小説勇者「勇者になろう」
「ブクマ0、文章評価0、ストーリー評価0、感想0、レビュー0……クソが」
俺は小さく毒づきながら、スマホの画面を閉じた。
「マジふざけんなよ……クソムシが……」
俺は自室のベッドにうつ伏せになり、グチャグチャの頭で、たった今完結させた、この作品の何が悪かったのか考える。
主人公はチートにした。
ハーレムを作ってモテモテにした。
ステータスや冒険者ギルドの設定も盛り込んでるし、他の人気作品を参考に、読者受けしそうな展開を書いた。
タイトルやあらすじ、タグにも気を遣ったし、
稚拙ながらも、ちゃんと読みやすい文章を書けていた筈だ。
だが、それでも、俺の書いた作品を読んでくれる人は居なかった。
一人として、居なかったのだ。
「…………」
再びスマホの画面を開き、とあるウェブ小説のページを開いた。
小説家になろう。
俺が一年前から、小説を投稿し続けているサイトの名前だ。
俺は新着小説一覧の画面を開き、タイトルに異世界と付いている作品を迷わずタップした。
その作品を読みたいと思って選んだわけではない。
興味や好奇心など微塵も感じていない。
ただ、異世界ものだったから、選んだだけだ。
適当に選んだ小説を読み飛ばしながら、俺は心のなかでクソッタレと叫ぶ。
「なんで俺よりも明らかに文章下手なヤツが、こんなに人気なんだよ……おかしいだろ」
簡潔に、この作品の内容を纏めよう。
神様のうっかりでトラックに轢かれた高校生が、チート持ちで異世界に行くという話だった。
総合評価は四ケタ。
感想が数件と、レビューを一つ貰っている。
「読んだ感想は?」と問われれば、俺の貴重な時間を無駄使いさせてくれてありがとう、としか言えない。
俺の作品同様、ごくありふれたテンプレ異世界もの。
しかし、それを面白いと思って読んでる読者が少なからず存在する。
「じゃあ、なんで俺の作品は……!」
ゼロ。
誰一人として、俺の作品を見てくれない。
俺のことを見てくれない。
俺の努力を。
俺の価値を。
俺の存在を。
全くのゼロだと。
そう、暗に言っている。
「……はぁ」
酷く嫌な気分になった。
もう今日は寝よう。
・
さて、唐突な話になるが、異世界ものでは主に2パターンの始まり方が存在する。
1.気が付くと、なぜか真っ白い部屋にいるパターン。そこは世界と世界の狭間的な設定の場所で、神様から主人公の能力や異世界についてのレクチャーを受け、それから異世界へ行く流れになる。これは、作者の主人公に対する甘やかしっぷりが垣間見え、ベリーイージーな世界観の作品に多い。
2.いきなり異世界へ、というパターン。どちらかと言えばハードモードな異世界ものが見受けられる。まあ、イージーも多いが。
で、幸か不幸か。
どうやら俺は前者のパターンらしい。
真っ白い空間に、俺は立っていた。
そして目の前に居るのは、一人の女神様。
間違いなくベリーイージーモードだ。
「ちょっとしたミスで人を殺すことに定評のある神様じゃないですか。初めまして」
「え、あ、ああどうも初めまして。というか、なぜ私がミスした事を知ってるんですか……?」
「なろう界隈では有名ですよ。神様は誤って殺した日本人を、チートやハーレムなどの適当な甘言で言いくるめた挙げ句、異世界に送りつけて魔王と戦わせてるって」
「それどこの鬼畜?」
「違うんですか?」
「そうですけども」
「やっぱり」
不自然なくらい冷静に、自分が死んだことを受け入れる鋼メンタル主人公と、やけに馴れ馴れしい、威厳をドブに捨てたような神様。
このパターンの展開は使い古されたものであるため、多少の説明を省いても読者が着いてこれるのが長所だ。
逆に、テンプレアレルギーの読者はこの展開を始めた瞬間にブラウザバック準備を始めるため、気を付けなければならないだろう。
「では、異世界へ転生する前に、あなたの望むものを一つだけ、持っていく権利を与えます。ストレートにチート能力ですか?無限の魔力や異常な腕力、魔剣に聖剣、スキルやアイテム何でもござれ。銃や戦闘機、核ミサイルを選んでも良いですよ」
「スマホで」
俺は即答した。
「ええ、わかります、わかりますとも。大いに悩んで貰って結構です。なんなら変化球で私を選んでも良いですよ……って、え?」
「スマホでお願いします」
「ええ!?」
「異世界からでも、現実世界のネットに繋がるスマホが欲しいです」
「え?えっと……ああ、なるほど!現代知識を利用した知識チートですね!内政とかするつもりですね!それならオマケで、転生先を領地を持った貴族の子供に……」
「いや、ホントそう言うの良いんで。余計なお世話なんで。僕、異世界で異世界ものの小説を書きたいだけなんで」
そう、その通り。
俺は実際に異世界に行くことで、クオリティの高い異世界ものを書くのだ。
そして、ポイントがほしい。
「え、何でですか!?転生ですよ!?チートですよ!?折角のチャンスを棒に振る気ですか!?」
信じられないとばかりに、鼻息荒く詰め寄ってくる女神様。
天然キャラに見受けられる、現実では有り得ないような異常な馴れ馴れしさだ。
顔をズイッと近付けてくるヒロインに対し、主人公は性格によって幾つかの行動パターンが決められる。
1.後退りながら「顔が近いよ……」などと言いつつ頬を赤らめる草食系ヘタレ主人公。
2.後退りしようとして足をもつれさせ、ヒロインと一緒に転び、うっかり胸や尻を揉みしだいたり、うっかり服を脱がせてしまうラッキースケベ主人公。
3.気負うことなく謎理論な反論を開始するクール系中二病主人公。
どのパターンもありきたりなので却下。
俺はズカズカと歩いてくる女神様を避けて、足を引っ掛け、転ばせた。
「ふべしっ!」
面白いくらい見事に転んだ女神様。
ヒロインにあるまじき叫び声だ。やり直し。
「やり直しませんよ!」
女神様はムクリと起き上がり、涙目で訴えかけてくる。
「いいから早く転生させてくださいよ。鬱陶しい」
「ひどい!どうせ貴方みたいな人は、いくら頑張って異世界ものを書いても、誰にも評価されないまま、上昇しない総合評価を前に気落ちする人生しか歩まないんですからぁ!」
「ぐぅっ……!?おのれ、人が気にしてることを……!」
女神様に罵声を浴びせようかと考えたが、思い留まった。
もしこれがなろう小説ならば、と考えよう。
今、こうして、グダグダしゃべっている間にも、読者は戻るボタンにカーソルを合わせているに違いない。
要するに、このような展開では読者の興味は引けないということだ。
読者は常に、テンプレかつフレキシブルな作品を求めている。
テンプレ作者は常に、お決まりの中で工夫を凝らした展開を進めていかなくてはならないのだ。
しかも、ヒロインとの仲が険悪なのもなろう受けではない。なろうにおけるヒロインとは、主人公を称えるための飾りでしか無いのだ……!
主人公に苦難を与えてはいけない。
与えたとしてもそれはチート能力の披露宴!
ヒロインは主人公以外の男と関わらない。
関わったとしてもそれは恋愛対象外の男のみ!
主人公は仲間から尊敬されなくてはならない。
なろう読者は主人公が貶されることを極度に嫌う!
キャラとのコミュニケーションにおいても、毒を吐き続ける罵り合いではなく、砂糖を吐きそうなイチャイチャを書いた方がなろう受けは確実……!
ならば、ここでとるべき行動は1つ!
「このシーンは、書き直すしかない!」
俺はスマホを取り出して、小説家になろうのサイトを開いた。
※
目が覚めると、俺、山田は真っ白い空間に立っていた。
「な、なんだここは……?」
俺は確か、自分の家で寝ていたはずでは?
なのに、こんな意味不明な場所にいる。
ま、まさか誘拐!?
「ここは世界と世界の狭間。神が住む領域です」
突然、後ろから謎の美少女ボイスが聞こえてきたので、そちらを振り向くと、そこには見目麗しい美少女が立っていた。
「あ、あなたは……?俺はどうしてここに?」
「私は死者を導く女神です。申し訳ありませんが、あなたは私の不手際で死んでしまったのです」
「な、なんだって!?今すぐ生き返らせろ!」
「申し訳ありません、あなたを生き返らせることは神の制約により不可能なのです」
「ふざけるな!」
「本当に申し訳ありません。お詫びといっては何ですが、異世界に転生させてあげましょう」
「異世界だと?」
まさか、ラノベとかで見かける異世界転生というヤツか!?
「ええ、もちろんチート能力もお付けします。その世界でハーレムを作るもよし、魔王を倒して英雄になるもよし、それはあなたの自由です」
「よっしゃ!それなら交渉成立だ!俺を異世界に連れていってくれ!」
「分かりました」
次の瞬間、真っ白な空間の中に渦が現れて、俺の体はその中へと吸い込まれていった。
待ってろよ、俺の異世界ライフ!
※
「何ですか、この頭悪そうな会話……?」
スマホに執筆している途中、女神様が俺の肩越しに覗いてきた。
ざっと目を通して、放たれた第一声がそれである。
「おいおい、どこが頭悪そうな会話だよ。なろう小説ならこれくらいは普通だよ」
人の書いた小説にイチャモン付けるとか、何様のつもりだって話だよ。
あ、女神様だったな。
「いや、この主人公、頭悪いんじゃないですか?なんで簡単に説得されてるんですか。異世界なんていう未知で危険な場所ですよ?普通、好んで行きたいと思わないでしょう?」
「いいんだよ。この年頃の男の子は、もしも異世界に行ったら、なんて事を余分な想像力働かせて脳内シュミレートしてるんだよ。この年頃になると黒歴史ノートに呪文とか書き込み始めるから。頭のなかで死の呪文とかを繰り返し詠唱してるような年頃だから」
「どんだけ年頃の男の子に偏見抱いてるんですか!そんな男の子はそうそう居ませんよ!」
「自室に籠って、かめはめ波の練習とかしてるから。スーパーサ〇ヤ人に憧れて金髪に染め始めるから」
「金髪に染めるのはサイ〇人関係ないでしょう!」
「んなことより、転生ですよ、転生。さっさと始めちゃって下さいよ」
俺は早く異世界で異世界ものを書きたいのだ。
そしてポイントがほしい。
「どんだけポイント欲しいんですか……。というか、ホントにチート能力じゃなくて良いんですか!?」
「あのねぇ女神様。チート能力の絶対的欠点が何か、教えてあげましょうか?」
「け、欠点……?」
「それは……ああ、いや、この話は長くなりそうなのでまた今度にしときます。それより転生ですよ、早く」
と、急かすものの、女神様は不安げな表情を崩さない。
出来れば早くしてほしい。
話のテンポが遅れるから。
「で、でも、普通の日本人のあなたが、チート無しで異世界に行ったら、間違いなく死んじゃいますよ?異世界って、あなたが思ってるほどヤワな世界じゃないんですよ?」
女神様はどうやら、俺の身を案じているらしい。余計な気遣いだというのに……あ。
これって、まさか、ヒロイン化フラグじゃないか?
だとしたら大変だ。すぐさまフラグを成立させなければ。
「いいんですよ、どうせ死んでも……底辺作家の俺を心配してくれる読者なんて、居ませんから」
少しばかり自嘲気味に笑い、その後に影を孕んだ表情を浮かべる。
こうして女神様の同情を引いて、うまく話を膨らませれば、ヒロイン化に導けるかもしれない。
まあ、現実なら成功確率ゼロ%な口説き方だよな。
話の持って行き方が強引すぎるし、これで釣れるような女性は存在しないだろう。
「そんな……えっと……」
「田中です」
「そんなことありませんよ、田中さん!私が居るじゃないですか!」
「…………えっと」
まさかの一本釣り?
なんなの、チョロイン枠なのこの子?
なに今のセリフ、超恥ずかしいんですけど。
ああもう、なんか背中がむず痒い。
「じゃあ何ですか、僕と一緒に異世界に来てくれるとでも?無理ですよね、出会ったばかりの他人なのに」
「出会ったばかりとか、他人とか、そんなの関係ありません!一人ぼっちで寂しいなら、私が一緒に居てあげます!だから、そんな哀しそうな顔をしないでください!」
……女神様。
この哀しそうな顔は、チョロインな貴女への、哀れみの表情なんですよ?
「そうと決まれば、善は急げ。行きましょう、剣と魔法の異世界へ!」
女神様は空間に渦を作り、俺の手を握ると、元気よく渦の中へと飛び込んだ。
俺も腕を引かれるまま、渦のなかに飛び込んでいく。
次第に俺の意識は薄れ……途絶えた。
・
ボンヤリしていた意識が次第にハッキリとしてくる。
数度瞬きするうちに、視界に掛かった黒いモヤが次第に引いて行き、異世界の情景を映し出した。
「……ふむ」
青い空、白い雲、地平線まで広がる草原、地面を這いずり回るスライムたち。
明らかに現実離れした光景ではあるが、期待していたほど幻想的では無いな、と言うのが、俺の個人的感想だった。
「というわけで、やって来ました異世界!安心してください田中さん、女神たる私が着いていれば、あなたは孤独にボッチ異世界ライフを送ることは無くなります」
俺の右隣で喚きたてているのは、チョロイン候補の女神様。
遅ればせながらの描写ではあるが、その服装はシスターが着るような真っ白い修道服だ。
「というか、なんで着いてきたんですか?」
興味本意で尋ねてみる。
正直、なんで着いてきたのかホントに分からない。
ヒロイン化を期待した事は事実だが、あの演技は一種のやっつけな行動であり、ダメ元だ。
なのに、それにまんまと引っ掛かり、何故かこうして着いてきた。
なぜだ。
すると、女神様は恥ずかしそうに両手を頬に当て、言った。
「私、ダメな男の人を見ると、ほっとけない性分なんです」
……ああ、この子、ダメな女の子だ。
ダメな男に引っかかって損するタイプの人だ。
というか、アレか。
俺の事をダメな男だと思ったってことか!
クソッタレ!
「ところで、異世界転生とか言いつつも、開始の仕方が異世界転移系っぽくないですか?俺はてっきり、赤ちゃんスタートからだと……」
「まあ、お気付き無いのですか?ちゃんと転生はしましたよ?」
女神様は鏡を取り出すと、俺に向けた。
鏡面を覗きこめば……うむ、確かに。
鏡に写ったのは、黒目黒髪の俺の顔ではなく、金髪に空色の瞳の、イケメン顔だった。
「クソッタレ」
「ええ!?」
思わず口をついて出たセリフに、女神様が驚いた。
「なんでですか!?イケメンですよ!?普通なら喜ぶところでしょう!?」
「いや、主人公がイケメンとか……作者の願望丸写しじゃないですか。どうせアレでしょう?性格イケメンな主人公が書けないから、外見イケメンで体裁取り繕ってんでしょう?そもそも小説は主人公の顔なんて見えないんですから、イケメンもブサイクも関係ないんですよ。主人公の顔面スペックなんて、そもそも言及するべき設定では無いんですよ。仮にイケメン設定だとしても、それは脳内に留めておくに越したことは無いのです。確かに主人公がイケメンでないと成り立たない物語も有るでしょう、しかしそれは恋愛小説等の話であり、異世界ファンタジーの主人公に顔面スペックは禁句です。特にハーレム系でヒロインが主人公に惚れる理由に、顔面スペックが入っていたら?主人公の顔をカッコいいと思って惚れているようでは、そのヒロインは面食いだと読者に印象づけられます。それではヒロインの魅力が引き出せないのです。しかも……」
「長いですよ!三行でお願いします!」
オレ。
イケメン。
キライ。
「……イケメンが羨ましいとか、妬ましいとか、そういうレベルを越えて、イケメンの存在自体を嫌ってる、という事ですか?」
「…………(こくり)」
「……いや、でも、もうその顔でしか生きていけないので……」
「…………クソッタレ」
俺はスマホを取り出して、小説家になろうのページを開いた。
※
目が覚めると、そこは異世界だった。
そして隣を見れば、女神が立っていた。
「うわっ!なんでお前がここにいるんだよ?」
「私、山田さんに一目惚れしてしまって……つい、来ちゃいました」
「来ちゃったかー」
一目惚れされるとは、やはり俺は中々のイケメンだな。
鏡を見てみると、やはり、金髪碧眼のイケメンが鏡に写っていた。
「というわけで、まずは冒険者ギルドだな!」
「はい、一生ついていきます……ポッ」
こうして、俺たちは冒険者ギルドへ入っていった。
※
「イケメンが嫌いとか言いつつも、結局主人公はイケメン設定じゃないですか」
スマホに執筆していたところで、女神様がスマホの画面を覗き込んできた。
ええい、鬱陶しい。
邪魔だ、どかんか。
「しかも何ですか、一目惚れって。言っときますけど私、田中さんに恋愛感情は抱いてませんからね?」
「そんなことは言われずとも分かっとりますよ。だが、それでも、なろう読者は主人公をイケメンにしてあげないと嫌がるんですよ。ヒロインを主人公に惚れさせないと嫌がるんですよ。私だってこんなの書きたくありません。しかし、こうした方が読者受けは良いのです」
「絶対になにか間違ってると思うんですけど……」
「ブサイクな主人公など存在してはならんのです。あくまでフツメン以上、それ以下では読者は嫌がるのです」
「でも、主人公がブサイクな設定の作品は、たまに見かけますよ?」
「そんな作品だって、何らかの理由でイケメンになるんですよ。『嘘……これが私……?』とか言うんですよ」
「そんなCMみたいな……」
まあ、探せば主人公ブサイクで通している作品も有るだろうが、大抵はそんな感じだろう。
あらすじではブサイクとか言いつつも、物語の途中でイケメンになる主人公。
ブサブサ詐欺だ。
クソッタレ。
「さて、では冒険者ギルドでも行きますか」
「はあ……」
・
「たのもー」
冒険者ギルドに入ると、まずアルコールの臭いが鼻をついた。
店内に設置されているテーブルで、オッサン達が酒盛りしているのが視界に写る。
その内の一人と目が合うと、オッサンがこっちに向かってきた。
「おう、あまり見ねえ顔だが、冒険者志願か?」
「そうです、小説の参考のために」
「しょ、小説?……まあいい、それならあそこの冒険者受付のカウンターに行けば、冒険者登録について色々と説明してもらえるぞ」
「ありがとうございます」
「なに、礼は良いってことよ。ガハハ!」
オッサンは快活に笑うと、酒盛りの席へと戻っていった。
なかなか気立ての良い人らしい。
小説に登場させよう。
だがその前に……。
「冒険者登録……か……」
「どうしたんですか、田中さん?」
俺が進むのを躊躇っていると、女神様が後ろから尋ねてきた。
俺の後ろに立つな。
「いや、冒険者ギルドについて簡単に描写するか、ねちっこく描写するかで、迷っていてな」
「どういうことですか?」
「なろうの異世界ものによく見受けられる冒険者ギルド。その体系については、多くの他作品において、多少の差違はあれど、既に説明済みのものだ。故に大抵のなろう読者は冒険者ギルドと聞けば、説明など受けずに理解してくれる。つまり、その辺りの描写をすっ飛ばしても読者は着いてこれるんだ。説明が下手な作者にとって、冒険者ギルドとはとてもお手軽なツールだと言える」
「また、長い話ですか?」
「……いや、描写は簡潔に行こう。俺はテンポの良いストーリーが書きたいんだ」
俺は冒険者受付のカウンターに向かった。
受け付けのお姉さんが、笑顔で迎え入れてくれる。
接客業特有の、張り付けたような笑みだ。
内心では、『あー、早く休憩時間来ねえかなあ』とか思ってるタイプの人だろう。
「冒険者登録ですね?冒険者ギルドについての説明は受けますか?」
「受けません」
「では、この冒険者カードに必要事項を記入してですね……」
「はい」
というワケで冒険者登録終了。
次は依頼だな。
「薬草採取とかゴブリン討伐とか……色々ありますよ?」
依頼掲示板へ向かうと、俺より先に女神様が、依頼掲示板の前を陣取っていた。
どうやら俺でも受けれる依頼を探してくれていたらしい。
「俺、いつも思うんですけど、薬草採取の依頼って、絶対に変だと思うんですよ」
「え?何故ですか?」
「だって、わざわざ危険な場所まで薬草取りに行くくらいなら、町のなかで栽培しちゃえば良いじゃないですか」
「……あ、確かにそうですね。何故でしょう?」
女神様が首を傾げて必死に答えを考えている内に、俺はスマホでウィキを開いた。
「地球では、中性ヨーロッパの頃には薬草の栽培は始まっていたようです。つまり、技術力的にも可能なハズなんです」
「う~ん……異世界の事情ってことじゃないですか?地球とは違って、薬草を栽培できない理由が有るとか……」
「だとしても、です。薬草に関する知識がない人間に、薬草採取を任せるバカがどこにいるんですか?一般人には、どれが薬草でどれが毒草なのか、なんて事は見分けが付きませんよ?わざわざ雑草を摘んできて、それを冒険者ギルドで鑑定、なんていう非効率的手段は……」
「ああもう、分かりましたから!ゴブリン討伐に行きましょう、そうしましょう!
女神様は無理矢理に会話を打ち切ると、俺の背中を押して、森まで直行した。
・
「ギギィー!ギャー!」
というわけで、ゴブリンの群れとの戦闘。全部で10匹。
依頼内容は、ゴブリン10匹の討伐とのこと。
ちょうどピッタリだ。
「このゴブリン討伐という依頼も、非常に非効率的だと思いませんか?だって……」
「田中さん!ちゃんと戦闘に集中してください!」
……ふむ。
考えてみれば、俺はチートを持ってないから、スペック的には非力な日本人のままでは無かろうか。
だとすると、戦闘は全部女神様に任せたい。
「がんばれー女神様ー」
「なんでそうなるんですか!」
口ではそんなことを言いつつも、女神様はゴブリンと戦い始めた。
……そうだ、ついでに戦闘描写の練習のために、女神様の戦いを脳内で実況してみよう。
女神様はゴブリンの群れに突っ込み…………えっと…………なんか杖とかでゴブリンを殴り付けて…………うん、ゴブリンを蹴散らした。
「どうですか田中さん!私って、頼りになるでしょう?」
ゼエゼエと荒い息で、女神様が期待の籠った眼差しで俺を見てきた。
だが、俺は女神様に労いの言葉をかける余裕などなく、ただひたすら、呆然としていた。
「戦闘描写って……どうやって書くんだ?」
女神様の動きもゴブリンの動きも、言語化することが出来なかった。
これは圧倒的に、俺の力不足だと言えるだろう。
マズイ。
非常にマズイ。
戦闘描写が上手く書けるかどうかは、異世界ものにおいて重要なファクターなのに。
「……どうしたんですか?田中さん?」
女神様が俺の顔を覗きこんできた。
頬に朱が差しているその顔は、汗に濡れていることも有って、どこか艶かしい。
……そう、こういう描写は稚拙ながらも可能なのだ。
情景描写、心理描写、戦闘描写。
情景描写は、なんとか書ける。
心理描写は、下手ではあるが読めるレベル。
戦闘描写は、…………クソッタレ。
俺には、戦闘描写が全く書けない。
戦闘描写とは、どうやって身に付ければ良いんだ?
「クッ……俺は……戦闘に関しては役立たずだ……」
「……ああ、戦えなかったことを恥じているんですか?別に気にしなくても良いんですよ。戦うことを怖がるのは、ごく自然な考え方です」
女神様が何か勘違いをしているが、別に俺は女神様だけを戦わせたことには、何も感じていない。
ポケ◯ンだって、主人公は戦わないじゃないか。
それと同じだ。
女神様はポ◯モンなのだ。
「うぅ……俺は……どうすれば……?」
俺はスマホを取りだし、小説家になろうのページを開いた。
※
「おいおい、ここはテメェみたいなガキの来るとこじゃねえんだぜ、ツレの女の子だけおいて、家に帰るんだな、ゲヘヘ」
冒険者ギルドに着くと、酔っ払いのオッサンが俺に話しかけてきた。
そして、女神を指差して、下卑た笑いを浮かべ始める。
「山田さん、私を守ってください」
「ああ、もちろんだ。くらえ、主人公パンチ!」
「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
俺はオッサンをタコ殴りにしてやった。
やれやれ、ザコの癖に俺に喧嘩を売るとは、バカなヤツだぜ。
「おい、Aランク冒険者のゴロツキーがやられたぞ!」
「あの子供……なんてやつだ!」
「Sランク並みの実力があるに違いない!」
周囲の野次馬が、何かいってるな。
フッ、早速俺のチートっぷりが明らかになってしまった。
「キャー、山田さんスゴーイ」
女神が俺に抱きついてきた。
フッ、照れるぜ。
「冒険者登録をしたいんだが」
「……は、はい。貴方の実力だと、Sランクからのスタートでも可能ですが……」
受け付けのお姉さんが、なにやら熱っぽい視線を俺に向けてくる。
フッ、堕ちたな。
「いや、そんな特別扱いなんて必要ないさ。Fランクから始めさせてもらうよ」
俺がそう言うと、周囲の野次馬が「おおっ」とリアクションを取った。
「なんて謙虚なんだ……」
「ヒュー、すごい男が入ってきたぜ……」
「ステキ……」
フッ、まあ順当な評価かな。
俺は謙虚なんだ。
「さあ山田さん。ゴブリン退治に行きましょう!」
女神に手を引かれるまま、俺はゴブリン討伐に向かった。
・
「うりゃー!」
「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁゴブー!」
俺のチートっぷりのお陰で、ゴブリンはあっという間に駆逐された。
フッ、みんなの平和を守るためにチート能力を使う俺ってば、ホント素晴らしい男だよな。
※
「……なんですかこの茶番」
「……正直、自分でもどうかと思ってる」
執筆途中、いつも通り画面を覗きこんできた女神様の意見に、俺は同意せざるを得なかった。
「絡んできたオッサンって、さっきの親切な人ですよね?なんでこんな扱いなんですか?」
「いや……なろう受けを考えたら、かませを入れないとマズイかなー、と……」
「なんですか、謙虚な男って。謙虚の意味わかってんですか?周囲の反応も、なんですかコレ。どんだけ山田敬われてるんですか。彼の何が人々を魅了してるんですか」
「……いや、このくらいなら、まだなろうで見かけるレベルだよ。……多分」
「手に負えないですよ」
そう吐き捨てて、女神様は立ち上がる。
そして、ゴブリンの討伐証明部位を切り取りながら、言った。
「田中さんって、そんな小説を書いてて楽しいですか?」
「……え?」
予想外の質問に、俺は一瞬面食らった。
そして、首をかしげた。
「まあ……楽しい……かな?」
嘘だ。
こんな小説を書いたところで、楽しいわけがない。楽しめるわけがない。
いくら書いてもブックマークは付かないし、感想も来ない。
執筆し、投稿し、評価を見る。
執筆し、投稿し、評価を見る。
ただ、それの繰り返し。
なにも変わらない。
どれだけやっても、評価は一向に伸びず、文字数だけが増えていく。
次第に小説を書く意味が分からなくなっていく。
苦行にしか感じていない、と言うのが本音だった。
「もっと他に、書きたい小説は無いんですか?チートファンタジーではなく、恋愛とか、推理とか、ホラーとか、コメディーとか」
「それは…………なろう受けじゃないだろ。なろうでは、ファンタジーが人気なんだよ……絶対に」
「いい加減にしてください!」
ピシャリ、と。
女神様のセリフが、静かな森の中に、やけに鋭く響いた。
女神様は、ゴブリンの死体から離れ、俺に向かってつかつかと歩いてくる。
俺の目の前で立ち止まり、手を振り上げた。
パチン!
目の前に火花が散ったかと思うと、乾いた音が鳴った。
俺は衝撃に耐えきれず、無様に尻餅をついた。
自分の頬が女神様にぶたれたと気づくのに、大した時間は掛からなかった。
手を振り上げた時点で、ぶたれるだろうな、とは思っていたが、頬に広がる痛みだけは、予想のつかないレベルの物だった。
……いや、拙い描写だな。自分でも気づかない内に、けっこう混乱してるのかもしれない。
「なろう受け、なろう受け、なろう受け!あなたはいつもそればかりじゃないですか!人気作品の模倣をして、この展開は受けない。こうした方がなろう受けだ。親切なキャラは受けない。噛ませキャラがなろう受けだ。主人公が貶されてはいけない、称えられるのがなろう受けだ。読者に受けさせようとすることばかり考えて、自分の書きたい話を見つけようとしない。そんなのって……そんなのって!」
女神様は、そこで黙った。
目尻に涙を浮かべながら、必死に言葉を探しているようだった。
「そんなの……なんですか?」
殴られた頬がジンジンと痛みを訴える。
それと同時に、自分の腹の奥底で、ふつふつと、何かが煮えたぎる気がした。
俺は頬に手を当てながら、女神様の言葉の続きを待った。
「……田中さんは、自分の書きたい話を書けばいいじゃないですか。読者に受けるかどうかなんて考えず、ただ、純粋に、自分が書いてて楽しい話を……」
「なるほど、自分の思う通りに書けと。読者なんて気にするなと」
「そうですよ。そうした方が、ずっと楽ですよ……」
「ふざけるな」
「……え?」
自分でも驚くほど、冷たい声が出た。
俺は静かに立ち上がり、女神様を見下ろした。身長的に、俺は女神様より頭1つ分だけデカい。
「ただひたすらに総合評価0の作品を書き続けた俺の気持ちが、女神様には分かりますか?誰一人として感想を書いてくれないまま、作品を完結させてしまった俺の悔しさが分かりますか?自分よりもポイントの高い作品を読んで、妬ましいと思った事がありますか?女神様、あなたに底辺作家の気持ちが分かりますか?読者なんて気にするな?それは、俺のこれまでの苦労を、悲しみを、悔しさを、憎しみを、全て否定するセリフです。もう二度と、そのようなセリフを言わないでください」
俺は反論のつもりだった。
女神様が、俺をぶった挙げ句、ちょっと俺の気に障ることを言ったので、ついカッとなって。
しかし、女性に暴力を振るうわけには行かないので、言葉で反論。
言いたいことを言ってやったら、「ふうスッキリした」などと笑って、ちょっとしたケンカで済ませるつもりだった。
でも、少しばかり誤算があった。
「ち、ちが……私はそんなつもりじゃ……」
女神様は怯えていた。
一目で分かるくらいに、ハッキリと。
「あ、あれ……?ちょっと、女神様?」
想像以上のオーバーリアクションを取った女神様に得も言われぬ不安を覚えて、思わず一歩近づいてしまった俺を、誰が責められようか。
だが、それが起爆剤となってしまったのは確かだった。
「ご、ごめんなさい……ごめんなさい!」
女神様は、怯えた表情のまま、走って行ってしまった。
全速力で。
あっという間に。
「ちょ、待ってくださいよ!女神様!」
俺は慌てて追いかけた。
森の中に消えていく女神様を、ひたすらに。
・
結論から言うと、俺が女神様に追い付くことは無かった。
もともと、チート能力を持たない俺は、一般的日本人成人男性レベルの力しか持っていない。
対して女神様は、ゴブリンを倒していたことから察せられるように、魔力を使って、ある程度の力は引き出せるらしい。
具体的には、成人男性4人分が限界だとか。
異世界に来たことで、ある程度の力の制限が課せられているらしく、そこまで強くはなれない。だとしても、俺から見れば十分すぎるくらいに強いのだ。
その理由から、俺はある程度走ってから、女神様を追いかけることを断念し、町に戻っていた。
そのうち、ひょっこり帰ってくるだろうという、根拠のない自信からだった。
町の入り口を見張る門番から、女神様が戻ってきていないことを聞き。ギルドに戻り、ゴブリン討伐の報酬を貰い、金を受け取り、それを使って一夜分の食料と毛布を買い、町の入り口の前で女神様が戻ってくるのを待っていた。
女神様が戻ってきたら、取り敢えず謝っておこうと心に決めて。
徹夜で、女神様が帰ってくるのを待っていた。
「言い過ぎてごめん……いや、別にそこまでキツいこと言ったワケじゃないしなあ……怒鳴ってごめん?いやいや、大声は出してなかったし……。マジでなんで怯えたんだよ、女神様……?」
そんな事を一人でぶつぶつ呟いている内に、朝を迎えることとなった。
女神様、未だに帰還せず。
「……クソッタレ。こんな時、どうすれば良いんだよ……」
1.森まで探しにいく。
いや、俺が行ったところで、魔物に食われるのがオチだ。
2.女神様の捜索隊を出してもらう。
誰に?どうやって?冒険者ギルドに依頼すれば可能だが、金がない。
3.女神様が帰ってくるまで待ち続ける。
つまりは何もしない。ただ待ち続けるだけ。クソッタレ。
「ぬあぁ……良い案が浮かばねぇよチクショウ……こういう時にチート能力有ればなぁ……やっぱりチート能力を頼むべきだったか?」
もし女神様が森の中で迷子になっていたとしよう。
いくら強いとはいえ、いくら神様だとはいえ、女神様の力は制限されていて、この世界の住人の中でもちょっと抜きん出ている程度な訳だ。
故に、体力的限界も存在するわけで、いずれはスタミナも尽きる。
そして力尽きて、魔物に襲われたら?
死んだらどうなる?
俺の責任になるんじゃなかろうか。
だとしたら、やっぱりヤバい。
俺は責任に耐えかねて、自殺するかもしれない。
それはヤバい。
では別のパターン。
もし女神様が神の世界に帰っていたら、というパターン。
説明が遅れたが、このパターンはあり得ない。
女神様曰く、再び神の世界に帰るには、向こうの世界の神様と連絡を取り、異世界と神の世界を繋ぐ門を作る下準備をして……と、どうやら必要な手順が幾つか有るらしく、それらを遂行するのにかなり時間が掛かるらしいのだ。
「やっぱり森の中で迷子説が有力だよな……どうしよう」
俺が頭を抱えて唸っているところに、一人の男が歩いてきた。
「おうボウズ、そんなところで何してんだ?」
「……昨日のオッサン……?」
見上げればそこには、冒険者ギルドにて、俺に話しかけてきたオッサンが立っていた。
俺はすかさずスマホを取りだし、小説家になろうのページを開いた。
※
「さあ女神様。この世で誰よりも強く、誰よりも格好よく、誰よりも賢いスーパーイケメン美青年!その名前こそ……!?」
「山田さん!イヨー、日本一!」
「ハッハッハ!そうだともそうだとも!さて、ゴブリンも倒した事だし、町に戻ろうか」
「はい、ですがその前に……」
女神様はそこで言葉を切ると、突然俺に抱き着いてきた。
おいおい、節操のない女神さまだ……と思いきや。
「フロント・スープレックスゥ!」
女神様は俺の身体に抱き着いたまま、思いきり体を反らし、後方にブリッジした。
予想外の攻撃に俺は反応しきれず、見事にスープレックスがキマった。
い、いったい、何をするんだ……?
首の骨が折れるかと思ったぞ!
「ご、ごめんなさい。山田さんが恰好良すぎて……つい」
「な、なんだって……?」
そんな。
俺が恰好良すぎるが故に、女神様が俺に対して暴力衝動を覚えるだなんて……。
ああ、イケメン過ぎることがこんなにも辛いことだなんて!
「山田さん。ごめんなさい!」
女神様は俺に向かってハイキックを繰り出した。
「グワー!」
その凄まじい衝撃が俺を吹き飛ばし、俺は空高く吹き飛んだ。
そして、飛ばされるがまま町に到着した。
俺はすぐに冒険者ギルドに向かった。
ゴブリン討伐の報酬をもらい、僕は装備を整え、森へと向かおうとした。
女神様ともう一度、ちゃんと、話をするためだ。
「ゲヘヘ……待ちな!」
その時、冒険者ギルドで出会ったオッサンが、俺の前に立ちはだかった!
※
ゴブリンが一斉に飛び掛かってきた。
それぞれ手に持った棍棒やら錆びた剣やらを、俺に向かって繰り出してくる。
「伏せな!」
背後から聞こえてくる怒声。
俺は慌てて地面に這いつくばった。
次の瞬間、俺の頭上すれすれを、大剣が横凪ぎに通りすぎていく。
続いて、頭上からゴブリンの悲鳴と、頭部を失ったゴブリンが血を噴き出して倒れる姿が視界に焼き付いた。
生々しい鉄臭さが鼻孔を突いてくる。
ゴブリンは全滅したようだ。
「ああくそ、マジ無理、グロい」
込み上げる吐き気を堪えながら、俺は立ち上がり、背後を振り返って頭を下げる。
「どうも、助かりました」
「ガハハ!良いってことよ。それより早いところ、お嬢ちゃんを探そうや」
オッサンは大剣に付いた血を拭いながら、快活に笑った。
俺は、とても笑える気分では無い。
こんな状況でも笑えるオッサンを見て、俺はしみじみと思う。
やっぱり、俺とこの世界の人々とは、住む世界が違うのだ、と。
少し時間を戻そう。
俺はオッサンに出来る限りの状況説明をした。
森の中で仲間と喧嘩別れしてしまい、そのままはぐれてしまった、その仲間がまだ森で迷子かもしれない……とか、まあ大体そんな感じの事を、出来る限り切羽詰まった演技を交えながら話した。
すると、オッサンはこう言ったワケだ。
「じゃあ、俺が森まで助けにいってやるよ。ボランティアだ」
俺は呆気に取られた。
いや、拍子抜けしたと言うべきか。
だって、こんなにも簡単に、問題解決の糸口が掴めるとは思わないだろう?
「い、良いんですか?」
「あん?良いに決まってんだろ、んなもん。気まぐれの親切心ってヤツさ」
余りにも、ご都合主義過ぎる。
元の世界ならば、何らかの詐欺ではないかと疑うレベルだ。
「俺、ほとんど無一文ですし、金目の物だって持ってないし……」
「だから、ボランティアっつったろ?強いて言うなら、感謝の心を、プライスレスで頼むわ」
「貴方が俺に対して親切することに、理由がないでしょう。無償で俺を助ける?意味がわからない!」
「あのなぁボウズ」
オッサンは小さく息を吐くと、口を開いた。
「世の中ってのは、端から見れば冷たくて、不親切で、理不尽で、厳しくて、おっかねえ物だと思うだろう?でもな、実際に触れてみれば、そんな事ねーのよ。なんつーか、それこそ、拍子抜けするほどに暖かくて、親切で、甘くて、優しい物なんだよ。メリットとかそんなの関係なしに、親切してくれる人は意外と大勢居るんもんだ。……ああくそ、うまく言えねーな。まあ、つまり、アレだ。なんつーか、貰えるもんは貰っとけって話だ」
オッサンは頭をガシガシと掻きながら、続けた。
「それともアレか?お前は人助けする事にいちいち理由が必要なタイプか?俺は違う。まあ、そういうこった」
なんだかよくわからない、良いこと言ったっぽい説教を受け、オッサンが着いてくることとなった。
話を戻そう。
俺たちは森の奥へと進んでいき、女神様を探し続けた。
何でもオッサンはAランク冒険者とかで、ここらでは凄腕冒険者として名を轟かせているベテランらしい。
そういう熟練者の勘と言うやつだろうか。
オッサンの進むがままに着いていくと、女神様は、程なくして見つかった。
死体として。
・
女神様の死体は、魔物によって無残に食い散らかされた後だった。
損壊の具合が余りにも酷く、原型は留めてはいなかった。
最初に見たときは、これが彼女だとは気づかなかった。
ただ、死体が着用していた衣服が、彼女の物だと気づいた瞬間、俺は吐いた。
地面に吐瀉物をぶちまけた次は、全身から血の気が引くような感覚に襲われた。
俺はまるで貧血で倒れるように、目の前が真っ暗になって……そして、気を失った。
・
窓から差し込む朝日で、俺は目を覚ました。
「……こ、ここは?」
気がつくと俺は知らない部屋でベッドに寝かされていた。
額には濡れたタオルが乗っている。
どうやら、誰かが看病してくれていたらしい。
部屋の中を見る限り、どうやらここは宿屋のようだ。
なぜこんな場所にいるのか、などと疑問を抱く間もなく部屋のドアが開き、オッサンが顔を覗かせた。
「おう、起きたか。良かった良かった」
オッサンは笑顔を浮かべた。
無理矢理作ったような、ぎこちない笑みを。
もちろん、俺は笑い返す気力など無い。
あんなものを見てしまった後では……。
そんな俺の心境を察してか、オッサンは真顔になり、気まずそうに口を開いた。
「あの嬢ちゃんの事は……残念だったな」
嬢ちゃんの事。
女神様の事。
死んでしまった、彼女の事。
俺は再び吐き気を催した。
「おい、大丈夫か?」
吐きそうになる俺の背中を、オッサンがさする。
幸いにも、胃袋の中身が空っぽだったので、吐くことは無かった。
「……落ち着いたか?」
しばらくして、俺は何とか平静を取り戻した。
きっと俺は今、幽霊みたいな顔をしている事だろう。
「……俺が悪いんです」
「あん?」
「俺が……彼女と口論になったから、あんなことになったんです」
もし喧嘩などしなければ。
もし彼女の意見を真面目に聞いていれば。
もし躍起になって反論などしなければ。
こんな事にはならなかったのではないだろうか。
きっと、ならなかったのだろう。
だから、俺の所為だ。
「……いや、そんな事はねえだろ。嬢ちゃんが死んだのは、不幸な事故だ。冒険者にはよくある話さ」
「しかし、僕が原因であることは事実です」
俺があの時、喧嘩をしたから。
いや、違う。
それ以前の話だ。
俺がチート小説を書いていたから。
俺が個性を持った小説を書かなかったから。
俺があんなくだらない小説を書いていたから。
だから、女神様は死んだんだ。
「……じゃあ、なんだ。責任とって頭でも剃るか?」
「ハッ、それも良いかもしれませんね。まあ俺の場合は、頭を剃るのではなく、別の事ですけど」
「……?」
頭を剃るくらいで、俺の罪は償えない。
いや、きっと何をしても償えないだろう。
例えどんなことをしようとも、人を死なせてしまったことに許しなど得られるはずがない。
これから先、ずっと、一生、死ぬまで。
俺は罪を背負い続けなくてはならないのだ。
だから、俺は一生を掛けて、戒めを施さなくてはならない。
「俺はもう、チート小説なんか書かない」
我ながらショボイ戒めだと思う。
だが、これでいい。
これが今の俺にできる、出来る限りの償いだと思うから。
「そうか……」
オッサンは俯きながら、小さく頷いた。
「そうだ、腹が減ってるだろ?スープでも飲みな」
何故か、その声は震えていた。
差し出してきたのは、うつわ一杯に注がれた黄色いスープだ。
食欲はあまり無いが、確かに、腹が減ってる。
俺はありがたく、スープを受け取った。
「いただきます」
俺はスープを一気に飲み干した。
「……これから先、俺は命の重みを背負っていかなくちゃならない。だから、チートだとかハーレムだとか、そんな浮ついた軽い話は書いてちゃダメなんだ。だから、これからは……」
「ああまて」と、オッサンは被せるように言った。「お前、チート小説書かないっつったよな?言質は取ったぞ?」
「え?」
「スープの器、見てみろよ」
視線を下に落とせば、器の底には、ある文字が書かれていた。
『ドッキリ大成功』
「……は?」
「はーい、ここでネタばらしー!」
部屋の外から大声が聞こえた。
次の瞬間、扉が開き、女神様が看板を掲げながら入室してくる。
『ドッキリ大成功』
看板にはそう書かれていた。
「……はあ?」
「ドッキリ大成功!」
女神様が大声でそう言った。
「あの死体は私が魔法で作ったイリュージョン!そこのオッサンは昨日私がこっそり雇った仕掛人!全ては田中さんを精神的に追い詰め、田中さんのチート小説至上主義を終わらせるためのお芝居なんですよ!完結お疲れさまでした!」
「……はあああああああああああ!?」
俺の叫び声は、それはもう大きく響いたという。
俺はこのやり場の無い怒りをぶつけるべく、小説家になろうのページを開いた。このクソッタレ女神め、貴様なんかこうだ!
※
「主人公パンチ!」
「グワー!」
俺は突然現れたオッサンをタコ殴りにした後、何事も無かったかのように森へと向かった。
森の中でゴブリンに襲われたりしたが、簡単に撃退できた。
フッ、楽勝だね。
「ミーンミンミンミン……」
おや?
森の奥からセミの鳴き声が聞こえて来た。
心なしか、女神様の声に似ているような気がするから、行ってみよう。
「ミーンミンミン。樹液ペロペロー樹液ペロペロー」
森の最深部に着くと、女神様が木の幹に張り付いて、ペロペロしていた。
いったい、何が起きているんだ……。
「ペロペローペロペロー……あ、山田さん!」
女神様は俺に気付くと、近くにあった木のツルを使ってターザンした。
振り子の要領でツルからツルへと飛び移り、高く飛び上がってから空中で宙返りを4回転キメると、
「バルタンキーック!」
と叫びながら飛び蹴りを繰り出してきた。
だが、俺もチート能力者。この程度の攻撃を見切る事は、造作も無い話だ。
こうして俺は見事に、顔面で女神様の攻撃を受け止めた。
フッ、イケメンフェイスが台無しだよ。
「まったく、何してるんですか女神様?」
「見て分かりませんか?バルタンごっこですよ」
「そうですか。取り敢えず、一緒に町へ帰りましょう」
「はい、山田さん」
こうして、無事に女神様と仲直りできたのだった。
……え?
この物語のオチ?
このままじゃ、中途半端な終わり方だって?
じゃあ、チート主人公特有のご都合主義の出番だね。
「うおおおおお!必殺!『超絶真空相転移天地爆滅波動次元ウルトラギャラクシースーパーハイパーエクスキューショナー主人公パンチ』!魔王は死ぬ!」
こうして魔王は死んだ。
※
最低最悪のドッキリ事件から数日。
俺はチート小説を書くことをやめて、コメディー小説を書くことにした。
相変わらずポイントは全然入らないが、ネタやギャグを考えるのは、なかなかに楽しいものだった。
今日も今日とて、執筆を進めている最中だ。
そんな時である。
「た、大変ですよ田中さん!ゼー、ハー、ま、魔王が……!」
女神様が慌ただしげに部屋に駆け込んできた。かなり急いでいたらしく、息も絶え絶えだった。
それはさておき、女神様から魔王というフレーズが聞こえてきたのが気になる。そう言えば、俺は魔王を倒さなければならないのだ。忘れていた。
「魔王がどうしたんですか女神様」
「とにかく、この新聞読んでください!」
女神様が押し付けてきたのは、異世界の新聞だった。
読んでみると、どうやら魔王は散歩の途中、偶然落ちていたバナナの皮で滑って転んで、偶然そこに封印されていた魚型古代聖剣カジキカリバーに心臓を貫かれて死んだらしい。
「……って、おい!?」
こうして世界は平和になったのだった。
おしまい。
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