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ZIMAを投げる黒ギャル
ダサいラッパーにZIMAを投げろと歌う、物騒な歌詞のラップをガンガンに鳴らしながら、真菜のマシーンが帰ってきた。現在、地球を侵略しようとしている巨大昆虫を殲滅するために発明された、全長五メートルの強化スーツ。真菜はそのパイロットだ。本来なら、強化スーツのパイロットは選ばれたエリートしかなれない。心技体すべてが完璧な人間しか選ばれないはずだった。しかし、戦局が危うくなって来てから、パイロットの質もドンドン低下しており、真菜のような素行に問題がある者も配属されるようになってきた。真菜は黒ギャルである。腕は超一品だが、素行にはかなりの問題がある。髪こそショートカットにしているが、金髪に染めている。これは勿論、軍紀違反だ。さらに本人が「テンションが上がるから」という理由でマシーンにスピーカーを設置しており、出撃のたびに日本語ラップを爆音で流す。周りにも聞こえるため、他の部署から「そちらのパイロットは軍事行動をナメているのか」と抗議を受けることもある。その度に、この基地の司令官である次郎は頭を下げて回った。もちろん、次郎も何度も真菜を叱ったが、真菜は一切耳を貸さなかった。
「だって、私のテンションが上がった方がいいしょ?勝つのが目的なんだから」
実際、真菜の戦果は素晴らしい物があった。なので、もう次郎もそのまま受け入れてやることにした。
「ZIMAを投げる歌大好きだな。最近いつもリピート再生してる」
帰還した真菜に話しかける。
「どういう覚え方よ。曲名を覚えたら?」
「その部分のインパクトが強くてな」
「ま、パンチラインだかんね~」
「パンチライン?なんだそれ?」
「グッとくるフレーズって意味」
「ふーん」
真菜はダルそうだが、とりあえずはコミュニケーションが取れるようになった頃だった。敗戦が決定的になったのは。もはや人類に勝機は無く、人は食い殺されるのを待つだけとなった。あとは早いか遅いかの問題だ。政府は民衆に自決を促した。食い殺される、あるいは幼虫の繭にされる。それよりは、銃で頭を打ち抜いた方が楽だと言うわけだ。ある意味で真摯な姿勢だった。
すでに次郎の基地内でも集団自決が始まっており、食堂では残った食料品を使ったパーティーが開かれていた。パーティーの後、彼らは化学班が作った毒を飲んで、眠るように死ぬのだと言う。
「どうする?」
司令室で独りウィスキーを飲んでいると、真菜が聞いてきた。
「食われるのは嫌だな。大人しく自決するのが賢いだろうな」
「賢い、か……」
真菜が呟く。
「……ごめん。じゃあ私はバカやるわ」
「バカ?」
「うん。バカ」
そう言うと、真菜は部屋から出てゆく。
「バカ、か……」
机の上に飾られた写真を見る。虫に殺された家族。妻と娘。もし生きていたら、ちょうど真菜くらいの年齢だろう。
次郎は部屋を出た。そして、廊下を走り、真菜に追いつく。
「待て」
「えっ?」
「俺もバカをやる」
「……付き合うことないよ。うちがやりてーだけだもん」
「いや、俺もそういう気分だ。俺だってスーツの操縦はできる。おまえほど上手くはないが、足は引っ張らんさ」
「……バカ」
ふたりはスーツに乗り込んだ。ハッチを開く人間はいない。担当の者は食堂にいる。
次郎のスーツがハッチを蹴破る。
「司令、曲流していい?」
「ああいいよ。いつもの奴を流せ。ださいやつらにZIMAを投げよう」
「はぁ?」
「いや、何でもない」
「そう。じゃあ、行くよ!」
「おう」
重低音が月夜に響く。二機のスーツが闇夜に飛び立つ。明日の朝、きっとまともには迎えられないだろう。だが、それがどうした?
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