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図書室
ー…、いまだ機嫌が悪い。
ユエンは時々カイルをちら見しながら、心の中で溜め息をついた。彼の親友は一度機嫌を損ねると、なかなか大変なのだ。
あの慌ただしい朝食も一応終わり、今はカイルと二人で図書室にいる。ここはどんな時に来ても時間が止まっているように感じるから不思議だ。
「カイル」
椅子に座って、さっきから黙読し続けている親友に声をかけた。すると適当な返事が返ってくる。彼らしい、と内心笑いながら、しかし真面目に聞いて欲しかったので本を取り上げた。
「あっ!おいっ!」
小さな非難の声が上がる。
「髪は?染めてたんじゃないのかい?」
「それがどうした」
本人は面倒臭そうに返事をして、椅子に深く腰掛けた。本は諦めたらしい。
「元に戻したのかい?あんなに嫌がってたのに」
高い天井を仰ぎ見ながら、カイルは一度目を閉じた。遠くに憧れているような空気だった。無視されたかな、と思いかけた時。カイルはポツリと呟いた。
「効かねえ」
「は?」
唐突すぎて、聞き逃した。すると、カイルはもう一度言った。
「効かないんだ。髪染めが」
「…は?」
今度は訳が分からなくて聞き返した。髪染めが効かない?どういう意味なのか、さっぱり分からない。
「お前なぁ…、馬鹿か?」
そんな事言われる筋合いはない。ユエンはただ黙って顔をしかめた。
「確かに最初は普通に効いたんだよ。何ヶ月かくらいな」
ユエンは小さく頷く。カイルがまだ王宮を出入りしていた頃の事だ。化け物と言われ続けた彼は、それを嫌がって髪を染めた。ただの一時的な現実逃避だったとしても、地方に行った時は『普通の人間』として生活できたのだ。
それがどんなに甘美な時間だったか、ユエンには分からないが。
「でも、だんだん効かなくなってきたんだよ。何週間かに一度、何日かに一度。最終的には染めても染まらなくなった」
皮肉なもんだよな。
カイルはそう言って苦笑した。もう自ら諦めているようだった。そんな事知らなかったユエンは、唖然としてその話を聞く。
「いっその事…、カツラにしようかと思ったよ。あるいは…、ハゲ」
彼ならやりかねない。どうせ、召使いのあの二人あたりが必死になって止めたのだろう。特に女性の方は彼に生涯を託している。
「ま、止められたけどな。それで仕方なしに短くしたんだよ」
「どうせなら、もっと綺麗に切らないか?それじゃボサボサだ」
「気にすんな」
カイルはそう言うと、ユエンが持っていた本をひょいと奪いさった。こういう時だけ素早いのだ。何時もは面倒臭がって動こうとしないくせに。
「で?それだけか?」
さっきまで自身が読んでいた所を探しながら、カイルが聞いてきた。ユエンはそれを思い出して、あと一つあると言う。そして、すぐに…。
「おっ、おいっ!」
慌てるカイルの前で、深く頭を下げた。
「申し訳ない。女王の我が儘に付き合わせてしまって」
するとすぐに、頭上げろと言う返事が返ってきた。その声はいくらか諦めが混じっており、もう怒ってはいない事を示していた。
「しかし…」
恐る恐る顔を上げながらカイルを見る。彼は本を膝の上に置いて、困った様に此方を見ていた。
お互いに気まずい沈黙が流れる。
どこかで、小さく悲鳴が聞こえる。
恐らくあれはどこかの国の女王様のものだ。
「カイル…」
溜め息混じりに、ユエンが呟いた。
「壊れた物はどこに請求すればいい?」
カイルは非道にもそう言い返した。
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