってしまった。
 全部、あたしが弱かったせいだ。何だかんだ言ってもお兄ちゃんはずっとあたしを守っていてくれた。それに気づかないで、お兄ちゃんに甘え続けたあたしがお兄ちゃんをおかしくしてしまったんだ。

「あたしにはお兄を庇う気なんてないわ。お兄がアキト君にひどい事をしてるのは事実だもの。それについて弁明の余地はないわよ。……でも、」

 どうせいつかは嫌われるんだから、自分が先に嫌いになればいい。それがお兄ちゃんの根底にある考え方だ。そのうえアキト君はちーとをもっているからか、アキト君の事は必要以上に嫌っている。 
 でも、その認識はそろそろ改めてもらわないと。あたしはもう守られるだけのか弱い妹じゃないし、お兄ちゃんは虐げられるだけの無力な子供じゃない。
 だってあたし達は、あの日の約束通りにお母さんを嘘つきにしなかったんだから。
 あっさりアキト君に抜かされてしまったとはいえ、あたし達はちゃんとお母さんの期待に応えてみせた。もう、恐れるものなんてないはずだ。

「今すぐには無理かもしれないけど、あたし達は必ず貴方に歩み寄る。……虫のいいお願いなのはわかってるわ。だけど、どうか時間を頂戴。これ以上貴方に不快な思いをさせないようにするから」
「えーっと……。なんて言えばいいのかわかんないけどさ、そんなに思いつめなくてもいいと思うぞ?」

 アキト君が困ったような声を出す。それに対する返事が思いつかなくて、あたしは結局口を噤むしかなかった。

「おれがお前の何を知ってるかって話なんだけど……なんというか、今日のミリはいつもと違くないか?」
「……そうかしら。もしかしたら、セイア君とレンディちゃんに昔のあたしとお兄を重ねてしまって、感傷的になっていたのかもしれないわね」
「あのさ、おれは一応『勇者』で、パーティのリーダーだ。ミリが何かに悩んでるなら、おれがどうにかしてやりたいと思う」

 何だか気まずくなって、アキト君の瞳を直視できなくなった。視線をそらして下を向く。

「でも、おれから見たらここは異世界だ。おれのわからない事なんてたくさんあるに決まってるし、ミリの悩みはおれの理解の外側にあるかもしれない。だからこそ教えてほしいんだ。ミリに何があったのか」
「……あたしの身の上話なんて、聞いてもつまらないだけよ?」
「いいさ。おれには大した事はできないかもしれないけど、それでもいいなら聞かせてほしい」

 すっかり茶色くなった髪をいじる。産まれてから十六年間ずっと銀髪だったせいか、髪が茶色いと落ち着かないけど、それも時間の問題だ。どうやらこの染料は洗った程度じゃ落ちないらしいけど、一週間ぐらいで元の髪色に戻るそうだ。その頃には茶髪にも慣れているだろう。

「……立ち話も何だし、今日の泊まる場所を決めてからにしましょうか」
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