キスの味
あ、こいつらレズだ。
女の子同士の友達の関係には曖昧で、垣根が低いけど、絶対に超えてはいけない境界線がある。
あの二人がそれを越えてしまったのがわかったのは、私が二人の片割れのことを穴が開くほどに見ていたからだ。
「おい、クラス委員」
ださい上に馬鹿みたいな率直な呼び名。それをクラスで口にするのは一人だけ。
きっといかにもがり勉みたいな黒縁眼鏡に学校指定のセーラー服。髪の毛は染めることもない黒で、三つ網の見た目にクラス委員なんて厄介なものを背負ってしまったせいだ。
こいつの傍にいる女とは全然似ても似つかないなぁと、ヤンキーの傍にいるほわほわを見て思う。
「なんだ、お二人さん」
ヤンキーがガンをくれる。これは毎度のことなので怖くもない。くすんだ黒の目立つ金髪。染めたのは中学の頃で、そのなごりが今の髪に現れているのだという。どれだけ荒れた中学生だったんだか、こいつは。
その横にほわほわ――泉美がいるせいか、怖さがぜんぜんない。私と同じ真面目っ娘のスタイルだが、何が楽しいのかいつもにこにこと笑っている。髪の毛もやや茶色ぽい色をして、身長も小さいせいか、掌のなかに抱きしめておきたい愛玩動物に思わせる可愛い系。
「私がアンタと日直なんだよ」
「うむ」
「だから、日誌を取りに来た」
「それなら、私が書いておくよ。お前の文字は読めたもんじゃないからなぁ」
「なんだとぉ」
「ゆきちゃん、落ち着いて」
私がちょっとつつくと、かっかっと怒り、唸ってくってかかる。それを隣で止めるのが泉美の役目。
「放課後に手伝え。それだけでいいぞ」
「なんだよ」
「お前が手伝うと仕事が増える」
「っっ! おう、クラス委員、任せた」
「任された」
私は素直じゃない自分をたまに呪う。
女の子同士っていうのはとても不思議だ。
男同士だと変態だといわれるかもしれないが、女同士はべたべたしていても友達同士だからで済んでしまう。
手を繋いだりとか
抱き合ったりとか
キスをしたりとも
すべて友情。
けど、たまにいる。
本物のレズが。
放課後に、ヤンキーはやってきた。珍しく片割れはいない。
「一人か、珍しいな」
「あいつは部活」
「ああ、家庭部だったけ?」
「そ」
家庭部は、裁縫したり、料理作ったりとかなんだか嫁入り修行のような部活だ。あのほわほわにあっているな。
「えーと、なにすんだっけ?」
「今日の授業のコメント書いて、教室の窓しめて、センセイにこれを渡して帰る」
「ふぅん」
ヤンギーが私の前の席に座って手元を覗き込んできた。
「悪いな。全部させて」
「一人は慣れている」
「お前いっつも一人だよな」
私が日誌を書いていると暇なヤンキーが絡んでくる。ヤンキーのくせして寂しがりやめ。
「一人が好きなんだよ」
「一匹狼?」
「まぁな」
「気障だよね」
「褒め言葉として受け取る」
「お前の口調って男ぽいよな」
「くせだ」
私は日誌のコメントを書く手を止めてヤンキーを見つめた。私のその行動をどう思ったのかヤンキーは肩を竦めてそっぽむいた。
「邪魔かよ。はいはい」
「何も言ってないぞ」
「ふん」
拗ねてる顔を私は見つめて首を傾げた。
ヤンキーは寂しがり屋で、意地っ張りだ。つんっとそっぽむいた横顔はとてもかわいい。
「ゆきちゃん!」
がらっとドアを勢いよく開けてふわふわがやってきた。
「おう、泉美」
「今日はケーキを作りましたよー!」
ふわふわは私のことなんて目もくれずにヤンキーに駆け寄っていく。まるで尻尾をふって褒めて、褒めてと主人に強請る子犬のようだ。
「おう、おいしそうだな」
両手にもった皿を差し出すふわふわ。
皿の上にはあまったるいクリームいっぱいのケーキ。
へぇヤンキーは甘いもの好きなのか。
椅子から立ち上がり、素手でケーキをつまんで食べるヤンキー。どきどきと見守るふわふわ。
あ、この女、知ってるな。
子犬なんて生易しいものじゃない。番犬だ。それも鋭く強力な牙を隠しもっている。
なんてやつ。
「おいしい」
「えへへ。あ、どうですか。委員長も」
「ださい呼び方をするな。私はいいよ。日誌、書き終わったら、出しておけ。あと、鍵のほうも頼むよ」
「おう、じゃーな」
ヤンキーが笑って片手をふる。私も片手をあげる。
見た目より、いやな女。
したたかな女。
とても不毛な恋だ。
恋をしたときには、その恋の終わりを悟った。
私はどうあってもかわいい女になれない。それくらいは知ってる。
だったら、私は何者になれるんだろうな。
私は家に帰るとすぐさまに自分の部屋に引きこもり、小さな鏡を勉強机の上に置くと髪の毛を解いて、眼鏡をのけた。
私はずっとあんたを見てたんだよ。ヤンキー。鈍いお前は気がついちゃくれない。今日は牽制されてしまったしな。もう諦めたほうがいいかな。友達の距離でもいいじゃないかと思って近づきすぎた。そうすると、いやでも弾かれるのがわかる。今日みたいなのはもうごめんだ。
「おねーちゃん、あ、あれ」
自分の部屋なのに落ち着かない。ドアが勝手に開けられたのに顔をあげると妹のサユリがきょとんした顔をして私を見ている。今年で高校生になろうかという小娘は、私よりずっと可愛く、垢抜けている。
「なにしてるの?」
「髪の毛を解いてるんだよ」
サユリにはださいといわれているが、家でもいつも三つ網ばかりしているからな。
「ふぅん、おねーちゃん、髪の毛おろしたほうが美人だよ」
「ありがとう」
「あ、ちょっとまっててよ」
ぱたぱたと駆けて行く妹を私はぼんやりと見つめた。来たときといい、出ていくときも慌ただしい。そしてまたやってくる。冬眠前のリスみたいに忙しいやつだな。
「これ、あげる」
「口紅か」
「うん。最新のやつ。おねーちゃんがお洒落するならあげる。これ私にちょっと色があわないし」
色を確認すると、赤い口紅だった。
「ありがとう。もらっとく」
「えへへ。美人になるね。ほら、口紅つける女は、美人っていうじゃん? あ、大人の女だっけ?」
「馬鹿。……口紅はいっぱい恋をして、キスするためにあるんだよ」
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