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今は昔。思い出したから書いてみた。 作者:テイジトッキ
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 母が私の髪に気がついたのはその日の夕食の時だった。

「あんた……髪の毛染めたんか?」

 その言葉を聞いて、テレビに齧りついていた兄が私に目を向ける。 

「……」

「黙ってんと、何か言いなさい! 珍しく、家で髪の毛括ってると思たら……いつ、染めたん!」

「……」

 って言うか……いつ染めたん? っていう質問もどうかと思うけど……

「真子っ!!」

 すると、兄が母と私のやり取りに入って来た。 

「昨日やろ? なんや、お母ちゃん知らへんかったんかいな。黙ってたから、許したと思てたわ」

 ゲッ! 兄よ……恐るべし!

「そんな事、許す筈ないやんか! 昨日? あんた、明日から学校ちゃうの! 戻しなさい! 二年生から内申書、厳しなるのに何やってんの! 高校行かへん気かいな!」

 母は席を立ち、私の横へ来て背中を強く叩いた。
 私は持っていた箸が手から飛んでいき、胸がテーブルに当たり味噌汁のお椀が転んだ。
 テーブルの上を味噌汁が勢いよく流れた。 

「うわぁ!」

 兄が慌てて台所から持って来た布巾で、テーブルを拭いている。
 母は、あれこれ言いながら私の背中を何度も叩き、頭や頬っぺたを叩いた。 
 私は何も言わず下を向いて拳を握り締める。
 母は、疲れてきたのか私の前に千円札を投げ出すと

「戻しのカラーを買ってきなさい!」

 と言い放った。 
 勿論、私は首を横に振る。ここが正念場。
 椅子から立ち上がり自分の部屋に戻ろうとすると、母はすかさず私の腕を掴み食卓の椅子に引き戻した。 
 私は軽く抵抗したが、また椅子に座らされ、母の叱責を浴び続けた。 
 暫くして母が、その場から離れた。
 ん? どうした? どこ行った? 
 ゲッ!!
 母の手に、ハサミが。マジか!

「髪の毛切りなさい!」

 さすがに、これは反則ちゃうん!
 私は抵抗した。ハサミを広げて私の髪をつかもうとする母の腕を掴みハサミを見ながら……近寄らせないように力を込める。
 結局、ハサミを取り上げようとして取っ組み合いになってしまった。 
 うわっ! お母ちゃん強!
 母の怒りは腕力をも向上させたのか! 
 私も一年間剣道部でシゴかれていたし、腕力は強くなっているが……娘の非行を食い止めようとする母の力は尋常ではなかった。
 っていうか、受身だから仕方ないけどね。 
 身体を思いっきりぶつけてくる母に押し倒され、髪の毛を掴まれ、ハサミが迫ってきた時私は思わず叫んでしまった。

「やめてぇぇぇーーーー!!!」

 ご近所に丸聞こえやな。もう、イヤ!
 私は、もうヤケクソになって母がハサミを握っている方の腕をもう一度掴んだ。

「離しなさい!!」
「嫌や!!」
「離しなさい!!!!」

 力任せに殴りかかってくる母を避けようとして、力一杯押しのけた。
 あっ、しもた! 力、入り過ぎてしもたわ。
 私は母を、後ろ向きに跳ね飛ばしてしまった。
 うわっ! 最悪……。

「あ、あんたは……親に向かってぇぇ……」

 母は、ワナワナと怒りに身体を震わせながら、もの凄い形相で私を睨んだ。
 明らかに、怒りの方向が変わっている……。 
 もう、髪の色の事ではなく、親に刃向かったこと……子供に乱暴(母にすればそうなってしまう)された事が、母のプライド……親として許せなくなってしまっている。 
 あちゃー! やってもうたぁ!あぁ、もうアカン。殴られよう。
 髪を戻す気が全くない私は、母の気が済むまで殴られる覚悟を決めた。

「もう! やめときぃな!」

 兄が私達に向かって怒鳴った。

「何、言うてんの! 無責任な! あんたも親に逆らうんか!!」

 兄に向かって、母は怒鳴り返す。 

「近所に丸聞こえやで! って、言うてんねん。かっこ悪い……お母ちゃん、そんなんメッチャ気にするやんか」
「関係あらへん! 近所の人が何してくれんねん! この子を、高校に入れてくれんのか!!」

 全く、論点がずれてしまっている……兄も、お手上げ。 
 母は母の母たる理論を持っている。が、私には理解不可能なところがあったのも確かで。

 目上の人を敬え、親に逆らわず……の部分は理解できるし、当然の事だと思っているので従ってきた。今のこの場を除いて……でも、大切なものを守る為に必死になる時なんかは、親も子もなくなる時があるんじゃないかな?って。母にとって私は大切なもので、正しく育てる事が守る事だと言われれば……そりゃまぁと思うけど。

 この時点で、私の大切なものは『珠玉色に染めた髪』なんだもん。 
 私は母に逆らったのではなく『宝物を守りたい』に過ぎないという認識しかなかった。
 そもそも『髪を染めてはいけない』は、校則の事で校則がOKだったら母に指摘される事もなかったんじゃないかな? それでも、母が難癖つけてくるとしたらそれは母のセンス、もしくは固定概念やね。と、思う。

 私は髪を染めると決めた時点で“先生に怒られる””母に叱られる“は想定内で腹を括った。
 で、今、母と乱闘している訳だが……。
 次は、学校で注意される事が待っている。それで? 他には? 掛かって来んかい!

 なんて、強がってみたけど……分かってますよ。
 母が何を考えているのかぐらい……だって、子供の環境の為に小学校から転校させて、越境入学させて。
 越境入学って一言でいうけど、結構大変なんだなこれが。
 まず、エリア内に住居が必要なのね。
 母に連れられて一度、小さなアパートに行ったことがある。
 学校に提出する書類の住所はここだと言っていた。
 その時は、ピンとこなかったが考えてみると、兄も越境入学している。
 兄は、2年上……という事は、3年前からここの空家賃を払っていたことになる。
 私は、今中2。兄と被っているのが1年。うん、計算は合ってる。
 お金一杯使わせてたんや。他にも、住民票とかなんか色々あるみたいやし。
 子供の将来を考えて……母の想い感じられる。お母ちゃん……。

 なんてね。ってかぁ~。
 なら、何してもいいの? 越境入学は地域の規則違反じゃないの? 矛盾してないか? 
 規則だ何だかんだ言う方が、実は規則破ってますってか? 
 それを、子供の将来の為? なんて、押し付けられてもなぁ。そんな事、知ったこっちゃぁない。
 私は越境入学したけど、本来のエリアの母が言う『悪い学校』には、実際に通う子達がいるんだもの。
 敢えて、ルール通りに通学させて染まらないように教育した方が良かったんじゃないか?
 環境は大事だとは思う、でも皆が皆同じような結果になるか? じゃないだろう。
 母は私の為に環境を変えたのではなく、私を環境に預けたんだな。

 えっ? 私、捻くれてる? そうかなぁ?
 じゃあ、それこそ母はルールを守るべきだったな。
 子供の為にした事を、捻くれた私に揚げ足とられて突っ込まれてるんやから。
 アンタだって、規則破りやんってね。口に出しては言わないけど。

 幼い頃の親は、私にとって絶対世界だった。親の言葉は『神の言葉』ぐらいの価値を持ってたし、その会話の中で育ってきた私にとって母の言う事は全て正義であり、一片の疑いも持ったことはない。くらい、素直に育ってきたつもり。
 これが、宗教だったら『盲信』ってやつさ。 
 しかし物心がついてくると、他人(世間)と親との意見の違いを感じるようになってくる。
 世間の意見とは、常識のようなもの。といっても、それも所詮はどこかの時点で人が作り上げているものであって、全てにおいて適応しているか? と言われれば、首を傾げる時もある。

 それでも、しばらくの間は自分の親を信じている……が。一度でも、世間と親の言葉との『ズレ』を確信してしまうと、今度は親を疑うようになってくる……『それ、ほんま?』という具合に……そうして、私は母から少しずつ離れていったように思う。 

 ハサミを近づけない為に、母の腕を掴み爪を立てた感触が私の手に暫らく残っていた……まぁ、余り逆らった事がなかったから仕方ないかも知れないけど。後味の悪い体験になった。

 後から、兄に聞いた事だが、母は父に今回の事を話したが『反抗期やろ』の一言で片付けられたらしい。
 私は反抗なんかしてへん! 大事な物を守っただけや!
 ……私もまた、頑固なのだな。

 しかし、『反抗期』という名分を得た私は、『反抗期』という立場に徹することにした。 
 実際には何にも反抗する事などなかったので、生活は変りなかったけどね。 
 染めた髪に関しては、学校で一度注意されただけで大事にならなかったからか母は時々私の髪をチラッと見るぐらいで何も言わなくなった。
 私は宝物を守り通す事ができたのだ。よっしゃーー!! 
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