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はじまりの銃声:3
玲士がふと冷静さを取り戻してみると、手には拳銃が握られており、足元には今自分が殺したばかりの性犯罪者が転がっていた。
別に人格が変わっていたというわけじゃなく、極度の興奮が冷めただけだ。玲士は熱しやすく冷めやすいたちで、ちょっとしたことですぐに冷静さを失ったかと思えば、誰よりも先に客観性を取り戻して激しく落ち込むという面倒くさい仕様になっている。
顔を上げると、摩紀子が微笑んでいた。あの優しい微笑みはこれで何度目だろう? 母親以外の女性にまともに微笑まれること自体、今日が初めてなので、何だかむずがゆい。
「すいません、なんだか馬鹿みたいに興奮しちゃって。俺、今なんか変になってましたよね?」
「ううん、だれでも最初の時は夢中になっちゃうものだから。ちゃんと言いたいことを言えて、ちゃんと殺せたんだから上出来だと思いますよ」
部屋じゅうに散乱しているゴミを避けながら、摩紀子が玲士の近くにやってくる。ゴミをまたぎながら一歩進むごとに大きな胸がタプンタプンと弾むのを見て、素敵なおっぱいだけど、殺し屋(?)稼業には邪魔なんじゃないかなあと玲士は思った。
摩希子が男のそばにしゃがみこんで、完全に死んでいることを確認した。
口の中から首を二発貫通させたとはいえ、小口径弾なのでたしかに念入りに確認した方がいいだろう、素人の初仕事でもあるし。ムニュッと膝の上で形を変えている摩紀子の乳房を見ながら、玲士は平静な顔を装うため必死に別のことを考えようとする。
「し、死体はどうします? 俺が運び出しましょうか?」
「放置しておいて。組織からの指令にないことは基本的にやっちゃダメなんです」
「そういうもんですか。あの、俺も、その組織に入れてもらえるんですよね?」
まさか次に自分が殺されて罪を被せられるんじゃないだろうかと一瞬考えてしまい、玲士は焦ってしまった。それに、俺も入れてもらえるんですよねなんて、格好悪いセリフを口にしてしまったものだ。
摩紀子は右手に握っているM10が玲士を怖がらせたのかなと思ったものか、持参したらしいバッグを部屋の隅から持ち上げ、銃をその中に仕舞った。よく気の回る優しい人だなあと玲士は感動した。
「そうだね、詳しい話は場所を変えましょう。もう少ししたら今日の仕事は終わるから」
「え、まだ何かあるんですか」
先ほど玲士が入ってきた戸が唐突に開き、誰かが屋内に入ってくる気配がした。玲士が振り向くと、頭を金髪に染めた頭の悪そうな若い男二人と目が合った。さっき殺した男の仲間だろうか? 玲士は無意識に銃を相手から見えないように身体の後ろにさっと隠した。
いや、すぐに撃つべきだったのだろうか? 戸惑いながら摩紀子さんの顔を見ると、予定通りだよと言いたげなほど落ち着いた様子だ。
「あれ? もっとオッサンだと思ってたけどな。懲役九年からシャバに出てきたばっかりって話じゃなかったっけ?」
「それにそっちの巨乳女は誰? 一体どうなってるん――」
若い男の片方が金髪を振り乱してビクッと背伸びをしたかと思うと、身体を真っ直ぐにしたまま綺麗に倒れこんだ。倒れた衝撃で腐った床が抜けて上半身は暗い床下に垂れ下がってしまい、そのままピクリとも動かない。
残った方の男が驚いて後ろを振り向くと、細身の少女が顔めがけてダガーナイフを突き出してきているところだった。
男は刃を止めようと手を伸ばしかけたが間に合わず、ずぶっと首の真ん中にナイフを突き立てられてしまう。男の息が止まる。
「あーあ、外しちゃった。お兄ちゃんが動くから悪いんだからね?」
少女はナイフを握る手に力を込めて、ドアの鍵を開けるときのように90°ほど回してから引き抜くと、今度は肝臓を狙って刺し、再び力を込めて中をえぐった。身長差や肋骨のことを考えれば、心臓を狙うよりも肝臓のほうがはるかに簡単だし確実だ。
肝臓をめちゃめちゃに破壊された男が早くも意識を失いながら倒れこむと、やっと玲士の目に少女の全身が見て取れた。
小6くらいだろうか、身長は145cmほどと小さい。明るい茶色に染めた短めの髪に、生意気そうな顔と目つき。第二次性徴に入ったばかりに見える、ほんのり膨らみかけた胸や大きくなり始めたおしりの成長を押さえつけるかのように、キツそうなスパッツとタンクトップを着込んでいる。
小さな手には黒革の指出しグローブをはめ、足元は子供用などどこで買ったのか同じく黒革のミリタリーブーツを履いていて、なんだか格闘ゲームのキャラクターじみた雰囲気をしている。
握っているナイフは、二人分の血でぬらりと濡れていた。
「はぁ? そいつが新入り? お姉ちゃん、なんでそんなヘナチョコなの選んだの? あたしでも一秒で殺せそうじゃん」
男たちの死体を無視してズカズカと近寄ってきた少女が、玲士の顔にまっすぐナイフを向けて言い放った。いきなりこんなことを言うとは、失礼なガキだ。玲士は頭にきたがなんとなく言い返す言葉も思いつかないので、少女のほぼ平らな胸に浮かぶ乳首らしきものを凝視してやった。ブラもしてない子供め。
「あ! あたしの身体をジロジロ見てる! 弱そうな上にしかも変態っぽいとか最悪! お姉ちゃん一体どういうつもり?」
「子どもが生意気なこと言わないの。それにあんたの意見なんか関係ないでしょ、組織の決めたことは絶対なの」
「お姉ちゃんが決めたんでしょ? あたしのこと無視してさぁー!」
血の匂いが濃くなってきた場所にそぐわない、のんきな姉妹喧嘩が始まった。
原因であるらしい玲士は、このガキもあと何年かしたら胸が大きくなるんだろうか、摩希子さんなら小6の時点でもう結構大きかったんじゃないかなぁなどとぼんやり考えながら、ワルサーにセイフティをかけた。
「あの、とりあえずココ出ません? 周りに人はいなさそうでしたけど、万一声を聞かれたらまずいし」
「ちょっと! 仕切らないでよヘナチョコ変態のくせに!」
「玲士さんの言うとおり、まずはここを出ましょう。玲士さんには色々説明もしなきゃいけないしね」
「説明はまずあたしにでしょお姉ちゃん!」
周囲を警戒しつつボロ家を出て、玲士は姉妹のあとをついて歩いた。
銃はガスガンのパッケージを少し改造したものに再び収納し、真紀子に渡された近くのスーパーの買い物袋に入れて持ち歩く。警察に職質でも受けたらアウトだろうが、傍目には買ったばかりのガスガンを持ち歩く高校生にしか見えないだろう。
傍目にはこの三人はどう映るのだろう。歳の離れたわりに仲の良い三人きょうだいといったところだろうか。とりあえず芦本駅に向かってしばらく歩き、目についた和風レストランに入ることにした。ムダに広い作りで、平日の午前中早い時間なので人は少なく、内緒話をするにはうってつけというわけだ。
暴力ロリ娘のためにこっそりお子様ランチでも注文してやろうとしたが、あいにくメニューには載っていなかった。
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