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金髪ピンク
『じゃ、明日10時に駅改札口でね! エプロン忘れずに!』
もみじからのメッセージを確認して、スマートフォンをテーブルに置いた。
どこか、気が進まなかったけれど、退職まで有休消化中で、次の職場の出勤日まですることも特になかったから、私は高校の頃からの友人の、もみじの誘いに付き合うと事にした。
「りかーっ。おはよー」
改札口を抜けると、もみじの声と同時に私は彼女の姿を見つけた。
「おはよ。もみじ、なんか今日、意気込み感じるよ?」
ゆるふわに巻いた髪と、ぱっちりアイメイクにはまつ毛エクステがしっかりとつけられ、ピンクのグロスは艶やかに、化粧栄えしていた。
「そうかなぁ。これでも、控えめにしたつもりだよ? お料理教室だからさ、どーせ髪は束ねちゃうし、香水つけなかったし」
そう言いながら、ニコリと悪気のない笑みを見せるけれど、私には肩の部分が黒いレースになったニットを着たもみじに、色気がかもし出されている事に微かに苦笑いをしていた。
「りかは、相変わらず垢抜けない大学生な感じだね? 今度、私がトータルコーディネートしてあげようか?」
もみじを頭から足の先まで見回して、相変わらずの辛口な言葉をくれた。
「いいよ。私は地味で。ファッション雑誌に載っているような服って、どう考えても似合わなさそうだし」
スニーカーにデニムパンツ、ブラウスにカーディガン。休みの日の私は、必ず化粧はしない主義で、眉を軽く整え、グロスを塗る程度。髪は耳下で一つに束ね、メガネ。これが定番。
「決め付けないのぉ。もったいないよ。りか、顔可愛いんだから。すっぴんで街歩けるなんて、羨ましいのよ!」
バシンと背中を叩かれ、私は軽く前に身を飛び出した。
「もみじ、痛い」
「えー。おおげさー」
けらけらと、もみじは笑って言った。そうして歩きながらもみじの話しは止らず、目的のビルへとあっと言う間にたどり着いた。
「楽しみねー。イケメン男子料理教室だもん!」
ビルの入り口で立ち止まると、もみじの表情が明るく目がらんらんに輝いて見えた。
料理教室の参加者は全員が女性で、中には中年の主婦も参加していた。もみじとしては、イケメン男子は大前提の参加理由だが、その後の言葉が私の重い腰を少しだけ動かし、今に至った。
『私達もさ、来年で30になるんだし、花嫁修業しておかないと。とりえ一つでもないとさ、婚活勝ち抜けないわよ!』
恋人すら居ない私に、結婚なんてまだまだ遠い未来の話しだけど、実家暮らしをしている私にとって料理くらいはできないとと、変な焦りに駆り立てられたのだった。
「ねぇ。イケメンってさ、言ったもん勝ちなのかな? あれがイケメンなら、ショウ君は超イケメンだよね!」
ボールの中に入った卵を泡立てるもみじが、私の隣でこそこそと耳打ちしてそう言った。その声はとても暗く、ビルに入る前のらんらんとした目は、死んだ魚のように講師の先生を見ていた。
講師の先生は、爽やかそうな一見サーファー系の30代の青年で、生徒である女性達に、優しく丁寧に教えてくれていた。
「ショウ君は、アイドルでしょう? うーん。イケメンの基準が分からないけれど。それなら、女の人も同じじゃない? 美人○○とかあるけれど。美人の基準もさぁ……」
「そーねぇ。たしかに。“あれの、どこが美人?”ってあるもんね」
うんうんと、頷いて、もみじは手際よく卵をかき混ぜていた。
「まぁ、スペイン風オムレツとパエリアの作り方は教えてもらえるから、経験値アップにはなるわよね! 目の保養は期待はずれだったけれど」
もみじの言葉に、私は苦笑いしながらパプリカを切った。
料理教室を終えて、もみじが行きたがっていた、美味しいパンケーキのお店でお茶をする事になった。席に着くなり、もみじがさっきの料理教室での不満を愚痴っていた。
「あれは、イケメンじゃないわよー……。あーぁ。ショウ君が講師だったらなぁ」
「あはは。もみじ、それじゃぁ料理教室どころじゃないんじゃない?」
「そーね! 写メ取りまくって、キャーキャーしちゃうわ!」
両手を頬に沿え、にやけた顔をして空想しているもみじを見て、私は笑っていた。
「そーいえばさ、りか、いつから? 新しい職場」
「明後日から」
私は、カフェオレを一口飲んで答えた。真っ白いコーヒーカップには、ふわふわした泡が浮かんでいる。前の会社は残業が多く、身体がガタガタになってしまったのを機に転職をし、ありがたい事にすぐに職場が決まり、同じ経理職で再就職する事ができた。
「新しい職場で、素敵な出会いがあるかもね?」
もみじは上目遣いをして、私以上に期待に胸を膨らませているように見えた。
「またぁ。素敵な出会いがそんなにゴロゴロ転がっていたら、この年まで彼氏なしじゃないですよー」
意地悪く私が言い返すと、目を丸くしてもみじがぽかんとしたが、すぐにけらけらと笑った。
「あはは。りか、開き直ってるー」
「いいのよ。そのくらいでいたいの。出会いより、あんなオシャレなビルで仕事できるだけでも、気分浮かれてるんだから」
私はナイフでふわふわした厚い生地のパンケーキを切り、口の中へ入れた。メープルシロップの香りとふわふたした生地が溶ける様に口の中で、あっという間に消えては、ほんのりと甘さが残っていた。
「すごいよねー。あのビルに入ってるのって、けっこー有名な会社ばかりでしょー? インテリア関係からIT、外資系とかも入ってるから、外人とかも居るし。いいじゃん! 国際結婚もありえるかも!」
「だから、もみじ!」
ぷうっと、頬を膨らませ私はもみじを見た。
「ごめんごめん。でも、分からないわよ? いつ、どこで、どーなるかなんてさ」
もみじは、大人びた笑みを私に見せた。
何気ない会話の一部だったけれど、もみじの言ったその言葉が、私の胸の奥で小さく居つき、どこかで微かな期待をしている自分がいる事に、私は気が付いていた。
ガラスに映る自分の姿。きっと、もみじが見たら『就職活動?』って、言うんだろうなぁ。グレーの上下のスーツに白いブラウス。仕事だから、薄く化粧をしてコンタクトをしているけれど。私の顔立ちが幼いのだろうか。スーツに着られている気がするけれど、OL風に着こなせるファッションセンスなんてないから、仕方ない。
会社のビルの入り口で、自分の姿を再確認すると私は小さく息を吐いて気合を入れた。
有名な建築家が作ったビルは、内装からしてオシャレだった。30階建てのビルのエレベーターは4機設置されていて、私はボタンを押してどこのエレベーターが来るか、前と後ろのそれぞれの表示をきょろきょろと確認していた。
到着の音が鳴り、後ろを振り返り開いたエレベーターに乗り込んだ。会社のある20Fのボタンを押し、人の気配がなかった為“閉”のボタンを押そうとした時だった。
ジャラっと金属が擦れるような音と、篭るようなギターの音と同時に、痩せた男の人が入り込んできた。
『え? この人、このビルの人なの? どう見てもサラリーマンからはかけ離れてるけれど……』
男の人は、21Fのボタンを押すとエレベーターのガラス越しに背を持たれるように立っていた。チラリと私は男の人を盗み見るように、その姿を再確認した。
金髪の中に、一部だけピンクに染められた髪。サングラス。白いTシャツに革ジャン。黒いデニムパンツに、シンプルな黒のハイカットのブーツ。金属の音は、腰から下げたチェーンで、それがパンツの後ろに入れた長財布にかけられていた。イヤフォンからは、音漏れした激しいロックのような音楽が小さく聞こえていた。
『21Fに行くって事は、そこの会社のひとなのかな?』
気まずい空気の中、私は早く20Fに到達して欲しくて、上に表示されている電光掲示板の数字を見つめていた。
しばらく短編書いていましたが、久しぶりに連載を始めました。
以前のように、各週でのアップにはならないと思いますが、のんびり投稿していきますので、どうぞよろしくお願いいたします。m(__)m
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