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金髪ギャルと俺は蛇とマングースみたいなもんだと思っていたけれど、人は見かけによらないかもしれない。
未だに俺はギャルが苦手ですが、仲良くなると人間味に溢れていて趣味が合うとめっちゃ楽しいんですよね。空気も読めるし会話も続けてくれるし、苦手を克服するとつるんでいてめちゃめちゃ楽しいというのが相場です。
「んぁぁ……」
昼休みの始まりを告げるチャイムで目を覚ます。二時限目の授業も開始直後から順調に船をこぎ始め、途中で休むことなく最後まで夢の世界に飛ばされていた。
爆睡ここに極まれり。
その成果として徹夜で酷使した体力の消耗具合を回復して睡眠欲が減少したが、机に広げたルーズリーフは真っ新だ。失ったものも大きい。
教鞭を執っていた教授の姿は既にここになく、板書も綺麗に消されていた。
こうなると、この授業を受けていた誰かにコピーを貰う必要があるのだが、人間関係構築の不器用さに自前評判のある俺には、流石に大学生活二日目にしてそんな心優しい友人はいない。
だからこそ他人に頼らず全ての授業に頑張って出る必要があるのに、早速この調子では当然ながら単位も取得できない。反省しよう。
学生の姿も授業開始の時と比べると半分以下になっている。残っている生徒の多くは自前の弁当をつついたりコンビニで調達してきたおにぎりを頬張りながら会話に花を咲かせていた。
周囲の状況を見る限り、チャイムが鳴る前に授業が終わっていたようだ。
今日の午後は特に用事もないが、長居する用も特段ないので、生協で教科書の値段でも見繕うことにしよう。
無為に広げたルーズリーフと筆箱を鞄に仕舞い込んでいると、
「やっと起きた」
不意に背後から声がした。
振り向くと、そこには川原が座っていて、その隣では見知らぬ女性が、川原に「ねぇねぇ、知り合い?」と問いかけている。
「そ。昨日知り合ったばっかり」
「そうなんだ。ねぇ、君、名前は?」
「久留生龍也って言います。よろしく」
軽い調子で聞いてくる女性に対して、自己紹介がてら頭を軽く下げる。
すると彼女も軽く会釈してきた。
「よろしくー。あたしは春華と高校の頃からの友人で、諸園愛衣っていいます」
類は友を呼ぶとはこのことか。
彼女も顔の割に目粒が適度に大きくて肌も艶やか。
顔のパーツが整っていて綺麗な顔つきだが、こちらは川原とは違って可愛らしいタイプの女性だ。
染めたばかりであろう髪色は茶髪に金髪を織り交ぜた色合いで、一見すればこの大学で『ギャル』と識別される外見をしている。
化粧やアクセサリーの類はそれほど派手ではないが、如何せん髪色が凄い。
俺だけではないかもしれないが、女慣れをしていないと、こういうインパクトのある女性にどう接すればいいのか皆目見当がつかない。
こんな様相の女子は、決まって陰口を撒き散らしては学園内を我が物顔で歩くようなテンプレートしか浮かばない。
俺みたいな根暗の象徴であるような人間とは最高に相性が悪く互いに嫌悪しまくると相場が決まっている。
出来れば関わり合いたくないけれど、川原の友人であるなら典型的なタイプではないのかもしれないし、案外いい女性かもしれないという一縷の希望はある。何より、高校という狭い敷地を飛び出した大学でそこそこに偏差値の高いこの学部の生徒なら、中身は真面目って子も実は多いはずだ。少なくとも、東京都の高校に通っていたギャルなら青山とか池袋にキャンパスを構える大学に行くだろう。華やかだし。都会だし。
そうであると信じたい。
あと、初対面なのに最初から決めつけるのも良くない。
新しい人生の第一歩を踏み出したんだから、考え方もちょっとは変えてみないと。それと、新しい交友関係を作る上でも、いろんな人種と付き合っていくことも大切だ。
グローバル化が進む現代社会で、ギャル一人と対等に会話できなくてどうする。
「ねぇ、考え事?悩み事?」
上から声が降ってきて、それで俺は我に返る。
またごちゃごちゃと考え事をしていたからか。
俺はその声に首を振る。
「いんや、なんでもない。それよりも、昼飯も食わないで二人して何してんの?食堂混んじまうぞ?」
とは言ったものの、もうチャイムが鳴り終わって数分経った今となっては、その助言も無意味に等しいだろう。食堂は想像するまでもなく雑多に混み合っていて、既に座る席などないのが容易に想像できた。
「いやぁ、龍也君を待っていたというか、昨日の忘れ物の事を聞こうと思ってね……ペンを持ち帰ってないかなぁ……と」
ぽりぽりと頬を掻きながら春華はうつむき加減に訊ねてきた。
そう言われるまですっかり忘れていた。俺は鞄に仕舞い込んだ筆箱を再度取り出す。
「あ、そうそう……なんか分からないけど、俺の鞄の中に入ってて。大事なもんなんだろ?」
今日は一度も活躍を見せていなかった筆箱を開封して、例のイニシャル入りペンを取り出して手渡す。
川原はそれを本物であることを確認すると、安堵の表情を浮かべてほっと胸を撫で下ろした。
「良かったぁ……無くしたのかと思ってたんだよね……本当にどうしようかと思って昨日は中々寝付けなくて…………よかったぁ……」
ペン一本で寝付きすら悪くなるとは、相当に大事なものだったんだな。それを聞くと少々申し訳なさが立ってくる。
「そこまで大事な物だったのか。それは申し訳なかった。俺も、気付いたのが真夜中だったもんで……それに、連絡先も知らなかったからさ」
そう、俺も彼女も昨日は連絡先を一切交換していなかったのだ。
今朝、登校中に携帯端末を開いていざ連絡を取ろうとしたら、そのことを思いだして、どうやって会おうものか頭を悩ませた。
クラス別の授業で渡すのもアリだったが、そうすると来週以降になってしまう。とにかく確実な手段もなかったので、大教室の授業で巡り会えば御の字だと思っていた矢先、今日の二時限目終わりにこうして出会えたのはお互いにとって僥倖と言うべきだろう。
「来週でもいいかなと思っていたけども、それだと春華の気が持たなかったみたいだな。何はともあれ良かったよ」
「本当によかったぁ……無くしたら本当に色々とヤバい事になってたから……とにかくこれで私もなんとかなりそうだよ、諸々と」
「よかったねぇ、春華。ところでさ……いつから、二人はそんな関係になったの?というか色々と早すぎない?ねぇ?」
川原の隣で俺たちのやりとりを終始聞いていた諸園が、訝しむような眼差しを向けてきた。
「「えっ?」」
俺と川原は二人して反応してしまう。
こんな所で変なハーモニクスは余計だった。
これじゃ変な誤解を与えかねない。
すると案の定。
「なんというか、何この安定感。名前で呼び合っちゃったり、なんというか初々しさが足りない……これは……あたし、もしかしてお邪魔だった?」
あぁ、やっぱりそんな勘違いするのか。
というか、名前で呼び合っているだけでその結論に至るということは、男性経験ないのか、もしかして。
思考回路が単調すぎるし、短すぎるでしょうよ。
「いやいや、そんな訳ないわ。昨日知り合ったばっかでお互いにそんな展開にはならないでしょ、常識的に考えて」
「そうだよ、愛衣。私の性格とか知ってるなら、一日でそんな展開にならないことくらい分かるでしょ?」
そして今度は二人して諸園の誤解を解こうと試みる。
端から見るとテンプレートな展開なんだろうなぁ。良く漫画で見かけるよ、こういうの。
などと頭の片隅で思うと同時に、こんな感じに人と触れ合うのが何年ぶりで、俺の心臓は嬉々として心拍数を上げていた。
しかも、その相手が山ガールで清純そうな美人とかわいい系のギャルとか、一体全体どうなってるんだろうな、今年度の運気。
神籤は生憎と引いていないが、これはどっちらかっていうと吉以上の出会いなんじゃなかろうか。
片方は天敵のギャルだけど普通に話せているし、あれ、案外いけるのかもしれない。
そんな小躍りするような状況を、俺は紛れもなく、嘘偽り無く、本心から楽しんでいた。そうだよ、これが学生にあるべき青春の一頁ってやつじゃないのか。
「いやぁ……そんなものなのかなぁ?でも、高校の時はあんまし名前で呼び合うとかしなかったじゃんさ。そうしたら大学デビューとかそんなん?」
なんというか、本当に、思考が安直過ぎやしないかと突っ込みたくなるタイプだった。
が、その考え自体は間違っていない。
「……大学デビューって。今更そんなの流行るのかよ……」
口に出した言葉とは裏腹に、高校時代までの卑屈一辺倒でどうしようもない口先だけの男から卒業するつもりの俺は、図星を突かれて少しだけ肝を冷やす。
たった今言い放った言葉も、図星を隠すためのカモフラージュ。
自分で言っていて非常に痛々しいが、バレるよりはマシだ。
川原は諸園の言葉を受けて少しだけ考える素振りを見せる。
「いや、そんなことないと思うけどなぁ……。名前で呼ぶのだってそういう関係になった人同士の専売特許ってわけでもないでしょ?」
「まぁ、そうだけども、ねぇ……」
どこか納得のいかない様子の諸園。川原が異性を名前で呼ぶことがそんなに珍しかったのだろうか。
知り合って間もない俺には分からないけれど、引っかかりを覚えるとしたら川原の言動に、だろう。
少なくとも俺に変なところはないはずだ。
女子とこんなに会話するのが数年ぶりだが、大丈夫に違いない。
根拠のない自信だけれど。
ウンウンと唸っている諸園の思考を遮るように、川原が話題を切り替えた。
「あのさ、今日の午後、ちょっと回ってみたいサークルがあるんだけれど……二人とも、一緒に来ない?」
「あー、あたしはパス。このあと午後も履修するつもりの授業があるし、それ出ておかないとね」
予定でも確認しているのだろうか、携帯端末を指で操作しながら申し訳なさそうに諸園が断りを入れる。
一方の俺は暇そのもの。姉貴は大学に出ずっぱりで帰宅するのは夕方以降になるだろうし、俺は俺でやることもすべきこともないので手持ち無沙汰だった所にこの誘い。
断る道理は特にない。
「俺も午後は予定ないし、付き合うよ」
「本当?実は午後一番にでも行きたいところがあるんだけどさ、いいかな?」
「昼飯はいいのか?少し時間をずらせば座って飯食えると思うけど」
すると人差し指と立てながらチッチッチッと舌を鳴らした。
「ダメダメ、時間は大切にかつ有効に使わないと。今日は二つばかし見に行きたいサークルがあるからお昼なんて食べてる暇ない―――」
ぐぅぅぅぅぅ~。
唐突に、空腹を訴える音が鳴り響く。
「…………」
「…………っふふ」
「~~~~っ!」
昼飯は抜きで問題ないと訴えた川原は反射的にお腹を押さえて熟れた林檎のように頬を染める。
その隣で口元を押さえてくつくつと必死に笑いを堪える諸園。
それに釣られて込み上げてくるものを押さえ込もうと深呼吸をして、つとめて抑揚のない、そして少しだけ震える声で俺は提案した。
「行くか、食堂……ふふっ」
あ、堪えきれなかった。
「………………うん」
お腹を抱えながら少しだけ前屈みになって、腹ぺこな彼女は首を縦に振った。
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