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プリン

作者:午雲
 中肉、中背、芸人顔。

 そんな俺だからこそ、

 脇役では終わりたく無いと思ってしまう。


 ロッカーに憧れて、中学まではギターを弄って居た。

 でも、指が短いので止めてしまった。

 高校では、野球部に入った。

 でも、三年になった時、辞めてしまった。

 レギュラーに選ばれなかったからだ。


 そんな俺にも彼女は居る。

 汗臭さをごまかす為め、オーデコロンを振って居たのが功を奏した。

「あ、さんちゃんの匂い!」

 遥は、いつも俺にじゃれついて喜ぶ。

 ちなみに俺の名前は、三郎というのだが、

「さんちゃん、さんちゃん。」

と何故か、みんなには呼ばれて居た。


 野球部を辞めて、清々した俺は、

 バイトを探して、

 近所の八百屋で、野菜の配達を手伝い始めた。


 髪の毛が伸びて来たので、髪型にも凝りだした。

 もう、ボールを見るのも嫌だ。

 あれ以来、野球道具には触らなくなり、

 原付きの免許を取ったのをきっかけに、

 バイクに目覚めてしまった。


 限定解除してスピードにも慣れて来ると、

 卒業と同時に中免を取り、

 毎晩、連れと二ケツして走り回った。


「ねえ、さんちゃん。」

「ん?」

「これから、どうするの?」

「うん?」

(・・・)

 訊かれて初めて、考えだしたくらいだった。


 遥が四大を目指すというので、

 俺も遥と同じ予備校に通い、

 ふたりで勉強したりもした。


 その間に、二人乗りにも慣れたので、

 いつしか遥をリヤに乗っけて、

 行き帰りするようになった。


「・・こわいよ。」

 ビビる遥に、

「俺はコケねぇ!俺を信じろ!」

(・・・)

 わけも無く意気がったのを思い出す。


 とりわけ頑丈なフルフェイスのメットをプレゼントして、

「しっかりつかまってろ!」

(!?)

「あ、さんちゃんの匂い!」

 ようやく彼女は笑顔を見せた。


 詰め襟と永久にサヨナラして、

 予備校は学校じゃない。

 ーと気がつく。


 なので、俺は春から髪の色を替えた。

 茶髪では無い。

 オキシドールで脱色して、金髪で決めた。

 もうギターは止めたけど、ロック魂を忘れない為めだ。

 なんて、本音は、ハッタリも入っては居る。

 先輩のシゴキは凄いし、硬球は当たれば超痛い。

 なので、素手ならケンカ上等な自信もあった。


 ただし、金髪にしたせいで、

 八百屋のバイトはクビになってしまった。

 色んな処ろへ面接に行ったけれど、

 やはり金髪のせいか、落ちてばかり。

 やっと決まったのはレストランだったのだが、

 ホール係では無く、厨房へ回されてしまった。

 つまり、ひたすら皿洗いだ。

 目立ちたいと思って金髪にしたのに、

 見えない処ろで働く羽目になるとは、

 何か間違ってるような気がする。


 思う存分、走り回れる季節は過ぎて、

 ハンドルを握る両手、

 かじかむ指先が、気になりだした頃。


「・・もうすぐクリスマスだね。」

 二ハンの後ろから遥がいう。

「俺・・バイトなんだ。」

(!?)

「ええっウソ!?」

「サービス業が休めるかよ?クリスマスに、ー」

「どうして、そんなバイト選んだのよ?あ~んっ」

(あ~んっ)

 心の中で、俺も、しょげて居た。


 イヴの夜は、フルスロットルな忙しさだった。

 デザートの器が際限なく押し寄せて来る。

 自動食器洗い機も途中で何度もエンストした。


「さんちゃんが働いてるとき、励ましに行ってあげる!」

 遥が、そんなコト言ってたけど、

 仕事に追われて、忘れてしまって居た。


「おっ誰かプリン残してるゼ!」

 いきなりバイト仲間が声をあげる。

「もらっちゃえよ?」

「バカ!野郎の食い差しだったら、どうすんだよ?」

 厨房内に笑い声が立つ。

(・・プリン?)

 俺は持ち場を離れて、見に行く。

 遥の好きなデザート、

 それがプリンだったからだ。

「LOVEだってよ!もう帰ろうかな?オレっ」

(!?)

 バイト仲間のヤケッパチな叫び声がして、

 俺は、いよいよ目を凝らす。

「LOVE」

 その四文字が、

 半分だけ残したプリンのてっぺんに、

 メロディアン・ミニの白で、

 くっきりと記してあった。

(・・・遥・・・)

 バレたら、フルボッコに遭いそうだったので、

 俺は素知らぬ顔をして、

 ノーコメントのまま、持ち場へ戻った。


 受験シーズンも、俺と遥は一緒に過ごした。

 勉強以外の事に時間を使い過ぎたせいか、

 志望した四大には受からなかった。

 遥は泣いた。

 もう浪人は出来ないので、

 彼女は仕方なく短大へ行く事になった。

 そして俺は・・・

 男に短大なんてモノは無いので、

 専門学校へ願書を出した。

 脇役では終わりたくない。

 俺は、まだ金髪で通して居た。


「ねえ、さんちゃん。」

「ん?」

「・・クルマの免許、取らないの?」

(・・・)


 初めて、遥と別れ別れになって、

 久しぶりに風を味わった日・・・

 俺の背中で、

 遥が、つぶやくように、そう訊いてきた。

「・・まだ、そんな気分になれないな、俺は、ー。」

「・・そう。」

 彼女が溜め息をもらす。

 でも、それは、厚手のジャンパーが邪魔をして、

 そのとき、俺には感じ取れなかった。


 遥は無事、短大を卒業して、就職した。

 その頃から、いや、もうそれ以前から、

 俺と遥とは、別々の世界に居た。

 会う機会は減り、

 いつしか波長も合わなくなって居た。


 それは突然、やってきた。

 俺が百キロ超で公道を突っ走って居るとき、

 Uターン禁止の標識を無視して、

 マヌケな乗用車が正面から進入して来たのだ。

(!?)

 俺は歯を食いしばる。

 もはや叫んでる余裕も無い。

 刺さってるキイをつかんで、

「ギリッ」

 エンジンを切った。

 出会い頭に衝突したら、助かりっこない。

 非常事態だ。

 なので、イチかバチか、エンジン・ブレーキをかけたのだ。

 時速、百キロ超。

 俺の身体は、空中へ投げ出された。

 そこから先は、覚えて居ない。

(遥がリヤに乗ってたら・・・)

(こんなにスピード・・・)

(・・・出してなかったのにな・・・)

 そんな思いが、頭をかすめただけだった。


 気がついた時には、

 俺は病院の個室、

 そのベッドの上だった。

 宙返りして偶然、通りかかった軽トラの荷台へ墜落・・・

 いや、着地したらしい。

 一歩間違えれば、ペッチャンコになって居たとか。

「さむい・・」

「さむい・・」

と、うわごとを言って、

 三日三晩、眠り続けて居たそうだ。

 看護婦さんが、俺のそばへ来て、教えてくれた。


「これ、お見舞い。」

 看護婦さんの声が、耳に届く。

「え?」

(うぐっ)

 首をもたげようとするが、

 とたんに鋭い頭痛に苛まれる。

「これ、片づけて・・・いい?」

「は?」

 みると、看護婦さんの指が、

 食べ残したプリンを指さして居る。

「だ、誰が?・・・」

「お友達とか言ってたけど・・・」

(女の娘)

 看護婦さんは、ちょっと首をひねってみせる。

「お見舞いは、プリン一個きりよ?」

(!?)

「ことづかったから、冷蔵庫に冷やしてあるけど・・・」

(・・・・・・)

 食べ残しのプリン。

 そのてっぺんは、茶色く光ってるだけだったけど、

 そこには、遥の面影が写ってる・・・

 ・・気がした。


 頭痛が治まって、

 ようやく軽いリハビリを始めた頃、

 俺の自慢の金髪は、

 つむじから伸びた、新しい髪のせいで、

 半ばまで、黒髪に変わって居た。


「あら、何だかプリンみたいね!」

 なじみの看護婦さんが顔をみせて、

 面白半分、

 明るい声を投げ掛ける。

(!?)

「あ・・ゴメンなさい。」

(口すべっちゃった)

 まもなく、

 一人であせって、

 あわてて口をふさぐ仕草。


 不思議と、もう腹は立たない。


(・・免許取ろうかなァ)

(・・・クルマの・・・)


 どこか空ろな気分で、

 俺は、そのとき、

 ただ、そう思っただけだった。



 (おわり)
走行中にヘルメットを五回ぶつけるのは危険なのでやめましょう(ウソ)。
ありがとう☆

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