挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
マリオンGPD 3127  作者:さからいようし

第二話 『戦女神の安息』

15/30

1

 お待たせして申し訳ありませんが、再開しました。今回は霧香の上司、ローマ・ロリンズのダブル主人公となります。
 設定伏線その他大幅に煮詰め、近く人物紹介と用語などもまとめる予定です。
 西暦3010年、ベガ星系に進出した東ヨーロッパユニオンの科学調査船が、人類史上初めて異星人と遭遇した。
 科学調査船に随伴していたソ連軍機動艦隊が異星人の船に発砲……撃破してしまう。
 権益確保のための防衛行動、と艦隊司令官は釈明したが、超光速航行技術によって急速に勢力を拡大していた人類は、暗黒時代に失った自信からようやく回復して、幾分傲慢な方向に傾いていたのかもしれない。蛮行に対する非難は驚くほど少なく、人類の未来……銀河系宇宙の覇権を握るには、他の知的種族との戦争も避けて通れぬ道、という世論が多勢を占めた。
 3011年、人類は異星人に対し宣戦を布告した。
 第一次恒星間戦争の幕開けであった。

 開戦当時、半径六十光年に広がった既知宇宙(ノウンユニバース)に一千億人の人類が生息していた。2894年には、フォーマルハウト第五惑星でヤンバーン族という産業革命黎明期のヒューマノイド種族と接触していた。
 ヤンバーン族は厳密には異星人ではなかった。明らかに人類と祖先を同じくする種族だった。その事実から、太古に、何らかの知的種族が、地球に介入していたと類推できた。いずれ真の異星人と対峙する日は近い。人類世界はその決定的瞬間に向け着々と準備を整えた……つもりであった。

 恒星間戦争の相手、クラクトア宗主族を筆頭とする銀河連合の活動領域は、直径三万光年に及んでいた。
 総人口は不明であった。
 宗主族の母惑星の位置さえ掴めなかった。その所在は現在も秘匿されている。
 かれらは200あまりの惑星文明をその支配下に置いていた。国力は想像を絶した。
 そうした対戦相手の恐るべき規模を把握した頃には、開戦後二〇年が経過していた。戦争は幕引きのきっかけも掴めず継続中であり、後悔するにしても完全に手遅れであった。
 国際連盟は――人類はこの時代に至っても世界政府を樹立していなかった――統制された異星人の攻撃にまったく対処できなかった。人類よりずっと優れた科学技術。強力な兵器。洗練された超空間航行システム……そして多様性。人類と対峙する種族が一種類ではないと判明したとき、敗北はほぼ予見しえた。
 西暦3110年、99年にわたる戦争ののち――と言っても戦争と呼べたのは最初の十年間だけで、その後の趨勢はワンサイドゲームであり、真綿で首を絞められる苦難にひたすら耐えながら文字通り死にものぐるいで外交ルートを探り、なるべく有利な講和条件を引き出そうと奔走しただけなのだが――人類は降伏した。無条件降伏だ。
 人口は六百五十億人に激減していた。
 遅まきながらその頃には人類も、この銀河系がクラクトア種族を始めとする、五つの強大な宇宙宗主国に支配されていることを知らされていた。他の宗主国の呼びかけにより調停が行われ、地球人類はその支配下となることを承諾。銀河連合の末席に名を連ねることとなった。
 そして辛くも、太陽系破壊と全人類玉砕の危機を免れた。


 恒星間大戦が人類の降伏によって終わったその年、霧香=マリオン・ホワイトラブは辺境の惑星ノイタニスに生まれた。
 15歳の誕生日を迎え成人になった霧香はその日のうちに惑星首都アルトブランカの国連事務所に赴き、国連公務員採用願書を提出した。希望職種は創設されたばかりのGPD……人類世界の新たなる守護府、という触れ込みの組織であった。
 3126年末、霧香は難関を切り抜けて総合成績三位で任官を果たし、かくしてGPD保安官、霧香=マリオン・ホワイトラブ少尉が誕生した。


              1


 汗ばんだローマ・ロリンズ少佐の素肌が初秋の日差しに照らされ、煌めいている。
 軽量ポリマー素材のショルダーアーマーとヘッドピース、そしてごく簡素なグレーのショーツとタンクトップという出で立ちである。体の線はほぼ露わだ。。
 楕円形の闘技場の中央、白線にまるく縁取られたコートを囲んで、十名ほどの男女が模擬戦を見守っていた。
 ローマと対峙しているのはやはり裸に近い大柄の男だ。ただし解剖学的に危険に見舞われる可能性が高いため、股間にもパッドを装着していた。
 やや息が荒い。
 ふたりとも剣の代わりにライアットスティックを両手で構えている。大気中の水分を吸収することで、30㎝ほどから1メートル以上まで、自在にサイズと重さを変えられる、警棒の一種だ。電流によって相手を麻痺させるスタン機能を備え、スティックの中で分離した水素を利用して簡易炸裂弾としても使える。近接武器としてはなかなか使い勝手がよい。今はふたりとも竹刀の変わりとして使用していた。
ローマの突きをかわすのに相手はだいぶ消耗している。ふたりとも、大柄なアスリートにありがちな、驚くほど俊敏な動きだった。繰り出される打撃も素早く重い。空を切る勢いからしてふたりともスティックを余程重く設定しているのだろう。よくあんなに素早く振り回せるものだ。カンフーだかアイキドーだか、獲物の重心を完璧に把握しているので、ほとんど腕力も使わずくるくる回したり振り回したりできるのだろう。同じ要領で次々と叩き込まれる打撃を軽く受け流していた。
 反撃となると、少佐の突きにはまったく貯めがない。静止状態から前触れなくいきなり突き出してくるので、攻撃を予測するのは困難だった。少佐のワンインチパンチは霧香も身を持って体験しているが、あの魔法のような一撃と同じ要領だった。いちど少佐がスティックを奮いはじめると相手は躱すだけで精一杯だった。それが一段落するごとに体力を消耗していた。霧香は感心した。
 「少佐殿素敵……」
 霧香の隣で同僚のフェイト・ハスラー少尉が呟いた。霧香はハッとした。少佐の一挙一投足に集中しすぎていたようだ。フェイトはほんのり頬を赤らめている。彼女と霧香の世代にとってローマ・ロリンズは特別の存在だ。アカデミー時代にスーパーウーマンが実在することを嫌と言うほど「体感」させられたのだ。
 確かにセクシーだわ……霧香自身、同性だというのに見惚れずにはいられない。
 ……いや、ローマ少佐殿は性を超越しているのだ。
 身長は六フィート五インチ。広い肩幅、広い背中。すらりと長い手足。
 くまなく日焼けした素肌……筋肉がしなやかに躍動するたびに飛び散る汗。腹筋は程良く割れ、滑らかな素肌に魅惑的な起伏を与えている。
 普通の大女……たとえばゼロGや低重力出身であれば、身長六フィート以上となると頭が小さすぎたりどこかしらアンバランスになりがちだ。ロリンズ少佐はすべてがバランス良く1.2倍ほど拡大されているとしか言いようがない。だからといってサイボーグ美容整形したもと男性というわけではない……どこがどうと指摘するのは難しいが、とにかく正真正銘の女性だ。実在する美と性愛の女神……そして戦女神であった。
 そのエロティックな裸身を目の当たりにしたら、ナルシストのマッチョマンでさえ女体崇拝に宗旨替えさせてしまいそうだ。
 大柄で恐らく体重も二百ポンドはある女性である。彼女を抱く栄誉を勝ち取る男性はひどく限られるだろう。並の男なら、感情というものが宿ったためしのない蒼灰色の鋭い双眸に一瞥されただけで萎縮してしまうところだ。すべての女の子が夢見るであろうスーパー女性、そして霧香たち新米GPD隊員にとっては、物理的にも精神的にも越えることなどできない巨大な壁だった。
 相手のバート大尉も大柄で、格闘戦のエキスパートだ。ロリンズ少佐相手にかれこれ五分以上戦っている……霧香が知るかぎり、新米相手であれば一分以上時間をかけたことはない。動きの激しさからしてどちらかが加減している素振りもない。だがロリンズ少佐のチェスゲームのような動きは、相手にプレッシャーを与え続けていた。彼女は攻守がはっきりしており、相手の攻撃をしばらくかわし続けると、一転して猛攻に転ずる、というのを繰り返していた。どうやってかイニシアチブは常に彼女が握っていた。相手は否応なく守備に回らざるをえなくなり、ペースを崩され、そのたびにじりじりと気力を殺がれてゆく。ロリンズ少佐が肩で息をするほど消耗したためしはなく、表情も能面のように変化しない。それがまた相手の戦意を殺ぐのだ。候補生相手では汗ばむことさえ滅多にないが、いまは全身を汗が流れ落ちていた。
 「ま、参った!」
 最後の攻撃を受けてがくりと膝を崩し、男は降参した。
 ローマは半歩退くと、肩の力を抜いた。
 「バート大尉、大振りで打ち込みすぎよ。それじゃすぐくたびれる」ローマの差し出した手を借りて男が立ち上がった。笑っていた。
 「少佐が相手だと遠慮しなくて済むから楽しくてね。つい夢中になっちまいます」
 ふたりは一礼してコートを離れた。
堂々とした足取りで歩いている。目立った疲労は見られない。
 ローマ・ロリンズ少佐はいちばん年下の隊員からタオルを受け取ると、「先に上がります」と言い残して去っていった。


 ローマは素裸でプールに飛び込み、一〇〇メートルクロールを二セット、平泳ぎから背泳ぎに切り替え二セットずつこなした。屋内プールには他に人の姿はなく、貸し切り状態であった。利用者が少ないため照明は落とされている。ローマは大きなストロークで、水面下の蛍光塗料によって緑色に煌めく水面を分けて進んだ。
 スタート台に戻るとマルコ・ランガダム大佐が縁に立っていた。ローマはもう二セットクロールをこなしてプールから上がり、辛抱強く待っているランガダムの前に立った。
 「力が有り余っとるな。バート大尉がシャワールームで呻いておったぞ」バスタオルを渡しながら言った。
 「暇が有り余ってるのよ……なに?覗き?」
 「おまえさんの裸体がまだ眼の保養になるのか確かめてるのだ」
 「冗談は相変わらずだこと」ローマは素っ気なく応じたが、スタート台に片足をかけ、上体を屈めてタオルで足を拭いた。まろやかに張り詰めた双尻が突き出し、すらりと長い太腿から足首までの曲線がひとつのオブジェになった。きめ細かい素肌に滴る水滴が音もなく伝い落ちて、この作品の見所はこれら豊かな三次曲面なのであると講釈しているようだった。乳房はみずみずしい果汁をいっぱいに含んで熟した果実のように、重く下向きに実っている。
 彼女がこれ見よがしに見せつけているのは承知していたが、20年以上穏やかな夫婦生活を営んでいるランガダムでさえ、思わずこわばった喉をほぐすように咳払いしていた。8年前と変わらず、ローマ・ロリンズは性的アピールのヴォルテージを自在にコントロールできるのだと認めざるをえなかった。
 「それでなんの用?」
 「わしに腹を立てているのか?」
 「いいえ」
 「小耳に挟んだんだが、きみがつい最近グラッドストーンの動向をそれとなく尋ね回っていると」
 「それで、わたしがまだおとなしくしているか確かめに来た?」
 「そんなところだ」
 「それでは確認できて何より。忙しいのだから仕事に戻ったほうがいいんじゃないですか、大佐殿?」
 「余計なお世話だ……それに今日はそれほど忙しくないのでな。昼飯を食いに来たついでだ」
 ローマはバスタオルを肩にかけると、「それでは」と言って上司に背を向け、大股で歩き出した。
 歩きながら「ウソも下手」と小さく呟いた。


 フェイト・ハスラーと並んで中庭のトラックを何周か走り込んで気持ちよく汗をかいた霧香は、さっぱりしたチュニックに身を包んで屋上展望台のカフェテリアに上がり、ジュースを飲みながら近況を交換した。フェイトとは候補生学校の同級生だが、おたがい仕事に就いてからはすれ違いばかりで滅多に会えない。最近やらかしたささやかなドジを披露して笑い、共通の友人であるクララの自宅に住み着いた猫の画像を見せてもらい、フェイトの新しい彼氏について当たり障りのない意見を述べた(思った通り口にすると必ず腹を立てる)。
 そしてロリンズ少佐についてあれこれ話し合った。
 「とうとう突きとめたよ!少佐殿の自宅」フェイトは得意満々に言った。
 候補生時代、彼女は、ローマ・ロリンズ教官はサイボーグに違いないと主張し続けた。その疑惑はやがて晴れ、彼女の自尊心を粉々に打ち砕いた。格闘戦闘のエキスパートとしてかなり自信満々だったのだが、彼女は結局ロリンズ教官を一度も倒すことが出来なかったのだ。そんなことができた人間などただのひとりもいないという事実も慰めにはならなかった。
 「ウソ、どこ?」霧香は興味津々で答を待った。
 「ヘイペンシャル峠の麓の……」
 「なんだ」霧香はストローの端を咥え込んだままつまらなそうにふんぞり返った。
 「なによぅ、今度はたしかよ」
 「あんた担がれてるのよ……わたしも同じ偽情報を信じ込んで先月行ってみた」口の動きに合わせてストローが上下した。
 「そしたら?」
 「ポーターとバッタリ出くわした。あの子も同じヒントを辿ってたのよ……」
 「ああもう!」フェイトは短く刈り込んだ金髪を掻きむしった。地球のトルコ出身であるフェイトはもともとすてきな濡れたような黒髪の持ち主だったが、最近金髪に染めてしまった。明らかにロリンズ少佐の真似だが、本人は認めないだろう。「やっぱりからかわれてるのか!」
 ほんとうに、確信犯的にからかわれているらしい。霧香は溜息をついた。
 ローマ・ロリンズ少佐は伝説的存在だ。
 3120年、設立一〇年目のGPDはいまだよちよち歩きの段階だった。GPDの仕事……つまり人類領域全域で発生する宇宙犯罪の取り締まり、あまりにも広大なその犯罪警戒領域を示され、保安官たちは途方に暮れていた。
 犯罪異星人を検挙せよ。……でもどうやって?だれかやりかた知ってます?
 そんな調子だった。地球人にGPD設立を要請した銀河連合もそのノウハウまでは教えてくれなかった。伝授する気がないのか、こちらが適切な質問をしていないだけなのか、そんなことさえ見当が付かない有様だった。
 無理もない。異星人相手に99年間も戦争していたとは言え、本物の異星人を間近に見た人間なんてほんのわずかしかいなかった。それどころか、戦闘地域から遠かった地球圏に至っては、半数の市民が異星人の存在など本気で信じてはいなかったのだ。敗戦が決定したその日までは。
 終戦調印式。地球のそばにワープアウトした全長50キロメートルの巨大な卵形シップが、無人の北米大陸テキサス州に着陸した。あまりにも巨大なので、着陸しても船首を成層圏から突き出したままだ。その極めて印象的な画像はすべての人類が見たことだろう。そして人類に幼年期の終わり、という明確な事実を突きつけたのだ。「全地球的下痢状態」とはザ・サン紙の見出しだが、いささか品がないとは言え、その日の人類の様子を的確に言い表していた。
 元軍人であるローマ・ロリンズが復員後に選んだ職場が、そうした黎明期のGPDだった。
 彼女は異星人との戦い方を隊員に伝授した。そして宇宙を股にかける悪党たちを徹底的に叩きのめす方法も。
 それまで我が物顔で暴れ回っていた「宇宙海賊」と称する星間重犯罪者たちが慌てふためいた。とくに地球圏の犯罪利益を一手に握っていた連中はローマ・ロリンズに直接叩かれ、彼女を眼の敵にした。暗殺の試みがなされ、それが失敗に終わるとこんどは政治的に潰そうとした。
 だがローマ・ロリンズはそれも生き延びた。戦後の混乱によって急速に治安が悪化していた地球、タウ・ケティ、バーナード星の犯罪率が劇的に減少した、その立役者である。だれも表だって英雄を排斥することはできなかった。GPDの権限を一挙に拡大させたのも彼女の功績だ。噂……あくまで噂に過ぎないが、ローマ・ロリンズ少佐には大勢の高級軍人や有力者の後ろ盾があり、マフィアも簡単には手出しできないのだ。
 だが極めて武断的なロリンズ少佐のやり方は、やはり方々の反発を招いてしまった。五年間にわたる活躍にいったん終止符が打たれ、彼女は教官職に配置転換された。配置転換の真相についてもいろいろな噂が飛び交っていた。ひとつは毎年増額されるローマ・ロリンズの懸賞金にランガダム大佐が懸念を抱いたせいだ……。
 本当かどうか霧香には分からない。だがおかげで霧香たちは素晴らしい教官を得たのだった。
 誰かが霧香を呼んだ。霧香は安楽椅子から素早く体を起こし、ストローをグラスに差し戻して立ち上がった。
 「ハイ、わたしです」
 あり得ない薄紫の髪の毛の女性が現れた。施設のAIホログラム用務員だ。
 「少尉、ロリンズ少佐がお呼びです」
 霧香とフェイトは顔を見合わせた。
 「たいへんだ」
 「ちょっと……どういう風の吹き回しなの?なんであんた?」
 「さあね」霧香はいそいそと身だしなみを整えてテーブルの小物入れをひったくった。
 「抜け駆けはずるいんだぞ!」
 同僚の文句に笑みで答えながら、霧香は案内のほうに急いだ。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ