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石神様の仰ることは 作者:黒辺あゆみ

第七話 本郷巽の友人

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その1

八月に入り、もうすぐお盆である。世間もお盆休みに入る少し前、本郷が東京に旅立った。なんでも友人に会いに行くのだそうだ。
「電話もメールも繋がらず。実家に問い合わせてたのですが、ようやく答えが帰ってきました」
と疲れた顔をしていた。その友人というのが、ネックレスの贈り主であるらしい。先日の武者鎧の件で、何故光ったのかを本郷は確かめたいらしい。
「お土産を買ってきますね」
と言っていた本郷だったが、楓としては正直、寂しい。
 ――いや、毎晩電話してくれるんだけど

 昨日電話での本郷曰く、とても面倒な家であるようで、散々待った結果、友人というのが東京にいなかったとか。東京からさらに移動しなければならないらしい。もうしばらく帰って来そうにない本郷に、楓が思わず寂しいと零してしまう。すると、
「僕もとても寂しいですよ。なのでもう帰りましょうかね」
と真面目な口調で言われてしまった。楓は本郷は本気で帰って来そうな気がした。
 本郷のネックレスの疑問は楓も気になるところである。なので楓は本郷の問題が解決するのを、大人しく待つことにした。
「先輩、お土産楽しみに待ってるから、がんばって」
楓は電話口でそう励ますのだった。

 そんな寂しくものんびりと、巫女のアルバイトをしながら夏休みを過ごす楓に、思わぬ事態が降りかかった。
 兄の石守雄哉が帰ってきたのだ。
「……ただいま」
髪を金髪に染め派手なシャツを着た兄が、突然石守神社に現れた時は、楓は驚きのあまり硬直した。すぐに兄の姿に気付いた父親が、兄を自宅に入れる。楓は母親を捕まえて話を聞く。
「ねえお母さん、兄さんが帰ってくるって知ってたの?」
「いいや、私もお父さんも知らないわ。突然帰ってきたの」
両親にも突然の帰宅だったらしい。なにしろ、兄は東京に行ったきり、一度も実家に帰省していないのだ。もう帰らないつもりかもしれない、というのが、家族の共通認識であった。

 それから、兄は何も騒ぎを起こすことなく、ただ静かに家に滞在していた。何年もずっと両親と楓だけの生活だったので、家の中に兄がいる光景が、楓にはとても違和感がある。しかし、同じ過ちは繰り返すまいと、楓は勤めて普段どおりに振舞った。もしかすると、楓の謝罪の手紙がきっかけかもしれない、と思ったからだ。
 兄は帰ってから、どこに行くこともなく、自宅でじっとしていた。兄が帰省してから三日後、楓がいつものようにお守り売り場に座っていると、母親がやってきた。
「楓、雄哉に写真を送ったの?」
突然母親にそんなことを言われた。写真というと、平井先生が撮ったあれだろうか。

「うん、平井先生に、先輩と一緒に写った写真を撮ってもらって。手紙に入れろって言われて」
写真の存在とその経緯を説明すると、母親が頷いた。
「ああ、それねきっと。あの子が写真を見せて、この男は来ないのか、って聞くのよ」
楓は目を丸くした。兄は本郷に会いたいのだろうか。
「先輩は東京に行ってて、今いないよ?」
「そう私も答えたらね、本当にいるのか、って言われてねぇ」
「どういうこと?」
楓には謎のやり取りに聞こえた。首を傾げる楓に、母親がため息をつく。
「あの写真が合成じゃないかって疑っているみたいなのよ。なんだか怪しい雲行きで、お父さんも困っているわ」
なにやら楓の写真のことで、両親を困らせているらしい。楓が俯いてしまうと、母親が頭を撫でた。

「楓が悪いわけじゃないのよ。雄哉の中で、ふんぎりがついてないだけで。楓みたいに、早く真っ当に恋人を見つけてくれないかねぇ」
楓だけが幸せな恋愛をして、兄がまだあの件を引きずっていることに、罪悪感を憶えてしまう。楓が落ち込んでいると。
「ねえ楓、ちょっと泊まりに行かない?小学校までは、いつもお盆におじいさんのお友達の家に行ってたじゃない」
母親が急にそんなことを言った。
「中学に入ってから行ってないけど。今でも連絡はとってあるのよ」
「ああ、梓ちゃんの家?」
母親の言う泊まり先に、楓はピンときた。
「そう、泊まりに行くならお願いの電話をするわ。いっそ楓がいない方が、話をしやすいかもしれないと、お父さんと話してね」

「私がいると、邪魔?」
ちょっと悲しいが、楓がいては話ができないのなら、仕方がないだろう。そんな楓の内心を読み取ったのか、母親が笑った。
「バカねえ、可愛い娘が邪魔なわけないわ。ただ、雄哉の神経が楓に向かっていると、まともに話ができそうにないのよ」
「ふぅん、わかった行く」
正直に言えば、兄がいる空間が居心地が悪く、楓は毎日石神様に泣きついていたのだ。抱きしめて慰めてもらえる本郷もいないし、楓の神経は磨り減るばかりであった。
 ――久しぶりに、梓ちゃんと会うのも楽しいかも
 ちょっと変わったところのある、遠い場所にいる幼馴染に、楓は久しぶりに心を浮き立たせた。


それからすぐに連絡をとると、先方からはこころよく了承の返事が帰ってきた。楓はすぐに荷物を詰めて、翌朝早くの電車に乗った。とても田舎な場所なのだが、最寄の駅まで迎えに来るらしい。
 電車を乗り継ぎ、山の中の無人駅で降りる。時刻は昼を回ろうとしていた。
 楓の降り立った無人駅に、その場に不釣合いな黒塗りの大きな車がとまっていた。
 ――なんか、物騒な車
 いかにもお金持ち御用達の雰囲気の車をまじまじと見つめていると、駅の影からひょっこりと現れた人物がいた。
「楓ちゃん発見」
「ひっ!」
突然声をかけられて、楓は心臓が止まりそうなくらいに驚く。そしてその人物を見て、しばし間を置いて楓は反応した。

「……あ、梓ちゃんか。久しぶり」
「おひさ」
ぴっと片手を挙げて挨拶するのは楓よりも背の低い、おかっぱ頭に黒縁眼鏡という、いささか地味な見た目の女の子だった。この女の子が楓の一つ年上の幼馴染の、響梓である。
「梓ちゃん、変わってないね」
 ――座敷童子かと思った……!
 失礼な話だが、本気でそう思った楓だった。いまだドキドキとする胸を押さえ、楓は無理矢理笑った。
「楓ちゃんも、変わらずビビリ」
楓を驚かせたことが満足だったのか、梓は得意そうにしている。

 こんなやり取りをしていた二人に、声をかける者がいた。
「梓さん、暑いですから車内にどうぞ」
黒塗りの車の側に立つ男性が、ドアを開けたまま、楓と梓に手招きする。見たことのない人だ。
「……誰?」
「うちの居候の人。美味しいご飯を作ってくれる」
梓に小声で尋ねると、そう返事が返ってきた。梓の両親は海外にいて、祖母と二人暮らしと聞いている。なので家政夫でも雇ったのかもしれない。でもあの派手な車はなんだろうか。
「梓さんのご友人ですね?暑い中歩いて迎えに行くと仰るので、車を出した次第です」
男性の年齢は、平井先生と同じくらいだろうか。とても、イケメンな人だ。
 ――春から私、イケメン遭遇率が高いね
 楓は変なことに感心しながら、梓と共に車に乗った。外観に相応しく、車内も広かった。

「楓ちゃん、石神様も一緒?」
勘のいい梓は気付いたようだ。
「そうなの、石神様がお守りを持っていけって、ほら」
楓は胸元から紐をたぐり寄せ、お守り袋に入っている石の欠片を出してみせた。
 この欠片はずっと大昔に、石神様が欠けてしまったものらしい。だが欠片であっても、石神様なのだ。神社の大岩が電話の親機で、この欠片が子機だという表現が近いかもしれない。
「石神様、おひさ」
『梓嬢は、相変わらずだの』
梓の挨拶に、石神様がこたえる。
「楓ちゃんも、霊気が変わった」
「そ、そうかな?」

梓の家は代々占い師の家系で、あらゆるものの霊気を見ることができるのだ。梓の祖母と楓の祖父が古い友人であったという。
 楓が幼少期、他の子とうまく付き合えないことを、祖父が不憫に思ったようだ。同世代を友人を作ってやりたいと、わざわざ遠くまで楓を連れて行ったのが、交流の始まりだ。梓も人とは違うものを感じる子なので、楓も隠し事をせずに済むのが気楽だった。
「今の楓ちゃんの霊気、お色気ムンムン」
「お、おいろけ……!」
梓の赤裸々な言葉に、楓は赤面する。
「梓さん、ちょっとはオブラートに包みましょうね。梓さんは言葉が多い時は失言も多いですから」
運転席の男性が、梓をたしなめている。
 梓は昔から、霊気を見て人を判断するので、言葉でのコミュニケーションをあまり必要と感じない人だったりする。なので口数が極端に少ない傾向がある。それが今日は妙に喋る。
「わかった、じゃあすごくエロい」
「もっとダメです」
もうなにも言うまいと、楓は広い車の中で小さくなっていたのだった。

 車は山の麓にある、梓の家に着いた。
「わあ、久しぶりだね」
「ん、ようこそ楓ちゃん」
三年ぶりに見る風景に、楓が歓声をあげる。梓について母屋に向かっていると、前方からこちらに来る人影がある。
「類、お客さんの到着だ」
「ああ」
男性が声をかけた人物も、またイケメンだ。だが楓の視線の先にあるのは、その人ではない。
「先輩!?」
「楓さんじゃないですか、どうしてここに?」
あちらも驚きの顔をしているのは、楓の恋人の本郷巽であった。
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