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青春症候群 作者:勇魚涼
14/21

淡恋

 「アンタ、何してんの?」

 彼はきっと覚えていないだろう。
 私は彼の表情まで鮮明に思い出せる。
 私はあのとき、彼に恋をしたのだ。



 「よぅし、一丁上がりっと!」

 頭を好き勝手いじられた俺の前に、ミヨは上機嫌に鏡を持ってきた。
 帰ってきて早々ケータイが見当たらないと騒いでいたがそれも誰かにやられたのだろうか。

 「どう、最高でしょ。」

 言われて覗いた鏡に映る俺は、長かった前髪もさっぱり切られて、襟足も大分短くなっていた。
 プリン頭は黒染めされ、赤いメッシュが入れられている。

 「…なんか地味になったな。」

 「絶対その方が目立つわよ。保証してあげるから。」

 ヨシノモテモテになるかも、とニヤニヤ
た笑みを浮かべるミヨが解せなくて、俺は首を傾げた。

 「まぁ、お前にしては合格点だな。」

 妙に視界が広くて落ち着かないが。

 どう、とミヨに話を振られたソースケが緩慢な動作で俺とミヨを交互に見た。

 「二人がいいならいいんじゃないか。」

 ソースケらしい煮え切らない答えにミヨは不満げに口を尖らせた。

 「なによぅそれ。」

 「髪型のことはよくわからない。」

 そーちゃんセンス無さそうだもんね、と言ったミヨは何か思いついたように俺達をみた。

 「ね、ね、私も髪型変えようと思うんだけどどういうのがいい?」

 「ブスは何してもブスだから何でもいいだろ。」

 「…ミヨはブスなのか?」

 「おう。」

 「はぁぁぁぁ?!」


 「…入れない。」
 一年一組学級委員、楢木千尋(ならきちひろ)
は美術室のドアに隠れて溜め息をついた。

 彼女は壱村慶野に恋をしている。

 教室では隣の席。1日一会話を目標にしているがつい口うるさくなってしまう上に未だ名前覚えられていない。
 このままではいけない。
 千尋は一世一代の作戦を考えた。

 ー壱村くんをライブに誘う!

 手に握りしめているのは、友人から入手したバンドのライブチケットだ。
 orange sparklingという千尋が昔から追いかけている外国のバンドなのだが以前彼がー。

 「ねぇヨシノ。」
 「あ?」
 「オレンジスパークリングって知ってる?」
 「あぁ、聴くよ。」
 「へー!ねえねぇ何がオススメ?」

 と教室で話しているのを聞いたのだ。
 やっと見つけ出した通点を逃すわけには行かない。
 これを期に彼と距離を縮めるのだ。
 そう一念発起してチケットを渡すタイミングを伺っていたのだが、次の休み時間次の休み時間と言っている間に放課後になってしまった。
 仕方なく美術室まできたもののどうにも入りづらい。

 ー仁瓶さんだっけ?綺麗だよなぁ…。

 彼と親しげに話している女子生徒を見て千尋はため息を付いた。
 どうやら付き合ってはいないらしいが顔も派手で背も高くて色も白い。
 同性から見ても魅力的だと思う。
 あんなにきれいな人が側にいたら自分なんて眼中にないのではないか。
 千尋は手の中のチケットを握りしめた。

 そのとき。

 「あぁ?アンタこんなとこでなにしてんだ?」

 冷たい声が上から降ってきた。
 見上げるとそこには、いつものように自分を冷めた目で見る彼の姿があった。
 否、不良っぽいプリン頭は綺麗に黒く染められていて、顔に目にかかっていた髪は切りそろえられ、隠れていた切れ長の目がよく見える。
 不健康に色の白い彼に、黒の髪とそれに走る紅がやけに映えていた。

 「…あ、い、壱村くん…。」

 髪型変えたんだ。
 そんな陳腐な台詞すら吐けないまま、千尋は陸に打ち上げられた魚みたいに口をパクパクとさせた。
 用意していた言葉なんてすべて吹っ飛んでしまって頭の中を纏まらないせりふたちがぐるぐる駆けめぐっている。

 「なんか用?」

 「え、あ、あの…その…。」

 「……そ、じゃあ。」

 待つのも面倒だとばかりに、彼は千尋の横をすり抜けていってしまう。

 「ちょっとヨシノぉ、女の子がわざわざ来たんだから中に入れるくらいしなさいよ。気の利かないやつねぇ。」

 はいんなさい?と言ったのはドアに寄りかかって意味深な笑みを浮かべる仁瓶だった。
 彼女は楽しそうに千尋の耳に口を寄せて。

 ーなに、変わった趣味ね。 

 何もかもお見通しみたいに呟いた。


 「へぇー千尋ちゃんソフト部なの!」

 千尋は美術室の長机の前に座らされた。
 仁瓶が次々に質問を飛ばす横で背の高い男子が物珍しそうに此方を観察してくる。

 「お前はヨシノのなんなんだ。」

 どこか人工的な雰囲気を持つ彼は、確か陸上部で表彰されているのを見たことがある。確か三島何とかと言ったか。
 彼も兼部なのだろうか。

 「別に何でもねーよ、バカ。」

 壱村はいかにも不機嫌そうにいった。
 怒らせてしまっただろうか、いや彼はいつもこんな感じなような気もする。

 「では、何しに来たんだ。」 

 「……そ、それは…。」

 再び口ごもった千尋を一瞥して、仁瓶は三島の肩を叩いた。

 「ねーそーちゃん、自販いきましょうよ。」

 「二人でか。」

 「そーよ。ヨシノはくんじゃないわよ。」

 「はぁ?」

 「缶コーヒー買ってきてあげるから!」

 じゃあ、と仁瓶は一方的に手を振って三島を引っ張っていってしまった。
 気まずい沈黙が美術室に落ちる。

 ーあぁぁこんなにお膳立てしてもらったんだから言わないと!

 「オイ。」

 低い声で壱村が言う。

 「へ!?」

 「…早く用件言えよ。」

 「えぇぇぇぇ…っと…。」

 あぁ、もうどうとでもなれ。

 「わ、わたしと!orangesparklingのライブに行ってくれませんかっ!!?」

 ぐしゃぐしゃになったチケットを突きつければ彼は鳩が豆鉄砲食らったような顔で千尋とチケットを交互に見た。

 「…二人で?」

 「二人で!!」

 一瞬だけ、彼は怯えるような表情をしたがすぐにいつもの不機嫌な顔に戻った。

 「…………なんで。」

 「壱村くん好きだって聞いたから。ほ、他に周りに興味ある子いなくて。」

 「……ふぅん。」

 「いや、かな?」

 さようなら私の恋。
 そう千尋は潤む視界をぎゅっと塞いだ。

 しかし

 「アンタ最寄りどこ?」

 「へ?」

 間抜けな声をあげると、壱村は「ホームにいれば拾ってくから。」と付け足した。

 「え、いってくれるの?」

 その口振りはまるで…。

 「あ?あぁ。チケットもったいねーし。」

 それに。

 「もう平気だから。」

 その奇妙な呟きは、舞い上がった千尋の耳に届くことはなかった。




 





 

  




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