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不機嫌な真珠 作者:萌木まれ

第1章

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春の花が盛りという頃。


フィラディルが陳情された案件のために出かけている。
そんな日のこと。

そんな日には、メルリーノとクリスティの2人きりのお喋りが行われる。


今日もそんな時間。

「お姉様、どれも美味しい!」
「ありがとう」
「これはチョコ?」
「そうよ、こっちはチーズ」

スポンジはチョコ、チーズとベーシック。
トッピングはフルーツ、色とりどりのチョコ、クッキーなどなど。
甘いケーキは乙女の夢なのだ。

夢がのっているお皿が2人の間に置かれている。
もちろん、メルリーノ特製。  

「こんなに美味しいデザートを食べられるなんて、幸せ」
「うふふ」
「ねぇねぇ、お姉様?」
「なに?」
「レイナ様のこと、本当に知らないの?」
「そうなのよ。未だにフィルは話してくれないし…。どういう方かしら?」

クリスティは紅茶を一口飲んで答える。

「あのね、レイナ様はね、ルリの姫君なのよ」
「ルリの?」
「そうなの。それで、お兄様の初恋の人」
「まぁ!」
「そうそう、お兄様がお姉様と出会う前にね、お兄様のためにね舞踏会が頻繁に行われたんだけど、大変だったの」
「大変?」
「お妃候補の方々が全員髪を金髪に染めてくるから、お兄様怒っちゃって…」
「金髪に?」
「そう、レイナ様が金髪だったから、お兄様が金髪の方じゃないと好きにならないって噂になっちゃって。それで、お兄様ったら、噂を信じて髪を染める馬鹿とは結婚できない、って怒ったの」
「フィルが?」
「うん。でね結局、優しいお姉さんのところに通ってばかりになっちゃって。それでロイが心配してたのよ」
「優しいお姉さん?」
「えーと、私も会ったことがないんだけど、そういう事を仕事にしているお姉さんのこと」

メルリーノは言葉に詰まる。

「あ、そういう方々ね?」
「そう、そういう方々。でもね頻繁って訳じゃなかったのよ?」
「クリスは詳しいわ…」
「聞こえてくるの。宮殿って」
「そうなんだ…」
「でね、とにかく、お兄様は噂を信じて髪を染めるお妃候補に怒ったの」

と、メルリーノの髪も金髪なことに気づく。

「あ、そういえばお姉様も金髪よね?」
「そうね…」
「じゃ、やっぱり、お兄様は金髪の女性しか好きにならないのかも?」
「う~ん、どうかしら?」

ノドが乾いたクリスティは紅茶を飲んだ。

「そうよね、きっと違うわ、お姉様」
「そう?」
「うん、だってアレンギ王の血が2人を捜し当てたんだと思うの」

とクリスティは歴史のロマンに想いを馳せる。

「とにかく、レイナ様は金髪で瑠璃色の瞳の持ち主で、ルリの宝石と呼ばれた方なのよ」
「そんなに素敵な方だったの…」
「そうなの。でね、お兄様が17歳の時に旅に出たんだけど、その時にルリを訪れてね」
「うんうん」
「婚約者にフラられたレイナ様に告白したんだって」
「まぁ!」
「ところが、まったく相手にされないで、フラれて泣きそうになっていたって。マサキが教えてくれたわ」
「マサキが?」
「そうなの」
「フィル、フラられたの…」
「うん、フラれたの」
「あ、それで…」
「なに?」
「あ、言えないわ…、ごめんなさい」

弱虫なフィラディルが拒まないで欲しいと懇願したことは、兄の名誉として口外しないでおこう。

「つまんないわ」
「ごめんなさいね」
「けど、想像はつくから、いい」
「え?」
「どうせ、お姉様に断らないで、って縋ったんでしょ?」

怖い、なんでクリスティは知っているんだろう?

「うっ…」
「お姉様?」
「なんでわかるの?」
「簡単です。お兄様を見てれば、分かります」
「そう?」
「ええ!」

そう言ってクリスティはケーキを手にした。

「お兄様ほど、分かりやすい男性はいないわ」

この少女は超能力でも使えるのだろうか?
こうして有意義なお茶会の時間は過ぎていく。



スオウ宮殿内、王子宮のフィラディル皇太子の私室は改装される。
それは、もちろん妃になるメルリーノのためであった。

妃になるメルリーノがしばらくライダックに帰るため、その不在を利用しての工事となる。
もちろん調理場が作られる。
その直ぐ隣は食事の間になる予定だ。

出来立ての料理にこだわるフィラディルの我が侭は叶えられる。



そんな慌しい頃。

彼は執務を終え私室に戻った。
その居間には新しい調理場の図面を見て考えているメルリーノがいた。

「リーノ?」

彼女は図面から顔を上げ、彼を見る。

「ディル、おかえりなさい」 
「うん、ただいま」

軽い口づけを強請ねだろうと立ったまま彼女の頬に手をかける。
メルリーノも拒むことなく彼の口づけを受け入れる。

この2人はメルリーノがライダックから戻る頃に婚礼を挙げる予定だ。
それは夏頃であろう。
しかし、すでに王家からは家族としての扱いを受けている。

「殿下、お戻りになられていたのですか?」

新しい侍女であるベニーが笑みを湛えて現れた。
彼女はルイーゼ王妃の親戚筋にあたる子爵家に仕えていた。
その腕と人柄を王妃に見込まれてこちらにきたのだ。

「ああ、今戻った」
「すぐお茶をお持ちします」

その礼儀正しさと穏やかな性格は見込まれるだけの事がある。
その穏やかな日々の中、ようやくメルリーノは本来の自分を取り戻す。
ベニーが2人にお茶を差し出した。

「どう?」

フィラディルは再び見取り図を眺めている彼女に声を掛ける。

「そうね、少し変えたいところがあるの。いいかしら変えても?」
「もちろんだよ、リーノの調理場だ。好きにするといい」
「じゃ、早めに設計士と会って打ち合わせがしたいわ」

控えていたベニーが返答する。

「畏まりました。私からロイ様に連絡致します」
「お願いね、私がライダックに行くまでに終らせたいの」
「はい」

立ったままでカップを手にしているフィラディル。

「リーノが戻ってきたらベニーの手が足りなくなるな」
「殿下、その通りなのです」
「あと何人必要?」
「できれば、あと2人は欲しい所です」
「そんなにいなくても大丈夫じゃない?」
「メルリーノ様。今はいいのですが、やはり妃殿下になられますと色々と出かけることが多くなります。私1人ではとても…」
「リーノ、ここはベニーの言うことをきいてあげようよ。実際に仕事するのは彼女なんだから」
「そうね。ベニー、ごめんなさいね?」
「メルリーノ様、お気になさらないで下さいませ」

彼女はそう言うと「それでは」と食事の準備をする。
本来ならばこの部屋で食事などはしない。
もうすぐライダックに帰るメルリーノとの時間を少しでも長くしたいフィラディルの我が侭である。
2人は食事を楽しむ。

「どう?スオウの料理に慣れた?」
「楽しんでるわ、美味しいもの」
「俺は早くリーノの料理が食べたいんだけど?」
「我慢して。作れるようになったら食べさせてあげるから」

スオウの厨房に行って料理することを彼女は避けた。
働いている者達にはプライドがあるのだ。
いくら妃になる女性だとしても自分達の場所に入られるのは嫌だろう。




夜は長いようで短い。

メルリーノが湯浴みを終え2人の寝室に入った時。
フィラディルはすでにベットの上で腰掛けていた。

壁には繊細な細工が施された蜀台が幾つもはめ込まれている。
その蜀台に刺されたろうそくの光が揺れた。

その光はフィラディルの顔を神秘的に浮かび上がらせる。
メルリーノよりも長い髪。
たくましい腕。
自分を見つめる優しい瞳。
「なんて美しいのだろう」とメルリーノは思う。

これからも彼の側にいられる幸せを感じた。

「私といて幸せ?」
「もちろん、でも、」
「でも?」

フィラディルはメルリーノに向かって片手を伸ばす。

「おいで」

と、フィラディルがメルリーノを誘った。

なんの躊躇もなく彼女は彼の腕の中に。

無言で交わされる口づけは昼間よりも長く深い。
ゆっくりとメルリーノの夜着を脱がそうとするフィラディルの手を止める。

「ディル、私が、」
「リーノ?」

メルリーノは自分から夜着を脱ぎ白い肌を全てフィラディルに晒す。
そうしてから、彼にこう言う。

「脱がすってどんな気分なのかしら、って」

彼女は、ゆっくりとフィラディルの夜着を脱がしていく。
その指先が刺激的で危険だ。

「積極的だな?」
「はしたない?」
「いいや、」

自分を見つめる彼女の顔を両手で包み込み、唇ぎりぎりまで近づいた。
そして、優しく低い声で、ささやく。

「魅惑的だ」

そのまま、唇が重なり、互いを味わいつくすように口づけを堪能する。
息が苦しいくらいの深い口づけに、メルリーノは溺れてしまう。

フィラディルの唇は、そのままメルリーノの首、肩、胸へと移っていく。
触れられるたびに、溺れた彼女は声を漏らすのだ。

「あ、ああ」

その声に唆されるように、フィラディルもメルリーノに溺れていく。

「リーノ、愛してる」

今宵はいつもより刺激が強い。

2人は互いの名を呼び合う。
まるで夜に終わりが無いように。

そして、同じ果てに辿りつくのだ。





フィラディルが優しく問う。

「どうしたの?」

まどろみの中にいる筈のメルリーノが、ただ、フィラディルを見つめていた。
彼女の髪に触れながらフィラディルはそのぬくもりを感じている。

「怒らないで聞いてくれる?」
「なに?」
「あなたと優しいお姉さんのこと、聞いたの」

驚いて起き上がる。
慌てて彼女の上に覆いかぶさった。

「俺のこと嫌いになった?」
「大丈夫、ならないから」
「本当だよね?」
「うん、愛して、…あ、っ、」

メルリーノの言葉を塞ぐように、口づけた。

「ディル?」
「リーノは俺の側にいるんだよね?」
「もちろんよ。子供みたいに怯えないで、ね」
「ああ、良かった」
「ごめんなさい、そんなつもりで言い出したんじゃなくて…」
「なに?」
「ほら、私はディルが初めてだから、ね。あの、あなたは気持ちいいのかな、って。だって、お姉さん達はプロだから、絶対に私よりも、うん、上手、でしょ?私は…」

自分の言っていることが、自分で恥ずかしくて、メルリーノは言葉を詰まらせながら言うのだ。
フィラディルは必死に言葉にする、そんな彼女が愛おしくてたまらなくなる。

「俺はリーノとする時が一番気持ち良いよ。もう他の女じゃ駄目だ」
「ほんと?」
「ほんと間違いないよ」
「良かった」

ぎゅっとメルリーノの裸体を抱きしめる。 
彼女の耳元で優しくつぶやく。

「愛する人との時間がこんなにも凄いなんて知らなかったんだ、俺は」
「ディル…」
「俺はリーノを愛している、リーノも俺を愛している。だからこそ感じるんだよ」
「愛しているから?」

フィラディルは抱きしめていた腕を解く。
そして、再びメルリーノの紺桔梗の瞳を見つめて、想いを告げる。

「そう、愛おしくて、止まらなくなる、んだ」

深い口づけが交わされる。
フィラディルの唇はそのままメルリーノの肌に触れていく。
再び、メルリーノの艶めいた声が漏れ出した。
彼女は彼の名を何度も呼んだ。

フィラディルはそれに応えるようにメルリーノを求めた。
彼も彼女の名を呼んだ。

夜は深く2人を包み込む。
まだまだ、足りないのだった。


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