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SCENE⑫「残念だよ」
その後、特に何か起きることもなく、無事学校に辿り着いた俺たちにある女子生徒が声をかけてきた。
「ちょっと、待ちなさい」
この、ちょっと高圧的なしゃべり方には覚えがある。
そして、俺と七原はほぼ同時に声がする方に顔を向けた。
「おはよう七原さん、少し話があるんだけど、いいかしら?」
声をかけてきたのは風紀委員長の毒島真白だった。
どうしたのだろうか、ちょっと怒ってるみたいで、言葉が刺々しい。
「おはようブスちゃん。私、なにか怒らせるようなことしたかな?」
そんな毒島の挨拶に七原はいつも通りの丸っこいしゃべり方で返した。
というかブスちゃんて。そりゃあ彼女の名前は毒島だから普通のアダ名なんだろうけど、場合によってはただの悪口だ。まあ、毒島も七原に負けず劣らない美少女だからな、冗談にしか聞こえないか。
「ブスちゃんはやめてって、いつも言っているでしょ。……ところで、その子はだれ? 見たこと無いけど」
あ、やっぱりブスちゃんは嫌なんだな。
そういえば、俺金髪だけどいいのかな、毒島って風紀委員長だしなんか言われるかも。
「転校生の西京千尋ちゃんだよ」
「さ、西京千尋!? 本当に?」
毒島もこれまでの例に漏れること無く、俺の名前を聞いて目を丸くして驚いている。
「は、はい。西京千尋です……みなさん私の名前を聞いて驚かれるんですけど。何かあるんですか?」
俺は出来る限り可愛らしく、弱々しそうに答える。流石の毒島といえども、このいかにもな小動物系に強く当たることは出来ないだろう。
そういえば、似たようなことを会長にも言ったな……まあいいか。
「え、ええ。あなたと同じ名前の男子がいるのよ」
毒島は困惑した表情のまま、そう答える。
「ああ、なるほど! 有名な方なんですか?」
「……ある意味ね。で、あなたたちは何でさっきから手をつないでいるの?」
毒島は不思議なものを見る目をしながら、そう俺たちに聞いてきた。
「もちろん、私たちが愛し合ってるからからだよ!」
毒島の問いかけに、七原が即答した。
どうやら、また彼女の悪い病気が発作を起こしたらしい。
「あ、愛!?」
しかし、そんな七原の答えを真に受けた毒島は顔を真っ赤にして、あうあうと口をパクパク動かして言葉を発せずにいる。
多分、あらぬ妄想でもしているのだろう。毒島は耳年増なだけじゃなく妄想癖もあるからな。
このまま自らの妄想で自滅していく毒島を見ているのも楽しそうだったけど、話が進まない。俺は助け舟を出してやることにした。
「あの、冗談ですので気にしないでください」
「え、じょ、冗談? そ、そうよね! 女の子同士なんてあり得ないわよね!」
「えー、私は本気なんだけどなぁ」
「七原も余計なこと言わないで! ほら、友達同士だって手ぐらい繋ぐでしょう?」
「え、えっと……」
なぜか、毒島は口をつぐんでしまった。何か変なことを言っただろうか?
そんな時、七原が俺の制服の端をクイクイと引っ張って。
「駄目だよ千尋ちゃん。ブスちゃんは友達いないんだから」
「えっ……」
しまった、そうか。風紀委員長という恨みを買いやすい役職、高圧的な口調でこの容姿だ。友だちができなくても不思議じゃない。
そうとは知らず俺は……。
「ご、ごめんなさい」
毒島の目を見ずに謝罪した。
「なんで、謝るのよ!? 友達くらいいるわよ!」
「へえ、誰?」
真っ赤になって自分のぼっちを否定する毒島に、七原は更なる追い打ちをかける。
どうやら七原にはSの才能もあるようだ、困惑する毒島の表情を見ながらニヤニヤと黒い笑みを浮かべている。
やめてやれよ。
「え……荒川さん、とか……」
毒島はかろうじて聞き取れるかどうかくらいの小さな声で名前を挙げた。
しかも、苗字にさん付……本当に友達いないんだなぁ。
「ごめんね、ブスちゃん。私は友達だから」
「もういいわよ……そんなことより!」
ああ、そういえば大分話がそれたけど、七原に話があるんだったな。
「ん、なにかな?」
「七原さん、昨日はどういうつもり? あと少しでアイツを退学に出来たはずなのに」
あぁ、なるほどその話か。
そういえば毒島からしてみれば横槍を入れられた形だもんな。
「どういうつもりも何も、私は本当のことを先生に伝えただけだよ。それとも風紀委員長さんは無実の生徒を退学にするつもりだったのかな?」
先ほどまでとは打って変わって、七原の口調が鋭いものへと変わっている。
どうやらこいつは俺が絡むと本気になるらしい。愛が重い……。
「無実? 暴力行為があったのは間違いないわ、それなのに被害者が加害者を庇うなんてあなた、何を考えてるの?」
こちらも顔の赤みが引き、いつも俺を攻め立てるときのような冷静な口調に戻っている。
「ブスちゃんには関係ないよ、これは私と千尋くんの問題だからね」
「千尋くん? 何、あなたたちそういうことだったの?」
その七原の一言を聞いて毒島の表情がより一層厳しいものに変わった。
「だったらなに?」
いやいやいや、そこは否定しろよ。違うからな、とおまえは別に何か特別な関係ってわけじゃないからな。
「そう……別に男女交際は構わないけど、もっと節度を持ってもらわないと困るわ」
ん、何か急にトーンダウンしたな。どうかしたのか?
その毒島の変化に七原も気付いたようで。
「あれ、もしかしてブスちゃん……もしかして」
「何よ?」
「別にぃ、ツンデレってこういう感じなんだなぁって思っただけ」
おいおい、待てよ七原。それじゃあ、まるで毒島が俺に気があるみたいじゃないか、あり得ないだろそれは。
「はぁっ!? 誰がツンデレよ!」
毒島は煽るような口調の七原の言葉を顔をまた真っ赤にして否定する。
あれ? なんかそれっぽい……。マジか、そう言えば自称学園の守護霊もそんなことを言っていたような気もする。
「誰って、わかってるでしょ?」
「お、おい七原……」
「千尋ちゃんはちょっと黙ってて!」
七原が俺の言うことを聞かないだとっ!? ……これはすごい嫌な予感がする。
それに、先程から何事かと生徒たちも集まり始めている。このままヒートアップして行ったら本当に取り返しの付かないことになりそうだ。
「もしかして喧嘩を売ってるのかしら?」
「そう思ったなら、そうなんじゃないかな?」
まずいな、ふたりとも完全に臨戦態勢に入ってる。あと、七原痛いからもう少し手の力を緩めてくれないかな?
女子だから殴り合いの喧嘩を始めるってことはないだろうけど、罵り合いぐらいならいつ始まってもおかしくない。
あぁ……なんで登校初日からこんな面倒事に巻き込まれてるんだよ。
喧嘩はいいけど、俺の見えないところでやってくれませんか?
そして、未だ二人は睨み合ったまま動かないでいる。見つめる群衆も二人から決して目を話すこと無く、状況を見守っている。
そして、二人がついに動くかと思われたその時、思わぬ人物に寄ってこの緊迫した空気は打ち破られた。
「あなた達、何をやっているの!」
透き通るような綺麗な声でこの修羅場に侵入してきたのは、なんと我が担任嵐山実だった。
なんで、女子部にいるんだ? 実ちゃんは男子部の教師なはずだけど。
「あ、嵐山先生……」
明らかにかなり憤慨している実ちゃんの様子を見て、毒島は青ざめてしまっている。赤くなったり、青くなったり大変だな。
「毒島さん、これはどういうことか説明してもらえるかな」
「い、いえ……その」
説明を求められた毒島は何もいうことが出来ない。
そんな彼女の様子を見て、実ちゃんは目線を七原の方に向けた。
「言えないの? じゃあ、七原さんあなたは?」
「……」
もちろん、七原も何も答えない。今回、喧嘩を売ったのは確実に七原の方なのだから当然だろう。
「わかったわ、ふたりとも私についてきなさい」
何も答えない二人にこのままだと先に進まないと感じたのだろう、実ちゃんはそんなことを言い出した。
しかし、こんなしょうもないことで二人が処罰されるのは俺としても本望じゃない。原因はどうやら俺らしいし、ちょっと助けてやろうかな。
「違うんです、二人は悪くありません。私が、悪いんです!」
俺は心にもないことを実ちゃんに向かって叫んだ。ちょっと、セリフっぽかったかな?
「えっと……あなたは?」
思わぬところからの物言いに実ちゃんも目を白黒させている。
「転校生の西京千尋です。私が悪いんです」
「そう、転校生なの。それで、どういうことかしら?」
実ちゃんは俺の名前に驚くことはなかった。もしかしたら内心驚いていたのかもしれないけど、この場でそんな反応をしてはいけないと思ったのかもしれない。
しかし、その方が話をしやすくて助かる。
「私が髪を染めていたから、それを毒島さんに注意されて……」
「それ、染めてるの? 地毛かと思ったわ」
「はい、地毛も金色なんですけど、もっとくすんだ色なので。でも、校則違反は校則違反です、毒島さんが注意するのは当然で、七原さんもそれを庇ってくれただけなんです!」
我ながらよく出来た嘘だと思う。まあ、これで黒に染めてこいと言われたらおとなし短くして黒に染めてこようかな。
「なるほど、事情はわかりました」
さて、どんな判決が下るか。でも実ちゃんのことだ、結果は目に見えてる。
「今回のことは不問にします。双方手を出したわけでは無さそうですし、理由も納得出来ました」
お咎め無しと聞いて、当事者二人はホッと肩をなでおろした。
流石は実ちゃんだ、生徒に甘い。
「しかし、二人共聖稜の生徒としての自覚を持って、今後はこのようなことが無いようにしてください。特に、毒島さんは風紀委員長なんですからね。それと、西京さんの髪については生徒指導部の先生と相談しますので、今はそのままで結構です」
そう言うと、実ちゃんは俺たちの返答を待つこと無く、校舎に帰っていった。
そして、完全に実ちゃんが見えなくなったところで。
「ごめんなさい、西京さん。助けてもらちゃって……」
毒島は俺に謝罪と感謝の言葉を口にした。しかし、七原の方は決して見ようとしない。
「いいよ、別に大したことじゃないから」
「今度、お礼をさせてね。それじゃあ」
結局、毒島は七原の方を一度も見ること無く去っていった。
そんな彼女の態度に七原は。
「残念だよ、私はブスちゃんを殺さないといけないかもしれない……」
と、かなり危険なことを口走っていた。
どうやら、この二人は基本的に馬が合わないらしい。
この調子だと、また面倒事に巻き込まれそうだな……しょうがないか、俺が原因みたいだしな。
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