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出会い
「ん?」
しばらく辺りを注意深く確認しながら非常口を目指していた慶治は、お菓子やグッズなどを売っている荷車を発見した。別段おかしなことなど何もないように思えたが、一瞬荷車の後ろに誰かがいたような気がした。
「こ、殺さないで…」
荷車の後ろへ回ると、そこには何と小学生くらいの少女が涙を流してこちらを見ていた。
肩より少し長いくらいの燃えるような赤髪と端正な顔立ち。シャツにスカートという実に夏らしい格好で、靴は何かのキャラクターだろうか。女の子向けのキャラクターがプリントされた可愛らしい靴を履いていた。
「いや、俺はあいつらの仲間じゃない。安心してくれ」
「ホント…?」
「あぁ、ホントだとも。君、名前は?」
「朱音……」
「朱音ちゃんか……俺は慶治っていう。お母さんかお父さんは?」
それを言うと朱音は俯いてしまった。
「そうか……ごめんな…」
「ううん…」
「ここを移動しよう。大丈夫だ、あいつらはいない」
「うん……」
慶治は朱音の手を引いて立ち上がった。
「この先何があるか分からない。俺が逃げろと行ったら迷わず逃げるんだぞ」
「……」
「ダメだ。ちゃんと逃げるんだ」
朱音は慶治と離れたくないのか、何度も首を左右に振る。
「………まぁぃいい。とりあえずここの荷車に積んであるジュースとかお菓子は貰っていこう」
「うん」
「お、リュックも持ってたか。んじゃ、朱音はこのお菓子頼んだぞ」
「分かった」
「俺は飲み物を持つ」
「大丈夫…?」
「大丈夫だ。現役で部活をやっている高校生の体力を舐めるなよ」
ミネラルウォーター1本230円というテーマパーク特有のぼったくり値段のシールに眉をひそめながらリュックへ詰め込んでいく。
「詰めた。もうパンパン」
「おお、それだけあれば十分だ」
「んじゃ、出発するか」
「うん」
こうして慶治は死体が残る通路を朱音と歩み出した。
「朱音……ちょっと待て」
「え…?」
「誰かいる…」
慶治が目指していた非常口は室内のアトラクションの中にあり、電源が落とされた室内は当然の如く暗い。
「しー…」
「うん…しー…」
慶治は朱音にも分かるように人差し指を口に当てると朱音もそれを真似をする。それを見た慶治は少しだけ笑い、朱音の頭を撫でてから忍び足で非常口前にいる人影に近寄る。
「……!…!」
「ん…?」
なにやらぶつくさ扉に文句を言っているらしく、慶治はこの暗い中では銃の脅しは余り効果が薄いと思い、背中の軍刀を抜いた。
「くそ!なんで開かないのよ!あたしは帰りたいの!!」
今の声を聞いて慶治は奴らの仲間ではないと即効で判断した。
「開かないのか?」
「うわああああ!?」
軍刀を鞘にしまいながら声をかけると目の前の女は心臓が飛び出すのではないかと思うほど驚いて地面にへたり込む。
「だ、誰!?」
「大丈夫だ。俺はやつらの仲間ではない。朱音、大丈夫だぞ」
「うん…」
「へ?あ、アンタも逃げてきたの?」
「あぁ、この子と逃げてきた」
「あら、可愛らしい子ね。妹さん?」
「いや……」
バツが悪そうに顔を逸らした慶治を見て目の前の女性は全てを察した。
「あぁ……そうなのね…」
「………それでやっぱり開かないのか?」
「ええ、蹴っても開かないし、鉄の棒とかで殴って見たけど傷一つつかないわ」
「慶治お兄ちゃん……」
「………」
「あなた慶治っていうの?」
「あぁ、そうだ」
「あたしはエリカ。生まれ故郷はロシアだけど、こっちの生活に慣れちゃってさ」
「あぁ…だから髪が…」
「ええ、あんな染めた金髪とは全く違うでしょう?これが本物よ」
「ブロンドっていうんだっけ……綺麗だな…」
「え?あ、ああそう?あ、ありがとう」
長い金髪に切れ長の眉。そして吸い込まれそうな澄んだ青い瞳。一見気の強そうな女性に見えるが、恐らく見た目どおりの気の強い女性なのだろう。
年齢はそう慶治と変わらないように思えるが、女性に年齢を尋ねるのは流石にタブーすぎる。
「君、歳いくつ?」
「俺は17だ」
「おお、あたしは18。1つだけ上か」
と、思っていたところでエリカが自分から打ち明けてくれた。
「朱音ちゃんは?」
「9歳……」
「そっか。よく頑張ったね。これからはお姉さんも一緒にいるよ」
「え!?」
「なによ。ダメなの?こんな場所に女性1人置いて行って良心が痛まないの?」
「いや、えっと…」
ずいっと寄ってきたエリカは豊かな胸を慶治に押し当ててくる。
「ふふ、君相当初心でしょ」
「何が言いたい…」
「今目を逸らした」
「わざとやっているのかよ……性質悪いな…」
「女の武器ですから。で、連れて行ってくれるでしょ?」
「…………まぁいいか…」
「やったー!」
ガシャン―――!と音がすると、エリカの顔が何の音?という顔をする。
「慶治、あなた何を持っているの?」
「あぁ……これか」
「か、刀!?な、なんで!?」
「説明しにくいんだけど……」
「やっぱりあなたあいつらの仲間なのね!!あたしをだましたの!?」
「ち、違う!!」
「何が違うのよ!よく見たら服に血がついているじゃない!この人殺し!!」
「え?人殺し?あ………あぁ…」
人殺し、その言葉が慶治に突き刺さった。まるで鈍器で殴られたかのような衝撃を受け、慶治はよろよろと後退してから倒れる。
「あぁあああああ…!!」
「え?ど、どうしたの?」
「あぁあああ………お、俺…俺」
「慶治お兄ちゃん…」
慶治は目を泳がせ、頭を抱えてしまった。突然おかしくなってしまった慶治を見てエリカは狼狽する。
「あああああああ!!」
「慶治!?どこに行くの!?」
「お兄ちゃん!!」
「あ!朱音ちゃん!」
慶治は急に立ち上がってどこかへと走り去って行ってしまった。朱音もそんな慶治を追っていなくなり、残されたエリカは一体彼の身に何が起こったのか理解出来なく、その場に立ち尽くした。
「お兄ちゃん…」
「朱音か…」
慶治はすぐに見つかった。彼は室内のアトラクションから出ておらず、動かなくなった乗り物の後ろに隠れていた。
「大丈夫…?」
朱音は慶治の隣に座ると彼はぽつりぽつりと語り出した。
「俺さ……人殺したんだ…」
「………」
「それ思い出したら急に自分が壊れそうになって…」
「お兄ちゃんは悪くない……」
「………」
「あいつらはお母さんとお父さんを殺した悪い奴らなの。だから、それを倒した慶治は私のヒーロー」
「ヒーロー……」
「うん…お兄ちゃんはヒーロー…」
「そうか…悪い…奴らだもんな…?だから、仕方ないんだよな?」
「うん……」
「俺は…悪くない……だって、言葉が通じるわけないもんな」
「うん…」
「ははは、なんだ別に悩む必要なんてないじゃないか……」
乾いた笑い声を出す慶治の頭を朱音は撫でた。
「お兄ちゃんは悪くない……お兄ちゃんは悪くないよ…」
「そうだな……俺は悪くない…」
朱音の言葉に続いて自分に暗示をかけた慶治は立ち上がった。
「朱音、ここを出よう」
「エリカは…?」
「………別にいい。人が増えればそれだけ脱出するリスクが増えるんだ」
先ほどまで苦しんでいた慶治はどこかへ行ってしまった。朱音の瞳に映る彼の姿はまるで別人のように思えたが、どうでもよかった。慶治さえいてくれればそれで。
「そう………どこ行くの…?」
「望み薄だが、手当たりしだい非常口を回ってみよう」
「分かった……慶治お兄ちゃん…」
「ん?なんだ?」
「手……繋ご…」
「あぁ、いいとも」
慶治は微笑みながら朱音の手を取った。
2話連続投稿です。
この作品はゆるゆると続けて行こうかと思っていますので、更新日時とかは特に決めていませんね。
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