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プレゼントサイキック。少年よ、パンツを掴め!!
【プロローグ】
今日一日の授業がすべて終わり帰宅部の生徒たちが下駄箱の並んだ玄関から見える正門を目指して真っ直ぐに歩いて行く。
その横で運動部の生徒たちが青春を費やして取り込む各競技に爽やかな汗を流していた。
県立蓬松高校の、放課後の景色である。
「なあ、龍~」
二人並んで歩く男子生徒。
背の高い生徒が隣を歩く背の低い生徒に話しかけた。
声を掛けられた生徒は視線を少し上に向けながら声を返す。
「なんだよ、卓巳」
背が低いと述べても百七十五センチはある。
背の高い生徒のほうが、大き過ぎるのだ。
おそらく身長百九十センチはあるだろう。
「なぁ、暇ならカラオケでも行かないか?」
「えぇ、またかよ」
嫌そうな顔で言葉を返す生徒の肩に、長身の生徒が馴れ馴れしく片腕を回す。
「いいじゃあねえかよ、行こうぜ」
「どうせお前の歌の練習だろ。一人で行けよ」
「つれねこと言うなよなぁ」
長身の生徒は、身長こそ高いが細身である。
髪型は坊主頭に近いが金髪に染められており、ブレザーの制服もだらしなく着こなしていた。
若干だがチャライ。
彼の夢は、ミュージシャンになることらしい。彼の顔顔は整っているほうだがメロディーは整っていない。
「おごりだったらいいよ。だって俺、今月の小遣い、あと千五百円しか残ってないんだもん」
今月が始まって今日は十日目である。
月の小遣いは五千円だが、貰って直ぐに無駄使いを有効的にしてしまったのだ。
暫くは糊口をしのがなくてはならない。
「おごる金が俺にあると思うか、龍~」
「じゃあ、独りで行けよ。俺は一昨日買いまくった本を家でゆっくり読んでいるからさ」
実のところ、欲しかった本は買いきれてない。
「あぁ……」
今度は長身の生徒が嫌な顔を浮かべる。
「またオカルト雑誌か?」
「何か文句あるか。俺が世界の不思議に興味を抱いて何が悪い」
「そんなことだから女にモテないんだよ。龍~はよ」
龍と呼ばれる少年には彼女がいない。
今年で高校二年生になる。歳は十七だが、一度も彼女ができたことがない。
顔は悪くはない。だが、平凡な顔をしている。
成績も悪くはない。だが、優秀な科目もない。
スタイルも悪くはない。だが、オシャレでもない。
運動神経も悪くない。だが、体育の授業でも目立ったことはない。
性格も控えめなところがあって自分から前へ前へと出て行く積極性は少ない。
まさに、平凡な高校生である。
そのうえ異性の前だとやたらと緊張してしまって、会話が思うように繋がらない。
だから女子にもモテない。
名前は、政所 龍一。
親しい友達には『龍~』と呼ばれている。語尾を延ばすのだ。
龍一の一の字を、語尾を延ばす意味合いで使っている。
彼はファミリーネームで呼ばれることを嫌っていた。
小さなころから『まんどころ』と言う名前の響きのせいで、随分と揶揄されたことがあったからだ。
隣を歩く長身の生徒の名前は、小笠原 卓巳。
龍一とは高校に入学してから知り合った友達であるが、今では一番の親友と呼べる仲であった。
一年ニ年と二人は同じクラスである。
彼には彼女がいるが、最近は不仲らしい。
二人は何気ない日常の会話をダラダラと交わしながら駅前を目指して歩いていた。
田舎でも都会でもない町並み。大通りには車が犇めきあいながらに走り、背高い近代ビルがちらほら建ち並んでいる。
しかし、ビルの脇にある小道に入って行けば、百メートルも進まないうちに住宅街に景色が変わる。
凶悪な犯罪も少ない平和な町であった。
卓巳の自宅は、電車に乗って三駅越えた先にある。
龍一の家は、駅を越えた裏側の更に二十分ぐらい歩いたところにある。
まだ二十年ものローンが残っているが、父親自慢の一戸建てであった。
両親と姉での四人暮らしだ。
「じゃあな、龍~。また明日」
「またな」
二人は駅前で別れた。
卓巳は駅の改札口を目指して行くが、龍一は家の方角ではなく、駅前にある本屋へと足を向ける。
今月の小遣いで買えなかったオカルト本を立ち読みするためであった。
龍一が本屋の前に到着すると、不思議そうな顔で足を止めた。
五階建ての雑貨ビル。
一階二階は、すべて本屋だが三階テナントには喫茶店と美容院が入っている。
四階五階は会社事務所が幾つか入っている。
本屋の店名は『三日月堂』。
このビルの私有者は、この三日月堂の店長の父親である。
いつも龍一は、この本屋で本を買う。
ここで手に入らない本は、顔見知りで仲の良い店長にお願いすると、取り寄せてくれる。
しかも、本が届くと携帯電話にメールで報せてくれるし、お金がない時は来月の小遣いまで待ってもくれる。
だから龍一はインターネットで本を買ったことがない。
それどころかここ数年は、この本や以外で本を買ったことがないぐらいだ。
この通いなれた本屋ビルの前で、龍一が足を止めた理由は、本屋の入り口から離れた端に、小さな机に行灯と水晶玉を乗せて、椅子に腰掛けた老婆の姿があったからだ。
小さな机の前には、A4サイズの紙で『占い、五千円』と書かれていた。
「占い師か……」
とても気になる老婆であった。
矮躯の背を丸めて、ただじっと椅子に腰掛けている。
その顔は皺だらけで頭も白髪であった。
老婆の前を幾人もの歩行者が過ぎていくが、誰もが老婆に視線すら向けず無関心だった。
龍一の足は、自然と老婆のほうに進んで行った。
「占いですか?」
老婆に声をかける龍一。
声をかけてから自分でも驚いた。
どちらかといえば人見知りで内気な自分が、進んで見ず知らずの人に声をかけるとは――。
上から見下ろすような龍一を、老婆がゆっくりとした動きで見上げた。
細い目から僅かに黒目が見える。
「お客様じゃあないよねぇ」
老婆が言った。
龍一は、思わず「うん」と一言返す。
客ではない。
千五百円しか持っていない。
五千円は月の小遣いに匹敵する金額だ。
幾らオカルト好きでも占いなんかに一ヶ月分の小遣いは使えない。
では、何故、自分は、この老婆の前に立って、声までかけてしまったのだろう、と疑問に思った。
その疑問に自分で回答を出すよりも早く老婆が話を続ける。
老婆の声は、乾いているが穏やかで優しかった。
「じゃあ、欲しいのかい?」
「欲しい?」
「違うのかい?」
何かをくれるというのだろうか。龍一は僅かに首を傾げた。
「貴方は、超能力が欲しいのでしょう?」
「えっ?」
ハッとする龍一。
唐突な言葉だった。
超能力とは、やはりあの超能力のことだろう。
サイコキネシスとか、テレパシーとか、テレポーテーションとかだろう。
何故に占い師の老婆が、唐突にそのようなことを言い出したのか理解ができなかった。
だが、龍一の心にイカヅチが落ちたような衝撃が走る。
超能力とは、オカルト好きの龍一が欲してならない夢の力であった。
家の勉強机の上で、何度鉛筆を手で触れずに動かそうと念じたことか――。
授業中、隣の列の四つ前に座る女子生徒に、振り向いてくれとテレパシーを送ったことか――。
放課後、女子新体操部の更衣室を遠目に、分厚いコンクリート壁を透視しようと試みたかとか――。
だが、凡人の中の凡人である龍一には、そのような超能力が備わっていたわけでもなく、幾ら好きでオカルト本を読みあさったとしても、備わるわけでもなく、ただ悔しい涙を飲み続けてきた。
欲しい。
龍一は、年中欲しいと懇願していた。
それを――。
それを、この老婆が見破ったのである。
一瞬、龍一の脳裏に占い師とは恐ろしい心眼を会得しているのかと、脅威にも似た尊敬の念を抱いた。
「超能力、要らないの?」
「要ります……」
老婆の言葉に龍一は、ポロリと本音を返してしまう。
「じゃあ、あげてもいいわよ」
「えっ!?」
心臓が止まりそうなほどに仰天した。
だが、同時に警戒心も高まる。詐欺かと疑う。
「さしあげてもいいけど、どんな超能力が貴方に備わるか、私にもわからないわよ」
頭が混乱する龍一。
とても疑わしい話だが、超能力が欲しいのは子供のころからの夢である。
怪しいが、この場を離れられない。
「お金は、持っていませんよ……」
ついつい口に出た言葉であったが、老婆は皺だらけの顔を微笑まして「お金は要らないよ」と言った。
「じゃあ、何か他の物を要求するとか、何か条件でもあるのですか?」
「別に何も要求はしないわよ。しいて言うなら、『恋』かしらねぇ」
老婆は言いながら頬を赤らめ横を向く。
ちょっとキモイ。
「でも、条件はあるわよ」
視線を龍一に戻した老婆が言った。
やはり何かあるようだ。再び警戒を強める。
「私は誰かに超能力を上げられるけど、どんな能力が目覚めるかは指定できないの」
「選べない? サイコキネシスとかテレパシーとか、どんな能力が備わるかわからないと」
「難しいことはわかんないわ。でも、様々な個性的な能力が芽生えるわ。私の超能力は、他人の心にある未知の扉を開く能力なの。だから、さしあげると言うよりも、鍵を開けてあげるような感じかしら」
この人も超能力者なのかと龍一は驚いた。
「鍵を開ける……。人間のブラックボックスを開くように……」
呟くように言った龍一の言葉に老婆が反応する。
「そうそう、昔のことだけど、私が超能力をあげた人が、私の能力を『パンドラキー』とかと呼んでいたかしら」
パンドラキー。
パンドラの箱を開ける鍵を意味する能力なのだろう。
心のブラックボックスを開けて、超能力者として目覚めさせる能力。
この老婆は、今まで何人もの超能力者を生み出してきたというのだろうか。
「まだ、条件はあるわよ」
「ほかにも?」
この時点で龍一の警戒心は、好奇心に飲まれていた。
条件というのが、超能力を貰うための代償でなく、貰ったあとのことを話しているからであった。
棚から牡丹餅状態の話に、目が輝きはじめていた。
「超能力を得た人は、仲間内では異能者と呼び合うわ」
超能力者が他にも沢山いるような口調だった。
更に老婆は話し続ける。
「異能者になると、二つだけ性格が変わるのよ」
「性格が変貌するのですか……」
それは何だか嫌だと思う。
「一つ目は、異能者は、異能者同士でしか恋愛関係に発展できなくなるのよ」
「異能者は、異能者しか愛せない?」
「そうなのよ……」
そう言い老婆は俯き加減で溜め息を吐いた。
恋愛話ならば、龍一には関係がない。
恋人もいないし、今後できる気配もない。
十七歳にして諦めムードである。
龍一は、一つ目の性格変化を何気なく無視した。
「二つ目は何?」
「二つ目はね、新しい趣味のようなものにも目覚めちゃうのよ」
「新しい趣味ですか……」
何を言いたいのかわからない。
「そう、今まで好きでもなんでもなかったものが、急に大好きになっちゃうの」
「なるほど。本当に新しい趣味が芽生えてしまうのですね」
「そうそう、急に服のセンスが変わったり、味覚が変化したりするの。酷い人は、ウンコが大好きになったとか――、そんな例もあるわ」
「ちょっと待って下さい! ウンコが好きになるって問題でありでそょう!」
服のセンスが変わるぐらいは問題ないが、ウンコが好きになるは文化人としてダメダメだろうと声を荒立てた。
「聞いた話だと、ウンコの写真を撮りまくっているらしいわよ」
「しゃ、写真ですか……」
味覚が変わるのあとにウンコの話がでたので、食するのかと勘違いしていた龍一は、誤解があったのだとわかり僅かに安堵した。
「この二つの条件が飲めるのならば、貴方を異能者にしてあげるわよ」
「無料で?」
「ええ、タダでよ」
龍一は、親指と人差し指で自分の顎を摘まんで考えた。
超能力は、とても欲しい。
凄く欲しい。
子供のころから懇願してやまなかった夢だ。
しかし、ペナルティーが怖い。
どのような超能力を獲得できるかわからないのに、とんでもない変態的趣味が備わるのも考えものだ。
素晴らしい超能力を得られるならば、多少の変態趣味に目覚めても我慢できよう。
だが、なんの役にもたたないゴミのような能力を授かったうえに、ウンコを愛でるような趣味に目覚めたら、それこそ人生が終末を遂げてしまう。
実に悩ましい。
この天秤のバランスは、博打の要素が高い。
龍一は、喉を唸らせ悩みに悩んだが、やはり結論は一つだった。
それでも超能力が欲しい。
龍一の覚悟が決まる。
少年が老婆に向かって深々と頭を下げた。
「僕に、超能力を下さい。僕を異能者にしてください!」
礼儀を正した龍一に白髪の老婆が微笑む。
「後悔しないわね?」
「はい!」
頭を下げたまま大きく返事をした。
その頭に老婆が皺だらけの細い両腕を伸ばす。
軽く両手を頭に乗せた。
「じゃあ、貴方は今から私たちの仲間よ。今日から異能者よ」
龍一の頭の中で、何かカチッと音がした。
鼓膜から伝わって来た音でない。
心の中で鳴った音のようだった。
それと同時に、脳内が白く染まる。
視界も白く染まった。
すべてが純白に染まる。
まるで白紙のキャンバスのようだった。
そこに何かが現れた。
遠くから何かが飛んで来る。
クネクネと長い体を呻らせて飛んで来る。
蛇じゃない。
龍だ。
ドラゴンだ。
「これが、僕の超能力か……」
飛んで来る飛龍は、短い両腕に何かを抱えている。
よく見れば、ドラゴンの表情は歓喜にあふれていた。
目を凝らす少年。
その上空をドラゴンが渦を巻くように飛び回ると、抱えた何かをばら撒いた。
何かがフワフワと沢山落ちて来る。
「こ、これは!?」
白、黒、赤、ピンクに水色。
それは、色取り取りのパンツ。
乙女の羽衣。
すべて女性用の下着だった。
龍一は綿雪のように降り注いでくる女性用の下着の中、ヨン様もビックリなほどの笑みで、両腕を広げながら微笑んでいた。
「パ、パンツだぁ~~」
言葉の語尾にハートマークが咲いている。
こうして少年の新しい変態物語が始まった。
変態異能者物語のスタートである。
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