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初日の職員室
「君の髪、染めてるの?」
生まれてこの方、何回言われたんだろうか。
幼稚園の頃、お人形さんみたいだと女子が群がって俺の髪をいじくり回して遊んだ。そのせいで男子勢から仲間はずれにされたこともよくあった。
小学校の頃、高学年に上がれば上がるほど因縁をつけられることが多くなった。定番の体育館裏だとか校舎裏だとかに連れて行かれて痛めつけられた。だんだん喧嘩に慣れてきて、やり返してのしてやった。
前にいた中学校の頃、俗に言う中二病がひどかった。とりあえず家族以外全部敵だと思ってた。吹っかけられた喧嘩は全部した。
髪の色のせいで生徒指導の教師からあーだこーだ言われたけれど、授業は真面目に受けてたから他の教師からは特に何も言われなかった。
父親は単身赴任が多いせいで家にあんまりいない。基本的父親は放任主義だ。ここまでくれば俺がグレて補導されたりするのが王道なんだろうけれど、とりあえず帰ってくるときには土産買ってくるから良しとしようと自己完結した。
黒染めにすればいい話なんだけど、ばあちゃんっ子だった母親が俺の髪を見て嬉しそうな顔をするからあまりそそらない。あと定期的に染めるのもめんどくさいし、染髪剤の臭いが気に入らないのもある。
ただの明るい赤茶なだけの色。いい思い出よりも悪い思い出のほうが多い色。
そんな色が俺をあの人に引き合わせた。
「ああ、君ね。生徒指導の先生に赤毛申請出しといて」
「どうもっす」
「よろしくー」
随分あっさりとした担任教師に拍子抜けした。
もっと何か、遠回しな嫌味や皮肉を聞かされるのかと思ってた。
『不良なのか』
『染めなさい』
思い出しただけで腹が立つ。
「あ、生徒指導の教師の名前、聞くの忘れた」
気付いてやってくる感覚。だるい、くそめんどくさい。ああ、ちくしょう。
肩を盛大に落とし、担任教師に聞こうと脚の向きを変えた瞬間、胸に衝撃を感じて、少し遅れて耳に散らばる音を拾った。
「え」
何が起きたかすぐには分からなくて、間の抜けた声を出してしまった。
うわなんだこれ。俺きもい。
「え、あ、うわっ、大事なプリントが!」
俺以上に間抜けな女子の声が足元から聞こえ、俺は反射的に見下ろす。
つむじを作る、明るい茶色の髪が見えた。
綺麗な茶色だと思った。今まで見てきたどの茶髪よりも綺麗で、触ったらいけないような気がした。
慌てて散らばったプリントを集める女子を手伝い、集めたプリントを整えてから女子の前に差し出す。
目の前に現れたプリントの束に女子は顔を上げ、初めて俺の存在に気付いたような顔をした。
「あ……ありがとう、ございます。……すみません、ぶつかって」
「いや、俺の方こそ……、すんません」
よく見たら女子は高等部の制服を着ていたから、一応敬語使ってみた。
顔は普通に可愛らしいと思った。茶髪がよく似合ってる。
几帳面にとんとんとプリントの端と端をそろえて、また俺に礼を言った。今度はお辞儀付きで。
「本当に、ありがとうございました。ご迷惑おかけしました」
ふわふわとした横髪が音を立てずに顔を滑った。
「いや、そんな謝んないんでいいんで。あー、中等部の生徒指導の教師って知ってます?」
俺が訊ねると女子はえーっと、とプリントの束を抱え込むと辺りを見回しはじめ、ある一点に視線を定める。
「確か、あの先生が中等部男子の生徒指導の先生だったと思います」
「どもっす」
「怖い先生じゃないですから、安心してくださいね」
笑った顔も可愛らしくて、微かに揺れた茶髪が可愛さをさらに助長させた。
「顔見知りなんすか」
「私、中等部からこの学校に入学してますから」
「やっぱりその髪で、ですか」
「ええ、まあ」
若干言葉を濁した女子に俺は深く追求しなかった。髪の毛の色でいろいろ言われたのは俺も同じだし。
「あの」
女子が俺の髪を見て一言。たった一言だけ呟いた。
「綺麗な、髪ですね」
恋に落ちる音がした。
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