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チート勇者と天才剣士
* * * * *
セイア君とレンディ君の後を、あたしとアキト君は静かについていった。だいぶ歩いたような気がするけれど、周りの景色は一向に変わらない。一体、いつになったら北の村に着くのかしら。
「……そうだ。アキトさんとミリさんは外国の人ですよね?」
ふいにレンディ君が振り返る。その目が捉えているのはあたし達の髪と目らしい。アキト君は少し迷うそぶりを見せたけど、わりとあっさり返事をした。
「ああ。ミリはイギス……イギスアル……ヘイド? の出身で、おれは……えっと、すごく遠い国の生まれなんだ」
異世界から来た、と言ってもこの子達は信じないでしょう。遠い国とぼかして言うのはごまかし方としてはまあまあだと思う。
それにしても、いきなり出身地を聞かれるなんて。やっぱり、あたし達の髪色と目色は目立つのかしら。
「もしかして、アキト兄ちゃんは違う大陸から来たのか? 黒髪黒目なんて初めて見たぜ!」
「え? ミリさんはアルヘイド人なんですか?」
セイア君の瞳はキラキラと輝いていた。それとは対照的に、レンディ君は怪訝そうに首をかしげている。
「……母親がエレウ人なの。この髪の色は母譲りよ」
瞳のほうは知らないけれど。お父さんがどんな人なのか、お母さんは結局最後まで教えてくれなかった。紫なんて瞳の色は滅多にないし、あたしとお兄ちゃんには別の大陸の血が流れているのかもしれない。
「なるほど。だからそんな珍しい色をしてたんですね」
どうやらレンディ君は納得してくれたらしい。瞳について触れなかったという事は、彼もエレウ人の特徴については詳しく知らないんだろう。
一方、アキト君は話の流れが掴めていないのか、困ったように視線を彷徨わせていた。薄々気づいてはいたけれど、軍神オティルズはアキト君に力を授けただけで、情報はまったく与えていないらしい。
「アルヘイド人……イギスアルヘイドの人は、ほとんど全員が茶色い髪と鳶色の目をしているわ。例外なのは一部の王侯貴族だけよ。それに対して、エレウテリア帝国の人は銀髪碧眼。だから、髪や目の色を見ると出身国が何となくわかるの」
「なるほど。ロシェは王女だから特別なんだな」
ロシェルクスの黄色がかかった薄茶の髪は、その身体に流れる血が王家の血と平民の血が混ざり合ったものであるという事を示している。だけど、そういった事情に疎そうなアキト君は気づいていないみたいだった。
あたしはそれについて注釈を加えようかと口を開く。でも、それに対する言葉は出てこなかった。すぐに別の疑問がアキト君の口から飛び出したからだ。
「でも、ケイルの髪と目は藍色だよな? あいつもイギスアルヘイドの……アルヘイド人じゃないのか?」
「……そういえばそうね。多分、違う大陸の血を色濃く引いているんじゃないかしら?」
ヒューリ神殿長は王家の遠縁にあたる血筋の人だから、彼の髪はくすんだ金。名前は失念してしまったけれど、その細君も同様に金の髪を持っていた気がする。一方、息子であるケイル君の髪と瞳は藍色だ。彼が不義の子だとか妾腹だとか言われるゆえんはそれだと思う。
だけど、藍色の髪と瞳を持つ人種なんてこの辺りにはいない。恐らく、彼の母親であり神殿長の愛人である女性は、違う大陸の出身なんでしょう。
「へぇ、大陸が違うと髪色も変わってくるんだな。ただカラフルなだけだと思ったら、国ごとに規則性があるのか」
「ええ。とはいえ、目色はともかく髪色は両親の色が混じる場合が多いから、些細な色彩の変化はあるけどね」
「なるほど。……おれ以外のパーティメンバーは全員イギスアルヘイドの出身だと思ってたけど、外見的には国際色豊かだったんな」
とにかく区別がつきやすくてよかった、とアキト君がほっとしたような声で呟く。もし知り合ったばかりの異国人が、全員ほとんど同じ髪色、同じ目色だったら……。あたしなら全員の顔と名前が一致するようになるまでにかなりの時間がかかるわね。
……まさかとは思うけど、陛下はアキト君への配慮のためにあたし達をパーティメンバーに据えたのかしら?
一人わななきながらも先導の兄弟についていく。しばらくして開けた場所に辿り着き、セイア君はそこで足を止めた。見ると、そこには一軒の粗末な小屋が立っている。
「ここは?」
アキト君が怪訝そうに尋ねる。答えたのはセイア君だった。
「オレ達の家さ。兄ちゃん達をそのまま村に入れるわけにはいかないからな」
「どういう事かしら?」
「……北の村では、よそ者はあまり歓迎されません。外国の方となればなおさらです」
閉鎖的な田舎の村ではよそ者は邪険に扱われる。それはあたしも経験があった。あたしとお兄ちゃん、それからお母さんは、故郷の村では散々迫害されてきたから。
平民に似つかわしくない才能と、村では馴染みのない外見。あたし達が暮らしていたイギスアルヘイドの小さな村、イシュハ村には娯楽と呼べそうなものはほとんどない。そんな村で退屈な日々を過ごしてきた村の人達にとって、あたし達は日頃のうっぷんを晴らす格好の的だったんだろう。
お母さんがいなかったら、あたしとお兄ちゃんはタガが外れていたかもしれない。それこそ国中の人に後ろ指を指されても文句が言えないくらいに、未熟な才能を暴走させていたはずだ。
「ですからせめて、その髪を多少目立たなくするようにと……。あ、よ、余計なお世話でしたか!?」
「そんな事はないけど、ここに来てどうするんだ?」
アキト君の疑問はあたしの疑問でもあった。セイア君とレンディ君の家に来たら、どうして髪色が目立たなくなるのかしら。
「ボクは見習いの薬師なんです。ボク一人では大した事はできませんが、父も薬師だったので、家には父の遺した本や薬草がたくさんあります。その中にですね、ある特殊な染料があるんですよ。ファルールの実、というんですが」
なるほど。薬師なら幼い兄弟がこんな森の中で居を構えているというのも納得できた。薬草を用いて病気や怪我を癒す薬師など、普通の人とは違う専門的な知識や技術を必要とする職業を理解できていない人はどこの国にでもいる。
そういった人達が、薬師に対して漠然と『原理はよくわからないけどすごい人』という認識を抱いているならまだいい。問題は、『人ならざる道に足を踏み入れた呪わしい存在』と思い込んでいる人が少なからずいる、という事だ。
環境が閉鎖的であればあるほどその思い込みは強くなる。北の村が異人を歓迎しないというなら、異色の職も好意的な目で受け入れてはもらえないだろう。
「これを潰して作った液体に髪を浸すと、髪の色が変わるんです!」
「……もしかして、それであたし達の髪の色を染めるというの?」
染料に布を浸して色を染める、というのは聞いた事がある。遠い国では貴族が戯れに髪を染める、というのも。
でも、髪を染められるほどの強い染料は高価だし、何よりこの辺りでは流通していない。だからあたしは髪を染めた事は一度もなかったけど、それはアキト君も同じらしい。
「ついにおれも茶髪デビューか! でもうちの高校、校則厳しいからなぁ。上原センセに目をつけられ……あ、異世界だから生徒指導も何もなかった……」
「ああ。目の色までは変えられないけど、黒髪と銀髪はやっぱり目立つからさ。せめてそこは茶色に染めたほうがいいと思ったんだ。この森はファルールの実の群生地だけど、あの実は食用じゃないから村の奴らは見向きもしない。だから安いんだ。在庫は余ってるし、兄ちゃん達の分はタダにしてやるよ」
セイア君は得意げに胸を張った。髪を染める事に若干の抵抗はあったけど、彼らの好意を無下にするのも気が引ける。現地の人が「そうしたほうがいい」というのなら、おとなしく従った方が無難だ。
「……わかったわ。お願いしようかしら」
何に使うかもよくわからないような器材が転がっている小屋には、三つの椅子と小さな丸いテーブル、水瓶と大きな二つの箱、そして本の詰まった本棚ぐらいしか家具と呼べるものがなかった。多分、器材は薬師の仕事で使うものだろう。
床板は張られていなくて、むき出しの土はほんのりと湿っている。部屋に漂う微かな薬の匂いに、あたしは思わず眉をひそめた。
レンディ君は手際よく、桶をどろりとした茶色の液体で満たす。匂いがいっそう強くなった気がした。あれがファルールの実で作った染料なのかしら。
「今回は茶色ですが、ファルールの実はさまざまな色の染料を作る事ができるんですよ」
桶をかき混ぜながら、レンディ君は誇らしげに言う。その間にセイア君は、ところどころ色のシミのついた布と小さな刷毛を引っ張り出してきた。服を汚さないようにするために被る布らしい。刷毛の方は髪を染める時に使うものだろう。
「さぁ、用意ができました。髪、染めてもいいですか?」
にっこりと笑うレンディ君と、異臭を放つ桶を見比べ……これを髪に塗るの? 塗っても大丈夫なの?
でもここに来た以上、今さら嫌だとは言えないし……。
「……女は度胸よ。なるようになればいいわ」
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