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第十二話 これからのこと
「師匠、髪お願い」
「うむ。どれ、こっちに来なさい」
師匠の部屋でいつもの髪染め。
師匠が座っていた椅子を替わってもらい、旋毛を見てもらう。
私の髪はもともと黒。魔族のそれだ。
それを隠すために魔術で金色に染めている。
一ヶ月くらいは大丈夫だが、マメに魔法を掛け直さないとプリンのカラメルみたいになってしまう。
そうなったら私はおしまいだ。
黒髪がバレれば、街を追われる。
この髪染めもそうだが、治癒魔術というのは属性で言うと木になる。
土と水の上位属性だ。
今は、私も使える。
髪は自分で染めることが出来る。
師匠が居なくても。
しかし今は、師匠にやってもらっている。
いくら自分で出来ると言っても師匠が聞かないのだ。
なので習慣的に、この作業は師匠にやってもらうことになっている。
師匠が居る内は。
「・・・・」
この魔法には名前が無い。
生成薬が近いが、ほとんど師匠のオリジナルだ。
師匠は自分が作った魔法に、あまり名前をつけない。
師匠の詠唱が終わると、ジェルのような粘液が私の頭を包む。
・・・冷たい。
師匠が手でそれを撫で付け、私の髪に馴染ませていく。
小一時間もすれば完了だ。
「・・・これでよし」
「ありがとう、師匠」
どっこらせ、と言う師匠と、椅子を替わる。
師匠は最近、めっきり老け込んできた。
「さて、お前に大事な話がある」
「・・・・・」
どさりと椅子に腰掛けて、師匠が言う。
「お前にはこれまでの4年間、ひたすら魔術を教えてきた。
・・ここまで来るのに4年もかけおって、ワシの目は節穴じゃったわい」
「・・・はい」
目を細め、大きく息を吐く師匠。
髭を撫で付けていた手で、今度は私の頭を撫でた。
「・・・・じゃが、
おまえは間違いなく、ワシの自慢の弟子じゃ」
「師匠・・・なんでそんなこと」
師匠はまっすぐ私の目を見る。
師匠はあまり私を褒めない。
私の出来が悪いからだが、たまに褒めてもらうときは、私はいつも疑心暗鬼になる。
師匠の話を聞きたくなくなってしまう。
「ワシも、もう長くは無い。
いよいよお前に、ワシの魔術を教えなければならん」
「・・・・」
師匠はもう年だ。
そんなことは弟子になるときからわかっていた。
いつまでも私の師匠でいられるわけではない。
「いままでお前には、蒼雷のメイスの魔術を、余さず全て教えてきた」
「私は・・まだまだです」
私は師匠の教えにより、上級魔術も使えるようになった。
8つの属性を完璧にマスター・・とは言えないが、一通りの魔術は問題なく使えるはずだ。
だが、師匠にはまだ遠く及ばない。
「よい・・・。
じゃが、これから教えるのは、ワシの魔術じゃ。
蒼雷ではない、ワシのな」
師匠が杖を取る。
いつもの練習用ではない。
倉庫の奥に大事にしまってある、あの杖だ。
「師匠の、魔術?」
「お前が、その魔術をどう使うのか楽しみじゃ。
それを見ることが出来そうにないのが、残念じゃがな・・・」
「でも、私は・・・」
私はいつか、帰らなければいけない。
剣も魔法も無い世界に。
「よい・・・・よいのじゃ。
全ては、お前の自由にするがよい。
使うも使わぬも、お前自身じゃ」
「・・・・」
「大切なのは、全てを余さず修得することではない。
それを扱うことでもない。
そこから最後に、お前に残るものにこそ意味がある。
それを含めた、お前自身にな・・。
自由に生きなさい。何処へでも行きなさい。
お前が行く場所へ、ワシの業を連れていっておくれ」
○
弟子入りして5年がたった。
……たってしまったのだからしょうがない。
この世界に来てから、はや5年。
背も伸びた。染めた髪も腰まで伸びた。
私は10歳になった。
師匠は私に教えるべきことはすべて教えたとして、その名を私は正式に襲名した。
今は私がメイスである。
そして先代メイスである師匠は、先週の末に亡くなった。
この世界にも宗教はあるが、お葬式の方法なんて私は知らない。
街の人に助けられ、葬儀は簡素に行われた。
師匠の家の庭に埋めて、石を組んで墓を立てた。
最後のお酒が戸棚の奥に隠してあったので、一緒に埋めることにした。
師匠が好きだといっていた、あのアイラモルト味の酒だ。
師匠もお酒が大好きだった。
・・少し迷ったが、師匠に抱かせる前に一口だけ呑む。
・・・目から脳汁が出た。
これからのことを整理しよう。
まず私の手元には師匠の手紙が二通ある。
一つは私に向けた遺書。「これから」の選択肢をいろいろと用意してくれていたようだ。
最後まで私の世話を焼いてくれる師匠。ありがとうございます。
もう一つがその師匠が用意してくれた選択肢のひとつだ。
遺書によると、魔法学園に入学するための推薦状が入っている。
魔法学園は青の国の首都にある。
その名の通り魔力を多く持つ者が、魔法を学ぶ場所である。
学園長は師匠とは旧知の仲だというのはすでに聞いていた。私が問題なく入学できるよう取り計らってくれるだろうと書いてある。
もちろんここから学園に通うことは出来ない。馬でも数日は掛かるのだ。首都に家を探すことになるだろう。
酒場のマスターやフレイルの顔が浮かぶ。
このままこの家に住み、あの街の温かい人たちに囲まれて暮らすのも悪くはない。
遺書には学園に行くも行かないも私の自由にしていいと書いてある。
そう、私にはやるべきことがあるのだ。
私が異世界人で、元の世界に帰る方法を探したいということを、師匠だけには話してあった。
師匠は自分の業を継承する者を探していた。
やっとの思いで見つけた私を、手塩にかけてここまで育てたのだ。
その私がこの世界から去ることをよく思うはずがなかった。
だが、それについて師匠は何も言わなかった。
ただ遺書には、学園で学ぶことが役に立つはずだと書いてある。
そして私がそうしないというなら、白の国に行けとも書いてあった。
白の国。
私が今いる青の国と、その北にある赤の国とならぶ三大国のひとつ。
中央大陸の西に浮かぶ島国である。
そこには古い魔術書や、あの剣を作った魔王の城が遺跡として残っているのだとか。
それらを調べれば召喚魔術の情報、私が元の世界に帰る手段が見つかるかもしれない。
白の国には、ここから首都を越え、西の街の港から船で行くことになる。エッジがいるはずのあの海沿いの街だ。
私は考える。ここらで私の目的も整理しておかなければならないだろう。
私の目的は、元の姿にもどり、元の世界に帰ることだ。
そのために召喚魔術の情報と、あの剣が必要になるはずである。
あの剣はどんな願いでも叶えてくれる。あの剣さえあれば、元の姿にもどることも、元の世界に帰ることも簡単だ。
だが、あれはどちらかひとつだけしか叶えてくれない。どちらかひとつは別の手段で解決しなくてはならないのだ。
師匠の教えによると、身体を元に戻す方法は魔術には無い。
だが召喚魔術の方は、可能性が無いわけじゃない。
だから剣に元の姿に戻してもらい、白の国の召喚魔術で元の世界に帰ることになる。
問題は、剣が今どこにあるのかわからないということだ。
サイが売ってしまったのだろうが、もう5年も立っている。人から人に渡って、今は誰の手にあるのやら。
サイを捕まえてももはや意味はない。5年も前の売買の情報を正確にたどることは出来ないだろう。
それとは別に、サイには是非個人的なお礼をしたいのだが。
それに白の国に召喚魔術の情報があるという保証もない。
結局は情報が全然無いのが一番の問題だ。
情報が無いなら情報が手に入るところに行こう。
白の国は島国だが、国交は盛んである。
ここは田舎なので縁が遠いが、情報なんてあるところにはあるのだ。
剣の行方もわからないが、あんなとびっきりの魔導器が取引されたのだ。
5年前とはいえ、商人たちの間で噂のひとつもあるだろう。
そして情報は人が運ぶものだ。
人が一番集まるところに行こう。
なぁに無駄足にはならない。
師匠がやることを残してくれたから。
腰を落ち着けて、根気よく探すことが出来る。
たぶん師匠はそこまで考えて、この推薦状を書いたのだ。
私は荷物をまとめて、家を出ることにした。
最後に師匠の墓前で手を合わせる。
お師匠様、いままでお世話になりました。
浅黄色のローブを纏い、頭には師匠が残したぶかぶかのとんがり帽子。
大きな鞄を背中に背負って、目指すは西方、青の国の首都だ。
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