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尋問!
「ひ、な、なんでしょうか!?」
「……一つ不明な事があります。あの日。海道様とお話を終えた後、秘書さんから電話がありました。投資した資金を、いずれ少しでも返すのならば海道稀阿様ではなく、お父様のアーサー様に返金をと」
「なんで親父に!?」
「――やっぱり海道君じゃん!?」
「ふぁ!?」
「ふぁ、じゃないよ、もう言い逃れできないよ!」
「ぬぅ、誘導尋問か……、汚いぞ神無月!?」
「そんなつもりはないけど……一体何があったの?」
思わず叫んだ言葉がまさに窮地の入り口だった。
尋問、質問、詰め寄る樋代が執拗に皆斗中へ問いかける。
気づけば母親からも質問攻めにされ、すでに言い逃れのできる状況ではなくなった。
そのまま髪まで触られそうになり。
「ちくしょ!」
皆斗中は瞬間的に暴れて、
「きゃ!?」
彼女を振り払って駆けだした。
なのに敵もさる者。
アスファルトを苦も無くスライディング。足を掛けられた皆斗中が、勢い余ってまた横転。さらに飛び込んできた樋代が皆斗中の頭を腋に挟んで拘束した。
「本当に何があったの!」
「くどいね君も!」
「大きなお世話です。で、一体何があったの? なんで髪まで染めて……そもそも海道君って、金髪だったよね? でも今銀髪だよね。しかも墨汁で染めてるし!」
「言いたくない。それより君は意外と端ないね。おっきな胸が顔に当た……当たって」
きゃ、と悲鳴が上がり。
その一瞬、皆斗中はカバンを拾って店を飛び出した。
背後から聞こえる怒声を無視してダッシュにダッシュ。
走り続けて、どれだけ経ったのだろう。
気づけば造成地。
四方は鉄柵が広く囲み、高く、大きく大地を包んでいる。
かつては森の広がる山だったのだろう。
もう切り株すらないが。山は半壊されて地層を断面として見せ、倒された木は材木屋に売られる物と、木端にされる物とで区分されて無造作に積み重ねられている。
それらを横目に走り続けると、足場はいつのまにか土砂の山となり。それを幾つも越え、道も解らなくなって。
「ああ……これからどうしよう……」
さらに自分はどこを走っているのだろう。
向かう未来も現在も、あまりに不幸で悲しくなる。
せめて現在位置を。そんな思いで、危うく泣きそうになりながらも鼻を啜って、土砂の一つに駆け上がると――
「捕まえた!」
声と同時に背中からアメフトばりのタックルを喰らった。
野獣のような少女と絡まり皆斗中は悲鳴も出せずに滑り落ちていく。
ようやく止まれば止まったで、崩落する土砂が下半身を埋め尽くしていくそれすら厭わず少女は馬乗り。皆斗中の両手を万歳状態で拘束したのだ。
「な、なんで君は――げほ、組み付くの!?」
「わ、分かんないよ、でも私って昔から逃げる相手は追いたくなる性分なの!」
「お嬢な容姿をもってるくせに、凄い性格だよね君は!? ちょっとお淑やかになろうよ!」
「いやですぅ~。突然異性に逃げられるくらいなら、このままでいいですよーだ」
――キャラ変わりすぎ。
皆斗中は、脱力のままに全身の力を抜いた。
何かどうでもよくなったのだ。
後頭部越しに鉄骨の運ばれる音が響いてくる。
キャタピラ音を響かせるシャベルカーが残った山林も粉砕していく。巨木にまで育った木々や、山が、人災に巻き込まれて無残に粉砕、積載車に積み上げられていた。
「まるで……今のボクだな」
「なにが?」
樋代の問いに皆斗中は言葉を返さない。
夕暮れに染まる運搬トラックは、剥き出しの地肌を跳ねながら縦横無尽に行き来を繰り返している。その車体に視線を飛ばす皆斗中が見た物は、海道不動産や海道建築の黒文字だった。
「……まだ……企業名は残ってるのか……」
独り言のように漏れた言葉。
「やっぱり、何かあったんだね」
声を拾うマウントする少女が覗きこんでくる。
溜息つく皆斗中は、これ以上隠しも意味がないと降参の意味で。
「もうすぐ報道規制も終るから、君でも知る事になるよ……神無月……さん」
「今は、樋代、樋代ミヨ……名前は念のためママの両親の、さらに母方へ変えたの」
「そうか、ボクも似たようなものだよ」
「ねぇ、訊いても良いよね? 何があったの? そのボロボロの制服といい……」
「古着屋回ったんだ。女性が集う、男子高校生愛好家達の店で手に入れたんだけどさ。これを買うねーちゃんたちって、一体なんに使用するつもりなんだろうな」
「……」
樋代の双眸が細められていく。
「まじめに答えて」
「……はい。えっと、セシリアが古着屋から手配してくれたんだ」
「セシリアさんって、あの時の秘書さんだよね。今でも秘書さんなんだ」
――聞きづらいことをズカズカ聞いてくるな。
金の融通を願いに来た時は、あんなにしおらしかったのに。
悪い意味で感心するが。
どうにも答えないと彼女からは逃げられそうにない。
それが解って皆斗中は――。
「彼女は今、ボクの後見人みたいな形で、給料でないのに動いてくれている」
「へぇ、お金でないのにいてくれてるんだ……すごいね」
「俺もそう思って勘ぐって訊いたんだよ。親父の色にでもなったのか? って。そしたら殴られた」
「……」
「しかも父は忙しいのにヘリでやってきて、またボクをぶっとばした。信じられるか? 大統領との食事会放ってきたんだよ? 大企業の社長が大企業の息子にやることじゃないよね、ははは」
『やっぱり誤魔化してる?』
ジト目でそう語る彼女。
だが、それも一瞬の事だ。
会話の中、皆斗中の双眸からぼろっと雫が零れおちたのだ。
さすがに樋代も顔色を変えてしまう。
「……ちょ、どうしたの!? 本当にどうしたの!?」
「いや、自分で言ってて悲しくなっちゃって。はは……もう、大企業の息子じゃないのに、元……が付くのに……何言ってるのかなって」
これにはさすがの樋代も顔色を変えた。
「ね、ねぇ、一体何があったの、その姿といい、突然こんな田舎の高校に来るだなんて、会社が最悪な事になってるのは何となくわかるけど……」
でも、とことんせっついてくる。
それにしかめっ面を向けてみるが。彼女は一切取り合わない。
マウント取ったまま胡乱に眇めたまなざしと。強い意志を皆斗中の腕を掴む指先に込めてきた。
皆斗中が強くため息を吐き出した。
「今となっては瑣末な問題か……。そもそも企業がどうなろうが今のボクには関係ないし。それに物事は全て人生の中のたった一つの事象だしね……へへ」
「へへ、じゃないよ。誤魔化してないで、つまりどういう事!?」
それにもう一度反抗的に片頬を膨らませてみるが。彼女は一切関係ない。
強く双眸を強めてきて。
だから皆斗中は捲し立てるようにだ。
「――潰れたの! あの巨大財閥が、ほぼ一日で壊滅です! なんか色々データとか流出しちゃって、信用失っちゃってボロボロになっちゃったの! しかもボクの資産も凍結扱い、一切合財なくなったの! どや!」
鳴き声交じりで皆斗中が強く全てを暴露する。
それに樋代は、なぜか面貌から血の気を引かせた。
やがて皆斗中の上から力なく立ち上がると、呆気に取られた顔を向けて、そのまま足を滑らせ、土砂の上に尻もちを付いて。
なのにウンともスンとも言いはしない。
呆然と皆斗中を見つめるのだった。
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