17/23
河童と居候
にとりは薄く雲がかかった空の下、霧雨魔理沙に『会わせたい奴がいる』と言われて命蓮寺の門の前に連れられて来ていた。
寺の周りは田畑に囲まれており、秋には稲穂の黄金色で彩られるのだが、田畑に何も生えていない真冬のこの時期にはひどく寒々しく感じられる。
「ねぇねぇ魔理沙、会わせたい奴ってどんな人?」
にとりが楷書で『命蓮寺』と書かれた札を見て少し入るのを尻込みしながら言った。にとりはどうもこういった堅苦しい雰囲気のする場所は苦手だ。毎日をのびのびとマイペースに生きている彼女にとって、こうした場所は全身を縛りつけられていても平気でいられるようなタフな人間の行くところだという認識なのだ。
「面白い奴だよ、面白い奴。とにかく、尻込みしてないで入ろうぜ」
魔理沙はにとりの手をとって、たのもー、と言って開けっぱなしの門をくぐって、中に足を踏み込んだ。にとりは泳ぎ慣れしていない子供が水に潜るときのように、思わず息を止めて中に入った。
◇◆◇◆◇
命蓮寺の広い境内には、本堂へと続く石畳の道以外には水面に見立てて敷かれた白砂と所々に置かれた石が山を表現しており、浮世離れした雰囲気を醸し出しているが、そこで生活する妖怪達のおかげで、アットホームな雰囲気の方がにとりには強く感じられた。石の上に座って人里の子供たちに怪談(という名の漫談)を語る唐傘お化けや、祖母と孫のように和気あいあいとお手玉遊びに興じる化け狸と黒いワンピースを着た少女が、にとりの持つ『お寺』のイメージをぶち破る、ほのぼのとした空間をつくっていた。
「へぇ……」
「な? 堅っ苦しさなんて微塵もなくて、どこぞのおんぼろ神社みたいに気の抜けた良いとこだろ? さ、行こうぜ」
軽く感嘆の声をあげたにとりの肩を魔理沙はぽん、と叩いて歯を見せて笑うと、再びにとりの手をとって歩き出す。魔理沙に手を引かれながら、にとりが辺りを見回していると、竹箒を片手に庭掃除をしていた幽谷響子と目が合った。
「あっ、おはようございます!」
「おー、おはよう山彦」
「お、おはよう……」
箒を動かす手を止めて響子が大声で挨拶してくると魔理沙軽く手を振りながら、対してにとりはぎこちなく挨拶を返す。にこにことこちらを見つめる響子を見て、にとりははっとして魔理沙の服の裾を引っ張る。
「ねぇ魔理沙……あの子ずっとこっちの方見てるけど、無視してお寺の中入っちゃっていいの?」
にとりが訊くと、魔理沙は少し驚いたような顔をして答えた。
「いいのいいの。別に何か盗みに来たとか、そういうやましいことしに来た訳じゃないんだからさ。どっしり構えていればいいんだぜ? な?」
「ひゃっ」
魔理沙は少し強めににとりの背中を叩くと、靴を脱いで本堂に上がる。にとりもつられて水色の長靴を脱いで魔理沙の後をついていった。
◆◇◆
そうして本堂に入っていく二人を、封獣ぬえは横目に見ていた。
「どうしたね、あの子らが気になるかね」
彼女の親友、二ツ岩マミゾウが掛けている丸眼鏡をくい、と上げながら訊く。
「まーねー。正しくは水色のちびっこいのだけど」
ぬえはかぶりを振って答える。
「あの河童か」
「ああ、あいつ河童か。……ねえマミゾウ」
少し声色を落としてぬえがマミゾウの耳元でささやく。
「何かね」
「河童ならさ、やっぱ頭のてっぺんハゲてるのかな?」
ぬえは笑いを押し殺しながら訊く。さあなあ、とマミゾウは肩をすくめる。
「ほお……。なら直接確かめてくるよ!」
最近退屈だしね、とぬえは悪戯っぽく笑う。少し前までは新入りの響子をいじって遊んでいたのだが、最近は響子を気に入って可愛がる連中に錨を投げつけられたり、オヤジ顔の入道雲にげんこつを喰らったりと響子いじりを阻止されて、ぬえは鬱憤が溜まっていたのだ。
「儂は別に構わんが、その子を泣かしたりしたら……どうなるかわからんぞ」
マミゾウの警告にぬえはふふん、と鼻を鳴らして答える。
「マミゾウ、私のモットー忘れたの? 反省は?」
「しない」
「後悔は?」
「そのうちする」
「そういうこと! それと、私は絶対に相手を泣かせないように気をつけてイタズラしてるから大丈夫だって」
「そうかねぇ……ま、何にせよ死ぬんじゃないぞ~」
マミゾウは抜き足でにとりと魔理沙の後をつけるぬえを見送ると、自分にとばっちりが来ないようにしないとな、と出かけることにした。雲は厚さを増して太陽を隠し、空は一層暗さを増していた。
◆◇◆
にとりと魔理沙が本堂に上がると、癖っ毛の頭に藍色の頭巾を被った雲居一輪が正面に置かれた宝塔と槍を持った仏像を磨いていた。にとりは厳しい表情をした仏像に少し気圧された。
「おーい一輪、キャプテンいるか?」
「水蜜? 今は買い出しに出てるわよ。そろそろ戻ると思うけど、待つ?」
魔理沙の問いに、一輪は振り向いて答える。それを聞いた魔理沙は黙って笑った。肯定のサイン。
「そう……なら、お茶とか準備しないとね」
「助かるぜ」
一輪は近くのバケツに布巾を放り込むと、大きく伸びをする。
「そういえば、隣の子は初めて見る顔ね。魔理沙の友達?」
「あっ、河城にとり……です」
にとりは一瞬目を合わせてから、あわててぺこりと頭を下げる。一輪はにっこりと笑う。
「あの……すいません、トイレどこですか?」
おずおずと目を合わせないようにしてにとりが尋ねる。
「トイレ? 左の廊下をずーっと行って突き当たりにあるわ」
「どうも……」
にとりは一輪に軽く頭を下げると、そそくさと一輪が指さした方へ歩いていった。
◇◆◇◆◇
「あんな仏様に睨まれてちゃ息もつけないよ……」
長い廊下を歩きながらにとりは呟いた。いくら寺の雰囲気が平和で穏やかでも、仏様にあんないかつい顔で終始睨まれていたら落ち着いていられない、とにとりは思った。後は適当に廊下をゆっくり歩いて魔理沙が言っていたキャプテンという人が来るまで時間を潰せばいい。
廊下はこまめに掃除されているようで、埃ひとつ落ちていない。右側には裏庭が見える。小さな池が造られており、大きな蓮の葉が浮かんでいた。
(今だ!)
にとりが庭に目を向けている間に、得物の三叉の槍を片手に縁の下に隠れていたぬえは飛び出して一気に間合いを詰める。
「動くな。……いわゆるホールドアップ、ってやつかな?」
にとりの真後ろにぴったりとついたぬえは槍の柄の端にある石突をにとりの首筋に突きつけた。
◇◆◇◆◇
「一輪ただいま~。あー、そういえば今日は土曜だなー、無性にカレーが食べたいなー」
ゴブハットを被り、白と緑を基調としたセーラー服を着た村紗水蜜は肩に掛けた買い物袋を重そうに置くと、わざとらしくちらちらと一輪を見た。はいはい、と一輪は適当にあしらう。
「おっ、キャプテン! 待ちくたびれたぜ」
座布団に座ってお茶を飲んでいた魔理沙が手招きする。
「なんだよ魔理沙」
水蜜は魔理沙の隣にどっかとあぐらをかいて座って訊いた。
「私の連れに服を貸してくれ」
そんなことの為に……、と横で聞いていた一輪が呟く。
「どうせお前、マンガのキャラみたいに同じ服たくさん持ってんだろ?」
「ばっ、そんなわけないでしょ! って、こら一輪!」
水蜜があわてて否定すると、一輪は吹き出した。魔理沙は冗談半分で言ったのだが、どうやら図星だったらしい。
「……まあいいけど、何でいきなり」
「なあに、連れにお前の服着せて金髪に染めたら昔の知り合いに似るかなー、って思ってさ。あわよくば霊夢をそれで騙してからかうつもり」
魔理沙は悪戯っぽく笑う。水蜜はその笑みがうちの居候のそれにそっくりだと思った。
「ふーん、わかった。それで、その連れの子はどこよ」
「トイレ行ってて、まだ帰ってきてないぜ」
迷ってんじゃないか? と魔理沙はお茶を飲み干して言う。ほー、と水蜜は相づちを打って立ち上がる。
「どこいくんだ?」
魔理沙が訊く。
「馬鹿を止めに」
水蜜はにやりと笑った。
◇◆◇◆◇
「だ、誰?」
槍を突きつけられたにとりが恐る恐る訊く。
「誰だっていいだろそれくらい……おおっと、振り向くんじゃないよ」
ぬえは少し強めに槍の石突を押しつける。にとりは思わずぴん、と背筋を伸ばした。
「よし、いい子だ」
ぬえは左手で持った槍をにとりに突きつけたまま、空いている右手でゆっくりと彼女の帽子を取った。
(さて、帽子の下はどうなってるのかな~。かわいい顔して頭のてっぺんだけハゲ、とかだったら傑作なんだけど)
にとりよりも少し背の低いぬえは、背伸びして帽子の下の頭を見る。
(……ふつーじゃん。せめて寝癖隠してるとかないのかよ……ちぇっ)
ぬえはにとりの首筋から槍を離すと、つまらなさそうににとりの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「もういいよ。振り向いて」
ぬえは声色を元に戻して言う。にとりが恐る恐る振り向くと彼女よりも少し背が低く、黒いワンピースを着、刺さると痛そうな翼を背負った少女が立っていた。
にとりは複雑そうな顔をした。
「……お前、チビの私にびびってたのが馬鹿らしいと思ったろ」
ぬえは眉をひそめてじっとにとりを睨み付ける。
「そ、そんなことないよ!」
うろたえながらにとりはぬえから目を逸らして言う。ぬえは往生際の悪いにとりに少しむっとしてにとりに飛びかかった。
「わっ!」
「顔にすぐ出るくせに嘘ついてんじゃ──」
「はいそこまで」
その声と同時ににとりに組み付いていたぬえの体が宙を舞い、池に大きな音をたてて落ちた。
「やばっ、また変な噂が広まっちゃう……」
目の前で困った表情をしている底の抜けた柄杓を持ったセーラー服の少女を、にとりは呆然とした様子で見ていた。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。