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異世界人と銀の魔女 作者:NewWorld

第10章 魔導の都市と繋がる世界

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幕 間 その18 とあるカリスマ魔族の妄想

     -とあるカリスマ魔族の妄想-

「はあ……」

 僕は何度目になるかわからない、ため息をついた。

「店長、どうしたんですか?」

「ため息なんて店長らしくありませんよ?」

 店の女の子たちが僕を慰めてくれる。どの子も皆、個性的で可愛らしいファッションに身を包む素敵な女の子たちだ。しかし、昨日見たあの子たち──特に『彼女』のことがどうしても忘れられない。
 アクセサリショップ『ララ・ファウナ』は、最近の若い女の子たちの流行をいち早く掴み、洗練されたデザインに昇華して提供することで、絶大な人気を博してきた。特に僕が開発した多種多様な髪染めにいたっては、一様に黒い髪をした『魔族』の若者にとっては衝撃的だったらしく、道行く若者の頭髪がカラフルなものに変わるのに、さして時間はかからなかった。

「──もしかして店長? また昨日の子たちのことを思い出してるんですか?」

 女の子の一人が、頬を膨らませながらそんなことを言ってくる。

「いやあ、ははは。そんなことはないよ」

 図星を指されながらも、そこは笑ってごまかす僕だった。実はこの店に勤務する女の子たちは、『魔族』半分、人間半分といったところだ。ここ『アストラル』では人間の社会的地位はあまり高くはないが、店の従業員になることぐらいなら、全く支障はない。
 僕としては人間だろうと何だろうと『可愛ければそれでよし』を信条としているので、問題はなかった。そのせいか、気付けば女子用アクセサリショップであるにも関わらず、彼女たち目当ての男性の姿もちらほら見えるようにもなり、それはそれで面白い光景だった。

「でも、無理もないわよねー。あんなに可愛い子、わたし初めて見ちゃった!」

「わたしもわたしも! 店の奥から出てきた時の紫っぽいドレス、店長の秘蔵の一品だったんでしょう?」

「え? ああ、そうだね。ちょうど僕のイメージに合う子だったからね」

 店の奥のスペースについては、『新しいデザインの流出を防ぐため』という理由で僕以外、立ち入り禁止だ。【魔導装置】で封印をかけた扉を設置し、僕の認めた客だけが僕と一緒に入るようにしている。

「あの髪って、『古代魔族』のイメージなのかな?」

「え? 『古代魔族』って、『魔族』の人の御先祖さまのことよね?」

「そうよ。【魔法】の力を自由に操る彼らは、銀の髪に銀の目をしていたっていうわ」

 髪を緑に染めた『魔族』の少女と元からの茶色い髪を金色に染めた人間の少女の二人。仲の良い友達同士のように話す彼女たちには、種族の違いや身分の違いなど関係ないかのようだ。年配の『魔族』にとっては好ましからざる状況らしいけれど、若者たちにはそんなこと、関係ないのだろう。

 お互いに好きなファッションが共通していると言うだけで、こんなにも仲良くなれる。僕が服飾に関わる仕事をしている最大の理由は、こんなところにあるのかもしれない。

 けれど、僕のもう一つの顔、『商売』については別のきっかけがあった。

 僕は数年前まで、『研究所』に在籍する【魔装兵器】の製作者だった。当時としては革新的ともいえる数々の【魔装兵器】を開発していた僕は、当然のことながら己の才能に絶対の自信を持っていた。

 ……そう、あの日、彼女に出会うまでは。
 『魔族』の名門グレイルフォール家の『神童』ノエル。自分より七つも年下の少女が製作した【魔導装置】は、僕の自信を粉々に打ち砕くのに十分な性能を有していた。思いもつかなかったような発想で、解決不可能なはずの課題を次々とクリアし、恐ろしく高度な術式を組み込んだ【魔導装置】を開発する彼女の才能に、僕は完全に打ちのめされた。

 世の中には、どうやっても埋めようのない圧倒的な才能の格差というものがある。それを思い知らされた僕は、『研究所』から姿を消すと、半ばいじけたように全く別の道へ進み、アクセサリショップを開店した。

 僕がこの店の裏で非合法の【魔法具】や【魔装兵器】の売買を行うようになったのは、ちょうど四年前のことだ。この界隈には人間の暮らす住宅も多いので、人間相手にちょっとした小遣い稼ぎをするつもりだった。
 けれど、そんな僕の商売に転機が訪れたのは、この小遣い稼ぎを開始して二年が過ぎた時のこと。
 ある日、僕の前に現れたレイミさんは、僕に『エージェント』相手の商売を提案してきた。それまでせいぜい護身用程度だった品揃えを本格的なものとするため、資金提供までしてくれたのも彼女だった。

 『エージェント』の多くは元老院に忠誠を誓っているわけではないみたいで、こうして店を開いていると、どこから聞きつけたのか、強力な武具を求めてやってくる人たちも少なからずいる。装備を求めてくるだけでなく、素材を提供してくれるのも彼らだった。
 まさに『彼女』の狙いはどんぴしゃりで、冒険者としてお金に不自由のない彼らは、大いに僕の懐をうるおしてくれたのだった。

「……どう考えてもレイミさんの狙いって、あの子たちにここの【魔法具】を提供することだったんだろうなあ。ひょっとして──二年前から今日のことを見越してた? いや、あの人のことだから、たくさん打った布石の内のひとつだったんだろうけど……」

 僕はそんな独り言をつぶやく。──店じまいをして女の子たちを帰してからのことだ。いつか来る銀髪の少女。彼女のために最大限の便宜を図ること。それがレイミさんの言いつけの一つだった。

 それを破るなんてとんでもない。かつてレイミさんの言いつけに背いた商売に手を出した際の、身の毛もよだつ『お仕置き』の数々……。ま、まさか、アレにあんな使い道があるだなんて! そもそもあんな特殊な縛り方、普通なら一生体験することないだろうな……。危うく新しい世界に旅立つトコロだった。今思い出しただけでも寒気がするよ。

 ──もちろん、あの子たちには最大限の便宜を図った。
 それはもう、最高クラスの【魔法具】を提供した。どれもこれも、【真のフロンティア】内でしか手に入らないものや単体認定Aランクモンスターの素材などを原料にした、恐ろしく高価なものだ。

 例を挙げれば──

『デッドウイングの羽靴』──「死を運ぶ巨鳥」の別名を持つ単体認定Aランクモンスターの風切羽を使った靴。着用者の移動時に本人の重量を推力に変換するとともに、移動時にかかる慣性を大幅に殺すことができる。なお、装備者の重量が重いほど加速度を高める効果がある。

『護法霊玉の髪飾り』──【真のフロンティア】にある古代遺跡、『法王の洞穴』でしか採取できない薄紅色に輝く霊玉をあしらった髪飾り。着用者自身に作用する強化系【生命魔法】ライフリィンフォースや防御魔法などの効果時間を大幅に延長する。

『赤眼魔のイヤリング』──劫火をまとうモンスター『レッドアイズ』の眼球から加工された真紅の宝石を象嵌した耳飾り。着用者の意志に応じて、放射状の炎を放つ。威力は低いものの、着用者の【魔力】をほとんど消費することなく使用可能。

『グランドファズマの霊手甲』──強力な『邪霊』が物質化したモンスター『グランドファズマ』から採取した金属で造った手甲。着用者は実体なき『邪霊』などのモンスターにも物理的な接触・攻撃が可能になるとともに、『邪霊』が多用する体力を奪う攻撃に対する耐性が身に付く。

『聖天光鎖の額冠』──【真のフロンティア】にある古代遺跡、『セグメントの水晶宮』でしか採取できない、特殊な光から生まれた鎖を編んで造った額冠。身に着けるだけで【魔力】の集中効率を飛躍的に高めるばかりか、着用者が額に自身の【魔力】を集中させることで、極めて高度な隠蔽結界を身体の周りに展開できる。

『放魔の生骸装甲』──『放魔の装甲』と魔獣『アルマゲイル』の遺骸とを加工し、熱や衝撃の体外排出機能に加え、着用者の身体的な回復能力を向上させるように改良されたもの。ただし、回復能力にはムラがあり、運が悪いと傷は癒せても体力を消耗させることがあるため、素材が高価な割には残念な一品となっている。
(この点については購入前に説明したものの、黒髪の青年はそれで構わないと言っていた)

 他にも最近開発された掌サイズの【魔導の杖(スタッフ)】など、数々の【魔法具】を提供したけれど、あの銀髪の女の子に至っては特製の【魔装兵器】まで購入していった。
 あの子はもしかして、『魔族』だったのだろうか? あの髪の色──まさか、『古代魔族』? ……いやいや、そんなわけはないかな。

 ──それにしても、と僕は思う。

 彼女はまるで天使だった。僕の開発したどんな髪染めでも発色できないような神々しい銀色の髪。それに合わせるかのような銀色の瞳は、どんな手段で色を変えたのだろうか?
 彼女たちが入った売り場兼試着スペースには、あらかじめ僕がデザインまで手掛けた自信作を数多く陳列しておいたけれど、まさかあの一品を選んでくれるなんて──僕は運命にも近いものを感じていた。

『紫銀天使の聖衣』──【真のフロンティア】に存在する古代遺跡『ララ・ファウナの庭園』で発見された反物を主たる素材にしたドレス。……かなりの額を投資して入手した希少な素材をもとに自分自身で作成し、【魔装兵器】としての加工まで施したこの聖衣には、とても値段なんてつけられない。だから、売るにしても最高の買い手以外には売らないと決めていた。

 その点、彼女は最高だった。まさに僕のイメージした架空の存在、『紫銀天使』そのものだったのだ。僕には作品をデザインする際、テーマを決めてから作成に入ることがよくある。この作品のイメージは、闇の中にあってひときわ輝く凛とした少女だった。それでいて、強さとはかなさが同居した十代特有の微妙なバランスを保ち、気品と威厳をも備えもった天使。存在するはずのない架空の存在だったそれが、目の前に現れたときの感動と言ったら、言葉に表しようもない。

「ああ、本当に素敵だったなあ。あれを思い出すだけで、新たな創作意欲が湧いてくるようだよ……」

 それにあの聖衣には、その名に恥じない特殊な性能が多数ある。元々の生地に備わっていた力は、周囲の【瘴気】を浄化して【マナ】に還元するというもので、超高濃度の【瘴気】ですら問題にしないほどの優れものだった。

 僕はそれに【魔装兵器】としての加工を行い、還元した【マナ】を着用者の【魔力】に変えて取り込むという機能を追加した。これだけでも魔法使いにとっては夢のような代物だ。だが、僕の情熱はこれだけにとどまらない。長年にわたって改良を続け、最終的には多種多様な機能を併せ持つ複合型の【魔装兵器】にまで仕立て上げたのだ。

 ……それよりなにより、これにはまさに『僕の夢』が詰まっている。効果のほどは、彼女にだって正確なところは説明していない。後のお楽しみと言う奴だ。けれど、きっと気に入ってくれると思う。

 なにせ、彼女は天使なのだから。
 僕のイメージを──もとい『妄想』を、現実のものとしてくれるだろう……。
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