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勇者に俺の気持ちはわかるまい 作者:名取有無

第三章 アディーエン公国―シュタイシア王国編

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二人目の可能性(そもそも魔王とは何なのか)

「どうやら、僕らの間にも情報の食い違いがありそうだね。互いの認識を確認するためにも一度情報交換をしておきたいんだけど、暁人と連絡は取れるかい?」
「そうだね。アキトの話も聞かなきゃいけないだろうし、ちょっと試してみるよ。……アキト、《遠絡鏡》の使い方がわかるといいんだけど」

 ロシェが《遠絡鏡》を取り出し、そこに向かってアキトの名前を呼ぶ。繋がるまでにそう時間はかからなかった。どうやらアキトも《遠絡鏡》を使えるらしい。

《ロシェ? 何かあったのか?》

 アキトの声と共にアキトとミリの姿が《遠絡鏡》に映しだされる。だが、それは数刻前の二人の姿とはだいぶ違っていた。こいつら、なんで髪が茶色になってるんだ……?

「あれ? 暁人、いつの間に髪を染めたんだい?」
「あ、あんた達こそ何があったの!?」

《銀髪と黒髪のままだと目立つから、セイア君とレンディ君に……さっき知り合った子供達に髪を染めるように勧められたのよ。……大丈夫? おかしくないかしら?》
「髪が何色だろうと似合う事に変わりはないが、どうやって髪を染めたんだ? ……まさか泥は使っていないよな?」
《ナントカの実っていう、髪を染められる染料を使わせてもらったんだよ。てか、泥じゃ髪は染められないだろ。乾いたらガビガビになるしさ。エル、お前なんでそんな発想するんだよ……》
「……聞いてみただけだ。深い意味はない」

 やられた事があるから、とはさすがに言えなかった。泥の塊をぶつけられるのはもちろん、雨が上がったばかりでぐちゃぐちゃになっている地面に顔をこすりつけられるのは相当不快な体験だ。

《ギャグなのか天然なのか判断に困る……ん? なんで遊司と……えっと……》
「カテーリア・ラ・オリヴェル。カテーリアでいい。泊まってる宿屋がエルギアル達と同じだったから一緒にいるんだよ。……ああ、《移動水晶》がイカれてくれたおかげで、ここにはあたしとユージしかいないぜ。ナルシソ達はどこか別の場所にいるはずだ」

 もうカテーリアは性格を取り繕う気はないらしい。椅子にどかりと足を広げて腰かけて、頬杖を突きながら喋るその姿には、遺跡での面影なんてまったくなかった。……こいつ、この中じゃ一番男らしいんじゃないだろうか。もうちょっと恥じらいというか慎みを持っても罰は当たらないんじゃ……。
 カテーリアの変貌ぶりにアキトが戸惑う素振りを見せたが、ミリは気にしない事にしたのか話を先に進めようとする。

《それで、どうしたの?》
「実はちょっと色々あって……」

 ロシェがユージのほうにちらりと視線を送りながら、これまでの経緯を説明し始めた。ミリとアキトの顔つきが徐々に神妙なものへと変わっていく。


《ユージ君、貴方は『エレウテリア帝国にいる魔王ヴァイゼ・ヴァルトベルクの討伐』を双星教庁から依頼されたの?》
「ああ。星女神エヒミアから直接そう言われたし、この世界に来てすぐに双星教庁のトップである教皇グスタフィートにも同じ事を言われたよ。でも、暁人は違うんだよね?」
《ああ。おれは前にも言ったように、魔王についてオティルズは何も言わなかった。ただ『現地の人間に話を聞け』って言われただけだ》

 うろ覚えだが、遺跡でアキトがユージにそう語っていたような気がする。そしてアキトがこの世界に来て、はじめて陛下に『エレウテリア帝国にいる魔王の討伐』を命じられたんだろう。

「あの、ユージさんとアキトさんが倒すように指示された魔王は同一人物なんじゃないですか? だって、どちらの魔王もエレウテリアにいるじゃないですか。……あ、今はニルヴィーゼでしたね」

 ケイルの言葉にカテーリアが訝しむように眉をひそめた。カテーリアは頬の傷をなぞりながら尋ねる。

「ニルヴィーゼ? なんでそんなところに魔王がいるんだよ?」
「リザベさん……この前知り合った盗賊の女性が言っていたんです。ニルヴィーゼに勇者を名乗る男が現れたのですが、そのあまりに非道な振る舞いから『魔王』と称されている、と」
「ああ、やっぱり話が噛み合わないね。……ヴァイゼがニルヴィーゼにいるはずないんだけど」

 ユージは芝居がかった仕草で首を左右に振る。その目には疲労の色が浮かんでいるような気がした。

「なぜそんな事が断言できる? 勇者二号、お前は何を知っているんだ?」
「……僕は教庁から与えられた情報しか知らないよ。ただ、双星教庁っていうのは一枚岩じゃなくて、色々な派閥から色々な情報が寄せられるんだ。その中には当然、嘘や根拠のないものも混じってる。信用度の高そうな情報だけを吟味して組み立てる事で、僕らはこの結論に辿り着いたのさ」

 どうやら双星教庁は勇者の旅に全面的に協力しているらしい。とはいえ一枚岩じゃないのなら、時には足を引っ張られる事もありそうだ。

「これから話すのは、すべて君達と別れた後で手に入れた情報だ。以前君達に話した情報より信憑性が高いけど、その分以前の話はほとんどが嘘だった可能性がある。僕とカテーリアが真実だと思った事を君達にも伝えるけど、今の段階では何が正しくて何が嘘なのかは僕らにもわからない。だから、情報の取捨選択は君達に任せるよ」

 ユージはそこで一旦言葉を区切り、カテーリアに視線を送る。それに応えるようにカテーリアが続きを語りだした。

「お前ら、ギルアヴェル・カルディスって男を知ってるか?」

 まったく知らない。誰だ?
 カテーリアの設問に、俺とケイルは口をつぐむ。答えたのはロシェだった。

「名前だけなら聞いた事があるかな。星占教の聖職者で、歴代史上最年少で枢機卿になった人だったっけ?」
「ご名答。そいつがあたし達の()()()後援者だ。……教庁のお偉方は自分達に都合のいい妄言をあたし達に垂れ流すが、ギルアヴェルはその中でもマシなほうなんだよ。だからあの男が寄越す情報には価値がある。ヴァイゼはニルヴィーゼにいないってあたし達が思うのは、ギルアヴェルの情報を根拠にしてるからだ」

 本当の後援者か。含みのある言い方だな。ユージ達にとっては、教皇よりもそのギルアヴェルという枢機卿のほうが信頼できるんだろう。

「じゃあ、なんでヴァイゼはニルヴィーゼにいないの?」
「重要なのはニルヴィーゼというより、エレウテリアのお国柄かな。……エレウテリア帝国では、ヒトとモンスターが共生しているらしい。にわかには信じられない話だけど、そんな国なら『魔王』であるヴァイゼも受け入れられるだろう」
《……やっぱりヒトとモンスターって、》
「残念だけど、ヒトと共存できるのはヒトと同レベルの知能を持った一部の上位モンスターだけだ。暁人の求めるような世界が訪れる事はないよ」

 アキトがあげた、何かを期待するような声はユージがあっさりと遮った。アキトは不服そうな顔をするが、これ以上口を挟むつもりはないようだ。

「そして何より、エレウテリア帝国は無宗教国家だ。さすがにユティア教は煙たがられているみたいだけど、国を挙げて特定の宗教に入れ込むような事はしていないうえに、あの国では信仰の自由を認めているのさ。星占教の信徒もグェン教の信徒もいるし、エレウテリア特有の民族宗教だってある。その辺の感覚は日本と似てるのかな?」

 神を信じる信じない、敬う敬わないは個人の自由だ。だが原則として、国教として定められた宗教以外の神を崇める事は赦されない。自国の国教以外の宗教の神に信仰を捧げたいなら、その宗教を国教として定められている国に移住する必要がある。だがエレウテリアに国教がないというなら、どんな神にさえも信仰を捧げる事は可能だろう。

《つまりエレウテリアは、クリスマスを祝ったり初詣に行ったり、お盆やったりハロウィンで盛り上がったりする国なんだな》
「そうそう、まさにそんな感じ。……とはいえ、僕も実際に見た事はないけどね。ギルアヴェルさんはエレウ人だから、その受け売りさ」

 とはいえ、それがヴァイゼがエレウテリアを離れない理由なのか? いまいち理解できないんだが……。

「ま、これだけじゃ理由としちゃ不十分だ。だが意味があるんだよ、少なくともヴァイゼ・ヴァルトベルクにとってはな。それも今から説明してやる」

 俺の心の中を読んだように、カテーリアが俺のほうを見てにやりと笑った。
 ……いや、まさかな。他人の心を読むなんて、ヒトにできるわけがない。ただの偶然だろう。


「ヴァイゼを『魔王』と称するのは()()()()()()()()()()()()()()だ。それ以外の連中は、ヴァイゼが魔王だなんて知らないはずなんだよ」
「……え? でも、陛下は間違いなく『エレウテリアに現れた魔王』と仰っていましたよ?」

「問題はそこだ。いくら一国の王でも、ヴァイゼが『魔王』だなんて知っているはずがない。グェン教を国教に定めているイギスアルヘイドの王ならなおさらだ。『魔王ヴァイゼ・ヴァルトベルク』っていうのは、一部の星占教徒にしか通じない内輪ネタみたいなもんだからな」

《……何が言いたいのかしら?》

「ヴァイゼは『魔王』として双星教庁に追われているんだ。込み入った事情があるせいか表立った捜索は行われていないし、ヴァイゼを討伐できるのは勇者(ぼく)だけだと言われているから大がかりな討伐隊も組めないしで、世間的には知られていない事なんだけどね」

「腐っても世界宗教の一つである星占教の総本山から追われてるなんて、ヴァイゼにとっちゃ絶望的以外のなにものでもねぇはずだ。世界中に双星教庁の息のかかった連中が潜んでいるんだからな、迂闊な行動をとればすぐに捕まっちまう。……だが、ヴァイゼにとってエレウテリアは安全地帯なんだよ」

「……宗教に頓着しないエレウテリア帝国内なら星占教が幅を利かせる事ができないから、他の国よりもヴァイゼが捕まる確率が低くなるという事か?」

「その通り。双星教庁にとって、ヴァイゼは()()()()()()()存在なんだ。だから是が非でも消したいのに、彼を取り巻く環境がそれを赦さない。教庁側は強硬手段に出るしかないけど、『勇者』でないとヴァイゼは倒せないっていう制約みたいなものもある。だから、ヴァイゼの居場所がわかっていても手出しできないんだよ」

「ついでに言えば、ヴァイゼがエレウテリアに棲みついてからもうだいぶ時間が経っているらしい。住み慣れた環境を離れて不穏な噂の絶えないニルヴィーゼに行くなんて、ちっと考えづらくはねぇか?」

《それで、貴方達はエレウテリア帝国の魔王ヴァイゼ・ヴァルトベルクとは別にもう一人、魔王がいると思ったの? ……なら、ニルヴィーゼ連邦にいるという魔王はヴァイゼではないのかしら》

「その可能性が高いんじゃないかな。……付け加えるなら、ヴァイゼは星占教が『魔王』と認定しているだけだ。その辺りの経緯やヴァイゼに関する事については性根の腐っ……げふんげふん、星女神様により箝口令が敷かれているから、詳しくは語れないんだけどね。でも、グェン教にとってヴァイゼはなんの害ももたらさないはずなんだ。だから、もしかしたら君達が討伐すべきはもう一人の魔王のほうかもしれない」

 今、性根の腐ったって言おうとしてたよな……。ユージにここまで言われるなんて、何をしたんだ星女神エヒミア。

「なるほど。箝口令が敷かれているから、他国の王がヴァイゼ・ヴァルトベルクを知っているはずがないという事ですか」

「……情報の伝達に多少の齟齬があると言っていたな。まさか、大陸の東側から西側に『魔王』の話が伝わる過程で、二人の『魔王』の噂話が混じってしまったのか?」

「かもしれないね。と……じゃなくて、陛下がどっちの魔王を討伐するように命じたのかわからない以上は魔王は二人とも敵だと判断したほうがいいかも」

 どうやらエレウテリアの滞在期間も長くなりそうだ。《遠絡鏡》に視線を移すと、アキトが何か考えこむような目つきでじっと下を見ていた。ミリはいつも通りの無表情のように見えるが、微妙に表情の変化がある。あれは……焦燥、か?

「イギスアルヘイドの王が何を思ってあんた達に命令を下したのかは知らねぇよ。ただ、あたし達が狙うのが『魔王ヴァイゼ・ヴァルトベルク』ただ一人なのは変わらねぇんだ。二人目の魔王がニルヴィーゼにいるっていうのは初耳だが、そっちには関与しないぜ」

 カテーリアが気だるげに言い放つ。それもそうだろう。星占教にとっての『魔王』がヴァイゼだけなら、ニルヴィーゼにいる魔王はユージ達の討伐対象に含まれていないはずだ。



《二人目の魔王がいるのかどうか。それを確認するためにも、リザベさんに魔王の名前を聞いてみたいよな》

 魔王に関する事からこれまでの旅程についてまで、ユージ達とあらかた情報の交換をし終えてそろそろ解散のような空気になったとき、アキトがぽつりと呟いた。

 ……果たして、聞いたところで教えてくれるだろうか? 
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