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Prologue03:萩村琉歌
遮光カーテンがきっちりと締められた部屋。
明かりは、コンピュータのディスプレイのみ。
聴こえる音は、ヘッドホンから流れ出てくるゲームのBGM。
仮想現実のファンタジー世界「イルヤード」のアバター剣士ルカは、今日も人気者だ。
リアル時間で昨日の午後十一時にログインしてから、ずっと、同じパーティの仲間三人と一緒に多くのモンスターを狩った。そのほとんどの戦いでルカが殊勲を上げていた。
この世界の剣士ルカは、実力もあり、面白いことも言えて、中の人も女性だと分かっているからか、ギルドでも人気者で、パーティを組んで、一緒に狩りに行こうという誘いが多かった。
しかし、中の人である琉歌は人見知りで、新しい人と話をすることは苦手で、いつも一緒に狩りをするのは、お馴染みのメンバーだけだった。
『みんな、お疲れ様!』
あらかじめ解散を予定していた、リアル時間で午前七時になったことを確認した琉歌がルカに挨拶をさせた。
『お疲れ! もう寝るわ、俺』
『俺、これから学校』
『俺は午後から』
『今から学校って大丈夫なの?』
『午前中は爆睡してると思う(笑)』
『ルカちゃんはどうするの?』
『ボクもアウトするよ。じゃあね~』
仲間が次々にログアウトしていったのを見届けてから、自分もログアウトした。
パソコンのスタート画面に戻ると、今度は、お気に入りのホームページを順番に見て行った。
今日のネットトレーディングの参考になる記事はないかと、経済新聞のホームページに見入っていると、隣の姉の部屋からドタバタと暴れている音が漏れてきた。
自分は良いけど、反対側の部屋の人が怒って来るんじゃないかと心配になる。
姉の隣の部屋の人は、一年前に姉と一緒に引っ越しの挨拶に行った時以来、見ていない。普通のOLさんのようだった。顔はもう憶えてないけど。
姉の部屋はすぐに静かになった。
琉歌は、パソコン机の前から立ち上がり、キッチンに向かい、冷蔵庫を開けると、コーラのペットボトルを取り出して蓋を開けた。
昨日、ログインしてから何も食べていない。でも空腹感も覚えていない。
もう、六年以上、こんな生活を続けている。
姉がバンドに誘ってくれなかったら、太陽も月も忘れていたかもしれない。
パソコン机がある部屋に戻ると、カーテンを少しだけめくって、ベランダの外を覗いてみた。眩しさに顔をしかめたが、すぐに慣れた。
柔らかな春の光がベランダに降り注いでいた。
久しぶりに朝の太陽の光を浴びたくなって、サッシの鍵を開けて、ベランダに出た。
ワンルームマンションの二階。下の階は、大家さんが営業している美容院で夜には無人になる。少しばかり音を出しても叱られることはないことが、この部屋に決めた理由だ。
手摺りに寄り掛かって下を見ると、それほど広くはない道路を切れ目なく人が歩いていた。すぐ近くには大通りがあって、車のクラクションや雑踏のざわめきが聞こえてきた。
突然、キキーッという車のブレーキ音が琉歌の耳をつんざいた。
忘れかけていた景色が目の前に引き戻された。
琉歌は、すぐに部屋に戻り、小走りに洗面台の前に行き、顔を突っ伏した。胃から何かが逆流してきた。しかし、出て来たのは、先ほど飲んだコーラと胃液だけだった。
目眩と脚の震えが収まってくると、次第に意識もはっきりとしてきた。
顔を上げると、鏡の中に青白くなっている顔。前髪は眉上でカットされた金髪プリンのショートボブ。
「笑おうよ。……うん、笑おう!」
それは、六年前に交わした約束。
泣き笑いの顔が少し滑稽に見えた。
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